アルバムレビュー:Wake of the Flood by Grateful Dead

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発売日: 1973年10月15日
ジャンル: フォークロック、ジャズロック、アメリカーナ


洪水のあとに花が咲く——失われたものへの鎮魂と、新たな始まりの歌

『Wake of the Flood』は、Grateful Deadが1973年に発表した6作目のスタジオ・アルバムであり、
1970年の『American Beauty』から約3年を経て制作された新章の幕開けである。

それは音楽的にも精神的にも“洪水のあと”であった。
1972年、キーボーディストであり創設メンバーのロン“ピッグペン”マッカーナンが27歳の若さで他界。
また、音楽業界との関係にも変化が生まれ、デッドは自らのレーベル“Grateful Dead Records”を設立。
その初リリースが本作『Wake of the Flood』である。

このアルバムでは、フォークやカントリーに加えてジャズやR&Bの要素が積極的に取り入れられ、
より洗練されたアンサンブルと深いリリカルな広がりが特徴となっている。
また、キーボードには新たにキース・ゴドショーが加わり、
彼の妻であるドナ・ゴドショーのコーラスもバンドの新たな風景をつくり出している。


全曲レビュー

1. Mississippi Half-Step Uptown Toodeloo

ニューオーリンズ風味のピアノとホーンに導かれる、軽やかな旅の歌。
アメリカ南部の文化とジャズ的感性が交差する、デッドらしいクロスジャンルな一曲。
“Across the Rio Grand-eo”というフレーズが美しい余韻を残す。

2. Let Me Sing Your Blues Away

キース・ゴドショーがヴォーカルをとった唯一のスタジオ曲。
軽快なジャズスウィング風で、
“君のブルースを俺が歌わせてくれ”という、優しさに満ちたラヴソング。
短いが本作中でも異彩を放つ。

3. Row Jimmy

レゲエにも似たリズムに乗って、静かに漂うようなバラード。
“Row, Jimmy, row”というリフレインが印象的で、
人生の川をゆったりと漕いで進むようなスローな瞑想。

4. Stella Blue

死や喪失、忘れられた夢を見つめる、ガルシアの叙情的バラード。
“それでも音楽は鳴り続ける”という希望が、静けさの中に宿る。
ピッグペンの死を経たデッドが鳴らす、鎮魂の音でもある。

5. Here Comes Sunshine

明るさと穏やかさが融合した、光のようなナンバー。
コーラスの重なりが徐々に広がっていく構成は、まるで朝日の訪れを音で描いたかのよう。
希望と回復を感じさせる一曲。

6. Eyes of the World

ジャズ的なコード進行とスムーズなリズムに導かれる、グレイトフル・デッドの“哲学的ダンス・ナンバー”。
“世界の目”を通して自分を見るというテーマは、精神性の高さと身体性が両立した名曲。
ライヴでは長尺ジャムとして進化し続ける定番曲でもある。

7. Weather Report Suite

ボブ・ウィアによる3部構成の組曲形式。
①Prelude(インスト)、②Part I(牧歌的なギターとコーラス)、③Part II(“Let It Grow”として単体でもライヴ演奏される)
という流れの中で、季節の移り変わりと人間の変化を重ね合わせていく。
叙景と叙情が高次元で融合する、アルバムの締めくくりにふさわしい大作。


総評

『Wake of the Flood』は、“死と別れ”を経たGrateful Deadが再び音楽の流れに乗り出すためのアルバムである。
静かな悲しみと、そこから芽生える希望、そして未来へのまなざし。
それらが詩的かつ多彩な音楽性で描かれており、
この作品には「失ったものを記憶しながら、なおも進む」という力が宿っている。

また、自主レーベルでの制作という新たな一歩と、音楽性の拡張(ジャズ、レゲエ、クラシカルな構成)によって、
デッドはより自由で成熟した表現へと向かっていく。
それは“ジャムバンド”としての側面だけではなく、
“アメリカ音楽の語り部”としての役割を果たそうとする意志でもあった。

“洪水のあと”に咲いた音楽の花。
それが『Wake of the Flood』なのだ。


おすすめアルバム

  • Blues for Allah』 by Grateful Dead
    本作の音楽的実験路線をさらに推し進めた傑作。ジャズとジャムの交差点。
  • 『Late for the Sky』 by Jackson Browne
    死や喪失を穏やかに見つめた70年代アメリカーナの名盤。
  • Time Loves a Hero』 by Little Feat
    ジャズ、ファンク、カントリーが混ざり合う音の冒険。デッドの自由さと響き合う。
  • Court and Spark』 by Joni Mitchell
    フォークからジャズへの移行という意味で共鳴する洗練された音世界。
  • 『The Hissing of Summer Lawns』 by Joni Mitchell
    ジャズとリリシズムの美しい融合。叙情的知性の極致。

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