1. 歌詞の概要
「Time to Give（タイム・トゥ・ギヴ）」は、White Lies（ホワイト・ライズ）が2019年にリリースした5枚目のアルバム『Five』の冒頭を飾る楽曲であり、約7分に及ぶ長尺構成の中で、関係の終焉、譲歩、そして感情の譲渡といった“与えること”の意味を深く探求した、壮麗なモダン・ポストパンク・バラードである。
この曲で語られる“giving（与えること）”とは、単なる寛容や優しさではなく、自己を明け渡し、感情や主導権を手放すことへの葛藤を含んでいる。
語り手は、自分の中に残された愛や思いやり、あるいは関係そのものの命脈を相手に“与える”タイミングを見つめながら、それが自己犠牲なのか、再生なのか、もはや分からなくなっている。
「Time to Give」は、そのような感情の不確かさ、関係の曖昧な終着点、そして“与える”ことの苦しさと崇高さを、静謐で重厚なサウンドとともに丁寧に描き出していく。
この楽曲はWhite Liesにとって、過去の自己との決別と、新たな音楽的章への入り口としても極めて重要な意味を持つ。
2. 歌詞のバックグラウンド
この曲はアルバム『Five』のオープニングトラックであり、バンド結成10周年という節目にリリースされた作品として、「これまでの自分たちとは違う姿を見せたい」という強い意志が込められている。
White Liesは、これまで3〜4分で完結する構造美に優れたポストパンク楽曲を多く生み出してきたが、「Time to Give」では一転し、じわじわと感情を膨張させていく構成、実験的なリズムとアレンジ、そして長尺という挑戦的な形式を取り入れている。
この大胆なアプローチは、バンドの原点でもあるJoy DivisionやTalk Talk、さらにはDavid Bowieの実験的後期作品への敬意と継承でもあり、「大人のポストパンク」としての深化を感じさせる試みとなっている。
3. 歌詞の抜粋と和訳
“It’s time to give / Time to forgive”
「いまは“与える”ときだ / “許す”ときでもある」
“I thought I had something to offer / But maybe it’s all just gone”
「自分にはまだ何かを与えられると思っていた / でもそれももう、消えてしまったのかもしれない」
“I’d give you my heart / But it’s not mine to give”
「君に心を差し出したいけど / もうそれは“僕のもの”じゃない」
“Do we run? / Do we wait? / Do we sink, or do we swim?”
「走るべきか？ / 待つべきか？ / 沈むか、それとも泳ぐか？」
これらのリリックからは、“与える”ことを選んだ人間の揺れる感情の機微が如実に伝わってくる。
それは美しい行為であると同時に、自己の崩壊や空虚と紙一重でもあるのだ。
歌詞全文はこちら：
White Lies – Time to Give Lyrics | Genius
4. 歌詞の考察
「Time to Give」が取り扱う“give”とは、単なる愛や助けを“与える”ことではない。
ここでの“give”は、自分の尊厳をも譲り渡すかもしれないという、ギリギリの線上にある感情行為である。
「君に心をあげたい、でもそれはもう僕のものじゃない」――このラインが象徴的で、これは自分という存在がすでに“愛の取引”のなかで消耗しきってしまった感覚を表している。
また、“与える”ことが“癒し”である一方で、“もう与えるものが残っていない”という虚無に繋がっていくのがこの曲の核心でもある。
だからこそ、曲中では“泳ぐか、沈むか”という極端な比喩が持ち込まれ、関係性の最後の選択が迫られていることが暗示される。
そして最も印象的なのは、この葛藤を、静かに、堂々と、時間をかけて歌うという構成である。
これはWhite Liesがこれまでの焦燥的・反復的なリズム構造から脱し、「感情の“粘度”を描く」という成熟した作詞作曲のフェーズに到達した証拠とも言える。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Spirit of Eden by Talk Talk
音楽が“無言の精神的対話”に達したときの境地を示すポストロックの金字塔。 - The Weight of the World by Editors
愛と犠牲の重さを、暗く力強いロックで描いた深遠なバラード。 -
The River by PJ Harvey
流れに身を任せることと、自我の消失のあいだに揺れる名曲。 -
The Suburbs (Continued) by Arcade Fire
アルバムの終わりに立つ小さな祈りのような曲。再生と喪失の詩。 -
Motion Picture Soundtrack by Radiohead
“愛の終わり”を美しい死として描いた、ピアノとコーラスの鎮魂歌。
6. “与えるとは、失うことではない。溶けていくことだ。”
「Time to Give」は、White Liesが到達した最も内省的で、そして哲学的な作品である。
それは一見、ラブソングのように聞こえる。しかしその実、愛の名のもとに自己の何を渡し、何を残すのか――という深い問いかけがなされている。
そしてそれを、決してドラマティックにせず、じわじわと内側から溢れ出るような音像とともに提示することで、聴き手の心を静かに侵食してくる。
何かを“与える”という行為が、
最も強く、最も脆く、最も人間的な感情であることを教えてくれる。
それがこの「Time to Give」という、始まりの歌であり、別れの歌であり、“変化の儀式”としての詩なのである。
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