
- イントロダクション:クラブの熱狂を「詩」として鳴らした存在
- アーティストの背景と歴史
- 音楽スタイル:反復、陶酔、言葉の断片
- 代表曲の解説
- アルバムごとの進化
- Dubnobasswithmyheadman:Underworldの再誕生
- Second Toughest in the Infants:流動する長尺構成の美学
- Beaucoup Fish:メインストリームと実験性の交差点
- A Hundred Days Off:デュオとしての再出発
- Oblivion with Bells:内省と成熟
- Barking:外部プロデューサーとの接続
- Barbara Barbara, we face a shining future:光へ向かうミニマリズム
- DRIFT Series 1:配信時代の巨大な実験
- Strawberry Hotel:現在形のUnderworld
- 影響を受けた音楽:クラウトロック、テクノ、ダブ、ロックの残響
- 影響を与えたアーティストと音楽シーン
- 同時代アーティストとの比較:Underworldのユニークさ
- 映画、オリンピック、社会的な広がり
- ライブパフォーマンス:電子音楽を肉体化する力
- 批評的評価:エレクトロニカの進化を体現する存在
- Underworldの本質:都市、身体、言葉、光
- まとめ:Underworldが残したもの
イントロダクション:クラブの熱狂を「詩」として鳴らした存在
Underworld(アンダーワールド)は、イギリスのエレクトロニック・ミュージックを代表するグループである。中心人物はKarl HydeとRick Smith。1990年代以降のテクノ、ハウス、エレクトロニカ、アンビエント、ロックを横断しながら、クラブミュージックを単なるダンスのための機能音楽ではなく、都市の記憶、断片的な言葉、身体の高揚、深夜の孤独を描く芸術へと押し広げた。
Underworldの音楽を聴くと、まず身体が反応する。キックドラムが脈打ち、シンセが渦を巻き、ベースが床を揺らす。しかし、そこに乗るKarl Hydeの言葉は、一般的なポップソングの歌詞とは違う。会話の断片、街で拾った看板の言葉、夢の中の独白、意味がつながりそうでつながらない詩。それらが音の上を流れ、クラブの熱気を文学的な幻覚へ変えていく。
1996年の「Born Slippy.NUXX」は映画『トレインスポッティング』によって世界的に知られるようになり、Underworldの名を一気に広めた。Danny Boyleとの関係はその後も続き、2012年ロンドン五輪開会式では、UnderworldのRick SmithとKarl Hydeが音楽監督を務めたことでも知られている。オリンピック公式サイトも、彼らがDanny Boyleとともに開会式の音楽を担ったことを伝えている。
Underworldは、1990年代のレイヴ文化から生まれながら、その時代だけに閉じ込められなかった。Dubnobasswithmyheadman、Second Toughest in the Infants、Beaucoup Fish、そして2024年のStrawberry Hotelまで、彼らは常に変化しながらも、Underworldらしい「夜の呼吸」を保ち続けている。
アーティストの背景と歴史
Underworldの歴史は、単純なエレクトロニック・デュオの物語ではない。Karl HydeとRick Smithは、1980年代から音楽活動を共にしており、初期にはニューウェイヴ/シンセポップ寄りのバンドとして活動していた。しかし、現在よく知られるUnderworldのサウンドが確立されるのは、1990年代に入ってからである。
重要な転機は、DJ/プロデューサーのDarren Emersonの参加だった。彼のクラブミュージックへの感覚が加わることで、Underworldはロックバンド的な構造から、テクノやハウスを核にした新しい形へ進化する。1994年のDubnobasswithmyheadmanは、その変化を決定づけたアルバムである。
この時期のイギリスでは、アシッドハウス以降のクラブカルチャーが広がり、レイヴ、テクノ、ブレイクビーツ、アンビエントが若者文化の中心にあった。The Chemical Brothers、Orbital、Leftfield、The Prodigyなどがロックリスナーにも届くダンスミュージックを提示していた時代である。Underworldもその流れの中にいたが、彼らには他のアクトとは異なる文学性と都市的な映像感覚があった。
