
発売日:1992年4月
ジャンル:インディー・ロック、ローファイ、パワー・ポップ、ガレージ・ロック、ポストパンク
概要
Guided by Voicesの5作目のスタジオ・アルバム『Propeller』は、アメリカン・インディー・ロック史において、ローファイ美学が単なる録音環境の制約ではなく、独自の表現形式として認識されていくうえで重要な作品である。オハイオ州デイトンを拠点に活動していたGuided by Voicesは、Robert Pollardを中心とするバンドであり、初期には地元の友人や限られたリスナーへ向けて自主制作的に作品を発表していた。本作もまた、メジャーな流通や大規模な宣伝を前提としない、きわめてDIY的な環境の中で制作されたアルバムである。
『Propeller』は、後に『Bee Thousand』や『Alien Lanes』で広く知られることになるGuided by Voicesの作風が、はっきりと形を取り始めた作品として位置づけられる。つまり、断片的な曲構成、短い楽曲、粗い録音、突然の展開、英国ロックへの深い憧憬、そして驚くほど強いメロディ感覚が共存している。彼らの音楽は、一般的な意味での完成度やスタジオ録音の洗練を目指すものではない。むしろ、壊れかけのカセットテープから聞こえてくるような音の中に、ロックンロールの原初的な興奮、子どものような空想、そして中年の生活感が入り混じるところに特徴がある。
本作の重要性は、アメリカの地下ロックにおいて「未完成に聞こえること」が必ずしも欠点ではなく、むしろ想像力を刺激する強みになり得ることを示した点にある。1980年代後半から1990年代初頭にかけて、インディー・ロックの世界では、Dinosaur Jr.、Pavement、Sebadoh、The Mountain Goats、Beat Happening、Sonic Youthなど、それぞれ異なる形でメジャーなロックの価値観に対抗する表現が生まれていた。Guided by Voicesはその中でも、The Who、The Beatles、Wire、The Kinks、Genesis、Big Starなどへの愛着を、アメリカ中西部の地下室的な録音環境に落とし込むことで、独自のローファイ・パワー・ポップを形成した。
アルバム・タイトルの『Propeller』は、推進力や回転、飛行を連想させる。Guided by Voicesの音楽は、地上から突然浮き上がるような高揚感を持つ一方で、常に録音のざらつきや生活の手触りによって地面に引き戻される。本作には、その二重性が強く表れている。曲はしばしば短く、粗く、唐突に終わる。しかし、その短い断片の中に、巨大なロック・アンセムの可能性や、失われたクラシック・ロックの幻影が詰め込まれている。
歌詞の面でも、Guided by Voicesは明確な物語を提示するより、謎めいたフレーズ、断片的なイメージ、学校、郊外、英雄、失敗、宇宙的な比喩、架空の神話のような言葉を組み合わせる。Robert Pollardの作詞は、しばしば意味を一つに固定しない。だが、その曖昧さは空虚ではなく、聴き手が自分の記憶や感情を投影できる余白として機能している。『Propeller』では、個々の楽曲がはっきりしたコンセプトに従うというより、バンドの内側にあるロックへの憧れ、現実からの脱走願望、そして日常の中で夢を見続ける感覚が全体を貫いている。
Guided by Voicesのキャリアにおいて、本作は「解散前の最後の作品になるはずだったアルバム」としても語られることが多い。大きな成功を得られないまま活動を続けていたバンドにとって、『Propeller』は一つの区切りであり、同時に次の飛躍への入口になった。結果として、このアルバムはバンドを終わらせる作品ではなく、むしろ彼らの名をインディー・ロックの世界へ広げるきっかけとなった。ローファイ録音の粗さの奥にあるソングライティングの強さが、少数の熱心なリスナーや批評家によって発見され、後の評価につながっていく。
日本のリスナーにとって『Propeller』は、90年代オルタナティヴ・ロックのもう一つの側面を知るうえで重要な作品である。NirvanaやPearl Jamのようなグランジの大きな音とは異なり、本作は小さな部屋、安価な機材、友人同士の演奏、個人的な空想から生まれている。しかし、その小ささの中には、巨大なロック・ヒストリーへの憧れが詰まっている。ここで鳴っているのは、商業的なロックの縮小版ではなく、ロックという形式を個人の生活圏へ取り戻そうとする試みである。
全曲レビュー
