
1. 歌詞の概要
Never Gonna Be the Sameは、Courtney Loveのソロ・デビュー・アルバムAmerica’s Sweetheartに収録された楽曲である。
America’s Sweetheartは、2004年2月10日にVirgin Recordsからリリースされた作品で、Hole解散後のCourtney Loveが初めてソロ名義で発表したアルバムだった。Never Gonna Be the Sameはアルバムの最後、12曲目に配置されている。配信上の公式音源でも、同曲はAmerica’s Sweetheart収録曲として確認できる。(YouTube、Spotify)
この曲は、タイトル通り「もう同じには戻らない」という感覚を歌っている。
ただし、それは静かな別れの言葉ではない。
もっと大きく、もっと荒れている。
恋愛が変わった。
信仰が壊れた。
神話が壊れた。
名声も、愛も、身体も、救済も、以前の形では信じられない。
Never Gonna Be the Sameは、そういう喪失の曲である。
歌詞には、神、キリスト、メシア、マリア、名声、光、愛、針とスプーン、黒い馬、地獄の谷のような言葉が次々に出てくる。
かなり過剰だ。
Courtney Loveは、この曲で感情を小さくまとめない。
むしろ、宗教的なイメージ、ドラッグの暗喩、恋愛の破綻、スターとしての自己神話を全部ひとつの渦に入れてしまう。
その結果、曲はアルバムの最後にふさわしい、崩れかけた祈りのように響く。
America’s Sweetheartには、MonoやBut Julian, I’m a Little Bit Older Than You、Zeplin Songのような攻撃的で皮肉なロック曲が並んでいる。
それらが悪態やスキャンダル性を前面に出す曲だとすれば、Never Gonna Be the Sameはもっと深い場所で壊れている。
怒鳴っている。
でも、怒りだけではない。
救いを求めている。
でも、救いを信じられない。
愛がほしい。
でも、自分から相手のところへは行けない。
この曲の語り手は、どこにもたどり着けない。
相手が水を求めても、食べ物を求めても、 shelterを求めても、自分は行けない。
愛を求められても、行けない。
信仰を求められても、信じられない。
つまり、ここには不可能性がある。
愛したいのに、愛せない。
救いたいのに、救えない。
信じたいのに、信じられない。
同じには戻れない。
この曲は、その「戻れなさ」を何度も何度も反復する。
Never gonna be the same。
この繰り返しは、諦めのようでもあり、呪文のようでもある。
自分に言い聞かせているようでもあり、相手に向かって宣告しているようでもある。
Courtney Loveの声は、ここで完璧に整ってはいない。
むしろ、擦れていて、荒く、過剰で、時に崩れそうである。
しかし、その崩れ方が曲の内容と合っている。
この曲に必要なのは、清潔な美声ではない。
傷だらけの声である。
Never Gonna Be the Sameは、きれいな再生の歌ではない。
壊れたあとに、壊れたまま立っている歌なのだ。
2. 歌詞のバックグラウンド
Never Gonna Be the Sameが収録されたAmerica’s Sweetheartは、Courtney Loveのキャリアの中でも評価が分かれる作品である。
HoleのLive Through ThisやCelebrity Skinで確立された存在感のあと、Courtney Loveはソロ名義でこのアルバムを発表した。
しかし、そこには音楽そのものだけでなく、彼女の公的イメージ、依存症、メディア・スキャンダル、Kurt Cobainの死後に背負わされた神話が強くまとわりついていた。
PitchforkはAmerica’s Sweetheartのレビューで、同作をCourtney Loveのソロ・デビュー作として紹介しつつ、彼女の悪名、依存症、トラウマが音楽的才能を覆ってしまっている作品として厳しく評している。また、Linda Perryが12曲中9曲に共同作曲者として関わっていることにも触れている。(Pitchfork)
Never Gonna Be the Sameも、Courtney LoveとLinda Perryによる楽曲として記録されている。Dorkの楽曲情報では、作詞作曲者としてCourtney Love、Linda Perry、プロデューサーとしてJames Barberが掲載され、America’s Sweetheartの12曲目とされている。(Dork)
