
発売日:2016年3月18日
ジャンル:テクノ、エレクトロニック、プログレッシブ・ハウス、アンビエント・テクノ、ダンス・ロック
概要
Underworldの『Barbara Barbara, We Face a Shining Future』は、長いキャリアを持つエレクトロニック・ミュージック・ユニットが、改めて生命力、身体性、希望を取り戻した作品である。Underworldは、Karl HydeとRick Smithを中心に活動してきた英国のグループであり、1990年代以降のテクノ/ハウス/エレクトロニック・ロックの領域で極めて重要な存在である。特に1994年の『Dubnobasswithmyheadman』、1996年の『Second Toughest in the Infants』、そして映画『Trainspotting』でも強烈な印象を残した「Born Slippy.NUXX」によって、Underworldはクラブ・ミュージックとロック・リスナーの双方に届く稀有な存在となった。
本作は、2010年の『Barking』以来となるオリジナル・アルバムであり、Underworldのディスコグラフィの中でも比較的コンパクトで、明快なエネルギーを持った作品である。前作『Barking』では外部プロデューサーとのコラボレーションを通じて、よりポップで開かれたサウンドを模索していた。一方、『Barbara Barbara, We Face a Shining Future』では、外部の大きな装飾よりも、HydeとSmithの関係性、二人の直感的なやり取り、そしてUnderworld本来のリズム感覚が前面に出ている。結果として本作は、過去の名作群の重厚さとは異なる、軽やかで生命感に満ちたアルバムになっている。
タイトルの『Barbara Barbara, We Face a Shining Future』は、Rick Smithの父が亡くなる直前に母Barbaraへ向けて語った言葉に由来するとされる。この背景は、アルバムの核心を理解するうえで非常に重要である。死や喪失の間際にありながら、「輝かしい未来へ向き合う」という言葉が発せられる。その矛盾するような感覚、つまり終わりの近くにありながら未来を見る姿勢が、本作全体を貫いている。アルバムは決して単純な楽天性だけで作られているわけではない。むしろ、喪失、時間、老い、記憶、変化を受け入れたうえで、それでも身体を動かし、光の方へ向かう音楽である。
Underworldの音楽の特徴は、クラブ・ミュージックの反復性と、Karl Hydeの断片的で詩的なヴォーカルが結びつく点にある。通常のロックやポップの歌詞が物語や感情を明確に説明するのに対し、Hydeの言葉は、都市の看板、会話の断片、記憶、広告、夢、身体感覚、路上の風景を切り貼りしたように現れる。それらは一見意味が飛躍しているように見えるが、ビートの反復と合わさることで、意識の流れや都市生活の速度を表現する。『Barbara Barbara, We Face a Shining Future』でも、その手法は健在である。
音楽的には、本作はテクノ、ハウス、プログレッシブ・ハウス、アンビエント、エレクトロニック・ポップ、ダンス・ロックの要素を含んでいる。だが、過去の作品に比べると、構成は比較的簡潔で、曲ごとの表情も明確である。長大なビルドアップや重厚な音響よりも、リズムのしなやかさ、音の隙間、メロディの親しみやすさが重視されている。特に「I Exhale」「If Rah」「Nylon Strung」などでは、Underworldのダンス・ミュージックとしての強度と、成熟したポップ感覚が自然に結びついている。
キャリア上の位置づけとして、本作はUnderworldの再生のアルバムといえる。1990年代の彼らは、レイヴ・カルチャー、クラブ・ミュージック、オルタナティヴ・ロックが交差する時代の象徴だった。しかし2010年代に入ると、エレクトロニック・ミュージックの状況は大きく変わり、EDMの大衆化、ベース・ミュージックの多様化、ストリーミング時代のリスニング環境の変化などが進んでいた。その中でUnderworldは、若い世代の流行に迎合するのではなく、自分たちの音楽の本質である反復、声、グルーヴ、都市的な詩性を再び研ぎ澄ませた。