1. Over the Neptune / Mesh Gear Fox
アルバム冒頭の「Over the Neptune / Mesh Gear Fox」は、『Propeller』の性格を象徴する壮大な導入部である。観客の歓声のような音が加えられ、まるで巨大なアリーナ・ロックのライヴが始まるかのような錯覚を作り出す。しかし、その音像は明らかに大規模なプロ仕様ではなく、むしろ手作りの演出として響く。このズレこそがGuided by Voicesの美学である。彼らは大きなロック・スターになる夢を、地下室のローファイ録音の中で演じる。
「Over the Neptune」の導入は、ロックの神話化された空間へ聴き手を招き入れる役割を持つ。続く「Mesh Gear Fox」では、力強いギターとRobert Pollardの堂々としたヴォーカルが前に出る。楽曲は荒削りだが、メロディにはクラシック・ロックやパワー・ポップの強い骨格があり、録音の粗さを超えてアンセムとしての説得力を持っている。
歌詞は断片的で、明確な物語を追うというより、象徴的な言葉の連なりによって独自の世界を作る。「Neptune」という惑星的な語感や、「Mesh Gear Fox」という謎めいたフレーズは、現実のロック・バンドでありながら架空の神話を作ろうとするGuided by Voicesの感覚を示している。冒頭曲として、日常の外へ飛び出す推進力と、手作りの幻想性が同時に提示される。
2. Weed King
「Weed King」は、Guided by Voicesの初期を代表する楽曲の一つであり、本作の中でも特に強い存在感を持つ。タイトルからして奇妙で、王、雑草、地下の支配者といったイメージが重なり合う。Pollardの歌詞における「王」や「英雄」は、しばしば偉大さと滑稽さを同時に帯びている。本曲でも、巨大なロック神話と郊外的な小ささが混ざり合っている。
音楽的には、粗く歪んだギターと力強いメロディが中心にある。録音はクリアとは言えないが、そのざらつきが逆に曲の野性味を高めている。ローファイの質感は、単に音が悪いというより、音楽が発生した瞬間の熱量を閉じ込めているように機能している。整えられたスタジオ録音であれば失われてしまう不安定さが、本曲では魅力の核になっている。
歌詞のテーマは一義的に説明しにくいが、支配、堕落、夢想、滑稽な権力のイメージが漂う。Guided by Voicesの世界では、英雄はしばしば不完全で、王国は安っぽく、栄光は酔いとノイズの中にある。「Weed King」はその代表例であり、バンドの持つロックへの憧れと自己戯画化が同居している。
3. Particular Damaged
「Particular Damaged」は、短く荒削りながら、アルバムの断片的な魅力をよく示す楽曲である。タイトルに含まれる「damaged」という言葉は、壊れていること、傷ついていることを示すが、Guided by Voicesの音楽では、この壊れた感覚が否定的な意味だけを持たない。むしろ、破損した録音、歪んだ構成、欠けた情報の中から、想像力が立ち上がる。
サウンドはコンパクトで、ギターの粗い質感と簡潔なメロディが中心となる。一般的なロック・ソングのように十分な展開を経て完成されるというより、アイデアが最小限の形で提示され、そのまま過ぎ去っていく。この短さは、Guided by Voicesの魅力の一つである。彼らは曲を完全に説明しきらず、印象的な瞬間だけを残す。
歌詞もまた断片的で、具体的な状況よりも感覚の欠片として機能する。壊れたもの、特定の痛み、どこか不完全な人物像が浮かぶが、それは明確な心理描写にはならない。聴き手は、その不完全さを自分の記憶や感情で補うことになる。本曲は、小さな断片の中に独自の余韻を残すGBV流ソングライティングの好例である。
4. Quality of Armor
「Quality of Armor」は、アルバムの中でも比較的わかりやすいロック的推進力を持つ楽曲である。タイトルは「鎧の質」を意味し、防御、強さ、戦いへの準備を連想させる。Guided by Voicesの歌詞では、こうした中世的、英雄的、軍事的なイメージがしばしば現れるが、それは大げさなファンタジーではなく、日常の不安や自意識をロック神話の言葉へ変換する方法として機能している。
音楽的には、勢いのあるギターとタイトな構成が印象的で、パワー・ポップ的なメロディの強さが前に出る。録音は荒いが、曲の骨格は非常に明快であり、Pollardのメロディメイカーとしての才能がよく表れている。短い時間の中でフックを提示し、余計な装飾を加えずに終わる構成は、後の『Bee Thousand』や『Alien Lanes』にもつながる。