Linda Perryは、4 Non BlondesのWhat’s Up?で知られ、のちにP!nkやChristina Aguileraなどの楽曲制作でも成功したソングライターである。
America’s SweetheartにおけるPerryの関与は、Courtney Loveの荒々しいロック性と、よりメジャーなポップ・ソングライティングを結びつけようとするものだった。
しかし、アルバム全体は結果的に整ったポップ作品にはならなかった。
むしろ、散らかっている。
荒れている。
曲ごとに方向が揺れる。
それが欠点でもあり、同時に魅力でもある。
Never Gonna Be the Sameは、その散らかったアルバムの最後で、かなり大きな感情を背負っている。
これは単に恋人との関係が変わった曲としても聴ける。
しかし、Courtney Loveという人物の文脈で聴くと、もっと広い意味を持つ。
名声を得る前には戻れない。
Kurt Cobain以前にも戻れない。
Hole以前にも戻れない。
自分が「Courtney Love」という神話になってしまう前にも戻れない。
ドラッグやメディアや喪失を通過する前の自分には戻れない。
この「戻れなさ」が、曲のタイトルと重なる。
America’s Sweetheartというアルバムタイトルも、皮肉が強い。
アメリカの愛される娘、という甘い言葉。
しかし実際のCourtney Loveは、メディアから愛されると同時に嫌われ、消費され、攻撃されてきた人物でもある。
そのアルバムの最後に、Never Gonna Be the Sameが置かれていることは象徴的だ。
甘いアメリカの恋人という仮面は、最後には崩れる。
そこに残るのは、同じには戻れないという荒れた祈りである。
3. 歌詞の抜粋と和訳
歌詞の全文は、Spotify、Dork、LyricFindなどの歌詞掲載サービスで確認できる。ここでは権利に配慮し、短い一部のみを引用する。
引用元:Dork Never Gonna Be the Same Lyrics、Spotify掲載歌詞
作詞・作曲:Courtney Love、Linda Perry
プロデュース:James Barber
収録アルバム:America’s Sweetheart
リリース:2004年
レーベル:Virgin Records
Never gonna be the same
和訳:
もう同じには戻らない
この一節が、曲全体の心臓である。
同じには戻らない。
それは、ただ「変わった」というよりも、取り返しのつかなさを含む言葉だ。
人は変わる。
関係も変わる。
しかし、ここで歌われる変化はもっと深い。
何かが壊れた。
境界を越えてしまった。
もう前の形には戻せない。
このフレーズが何度も繰り返されることで、曲は諦めと宣告のあいだを揺れる。
I can not come over to you
和訳:
私はあなたのところへ行けない
この一節は、非常に痛い。
行きたいのかもしれない。
相手が求めているのもわかっている。
でも行けない。
ここには、拒絶だけでなく、無力感がある。
誰かを救えない。
誰かに応えられない。
自分の中の何かが壊れていて、相手のもとへたどり着けない。
Courtney Loveの歌の中で、この「行けない」という感覚はとても重要だ。
彼女はしばしば、欲望の中心にいるようでいて、実際にはどこにも居場所がない人として歌う。
You gotta show a little faith in me
和訳:
私を少しは信じてみせて
信仰、信用、信頼。
この曲ではfaithという言葉が重い。
語り手は、自分を信じてほしいと言う。
しかし同時に、曲全体では神やメシアやマリアへの不信も歌われる。
つまり、信じてほしい人ほど、信じることができなくなっている。
ここに矛盾がある。
私は信じられない。
でも、あなたには私を信じてほしい。
この矛盾が、曲の人間臭さを作っている。
I can’t believe in anything
和訳:
私はもう何も信じられない
この言葉は、曲の暗さを決定づける。
愛も、神も、名声も、救済も、メシアも信じられない。
何も信じられない。
これは、ただの反抗的な無神論ではない。
むしろ、信じたいものを何度も失ってきた人の言葉に聞こえる。
信じたかった。
でも、信じる先が壊れてしまった。
だから、もう何も信じられない。
この絶望が、Never Gonna Be the Sameの底にある。
Through the depths of hell
和訳:
地獄の底を通って
この曲では、救いに至る道は美しい光の道ではない。