また、Underworldはデザイン集団Tomatoとの関係でも知られる。アートワーク、映像、タイポグラフィ、ライブ演出を含めて、Underworldは音楽だけでなく総合的な視覚体験を作ってきた。Beaucoup FishのアートワークもTomatoが手がけたことが知られている。
つまりUnderworldは、クラブミュージックのグループであると同時に、音、言葉、映像、デザインを結びつけるアート・プロジェクトでもある。
音楽スタイル:反復、陶酔、言葉の断片
Underworldの音楽スタイルを特徴づけるのは、反復による高揚である。テクノやハウスの基本にあるのは、同じリズムやフレーズを繰り返しながら、少しずつ変化させていく構造だ。Underworldはその構造を非常に巧みに使う。
彼らの楽曲は、最初から大きなサビで引きつけるタイプではない。むしろ、ビートが走り出し、シンセが層を作り、声が断片的に現れ、気づけば聴き手が巨大な流れの中にいる。川に足を入れたつもりが、いつの間にか海へ流されているような感覚である。
Rick Smithのプロダクションは、精密でありながら生々しい。キックは機械的に正確だが、音全体には人間の汗や呼吸がある。シンセは冷たく輝くが、その奥には温度がある。Underworldのトラックは、無機質な電子音で作られているのに、不思議なほど有機的に感じられる。
Karl Hydeのボーカルは、Underworldを唯一無二の存在にしている。彼はロックシンガーのように物語を直線的に歌うのではない。都市で拾った言葉をコラージュするように、意味の断片を投げ込む。そこには酔った独白、地下鉄の広告、誰かの会話、祈り、欲望、幻覚が混ざっている。
この「意味が完全には閉じない言葉」が、Underworldの音楽に深い余白を与えている。リスナーは踊りながら、自分自身の記憶や風景をその言葉に重ねることができるのだ。
代表曲の解説
「Born Slippy.NUXX」
「Born Slippy.NUXX」は、Underworldの代表曲であり、1990年代のクラブミュージックを象徴する楽曲である。映画『トレインスポッティング』で使用されたことで世界的に広まり、Underworldの名を一気に一般層へ届けた。オリンピック公式サイトも、同曲がDanny Boyleの『Trainspotting』で使用されたことに触れている。
この曲の凄さは、祝祭と破滅が同時に鳴っているところだ。ビートは圧倒的に高揚感があり、シンセのリフは光の洪水のように広がる。しかし、Karl Hydeの声には酩酊、不安、孤独がある。言葉は断片的で、酔った人間の頭の中をそのまま音にしたようだ。
だからこそ、「Born Slippy.NUXX」は単なるアンセムではない。クラブで拳を上げる曲であると同時に、朝方の路地で自分の影を見つめる曲でもある。快楽の絶頂と、その後に訪れる空虚さが、同じビートの中に閉じ込められている。
「Rez」
「Rez」は、Underworldの反復美を象徴するインストゥルメンタル曲である。シンプルなシンセのフレーズが少しずつ変化し、やがて巨大な光の波になる。
この曲には、歌詞による物語はない。しかし、音そのものが物語を作る。序盤の透明な電子音は、遠くに見える都市の灯りのようだ。そこにビートが加わり、音が厚みを増していく。大きな展開を無理に作らなくても、反復の中で感情が高まっていく。
Underworldの音楽が「踊れるアンビエント」とも呼べる理由は、こうした曲にある。床を揺らす低音と、意識を浮かせるシンセが同時に存在しているのだ。
「Cowgirl」
「Cowgirl」は、初期Underworldの代表的なクラブトラックである。疾走するビート、鋭いシンセ、断片的なボーカルが絡み合い、機械的でありながら非常に肉体的なグルーヴを作る。
この曲では、Underworldのロック的な衝動も感じられる。ギターを前面に出しているわけではないが、音の勢いはロックバンドのライブに近い。エレクトロニック・ミュージックでありながら、観客を正面から押し返すような力がある。
「Cowgirl」の魅力は、緊張感の持続にある。ビートは走り続け、シンセはうねり続け、声は意味と音の間を漂い続ける。Underworldが、クラブミュージックをロックフェスの大舞台にも通用するエネルギーへ変えたことを示す曲である。
「Dark & Long」
「Dark & Long」は、タイトル通り、暗く長い夜を思わせる楽曲である。Underworldの中でも、より深く、地下へ潜るような雰囲気を持つ。
この曲では、派手な爆発よりも、持続するムードが重要だ。低音がゆっくりと空間を満たし、シンセが霧のように広がる。Karl Hydeの声は、何かを説明するのではなく、夜の中で言葉を落としていく。