後の音楽シーンへの影響を考えると、Underworldはすでに1990年代から、エレクトロニック・ミュージックをアルバム作品として成立させる方法、クラブ・トラックとロック的なライブ感を結びつける方法、言葉をビートの中で詩的に機能させる方法を提示してきた。本作はその集大成というより、長いキャリアの中でなお更新可能な生命力を示した作品である。ベテラン・アーティストが過去の成功を再現するのではなく、年齢や喪失を背負いながら新しい光へ向かう姿勢を示した点で、非常に意義深い。
全曲レビュー
1. I Exhale
オープニング曲「I Exhale」は、本作の再生感を最も強く示す楽曲である。冒頭から鳴る硬質なビートと反復するフレーズは、Underworldらしいクラブ・ミュージックとしての肉体性を持ちながら、どこか軽やかで開放的である。タイトルの「I Exhale」は「息を吐く」という意味であり、アルバムの始まりとして非常に象徴的である。息を吸うのではなく、まず吐く。つまり、内側に溜まったものを外へ放つことから、この作品は始まる。
この曲では、Karl Hydeのヴォーカルが断片的な言葉を連ねていく。彼の歌唱は通常のメロディアスなヴォーカルというより、リズムに乗った語り、都市の断片を拾い上げる声として機能する。言葉は必ずしも直線的な物語を作らないが、反復されることで身体的な意味を帯びる。「I exhale」というフレーズは、緊張からの解放、再び動き出すための呼吸、内側の圧力を外へ逃がす行為として響く。
音楽的には、シンセの反復とリズムの推進力が中心である。過去のUnderworldの大作群に比べると、構造は比較的シンプルだが、その分、グルーヴの即効性がある。ビートは強いが過密ではなく、音の隙間が楽曲に呼吸を与えている。この「呼吸するテクノ」という感覚は、本作全体の特徴でもある。
「I Exhale」は、アルバムの開幕として極めて効果的である。Underworldはここで、過去の重厚な神話を背負いすぎず、今この瞬間に身体を動かす音楽として再び立ち上がる。タイトルが示す通り、これは解放の曲であり、同時にアルバム全体への入口である。
2. If Rah
「If Rah」は、本作の中でも特にUnderworldらしい言葉の断片性とビートの快楽が結びついた楽曲である。タイトル自体が意味をはっきり固定しない言葉であり、音としての響きが重要になっている。Underworldの歌詞においては、意味よりもリズム、語感、反復が大きな役割を持つ。「If Rah」という言葉も、明確な説明より、声に出した時の身体的な感触によって機能している。
サウンドは、ミニマルな反復を基盤にしながら、徐々に音の層を増やしていく。ビートはダンス・トラックとして機能するが、過度に派手なドロップや劇的な展開には向かわない。むしろ、一定のグルーヴの中で細かな変化を積み重ね、リスナーの身体をじわじわと引き込む。これはUnderworldが長年得意としてきた手法である。
Karl Hydeのヴォーカルは、ここでも言葉を意味の伝達手段としてだけではなく、音響的な素材として扱っている。断片的なフレーズが繰り返されることで、日常の言葉が次第に意味を離れ、ビートの一部になる。クラブ・ミュージックにおいて声はしばしばサンプルとして機能するが、Underworldの場合、Hyde自身の声がその場で生成されるサンプルのように働く。
歌詞のテーマをあえて読み取るなら、都市の断片、意識の浮遊、瞬間的な快楽、言葉の解体と再構成が中心にある。曲全体は、何かを説明するというより、言葉とビートが同時に身体を揺らす体験として成立している。「If Rah」は、本作が過去のUnderworldの方法論を保ちながら、より軽やかで明快な形に更新していることを示す曲である。
3. Low Burn
「Low Burn」は、タイトルが示す通り、低温で燃え続けるような楽曲である。派手な爆発や急激な展開ではなく、じわじわと熱を持続させる構造になっている。本作の中では比較的メロディックで、落ち着いたトーンを持ちながらも、ダンス・ミュージックとしてのグルーヴはしっかり保たれている。
サウンドは、柔らかなシンセと穏やかなビートが中心である。曲は明確に踊れるが、攻撃的ではない。むしろ、夜明け前のクラブ、あるいは長い夜の中盤にある持続的な高揚感を思わせる。Underworldの音楽は、しばしば都市の夜の時間感覚と深く結びついているが、「Low Burn」はその中でも、熱が外へ噴き出す前の内側の燃焼を描いている。
