アルバムレビュー:Uh Huh Her by PJ Harvey

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発売日: 2004年5月31日
ジャンル: オルタナティヴ・ロック、ローファイ、アートロック


荒削りな自画像、もしくは“声”への原点回帰——PJ Harveyが一人で描いたローファイな肖像画

Uh Huh Herは、PJ Harveyがすべてのギター、ベース、ピアノ、パーカッション、ヴォーカルを自ら演奏・録音し、
さらにアートワークまで手がけた、セルフ・ポートレート的な作品である。

前作Stories from the City, Stories from the Sea(2000年)では洗練されたプロダクションとポップなアプローチでグラミーにもノミネートされた彼女だが、
本作ではその華やかさを一切捨て、削ぎ落とされたローファイと感情のざらつきに満ちた音楽へと回帰している。

録音された音はざらつき、ミックスも粗く、曲によってはほとんどデモのような仕上がりすらある。
だが、それこそがHarveyの意図する“記録としての音楽”“壊れた声の誠実さ”なのだ。
このアルバムでは、完璧に整えられたサウンドではなく、感情が発露されたその瞬間が最も重要とされている。


全曲レビュー:

1. The Life and Death of Mr. Badmouth

不穏なギターと唸るようなヴォーカルで幕を開ける。
毒舌家の“彼”に対する怒りと呆れが、冷笑を交えたテンションで綴られる。

2. Shame

短く、儚く、しかしどこか官能的な断片。
ギターのハーモニクスと裏声が織りなす、Harvey流のミニマル・ブルース。

3. Who the Fuck?

粗いドラムとノイジーなギターが炸裂する、アルバム中もっともアグレッシブな一曲。
「誰なの? 誰なのよ!?」と繰り返される問いかけは、怒りとアイデンティティの混線を示す。

4. The Pocket Knife

アコースティック・ギター主体のフォークバラード。
“ポケットナイフ”という比喩が、母娘関係や女性としての自立を象徴する。
美しさと緊張が同居する名曲。

5. The Letter

ファズのかかったギターと反復的なリズム。
求愛の手紙というモチーフが、どこかねじれた感情で描かれる。

6. The Slow Drug

ゆったりとしたテンポのドリーミーな曲。
「緩慢な薬」とは、癒しなのか毒なのか、判然としないまま幻惑されていく。

7. No Child of Mine

ゴスペル的なモチーフを下敷きにした、神と母性への問い。
「私の子ではない」と繰り返すフレーズが、疎外と自己否定を滲ませる。

8. Cat on the Wall

ざらついたギターと、半ば笑いながら歌うヴォーカル。
壁の上の猫のように、外側と内側のあわいに生きる存在を描く。

9. You Come Through

ピアノと打楽器のミニマルな構成が印象的。
そのシンプルさが逆に、感情の輪郭をはっきりと浮かび上がらせる。
アルバム中、もっとも静かで美しい瞬間。

10. It’s You

スウィング調のギターと軽快なリズム。
恋愛の高揚感と戸惑いが同時に流れ込む、甘くも苦いラブソング。

11. The End

不穏なコード進行に導かれる終末感のある楽曲。
「これが終わりなの」とつぶやくような歌声が、すべてを打ち消していく。

12. The Desperate Kingdom of Love

アコースティックギター一本で紡がれる祈りのようなバラード。
“愛”の名を冠しながら、その不在を静かに嘆く。

13. The Darker Days of Me & Him

アルバムを締めくくるピアノバラード。
「私と彼の暗い日々」と題された通り、親密さと破壊が同居する関係性が丁寧に描かれる。
最も私的で、最も普遍的な別れの歌。


総評:

Uh Huh Herは、PJ Harveyがあらゆる演出や装飾を削ぎ落とし、“女性”としてではなく、“作家”として自己を記録した音楽日記である。

ここには完成された美しさも、ヒットを狙う野心もない。
だがその代わりにあるのは、未整理のまま投げ出された“生の声”と“手触り”である。
このアルバムは、彼女が「他者に見せる自分」ではなく、「自分が見る自分」を音にした一枚なのだ。

ローファイで、気まぐれで、繊細で、怒っていて、弱くて、でも力強い。
その全てがHarveyであり、その揺らぎこそが“彼女らしさ”なのだと教えてくれる作品である。


おすすめアルバム:

  • Cat Power / You Are Free
     内面の揺らぎとギターのミニマリズムが交差する、繊細なローファイ傑作。
  • Liz Phair / Exile in Guyville
     女性の視点から“ロック”を再定義したDIYスピリットの金字塔。
  • Scout Niblett / Kidnapped by Neptune
     Harvey直系のざらついた感情とミニマル・アプローチ。
  • Elliott Smith / Either/Or
     壊れやすくも誠実な内面の声を記録したアコースティック名盤。
  • PJ Harvey / Dry
     本作の原点であり、“声”と“ギター”のすべてが詰まったデビュー作。

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