Underworldの音楽には、都市の深夜がよく似合う。タクシーの窓、濡れた道路、駅の蛍光灯、誰もいない交差点。「Dark & Long」は、そうした風景の中で鳴る電子音楽である。
「Two Months Off」
「Two Months Off」は、Darren Emerson脱退後のUnderworldを代表する楽曲である。2002年のアルバムA Hundred Days Offに収録され、Underworldがデュオとして新しい段階へ入ったことを示した。
この曲は、タイトル通りどこか解放感がある。ビートは軽やかで、シンセは明るく、Karl Hydeの声にも前向きな響きがある。1990年代のUnderworldが夜の混沌を描いていたとすれば、「Two Months Off」には朝の光が差し込むような感覚がある。
それでも、単純な幸福の曲ではない。Underworldらしい反復、言葉の断片、電子音の揺らぎは残っている。変化しながらも核は失わない。そこに彼らの強さがある。
アルバムごとの進化
Dubnobasswithmyheadman:Underworldの再誕生
1994年のDubnobasswithmyheadmanは、Underworldの決定的な作品である。このアルバムによって、彼らはニューウェイヴ的な過去を超え、クラブカルチャーとロックの感覚を融合した新しいUnderworldへ生まれ変わった。
この作品には、テクノ、ハウス、アンビエント、ダブ、ロックの要素が自然に混ざっている。「Dark & Long」、「Mmm Skyscraper I Love You」、「Cowgirl」、「Dirty Epic」といった楽曲は、どれも長尺で、反復を重視しながら、単なるDJツールではなく楽曲としての強い個性を持つ。
特に重要なのは、Karl Hydeの言葉が音楽の一部として機能している点だ。歌詞は物語を説明しない。だが、都市の断片を積み重ねることで、強烈なイメージを生む。Dubnobasswithmyheadmanは、クラブミュージックがアルバムという形式でも深い体験になり得ることを示した作品である。
Second Toughest in the Infants:流動する長尺構成の美学
1996年のSecond Toughest in the Infantsは、Underworldの実験性がさらに押し広げられたアルバムである。前作よりも構成は流動的で、曲の境界が溶けていくような感覚がある。
このアルバムでは、ビートが単に踊らせるためのものではなく、意識を変化させる装置として働く。長いトラックの中で、音は少しずつ変化し、聴き手の時間感覚をずらしていく。これはクラブでの体験に非常に近い。曲単位で聴くというより、音の流れに身を任せる作品である。
また、この時期のUnderworldは、「Born Slippy.NUXX」によって世界的な注目を浴びることになる。『トレインスポッティング』との結びつきは、Underworldの音楽をクラブの外側へ押し出し、映画的な記憶と結びつけた。
Beaucoup Fish:メインストリームと実験性の交差点
1999年のBeaucoup Fishは、Underworldにとって大きな節目となったアルバムである。「Born Slippy.NUXX」の成功後に発表された作品であり、期待とプレッシャーの中で作られた。Pitchforkは同作について、「Born Slippy.NUXX」の成功後、Underworldが主流の注目を浴びる中で生まれた作品として位置づけている。
このアルバムには、「Push Upstairs」、「Jumbo」、「King of Snake」、「Moaner」など、より明確で強い楽曲が並ぶ。前作までの流動的な構成に比べると、トラックごとの輪郭がはっきりしており、メインストリームのリスナーにも届きやすい。
しかし、Underworldは単にわかりやすくなったわけではない。「King of Snake」の鋭いグルーヴ、「Jumbo」の夢幻的な浮遊感、「Moaner」の暗い疾走感には、彼ららしい異物感が残っている。
Beaucoup Fishは、Darren Emersonが参加した最後のスタジオアルバムでもある。アルバムの情報でも、同作がDarren Emerson在籍時代最後のスタジオ作であることが記されている。
この意味で、Beaucoup Fishは1990年代Underworldの到達点であり、ひとつの時代の終わりでもある。
A Hundred Days Off:デュオとしての再出発