歌詞では、感情やエネルギーが抑えられながらも消えない状態が感じられる。低く燃える火は、激しい炎よりも長く続く。本作全体の文脈で考えると、この曲は、年齢や経験を重ねたUnderworldのエネルギーのあり方を象徴しているともいえる。若い頃の爆発的なレイヴ感覚ではなく、深く、持続的で、身体に残る熱である。
音楽的には、Underworldの成熟したミニマリズムがよく表れている。音数は過剰ではなく、各要素が整理されている。ビート、ベース、シンセ、声が互いに干渉しすぎず、空間を保ちながら進む。そのため、曲は派手ではないが、聴き手をゆっくりと包み込む力を持つ。
「Low Burn」は、本作の中核を成す曲である。アルバムのタイトルが示す「輝かしい未来」は、必ずしも眩しい閃光ではない。時には、低く燃え続ける火のようなものでもある。この曲は、その静かな生命力を音楽化している。
4. Santiago Cuatro
「Santiago Cuatro」は、本作の中で最も短く、インタールード的な役割を持つ楽曲である。曲名はチリの都市サンティアゴ、そして「Cuatro」というスペイン語の「4」を連想させ、アルバムの中に一瞬だけ異なる風景を持ち込む。Underworldのアルバムには、長尺のダンス・トラックだけでなく、こうした短い音響的な断片がしばしば重要な役割を果たす。
サウンドは、他の曲のような明確なビートの推進力よりも、音色と空気感を重視している。アコースティックな響きや、どこかラテン的なニュアンスを感じさせる要素があり、アルバムの中で一時的に視界を変える。激しいダンス・トラックの間に置かれることで、リスナーの耳をリセットし、後半への流れを作る。
この曲には明確な歌詞や物語があるわけではないが、音楽的には非常に重要である。『Barbara Barbara, We Face a Shining Future』は全体として非常にコンパクトなアルバムであり、各曲が濃密に配置されている。その中で「Santiago Cuatro」は、緊張を一度ほどき、アルバムに余白を与える。
Underworldの音楽において、こうした断片は単なるつなぎではない。都市の断片、旅先の風景、記憶の一部、録音された瞬間の空気。そうしたものが、アルバム全体の詩的な世界を支えている。「Santiago Cuatro」は短いが、作品に地理的な広がりと呼吸を与える楽曲である。
5. Motorhome
「Motorhome」は、本作の中でも比較的内省的で、浮遊感のある楽曲である。タイトルの「Motorhome」は、移動する住居、キャンピングカーのような乗り物を意味する。これは、移動と居場所、旅と生活、定住と流動性を同時に含む言葉である。Underworldの音楽には、都市を移動する感覚、夜を進む感覚、場所と場所の間にいる感覚がしばしば登場するが、この曲ではそれがより穏やかな形で表れている。
サウンドは、アルバム前半のビートの強い曲に比べると、柔らかく、空間的である。シンセは滑らかに広がり、リズムは抑制されている。曲全体に漂うのは、移動中のぼんやりした意識や、窓の外を流れる風景の感覚である。強い目的地へ向かうというより、動いていること自体が重要になっている。
歌詞では、断片的なイメージが重ねられ、具体的な物語よりも心象風景が描かれる。Motorhomeという言葉が示すように、居場所は固定されていない。移動する空間の中で、人は一時的に安心を得ることもあれば、逆にどこにも属していない感覚を強めることもある。この二重性が、曲の穏やかなメランコリーにつながっている。
音楽的には、Underworldのアンビエント・テクノ的な側面が表れている。クラブでの機能性よりも、聴く音楽としての空間性が重視されている。アルバムの中盤から後半へ向かう流れの中で、「Motorhome」は重要な静けさをもたらす曲である。
6. Ova Nova
「Ova Nova」は、本作の中で再びリズムの軽快さを取り戻す楽曲である。タイトルは意味が固定されにくいが、音の響きには柔らかさと反復の心地よさがある。Underworldはしばしば、言葉を意味よりも音として扱うが、この曲のタイトルもその延長にある。
サウンドは、明るく弾むようなシンセとリズムによって構成されている。ビートは強すぎず、しかし確実に身体を動かす。曲全体には、祝祭的でありながら抑制された高揚感がある。Underworldの音楽は、巨大なドロップで一気に盛り上げるのではなく、反復と微細な変化によって気分を上昇させる。この曲もその手法を用いている。