黒い馬に乗り、地獄の底を通るような道である。
つまり、愛や信仰を求めるなら、きれいな場所だけを通ることはできない。
語り手の人生に近づくには、地獄を通らなければならない。
それほどまでに、自分の内側は荒れている。
このイメージは、Courtney Loveの過剰なロック神話とよく合っている。
4. 歌詞の考察
Never Gonna Be the Sameは、宗教的な言葉と世俗的な痛みが混ざった曲である。
神、キリスト、メシア、マリア。
一方で、水、食べ物、 shelter、愛、針、スプーン、名声、光。
高いものと低いものが同じ歌詞の中にある。
これはCourtney Loveらしい。
彼女の歌詞世界では、聖なるものと汚れたものがよく混ざる。
女神とジャンキー。
聖母と売女。
スターと壊れた人間。
愛と暴力。
Never Gonna Be the Sameでも、その混合が激しい。
語り手は、神に向かって叫ぶようでもあり、恋人に向かって叫ぶようでもあり、自分自身の神話に向かって叫んでいるようでもある。
特に印象的なのは、「神がいるなら、それは自分だ」と言うような感覚と、「何も信じられない」という感覚が同じ曲の中にあることだ。
一方では、神を自分の中へ引きずり下ろす。
他方では、神も救済も信じられない。
これは自己神格化と自己崩壊が同時に起きている状態である。
Courtney Loveのパブリック・イメージそのものが、まさにそうだった。
彼女はロック・スターであり、スキャンダルの中心であり、カルト的なファンにとっては女王のような存在でもあった。
しかし同時に、メディアからは崩れた人間として消費され、攻撃された。
その二重性が、曲の中にもある。
私は神かもしれない。
でも、何も信じられない。
私は救えるかもしれない。
でも、あなたのところへは行けない。
この矛盾が、曲をただのロック・バラード以上のものにしている。
また、Never Gonna Be the Sameは、愛の曲でありながら、愛の拒否の曲でもある。
相手が愛を求める。
でも、自分は行けない。
相手が水や食べ物や shelterを求める。
でも、自分は応えられない。
ここでの語り手は、冷たいのではない。
むしろ、自分の中に愛を与える余力がないのだろう。
自分自身が壊れている人間は、誰かの救いになろうとしてさらに壊れてしまうことがある。
この曲は、その限界を知っている。
「あなたを救えない」と言うことは、時にひどく残酷だ。
しかし、同時に正直でもある。
Never Gonna Be the Sameの語り手は、救済者になれない。
でも、相手はそれでも信じろと言われる。
この無理さが、曲全体を苦しくしている。
サウンド面では、この曲はアルバムの最後を飾るにふさわしく、重く、長く、ドラマティックである。
Zeplin Songのような皮肉や、Monoのような即効性とは違う。
ここでは、曲が大きく沈みながら広がっていく。
Courtney Loveの声は、完璧にコントロールされたものではない。
だが、そこに生々しさがある。
言葉がきれいに整わない。
感情がはみ出す。
それが曲の主題そのものと重なる。
同じには戻れない人間が、同じには戻れない声で歌っている。
だから説得力がある。
5. この曲が好きな人におすすめの曲 5曲
- Mono by Courtney Love
America’s Sweetheartのリード・シングルで、アルバムの中でも最も攻撃的な曲のひとつ。Never Gonna Be the Sameがアルバム終盤の崩れた祈りなら、Monoは幕開けの悪態である。Courtney Loveのソロ期の荒々しさを知るには外せない。
- Uncool by Courtney Love
America’s Sweetheart収録曲。Never Gonna Be the Sameよりもポップな構造を持ちながら、自己嫌悪やスター性への違和感がにじむ。アルバム中の比較的メロディアスな側面を聴きたい人に合う。
- Life Despite God by Courtney Love
同じアルバム収録曲で、タイトルからして宗教的な不信と生存の感覚が強い。Never Gonna Be the Sameの神、信仰、地獄といった言葉に惹かれる人には、この曲の荒れた生存感も響くだろう。
- Doll Parts by Hole
Courtney Loveの脆さと怒りが最も有名な形で刻まれた曲。Never Gonna Be the Sameの過剰な宗教的イメージとは違い、Doll Partsはもっと小さな身体感覚と自己嫌悪を歌う。しかし、愛されたいのに愛されることが怖いという点で深くつながっている。