2002年のA Hundred Days Offは、Darren Emerson脱退後、Karl HydeとRick Smithのデュオとして制作されたアルバムである。ここでUnderworldは、よりシンプルで、明るく、開かれた音へ向かう。
代表曲「Two Months Off」には、その変化がよく表れている。1990年代の作品にあった暗い熱狂や都市的な混沌に比べ、このアルバムには風通しの良さがある。長い夜を抜けた後の朝のような作品だ。
ただし、Underworldの核である反復、電子音の質感、言葉の断片は変わらない。むしろ、デュオになったことでRick SmithとKarl Hydeの関係性がより前面に出る。Underworldはトリオのクラブバンドから、より内省的な電子音楽ユニットへと進化したのである。
Oblivion with Bells:内省と成熟
2007年のOblivion with Bellsでは、Underworldはより落ち着いた、内省的な方向へ進む。派手なクラブアンセムよりも、音の空間、余白、感情の陰影が重視されている。
この時期のUnderworldは、若いレイヴ世代の熱狂を代表する存在というより、長く電子音楽を探求してきた作家としての側面が強い。ビートはあるが、必ずしも爆発を目指さない。シンセはきらびやかだが、どこか静かな憂いがある。
Underworldはここで、エレクトロニック・ミュージックが年齢を重ねることの可能性を示した。クラブミュージックは若者のためだけのものではない。時間を経た身体、記憶、喪失、成熟もまた、ビートの中で表現できるのである。
Barking:外部プロデューサーとの接続
2010年のBarkingでは、Underworldは外部プロデューサーとの共同作業を積極的に取り入れた。Dubfire、High Contrast、Paul van Dykなど、クラブミュージックのさまざまな文脈を持つプロデューサーが関わり、アルバムはより即効性のあるダンスミュージックへ接近した。
この作品は、Underworldの中では比較的ポップで開かれた印象を持つ。長尺の反復よりも、曲ごとのフックや明快な展開が目立つ。古くからのファンには賛否もあったが、Underworldが自分たちの閉じた美学だけに留まらず、外の空気を取り込もうとした作品として重要である。
Barbara Barbara, we face a shining future:光へ向かうミニマリズム
2016年のBarbara Barbara, we face a shining futureは、Underworldが再び高い評価を得た作品である。タイトルからして印象的で、暗い時代の中で光を見ようとする意志が感じられる。
このアルバムは、過去作に比べて非常に引き締まっている。曲数も多すぎず、音の配置も明快だ。Underworldの特徴である反復と高揚は残しながら、無駄を削ぎ落としたミニマルな力がある。
彼らはここで、90年代の自分たちを再現するのではなく、現在の身体で踊る方法を見つけている。若い頃の過剰な夜ではなく、成熟した光の中で鳴るUnderworldだ。
DRIFT Series 1:配信時代の巨大な実験
2019年のDRIFT Series 1は、Underworldの長いキャリアの中でも特異なプロジェクトである。音源、映像、オンライン配信を組み合わせた大規模な連続リリースであり、アルバムというより、流動するアーカイブのような作品だ。
Underworldはもともと、音楽と映像、デザインを一体化させる感覚に優れていた。DRIFT Series 1では、その姿勢が配信時代に合わせて拡張されている。固定されたアルバムではなく、更新され続ける音楽体験。これは、現代の音楽の聴かれ方そのものに対応したプロジェクトだった。
Strawberry Hotel:現在形のUnderworld
2024年10月25日、UnderworldはアルバムStrawberry Hotelをリリースした。Bandcampの公式ページでは、同作が2024年10月25日リリースで、「Black Poppies」、「denver luna」、「Techno Shinkansen」、「and the colour red」などを含む作品として掲載されている。
日本盤情報でも、同作は2024年10月25日発売、16曲収録のアルバムとして紹介されている。
Strawberry Hotelは、Underworldが今なお現在形のアーティストであることを示す作品だ。タイトルには甘さと奇妙さが同居している。ホテルという場所は、一時的な滞在、匿名性、旅、記憶の交差点である。Underworldの音楽にふさわしい舞台だ。