歌詞における「鎧」は、心理的な防御として読むこともできる。現実の生活や失敗、批判、自己不信から身を守るために、人は何らかの鎧をまとう。だが、その鎧の質が十分かどうかはわからない。本曲は、勇ましさと脆さが同時に存在するGuided by Voicesらしいロック・ソングである。
5. Metal Mothers
「Metal Mothers」は、タイトルからして硬質で奇妙なイメージを持つ楽曲である。金属的な母性という矛盾した組み合わせは、Guided by Voicesの言葉選びの特徴をよく示している。親密さや保護を連想させる「mothers」と、冷たさや人工性を示す「metal」が並ぶことで、不安定でどこかSF的な感覚が生まれる。
サウンドは、荒いギターとやや不穏な雰囲気を持ち、アルバムの中でも陰影のある曲として響く。メロディはポップでありながら、音像のざらつきによって不安が加えられている。Guided by Voicesの音楽では、親しみやすい旋律が必ずしも安心感につながらない。むしろ、粗い録音や奇妙な歌詞によって、ポップ・ソングがどこか異物感を帯びる。
歌詞の明確な解釈は難しいが、家族、機械、保護、支配といったイメージが重なっているように聞こえる。母性が金属化するという比喩は、人間的な温かさが人工的なものへ置き換わる感覚としても読める。こうした曖昧なイメージの強さが、本曲を単なるロック・ナンバー以上のものにしている。
6. Lethargy
「Lethargy」は、タイトル通り倦怠、無気力、停滞を主題として感じさせる楽曲である。Guided by Voicesの音楽には、ロックへの高揚感と同時に、日常生活の疲れや中年性の重さが潜んでいる。本曲はその後者をより直接的に示している。飛び立とうとするアルバムの推進力の中に、体が重く沈むような感覚が入り込む。
音楽的には、派手な爆発よりも、停滞した空気を持つ。ローファイな音像は、ここでは単なる勢いではなく、疲れた部屋の空気や、古い機材のくすんだ質感として機能している。バンドの演奏は必要以上に整えられておらず、その不完全さが無気力という主題と合っている。
歌詞では、何かをしたいのに動けない、あるいは動く理由を失っているような感覚が漂う。これは、インディー・ロックにおける重要なテーマでもある。大きな成功や明確な未来が見えないまま、それでも音楽を作り続けること。Guided by Voicesの初期作品には、こうした停滞と創造の矛盾が常にある。「Lethargy」は、その矛盾を小さく濃縮した楽曲である。
7. Unleashed! The Large-Hearted Boy
「Unleashed! The Large-Hearted Boy」は、タイトルからしてGuided by Voicesらしい英雄譚めいた響きを持つ楽曲である。「解き放たれた、大きな心を持つ少年」という言葉には、成長、解放、無垢、過剰な感情が含まれている。Pollardの作る世界では、少年性は単なる若さではなく、ロックを信じる力、空想を続ける能力として重要な意味を持つ。
音楽的には、メロディの強さが前面に出たパワー・ポップ寄りの曲である。短く、勢いがあり、粗い録音の奥から大きなサビが立ち上がる。まるで完成されたスタジアム・ロックが、壊れたラジカセを通して聞こえてくるような感覚がある。Guided by Voicesの魅力はまさにここにある。小さな音像の中に、巨大な曲の幻影が宿る。
歌詞の「large-hearted boy」は、理想化された若者であると同時に、現実の中で不器用に生きる人物でもある。心が大きいことは美徳だが、同時に傷つきやすさも意味する。本曲は、アルバムの中で比較的明るい高揚感を持ちながら、その裏側には無垢さが損なわれることへの不安も感じさせる。
8. Red Gas Circle
「Red Gas Circle」は、タイトルからして抽象的で、危険な信号、化学物質、閉じた円、警告灯のようなイメージを生む楽曲である。Guided by Voicesの歌詞世界では、このような意味の定まらない言葉が重要な役割を果たす。聴き手は具体的な物語を追うのではなく、言葉の質感や響きから情景を組み立てる。
音楽的には、アルバムの中でもやや奇妙なムードを持つ。メロディは短く提示され、完全に展開しきる前に消えていくような印象がある。この不完全さが、曲に夢の断片のような感覚を与えている。ポップ・ソングとしての核は存在するが、それが意図的に未完成のまま残されているようにも聞こえる。