- Northern Star by Hole
Celebrity Skin収録曲。祈り、喪失、名声、夜空のイメージが混ざる名曲で、Never Gonna Be the Sameの荒れた救済願望が好きな人には特におすすめできる。Courtney Loveが静かな大きさを持つ曲を書くときの力がよくわかる。
6. 同じには戻れない人間の、壊れた祈り
Never Gonna Be the Sameは、America’s Sweetheartの最後に置かれている。
この配置はとても大きい。
アルバム全体を通して、Courtney Loveは怒り、笑い、罵り、からかい、転げ回る。
その最後に残るのが、この曲だ。
もう同じには戻らない。
この言葉は、アルバム全体の結論のようにも聞こえる。
Courtney Loveは、もはやLive Through Thisの頃のCourtney Loveではない。
Celebrity Skinの頃のCourtney Loveでもない。
Kurt Cobainの妻としてメディアに神話化される前のCourtney Loveでもない。
そして、メディアやドラッグや喪失を通過する前の自分にも戻れない。
その取り返しのつかなさが、曲の中心にある。
人はよく、再生を望む。
もう一度やり直したい。
前の自分に戻りたい。
壊れる前に戻りたい。
信じていた頃に戻りたい。
しかし、人生には戻れない場所がある。
Never Gonna Be the Sameは、そのことを知っている曲だ。
ただし、この曲は絶望だけではない。
絶望しているのに、まだ歌っている。
信じられないのに、faithという言葉を使っている。
救えないのに、相手に呼びかけている。
地獄の底を通ると言いながら、どこかで愛を求めている。
この矛盾が、Courtney Loveの歌の魅力である。
彼女は、きれいな救済を歌わない。
壊れた人間が壊れたまま、まだ何かを求める姿を歌う。
Never Gonna Be the Sameも、まさにそうだ。
宗教的な言葉が多く出てくるが、この曲は信仰の曲ではない。
むしろ、信仰が壊れたあとに残る空洞の曲である。
神を信じられない。
メシアも信じられない。
マリアも嘘をついた。
それでも、神の言葉を使わずにはいられない。
つまり、信仰を失っても、信仰の言語からは逃れられない。
これは非常にCourtney Love的である。
ロックの神話を嫌いながら、ロックの神話の中で歌う。
名声を憎みながら、名声の光を求める。
愛を疑いながら、愛されたいと叫ぶ。
その矛盾こそが、彼女の表現の燃料なのだ。
Never Gonna Be the Sameは、曲として完璧に整った名曲ではないかもしれない。
America’s Sweetheartというアルバム自体、批評的には厳しく扱われることが多かった。Pitchforkも、同作をまとまりや説得力に欠ける作品として評価しつつ、そこにある半ば調理されきっていない怒りこそが興味深いとも述べている。(Pitchfork)
だが、この「未完成の怒り」は、Never Gonna Be the Sameにおいてはむしろ効いている。
この曲は、完成された癒しを歌う曲ではない。
まだ傷が乾いていない人間の歌である。
だから、声が荒れていてもいい。
歌詞が過剰でもいい。
宗教的イメージが混乱していてもいい。
それこそが、曲の真実に近い。
本当に壊れたとき、人の言葉は整理されない。
神の話をする。
愛の話をする。
ドラッグの話をする。
名声の話をする。
昔の誰かの話をする。
地獄の話をする。
すべてが同時に出てくる。
Never Gonna Be the Sameは、その同時性をそのまま抱えている。
曲が終わると、アルバムも終わる。
でも、解決はしない。
ただ、同じには戻らないという事実だけが残る。
それは悲しい。
しかし、どこか解放でもある。
同じに戻ろうとするのをやめたとき、人は初めて次の場所へ行けるのかもしれない。
Courtney Loveは、この曲でまだその次の場所には着いていない。
しかし、戻れないことだけはわかっている。
その認識が、この曲をアルバムの最後にふさわしいものにしている。
Never Gonna Be the Sameは、壊れた人間が、壊れた世界に向けて歌うロックの祈りである。
清潔ではない。
整ってもいない。
でも、嘘ではない。
そしてCourtney Loveの歌は、そういう場所で最も強く響く。

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