The Guardianは同作について、ダンスフロア向けの力強い楽曲と、より内省的な楽曲が共存するアルバムとして紹介している。
長いキャリアを経ても、Underworldは過去の成功に閉じこもらない。新しい音、新しい言葉、新しい夜の風景を探し続けている。
影響を受けた音楽:クラウトロック、テクノ、ダブ、ロックの残響
Underworldの音楽には、さまざまな影響が流れている。テクノやハウスはもちろん、クラウトロック、ダブ、アンビエント、ポストパンク、ニューウェイヴ、ロックの要素が複雑に混ざっている。
反復を重視する構造には、KraftwerkやCan、Neu!などのクラウトロック的な感覚がある。機械的なリズムの中に、人間的な揺らぎを残す点も共通している。
ダブの影響も重要だ。Underworldの音には、空間を広く使う感覚がある。音を詰め込みすぎず、残響や間を使って深さを作る。これはダブ的なプロダクション感覚に近い。
一方で、Karl Hydeの存在はロックの身体性を保っている。Underworldは完全な匿名的テクノユニットではない。ライブでは、Hydeの身体、声、動きが前面に出る。そこにはロックバンドのフロントマンに近いエネルギーがある。
影響を与えたアーティストと音楽シーン
Underworldが後世に与えた影響は非常に大きい。彼らは、エレクトロニック・ミュージックがロックフェスの大舞台でも成立することを示したグループのひとつである。
1990年代以前、クラブミュージックはしばしばクラブやレイヴの文脈に閉じられていた。しかしUnderworldは、ライブアクトとしての強度、アルバムアーティストとしての構成力、映像やデザインを含む総合的な表現によって、電子音楽の可能性を広げた。
The Chemical BrothersやOrbital、Leftfield、The Prodigyと並び、Underworldは「エレクトロニック・ミュージックがロックと同じ規模の熱狂を生む時代」を作った存在である。その中でもUnderworldは、特に詩的で、都市的で、長い反復によるトランス感覚に優れていた。
また、彼らの言葉の扱いは、後のエレクトロニカやインディー・エレクトロニックにも影響を与えている。歌詞を意味の伝達だけでなく、音響的な素材として使う。その姿勢は、クラブミュージックに文学的な奥行きを与えた。
同時代アーティストとの比較:Underworldのユニークさ
The Chemical Brothersがロック的な破壊力とビッグビートの衝撃を前面に出したとすれば、Underworldはより流動的で、詩的で、持続的だ。The Prodigyが攻撃性とパンク精神で観客を圧倒したのに対し、Underworldはトランス状態へ導く。Orbitalが知的で構築的なテクノを提示したとすれば、Underworldはそこに肉体的な声と都市の言葉を加えた。
Underworldのユニークさは、クラブミュージックの機能性と、ロック/文学/映像表現の情緒を同時に成立させた点にある。彼らの曲はDJセットで機能するが、ヘッドフォンで聴いても深い。踊れるが、読める。身体に届くが、想像力も刺激する。
特にKarl Hydeの言葉は、Underworldを他の電子音楽アクトから大きく分けている。彼のフレーズは、意味がわかるようでわからない。しかし、だからこそ記憶に残る。Underworldの音楽は、説明される物語ではなく、聴き手の中で発生する風景なのだ。
映画、オリンピック、社会的な広がり
Underworldの音楽は、クラブやアルバムの中だけでなく、映画や大規模イベントとも深く結びついている。
最も有名なのは、やはりDanny Boyleの映画『トレインスポッティング』との関係である。「Born Slippy.NUXX」は映画の終盤と結びつき、90年代の若者文化、快楽、逃走、破滅の象徴のような楽曲になった。
その後、UnderworldとDanny Boyleの関係はさらに発展する。2012年ロンドン五輪開会式では、Underworldが音楽面で重要な役割を担った。The Hollywood Reporterも、Danny BoyleとUnderworldが『Trainspotting』以来の関係を持ち、ロンドン五輪開会式の音楽に関わったことを報じている。
これはUnderworldにとって非常に象徴的な出来事だった。地下クラブから生まれた音楽が、オリンピックという世界的な舞台へ到達したのである。しかし、彼らの音楽はその大舞台でも単なるBGMにはならなかった。電子音と人間の動き、大衆的な祝祭とアート的な構成を結びつける力を発揮した。
ライブパフォーマンス:電子音楽を肉体化する力