歌詞や声の使い方は、比較的抽象的である。言葉は断片として現れ、曲のリズムや音色と一体化していく。意味を追うよりも、声がどのようにビートに乗り、空間の中で揺れるかが重要である。Underworldの音楽では、声は人間的な要素であると同時に、電子音の一部でもある。この境界の曖昧さが魅力である。
「Ova Nova」は、アルバム終盤へ向けて軽やかな推進力を与える曲である。派手な代表曲ではないが、本作のポジティブな流れを支える重要なトラックであり、アルバム・タイトルの「shining future」に含まれる明るさを音響的に示している。
7. Nylon Strung
アルバムを締めくくる「Nylon Strung」は、本作の中でも特に美しく、感情的な余韻を持つ楽曲である。Underworldのキャリアにおいて、ラスト・トラックはしばしば重要な役割を果たすが、この曲も例外ではない。ビートはありながらも、全体には祈りに近い透明感があり、アルバムの結論として非常に効果的である。
タイトルの「Nylon Strung」は、ナイロン弦を張った楽器を連想させる。これは電子音楽の中に、どこかアコースティックで人間的な響きを持ち込む言葉である。実際のサウンドも、硬質なテクノというより、柔らかく、しなやかで、光を反射するような質感を持っている。シンセのフレーズは美しく、リズムは穏やかに前進する。
歌詞では、愛、希望、つながり、前へ進む意志が感じられる。Karl Hydeの言葉はここでも断片的だが、全体としては非常にポジティブな感情を帯びている。特に、曲の終盤に向かって広がる感覚は、アルバム・タイトルの「輝かしい未来」と深く結びついている。これは単なる楽天的な未来像ではなく、喪失や痛みを通過した後に見える光である。
音楽的には、Underworldのメロディ・メーカーとしての資質がよく表れている。クラブ・ミュージックの反復を基盤にしながら、そこに人間的な温かさと叙情性を与える能力は、彼らの大きな特徴である。「Nylon Strung」は、その能力が成熟した形で表れた曲であり、本作を美しく閉じる。
アルバム全体が、呼吸、燃焼、移動、断片、光へ向かう流れを持っているとすれば、「Nylon Strung」はその到達点である。踊ること、記憶すること、失うこと、未来を見ること。それらが一つの柔らかな光の中に溶け込んでいく。Underworldが長いキャリアの中でなお新しい感情を鳴らせることを示す、非常に重要な終曲である。
総評
『Barbara Barbara, We Face a Shining Future』は、Underworldのキャリア後期における重要作であり、再生と希望のアルバムである。1990年代の代表作に見られた巨大なクラブ・アンセム的スケールや、都市の混沌を圧倒的な密度で描く感覚とは異なり、本作はよりコンパクトで、明るく、呼吸しやすい。だが、それは音楽的な軽さや弱さを意味しない。むしろ、長いキャリアを経た二人が、自分たちの核を見失わずに、不要な重さを削ぎ落とした結果としての軽やかさである。
本作の最大の魅力は、身体性と希望が自然に結びついている点にある。Underworldにとってダンス・ミュージックは、単なる娯楽やクラブの機能音楽ではない。反復するビートは、呼吸、歩行、記憶、都市の流れ、人間の生きるリズムと結びついている。「I Exhale」で息を吐き、「Low Burn」で低く燃え、「Motorhome」で移動し、「Nylon Strung」で光へ向かう。アルバム全体には、身体を通して未来へ向かう感覚がある。
タイトルの背景を考えると、本作の希望はさらに深く響く。死の近くで語られた「輝かしい未来」という言葉は、若者の無条件の楽観とはまったく異なる。そこには、終わりを知っている者だけが持つ希望がある。Underworldはその言葉を、重々しい追悼音楽としてではなく、踊れる電子音楽として提示した。この選択が非常に重要である。喪失を静かに悼むだけでなく、身体を動かし、音を鳴らし、未来を見る。そこに本作の精神がある。
音楽的には、Underworldの方法論が非常に洗練された形で表れている。ミニマルな反復、シンセの層、クラブ・ミュージックとしての推進力、アンビエント的な空間、そしてKarl Hydeの断片的な言葉。これらは過去作から継続している要素だが、本作では過剰な複雑さよりも明快さが重視されている。各曲は比較的短く、アルバム全体も引き締まっている。そのため、Underworldの入門作としても聴きやすい一枚になっている。
