1. 歌詞の概要
「Vroom Vroom」は、Charli XCXが2016年にリリースしたEP『Vroom Vroom』のタイトル・トラックであり、同時に彼女の音楽キャリアにおける“境界線”を明確に引いた記念碑的な楽曲である。タイトルの「Vroom Vroom」は、車のエンジン音を模したオノマトペであり、文字通りスピード感、攻撃性、そして自己主張を象徴する。歌詞の中でCharliは、自分自身の欲望、力、女性的な魅力、ファッション、富、そしてセックスアピールを、ポップカルチャーとスラングの奔流のように詰め込んでいる。
だが、この曲の本質は、ただの“かっこよさ”の誇示ではない。ポップとアンダーグラウンドの境界を破壊し、女性アーティストとしての自立を再定義するための、ノイズまじりの挑戦であり宣言である。直線的でノンストップなトラックの上で、Charliは「私は誰にも止められない」というメッセージを、まるでスーパーカーのようなエネルギーで突きつけてくる。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Vroom Vroom」は、Charli XCXと、当時最先端のエレクトロ・プロデューサーとして注目されていたSOPHIEによるコラボレーションから生まれた。このタッグは、当時主流だったラジオ・ポップの潮流から逸脱し、より実験的で攻撃的な方向へと踏み込んだ初の試みだった。
SOPHIEの手によるサウンド・プロダクションは、いわゆるハイパーポップの原型とも言えるような、工業的で人工的な質感に満ちており、滑らかさよりも“意図的な違和感”を重視して構築されている。Charliはこのトラックの上で、可愛さと毒、ラグジュアリーと暴力性を同居させたボーカル・パフォーマンスを展開し、それまでの“ポップ・プリンセス”的なイメージから完全に脱却した。
この曲は、Charliが自身の音楽を“商品”としてではなく、“武器”として使い始めた最初の明確な一歩でもあり、以降の彼女の活動(特に『Pop 2』『how i’m feeling now』)のスタイルを決定づけたと言える。
3. 歌詞の抜粋と和訳
Let me take you to a world that I know
Vroom vroom, all my life I’ve been waiting for a good time
私の知ってる世界に連れていってあげる
ブンブン、ずっと楽しい時を待ってたの
I’m holding on for tonight
Pop it, let it fly
今夜にすべてをかけてる
弾けさせて、ぶっ飛ばしていくわ
Let’s ride, middle finger to the sky
They gon’ get what they get when they get me
さあ乗って 中指を空に掲げて
私に出会ったとき、やつらは自業自得ってわかるわ
引用元:Genius Lyrics – Charli XCX “Vroom Vroom”
4. 歌詞の考察
「Vroom Vroom」の歌詞は、自己肯定の暴走である。Charliはこの楽曲の中で、従来の「女性ポップアーティストに求められるもの」――たとえば、わかりやすい可愛さ、受け身の姿勢、感情の繊細さといったもの――をすべて蹴飛ばしている。
「Vroom」という擬音は、車の走行音であると同時に、“自己主導で突き進む”という姿勢の象徴である。誰にも邪魔されず、スピードを落とすことなく、自分の欲望を全開にして走っていく。これは、恋愛や成功を追い求める歌ではなく、“自分という存在が一番強い”という宣言の歌なのだ。
また、「middle finger to the sky」というフレーズには、既存のルールや美学への反抗心が込められており、Charliの“破壊から再構築へ”という美学を象徴している。これは、ただのキャッチーなポップソングではなく、「ポップ音楽そのものをどう再定義するか」という芸術的挑戦なのだ。
SOPHIEのサウンドが奏でる機械音的なビートや破裂音は、恋愛や感情よりも“身体”と“速度”の方が大事な世界観を演出しており、それがCharliの“攻撃的なフェミニズム”ともリンクしている。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Xcx World (unreleased) by Charli XCX
Charliの“幻のアルバム”からのトラック群。ポップとアヴァンギャルドの境界を押し広げる試み。 - Bipp by SOPHIE
ハイパーポップの代表曲。人工的な美と生理的違和感の美学を音で体験できる。 - Number One Angel by Charli XCX
同名のミックステープ収録の楽曲群は、「Vroom Vroom」の進化系。女性同士の絆と強さをテーマにした作品。 - Money Machine by 100 gecs
デジタル・ノイズとメロディの破壊的融合。ハイパーポップの狂気とエネルギーが凝縮されている。
6. ハイパーポップの起爆点――“Vroom Vroom”というカルチャー現象
「Vroom Vroom」は、単なる音楽作品にとどまらず、2010年代後半から2020年代初頭にかけての“ハイパーポップ”という潮流の原点的存在である。ここでCharli XCXは、従来のポップの枠組みを解体し、新たな構造を打ち立てた。SOPHIEとのコラボレーションによって実現したこの“未来の音”は、その後の音楽シーン――特に若手アーティストや非主流カルチャーに多大な影響を与えていく。
この曲が象徴しているのは、「かわいい」や「ポップ」という言葉が、決して甘さや受動性の代名詞ではなく、“力”であり“戦略”であり、時に“武装”にもなるという意識の転換である。Charliはその戦略を最初に明示し、自らの体で証明した存在であり、「Vroom Vroom」はその宣言の鐘のような曲なのだ。
この楽曲は、これまでの“歌う女性像”に疑問を持ち、違和感を感じていたすべての人に向けて、“これが私たちのポップの在り方だ”と突きつけてくる。その力強さと先鋭性は、まさに21世紀の新しいアンセムにふさわしい。
「Vroom Vroom」は、車のエンジン音ではない。それは、新時代の自己表現の爆音であり、女性が主役となる未来へのアクセル音なのである。
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