Underworldのライブは、彼らの本質を理解する上で欠かせない。スタジオ音源では精密なエレクトロニック・ミュージックとして聴こえる曲が、ライブでは巨大な生命体のように変化する。
Rick Smithは音の構造を操り、ビートやシンセを流動的に変化させる。Karl Hydeはステージ上で身体を使い、声を放ち、観客との間に不思議な緊張感を作る。電子音楽でありながら、非常に肉体的だ。
Underworldのライブでは、曲が音源通りに再現されるだけではない。フレーズが伸び、ビートが変形し、言葉が違う表情を持つ。クラブのDJセットとロックバンドのライブの中間にあるような体験である。
彼らが長く支持されている理由のひとつは、このライブの強さにある。Underworldの音楽は、聴くものでもあり、浴びるものでもある。音が身体を包み、言葉が意識の隙間に入り込む。その感覚は、音源だけでは完全には伝わらない。
批評的評価:エレクトロニカの進化を体現する存在
Underworldは、批評的にも長く評価されてきた。特に1990年代の三部作ともいえるDubnobasswithmyheadman、Second Toughest in the Infants、Beaucoup Fishは、クラブミュージックがアルバムとしても深く機能することを示した重要作である。
PitchforkはBeaucoup Fishの再発レビューで、同作を1999年のUnderworldが主流の注目と向き合った重要作として扱い、その時代のスナップショットとして評価している。
また、2024年のStrawberry Hotelに対しても、The Guardianはダンスフロア向けの力強さと哀愁ある楽曲が共存する作品として論じている。
Underworldの評価は、単に「昔の名曲があるグループ」というものではない。彼らは時代ごとに音楽の形を変えながら、エレクトロニック・ミュージックの可能性を更新してきた。レイヴ、テクノ、映画、オリンピック、配信プロジェクト、新作アルバム。そのすべてを通じて、Underworldは現在形であり続けている。
Underworldの本質:都市、身体、言葉、光
Underworldの音楽を一言で表すなら、「都市の中で身体が光に変わる瞬間の音楽」だ。
彼らの曲には、深夜の街がある。駅、道路、広告、雨、酒、見知らぬ人の声、クラブの床、朝焼け。そうした都市の断片が、ビートの中で一つにつながる。
同時に、Underworldの音楽には身体がある。キックドラムは心臓のように鳴り、ベースは足元を揺らし、反復するシンセは意識を別の場所へ運ぶ。電子音なのに、非常に肉体的である。
そして、言葉がある。Karl Hydeの言葉は、意味を固定しない。だが、その断片があるからこそ、Underworldの音楽は匿名的なダンストラックではなく、聴き手の記憶に残る詩になる。
Underworldは、クラブミュージックの中に文学を持ち込み、電子音の中に人間の不安と恍惚を刻み込んだ存在なのである。
まとめ:Underworldが残したもの
Underworldは、エレクトロニカの進化を象徴する革新的なデュオである。Karl HydeとRick Smithを中心に、彼らは1990年代のレイヴ文化から出発しながら、テクノ、ハウス、アンビエント、ロック、映像、デザインを融合させ、独自の音楽世界を築いてきた。
Dubnobasswithmyheadmanでクラブミュージックとロック的感覚を融合し、Second Toughest in the Infantsで流動的な長尺構成を押し広げ、「Born Slippy.NUXX」で世界的アンセムを生み、Beaucoup Fishでメインストリームと実験性の交差点に立った。その後もA Hundred Days Off、Oblivion with Bells、Barking、Barbara Barbara, we face a shining future、DRIFT Series 1、そしてStrawberry Hotelへと進化を続けている。
Underworldの音楽は、踊るための音楽であり、歩くための音楽であり、夜明けを迎えるための音楽でもある。ビートは身体を動かし、シンセは視界を広げ、言葉は意味の向こう側へ連れていく。
クラブの暗闇、映画の記憶、都市の詩、巨大な祝祭、個人的な孤独。それらをすべて電子音の中に流し込んだUnderworldは、単なるダンスミュージックのグループではない。彼らは、現代の夜を音に変え続ける革新的な存在である。

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