歌詞面では、従来通り、意味は一義的ではない。Karl Hydeの言葉は、物語やメッセージを明確に説明するものではなく、イメージの断片として現れる。都市の音、路上の看板、会話の切れ端、夢の中の言葉、身体の感覚。それらがビートの上で流れ、リスナーの中で意味を作る。この手法は、Underworldの音楽を単なるインストゥルメンタル・テクノから大きく区別している。彼らの音楽には、人間の声が持つ不確かさと詩性がある。
『Dubnobasswithmyheadman』や『Second Toughest in the Infants』と比較すると、本作は歴史的衝撃という点では及ばない。1990年代のUnderworldは、クラブ・ミュージックとロック・リスナーをつなぎ、エレクトロニック・ミュージックのアルバム表現を大きく広げた。それに対して『Barbara Barbara, We Face a Shining Future』は、新しい時代を切り開く作品というより、長い時間を経たアーティストが、自分たちの音楽を再び生きたものとして鳴らす作品である。その意味で、本作の価値は成熟と更新にある。
日本のリスナーにとって、本作はUnderworldの後期作品に入るうえで非常に適したアルバムである。代表曲「Born Slippy.NUXX」の巨大なイメージだけでUnderworldを捉えている場合、本作を聴くことで、彼らが単なるレイヴ・アンセムのグループではなく、時間、記憶、身体、言葉、都市の感覚を扱うアーティストであることが分かる。テクノやハウスに馴染みがあるリスナーはもちろん、ロックやポップのリスナーにも届きやすいメロディと構成を持っている。
総合的に見て、『Barbara Barbara, We Face a Shining Future』は、Underworldのキャリア後期における傑作のひとつである。過去の名声に寄りかかるのではなく、余分な重さを削ぎ落とし、呼吸するようなエレクトロニック・ミュージックとして再生している。喪失を背景にしながら、未来を見つめる。年齢を重ねながら、なお踊る。そうした姿勢が、本作を単なるダンス・アルバムではなく、深い人間的な響きを持つ作品にしている。
おすすめアルバム
1. Underworld『Dubnobasswithmyheadman』
1994年発表の代表作。Underworldの音楽性を決定づけたアルバムであり、テクノ、ハウス、ダブ、ロック的なヴォーカル表現を融合した重要作である。『Barbara Barbara, We Face a Shining Future』の軽やかさに対し、こちらはより重厚で都市的な密度を持つ。Underworldの原点を理解するうえで欠かせない。
2. Underworld『Second Toughest in the Infants』
1996年発表のアルバム。長尺構成、複雑なリズム、クラブ・ミュージックとしての強度、詩的なヴォーカルが高いレベルで結びついた作品である。「Born Slippy.NUXX」と同時期のUnderworldの創造力を知るうえで重要であり、本作の成熟した簡潔さと比較すると、彼らの音楽的幅がよく分かる。
3. Underworld『Beaucoup Fish』
1999年発表のアルバム。より明快なトラック構成とポップな要素を持ち、Underworldがクラブ・ミュージックとアルバム作品のバランスをさらに洗練させた一枚である。『Barbara Barbara, We Face a Shining Future』にある聴きやすさやメロディ感覚と接点が多い。
4. The Chemical Brothers『Dig Your Own Hole』
1997年発表のビッグ・ビート/エレクトロニック・ロックの代表作。Underworldとは作風が異なるが、1990年代英国においてエレクトロニック・ミュージックをロック・リスナーにも広げた重要な作品である。ダンス・ミュージックとロック的なエネルギーの接点を理解するうえで関連性が高い。
5. Orbital『In Sides』
1996年発表のエレクトロニック・ミュージックの名盤。テクノ、アンビエント、長尺構成、メロディックな展開を組み合わせた作品であり、Underworldと同じく、クラブ・ミュージックをアルバムとして深く聴かせる方法を提示している。『Barbara Barbara, We Face a Shining Future』の背景にある英国エレクトロニック・ミュージックの文脈を理解するために有効である。

コメント