歌詞において「赤」や「ガス」や「円」といったイメージは、危険、閉塞、幻覚性を帯びる。これは、アルバム全体に漂う飛行や推進のイメージとは対照的である。上昇しようとする力がある一方で、閉じた円の中に閉じ込められる感覚もある。本曲は、その不安定なバランスを示す小品として機能している。
9. Exit Flagger
「Exit Flagger」は、『Propeller』の中でも特に印象的な楽曲であり、Guided by Voicesのアンセム性とローファイ性が見事に結びついている。タイトルは、出口を示す旗手、あるいは退出の合図を送る人物のように読める。どこかから出ていくこと、終わりへ向かうこと、または別の場所へ導かれることが主題として浮かぶ。
音楽的には、勢いのあるギターと力強いヴォーカルが特徴で、短いながらも非常に強い高揚感を持つ。録音は粗いが、その粗さが曲の勢いを削ぐどころか、逆に切迫感を生んでいる。Pollardの歌声は、完璧に整ったものではないが、ロック・ソングに必要な信念を持って響く。
歌詞では、出口や移動のイメージが重要になる。これは、バンド自身の状況とも重ねることができる。『Propeller』が一つの終点として作られたアルバムであるなら、「Exit Flagger」はその出口を示す曲でもある。しかし、出口は単なる終了ではない。そこから次の場所へ向かう可能性も含んでいる。本曲が後の評価において重要視されるのは、そのアンセム的な力がバンドの未来を予感させるからである。
10. 14 Cheerleader Coldfront
「14 Cheerleader Coldfront」は、奇妙なタイトルとキャッチーなメロディが結びついた、Guided by Voicesらしい楽曲である。「チアリーダー」と「寒冷前線」が組み合わされることで、学校文化、若さ、華やかさ、そして冷たい気象現象が同時に立ち上がる。この意味のずれが、Pollardの作詞の大きな魅力である。
音楽的には、パワー・ポップ的な明るさを持ちながら、ローファイ録音によって独特の影が加わっている。メロディは親しみやすく、短い時間で耳に残る。Guided by Voicesは、曲を長く引き伸ばすのではなく、最も印象的なフレーズだけを提示して去っていくことが多い。本曲もそのスタイルをよく示している。
歌詞のイメージは、青春の記号と冷たさの結合として読むことができる。チアリーダーはアメリカの学校文化における明るさや人気の象徴であり、寒冷前線はその明るさを冷やす力である。つまり、青春の華やかさの裏にある距離感や孤独が、タイトルだけでも暗示されている。これは、Guided by Voicesが得意とする、軽快な曲に微妙な寂しさを忍ばせる手法である。
11. Back to Saturn X Radio Report
「Back to Saturn X Radio Report」は、通常のロック・ソングというより、アルバム内の異物的な断片として機能する楽曲である。タイトルにはSF的な響きがあり、「Saturn X」という架空の場所への帰還や、ラジオ報告という言葉が、宇宙通信のような感覚を生む。Guided by Voicesは、ローファイな録音環境を用いながら、しばしば宇宙的、神話的、架空放送的な世界を作り出す。
音楽的には、曲としての完成度よりも、アルバムの流れの中での雰囲気作りが重視されている。断片的な構成は、まるでラジオの周波数を合わせる途中で一瞬聞こえてくる放送のようである。これは、ローファイ美学と非常に相性が良い。録音の粗さが、偶然拾われた音のようなリアリティを与える。
歌詞や音声のイメージは、現実から遠く離れた場所への通信として機能する。『Propeller』というアルバムが持つ飛行や推進のイメージに対し、本曲は宇宙的な広がりを加える。小さな地下室で録音された音楽が、想像上では宇宙へ届く。このスケールの落差こそ、Guided by Voicesの独自性である。
12. Ergo Space Pig
「Ergo Space Pig」は、タイトルからしてユーモラスで不条理な楽曲である。「space pig」という語感には、SF、動物、滑稽さ、B級映画的な想像力が混ざっている。Guided by Voicesの世界では、こうした一見ばかばかしい言葉が、ロックの大げさな神話性を解体しながら、同時に新しい神話を作るために用いられる。
音楽的には、短く奇妙な印象を残す曲であり、アルバムの断片性をさらに強めている。メロディやリフは存在するが、通常の展開を期待すると肩透かしを受ける。GBVの楽曲では、完成された曲とデモの中間、アイデアと作品の中間にあるような状態が、しばしばそのまま提示される。本曲もその代表的な例である。
