
1. 歌詞の概要
『Vitamin C』は、1972年にリリースされたCanのアルバム『Ege Bamyası』に収録されている楽曲で、バンドの持つアヴァンギャルドな精神と、肉体的なグルーヴ感が凝縮された代表作の一つである。
この曲に登場するのは、「Vitamin C」という一見すると健康的で明るいイメージの言葉であるが、それに続くのは「あなたはビタミンCを失った」という謎めいたフレーズ。何かを失ったことへの哀惜、あるいは皮肉や警告のような響きを持ち、直接的な意味を超えて多義的な解釈を誘う。この楽曲の歌詞は非常にミニマルでありながら、その反復性と語感の強さによって強烈な印象を残す。
2. 歌詞のバックグラウンド
Canは1968年にドイツのケルンで結成されたクラウトロックのパイオニアであり、その音楽はロック、ジャズ、電子音楽、現代音楽の境界を自由に横断する先鋭的なものだった。『Vitamin C』はその中でも特にファンクとサイケデリックが交差したグルーヴの魅力が詰まった楽曲であり、Canがどれほどリズムと即興を重視していたかを象徴する一曲でもある。
ヴォーカルを務めたDamo Suzuki(スズキ・ダモ)は日本人で、1970年から73年にかけてバンドに在籍。英語を話せなかった彼が独自の言語感覚とフィーリングで歌詞を紡いだことは、Canの音楽にさらなる曖昧さと神秘性を与えた。彼の即興的なヴォーカルと、Holger Czukay(ベース)、Jaki Liebezeit(ドラム)、Michael Karoli(ギター)、Irmin Schmidt(キーボード)らの演奏が、化学反応のように混じり合い、『Vitamin C』という唯一無二の楽曲を生み出したのである。
3. 歌詞の抜粋と和訳
引用元: Genius
Hey you
おい、君
You’re losing, you’re losing, you’re losing, you’re losing your vitamin C
君は失ってる、失ってる、失ってる、ビタミンCを失ってるんだ
You’re losing your vitamin C
君はビタミンCを失っているんだ
Hey you
おい、君よ
You’re losing, you’re losing, you’re losing, you’re losing your mind
君は失ってる、正気すら失っている
この短い歌詞は、ほとんどマントラのように繰り返されることで、聴く者の意識に訴えかけてくる。そこに込められているのは、警鐘なのか、挑発なのか、それとも抽象的な寓話なのか——それは受け手次第なのだ。
4. 歌詞の考察
「ビタミンCを失う」という一節は、そのままの意味ではもちろんない。ビタミンCは身体の健康維持に欠かせない栄養素であるが、それを「失う」とは、つまり精神的・肉体的バランスの喪失、あるいは文明や社会における何か大切なものが欠けていくことの象徴とも捉えられる。
歌詞の後半では「you’re losing your mind(正気を失っている)」という直接的な言葉が投げかけられるが、これは現代社会における個人の分断、不安定な心理状態、そして自己喪失の比喩として読むこともできよう。加えて、Canのサウンドそのものが催眠的で、意識を揺さぶるような構造を持っているため、歌詞と音が一体となって聴き手の感覚を撹乱する仕掛けが施されている。
また、歌詞は単純なようでいて、「you」という二人称が誰を指しているのかも明確にはされていない。これは個人を名指しするのではなく、リスナー自身が「君」としてその言葉を受け取るように設計されているのかもしれない。その結果、この曲は親密さと不安、リズムと無秩序、現実と幻想の狭間に立ち上がる不思議な力を放っているのだ。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Mother Sky by Can
同じアルバムに近い時期の作品で、より長尺でトリップ感の強い名曲。Canの即興性とダモ鈴木の存在感が存分に味わえる。 - Hallogallo by Neu!
クラウトロックを代表するグループNeu!による、反復とミニマリズムの美学。Canに通じるトランス的なグルーヴを持つ。 - Spoon by Can
テレビドラマの主題歌としても使われたキャッチーな楽曲で、『Vitamin C』と並ぶCanの代表曲。 - Paperhouse by Can
『Tago Mago』収録の楽曲で、精神の崩壊と再生を描くような深い音楽的探求が込められている。
6. サンプリングとカルチャーへの影響
『Vitamin C』は、そのユニークなリズムと反復する歌詞によって、後年さまざまなミュージシャンや映像作家に影響を与えている。とりわけ注目すべきは、ポール・トーマス・アンダーソン監督の映画『インヒアレント・ヴァイス』(2014年)での使用である。この映画の幻想的で曖昧な世界観において、『Vitamin C』は不可欠な要素となっており、Canの音楽がいかに時代を超えて生き続けているかを示す好例といえる。
また、現代のエレクトロニカ、ポストパンク、インディー・ロックの分野でも、本楽曲はしばしばサンプリングされ、影響の源泉として言及されている。Canの音楽は、ただ“聴く”ものではなく、“浸る”ものなのである。
『Vitamin C』は、限られた言葉と緻密なグルーヴの中に、混沌とした70年代の空気、そしてその先に続く現代の不安と美しさまでも内包している。これは単なる一曲ではなく、耳と身体と心を通じて響く、時代を超えた問いかけなのだ。
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