発売日: 1995年1月24日
ジャンル: オルタナティヴ・ロック、カレッジ・ロック、ドリームポップ
概要
『University』は、Throwing Musesが1995年にリリースした通算6作目のスタジオ・アルバムであり、ターニャ・ドネリー脱退後初、そして実質的にクリスティン・ハーシュのソロ的色彩が最も濃く反映された作品である。
アルバムタイトルの「University(大学)」は、若さ、成長、知性、孤独といったテーマの比喩として読み取ることができ、人生の通過点としての“不完全で不安定な時間”を音楽で切り取った記録とも言える。
音楽的には、初期のポストパンク的ひねくれた構成から離れ、よりストレートなロック・アレンジとメロディ重視の構成へと移行。
その結果、本作はアメリカとUKの両チャートで過去最高の成功を収め、バンド史上もっとも“届きやすい”アルバムとなった。
だが、聴きやすくなったからといって、彼女たち(というよりハーシュ)が“穏やかになった”わけではない。
むしろ本作には、抑えきれない衝動と、知的に制御された激しさが同居し、理性と感情の綱引きのような緊張感が張り詰めている。
全曲レビュー
1. Bright Yellow Gun
Throwing Muses最大のヒット曲。
鋭いギターリフとキャッチーなコーラスが絡む、痛快なオルタナティヴ・ロック。
“明るい黄色の銃”というイメージは、魅惑と暴力、愛と破壊を示唆する象徴的な一発。
2. Start
短く鋭いイントロ的トラック。
開始を告げるにしては内向的で、むしろ“ここから始まる不安”を表しているようだ。
3. Hazing
サーフロック風のグルーヴが新鮮なアップテンポ・ナンバー。
“通過儀礼”というタイトル通り、社会との摩擦と個の確立をめぐるテーマ。
4. Shimmer
夢のように儚く、抑制された情熱がにじむ一曲。
サウンドの柔らかさとは裏腹に、リリックは孤独と憧れの間を漂っている。
5. Calm Down, Come Down
ノイジーなギターと繊細な歌声の交錯が、タイトルの指示を裏切るように高ぶっていく。
「落ち着け、降りてこい」は自己への戒めか、それとも誰かへの警告か。
6. Crayons
スローでドリーミーな編成のなかに、壊れかけた知性と感情が染み出す。
“クレヨン”という無邪気な象徴が、幼さと破壊願望を同時に呼び起こす。
7. No Way In Hell
タイトル通り、鋭く反抗的なトーンを持ったパンク寄りのトラック。
Throwing Musesの原点回帰的な衝動も感じさせる。
8. Surf Cowboy
珍しく遊び心あるタイトルと裏腹に、暗くねじれたコードが基調。
“カウボーイ”という自由の象徴が、都市的ノイズの中でさまようような印象。
9. That’s All You Wanted
リフレインの強さが際立つ、感情の詰まったバラード調。
愛と誤解、すれ違いのなかで、最後に残るものが“これだけだったの?”という虚無。
10. Fever Few
語りかけるような歌と優しく包むアンサンブル。
“フィーバーフュー”=ナツシロギクという植物の名から、癒しと記憶の二重性を感じさせる。
11. Start (Reprise)
冒頭の「Start」の再演。
ほぼインストで、アルバムの“輪廻的構造”を象徴するような位置づけ。
12. University
表題曲にして、締めくくりの楽曲。
淡々としたテンポの中で、決してはっきりとは語られない内面の混乱が滲み出す。
このアルバム全体の静かなカタルシスがここにある。
総評
『University』は、Throwing Musesが成熟と孤独、親密さと孤絶、制御と衝動の狭間で美しくバランスを取った、1990年代中盤のオルタナティヴ・ロック屈指の傑作である。
メンバーの離脱や時代の変化を経て、クリスティン・ハーシュの内面はますます深く潜り込みながら、音楽的には開かれたフォーマットへと進化している。
その結果生まれたのは、「鋭く、でも優しい」「冷静で、でも泣きそう」な音楽だった。
これはもう“バンド”というより、ひとりの人間が、どれだけ壊れずに生きていけるかという試みの記録でもある。
大学という場がそうであるように、このアルバムもまた、“途中経過”であり“変化の最中”を誠実に鳴らした音楽なのだ。
おすすめアルバム
- Kristin Hersh / Strange Angels
『University』と同時期に制作されたソロ作品。より内省的で穏やかな視座を持つ姉妹作。 - Belly / King
ターニャ・ドネリーの“もう一つのThrowing Muses的継承”。鋭さとポップが交差する。 - The Breeders / Last Splash
女性オルタナの1990年代的頂点。キム・ディールと共鳴する部分が多い。 - Liz Phair / Whip-Smart
個の確立と自己表現のバランスというテーマで、ハーシュと通じ合う部分がある。 -
Throwing Muses / Limbo
『University』の後日譚的な次作。より静かで、より深い心象風景が描かれている。
制作の裏側と文化的背景
『University』の制作時、Throwing Musesはすでにメンバーの入れ替えや音楽的方向性の模索を繰り返していた。
だが、ハーシュはその不安定さを抱きしめるように、明確な“ポップ構造”の中で自らの複雑な内面を刻もうとした。
その意味で『University』は、精神疾患やアイデンティティの揺らぎ、母性とアーティスト性といった、当時の“語られにくかった女性の問題”を、音楽の構造そのものを使って語ったアルバムでもある。
“学びの場”としての大学、“分類されない時期”としての大学時代。
その比喩としての『University』は、あまりにも静かに、深く鳴り響く。
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