歌詞の具体的意味は明確ではないが、宇宙的なイメージと滑稽な身体性が同時に存在している。これは、アルバムにおける高尚さと低俗さ、壮大さと小ささの対比を強める。Guided by Voicesは、ロックを神聖視する一方で、それを笑い飛ばす感覚も持っている。「Ergo Space Pig」は、そのユーモアと不条理性を担う楽曲である。
13. Circus World
「Circus World」は、タイトル通り、サーカス的な世界観を連想させる楽曲である。サーカスは、見世物、幻想、危険、子ども時代の記憶、旅芸人の不安定さを含む空間である。Guided by Voicesの音楽世界とも非常に相性が良い。彼らの曲は、しばしば小さな舞台で大きな夢を演じるような感覚を持つ。
サウンドは、アルバム全体の流れの中でやや幻想的な色合いを加える。派手な演奏というより、言葉とメロディが作るイメージが重要である。録音の粗さは、ここでは古い見世物小屋や、遠くから聞こえる楽隊のような質感として響く。クリアな音ではなく、ぼやけた音像だからこそ、記憶や幻想の感覚が強まる。
歌詞の主題は、現実そのものがサーカスのように見える感覚として読むことができる。日常は退屈でありながら、同時に奇妙な見世物でもある。Guided by Voicesは、郊外の生活や学校教師としての現実を背景に持ちながら、その中から架空のロック神話を作り上げた。「Circus World」は、その方法論を象徴するような楽曲である。
14. Some Drilling Implied
「Some Drilling Implied」は、タイトルから工事、掘削、内部への侵入、または何かを無理に進める感覚を連想させる。Guided by Voicesの曲名には、意味が明確に説明されないまま、強い物質感だけが残るものが多い。本曲もその一つであり、言葉の響きが曲の印象を作っている。
音楽的には、ギターのざらついた質感と短い構成が特徴で、アルバム終盤に向けて再び荒々しいロック感を呼び戻す。録音の歪みや演奏の不安定さは、曲名の「drilling」というイメージとも重なり、音そのものが何かを削っているように聞こえる。整然とした構築ではなく、穴を開けるような衝動がある。
歌詞の解釈は開かれているが、内部に入り込むこと、隠されたものを掘り出すこと、あるいは無理やり突破することが主題として浮かぶ。これは、Guided by Voicesの創作姿勢にも通じる。彼らは大きなスタジオや業界の支援を待つのではなく、自分たちの生活の中に穴を開けるようにして音楽を作った。本曲は、そのDIY的な突破力を感じさせる。
15. On the Tundra
「On the Tundra」は、寒冷地の広大な風景を連想させるタイトルを持つ楽曲である。ツンドラという言葉は、荒涼、孤独、寒さ、広がりを含む。『Propeller』の中で繰り返される飛行や宇宙、奇妙な王国のイメージに対し、本曲は地理的で厳しい風景を提示する。
音楽的には、アルバム終盤の余韻を作る曲として機能している。派手なアンセムというより、少し離れた場所から響いてくるような印象がある。ローファイな音像は、寒い風景の中で音が薄れていくような感覚を生む。メロディには、Guided by Voicesらしい英国ロック的な叙情性も感じられる。
歌詞のテーマは、孤立した場所に立つこととして読むことができる。ツンドラは豊かな都市や華やかなロック・シーンから遠い場所であり、デイトンの地下的な活動にも重なる。バンドは音楽産業の中心から離れた場所にいながら、自分たちの想像力で広大な世界を作った。「On the Tundra」は、その孤立と広がりを同時に示す楽曲である。
総評
『Propeller』は、Guided by Voicesがローファイ・インディー・ロックの重要バンドとして認識される前夜を記録した、極めて重要なアルバムである。後の『Bee Thousand』や『Alien Lanes』と比べると、知名度や完成された評価の面ではやや前段階として扱われることもあるが、バンドの核心はすでにここに存在している。短い楽曲、断片的な構成、謎めいたタイトル、英国ロックへの憧れ、手作りの録音、そして突然現れる圧倒的なメロディ。それらが本作を、単なる初期作ではなく、Guided by Voicesの美学を理解するための中心的な作品にしている。
本作の最大の特徴は、粗さと壮大さの共存である。録音はローファイであり、演奏も必ずしも整っているわけではない。しかし、曲そのものはしばしば巨大なロック・アンセムのような輪郭を持つ。Guided by Voicesは、自宅録音や安価な機材の中で、The WhoやThe Beatles、Big Starのような古典的ロックの夢を再現しようとした。その結果、現実には小さな音でありながら、想像の中では大きく鳴り響く独自のサウンドが生まれた。
歌詞面では、明確な物語や直接的な感情表現よりも、断片的なイメージと象徴的な言葉が重視されている。王、宇宙、少年、鎧、サーカス、寒冷前線、ツンドラといった言葉が、日常から少しずれた神話的な空間を作る。これは難解さを狙ったものというより、ロック・ソングの中に個人的な空想を流し込む方法である。聴き手は歌詞を一つの意味へ回収するのではなく、言葉の響きや断片から感覚を受け取ることになる。
また、『Propeller』はアメリカ中西部のインディー・ロックが持つ独特の生活感も伝えている。ニューヨークやロサンゼルス、ロンドンのような音楽産業の中心地ではなく、地方都市の友人関係や小さなコミュニティの中で生まれた音楽である。そのため、本作には華やかなプロフェッショナリズムではなく、作りたいから作るという根源的な衝動がある。これは90年代インディー・ロックの精神を理解するうえで非常に重要である。
日本のリスナーにとって、本作は最初は取っつきにくく感じられる可能性もある。音質は粗く、曲は短く、歌詞も明快ではない。しかし、繰り返し聴くことで、断片の中に隠れたメロディの強さや、未完成だからこそ広がる想像力が見えてくる。Pavement、Sebadoh、The Clean、The Pastels、初期R.E.M.、Big Star、The Whoなどに関心があるリスナーであれば、本作の魅力を理解しやすい。
『Propeller』は、完成されたロック・アルバムというより、ロックの夢が発生する瞬間を記録した作品である。粗い音の向こうに、巨大なステージの幻影が見える。日常の小さな部屋から、宇宙や王国やサーカスへ飛び立とうとする想像力がある。その推進力こそが、タイトル通り本作の「プロペラ」であり、Guided by Voicesというバンドを次の段階へ押し出した原動力である。
おすすめアルバム
1. Guided by Voices – Bee Thousand
Guided by Voicesの代表作として広く知られるアルバムであり、『Propeller』で確立されつつあったローファイ・パワー・ポップの美学が、より鮮やかに展開されている。短い楽曲、断片的な構成、強烈なメロディが次々に現れ、バンドの作曲力と奇妙な想像力が最もわかりやすく結晶化している。『Propeller』を理解した後に聴くことで、GBVがどのように飛躍したかを確認できる。
2. Guided by Voices – Alien Lanes
『Bee Thousand』に続く重要作で、さらに曲数が多く、断片性とポップ性が極端な形で共存している。録音は粗いが、メロディの密度は非常に高く、Guided by Voicesのソングライティングの多作性と独自性を体験できる。『Propeller』のローファイ感覚に惹かれるリスナーにとって、自然な次の一枚となる。
3. Pavement – Slanted and Enchanted
1990年代アメリカン・インディー・ロックの代表作であり、ローファイな音像、脱力したヴォーカル、ポストパンク的なギター、断片的な歌詞が特徴である。Guided by Voicesとは異なる角度から、メジャーなロックの完成度に対抗する美学を提示している。『Propeller』の粗さや歪んだポップ感覚を理解するうえで関連性が高い。
4. Sebadoh – III
ローファイ録音を個人的な感情表現へ結びつけた重要作である。Guided by Voicesがクラシック・ロック的なメロディと空想性を重視するのに対し、Sebadohはより内省的で生々しい感情を前面に出す。どちらも録音の粗さを表現の核にした点で共通しており、90年代ローファイ・インディーの広がりを理解できる。
5. Big Star – #1 Record
Guided by Voicesのメロディ感覚を理解するうえで重要なパワー・ポップの古典である。Big Starは商業的成功には恵まれなかったが、後のインディー・ロックやオルタナティヴ・ロックに大きな影響を与えた。甘いメロディ、ギターの輝き、青春の不安定さは、『Propeller』の粗い録音の奥にあるポップ性とも深くつながっている。

コメント