1. 歌詞の概要
「Tiger Lily（タイガー・リリー）」は、Lunaが1994年に発表したセカンド・アルバム『Bewitched』に収録された楽曲であり、Dean Warehamによる特有のナレーション的な歌唱と、バンドのメロウで浮遊感のあるサウンドが見事に調和した、夢と現実の境界を漂うような一曲である。
タイトルの「Tiger Lily」は、もともとはオレンジ色の鮮やかなユリの花を指すが、文学やポップカルチャーではしばしば“幻想的で手の届かない女性像”を象徴する存在としても用いられてきた。たとえば『ピーター・パン』に登場するタイガー・リリーのように、この曲の中でも“Tiger Lily”という名前の彼女は、どこか非現実的で、語り手の前からすっと消えてしまいそうな儚さをまとっている。
語り手は彼女に惹かれながらも、どこかうまく関係を築けず、彼女が何を思い、何を求めているのかを最後までつかめない。曲全体がそんな「手の中にあって、でも決して握りしめられないもの」をめぐる物語のようであり、Lunaの特徴でもある“感情の輪郭をあえてぼかす”詩世界が見事に表現されている。
2. 歌詞のバックグラウンド
『Bewitched』というアルバムは、Lunaがサウンド面でも歌詞面でも“夜の都会性”を色濃く打ち出し始めた作品であり、「Tiger Lily」もその文脈の中で重要な位置を占める楽曲である。タイトル曲「Bewitched」や「California (All the Way)」のように、恋愛の残り香や夢から醒める瞬間を描く曲が多く、アルバム全体が「夢を見ていたあとの現実」をテーマにしているようにも感じられる。
Dean Warehamはしばしば、誰かのことを断定的には語らない。むしろ、観察者として距離を置きながら、曖昧な言葉と断片的なイメージを用いて、その人の“不完全な像”を描く。Tiger Lilyというキャラクターも、どこまで実在し、どこからが夢なのか、曖昧なまま浮かび上がる。それがこの曲に、時間を超えたような詩的な美しさと余韻を与えている。
3. 歌詞の抜粋と和訳
Tiger Lily, girl with no past
Was she real, or was she just made to last
タイガー・リリー、過去を持たない少女
彼女は本物だったのか、それとも“持続するため”に作られた存在だったのかTiger Lily, I could drink your wine
Sing your song, but I just can’t call you mine
タイガー・リリー、君のワインを飲み干して
君の歌を歌っても
でも君を「僕のもの」とは呼べないんだDon’t be afraid to cry at night
Don’t ever think it isn’t right
夜に泣くことを怖がらないで
間違ってるなんて思わないで
※ 歌詞引用元：Genius – Luna “Tiger Lily”
ここで描かれるTiger Lilyは、語り手の前に現れては、何かを残して去っていく存在だ。「過去を持たない」という表現には、記憶から切り離されたような孤独さと、何者にも属していない自由さがある。語り手は彼女に憧れ、心を奪われながらも、最終的には“彼女を所有できない”ことに気づく。
これはLunaらしい愛の描き方だ。ロマンティックでありながら、どこか醒めていて、抱きしめようとした瞬間に指の間からすり抜けていく。彼女の姿は確かに見えていたはずなのに、その本質は最後までわからない。その“わからなさ”が、恋という現象の真実を突いている。
4. 歌詞の考察
「Tiger Lily」は、Lunaが得意とする“幻想の中にある現実”、“ロマンティックな感情の空白”を描いた秀逸な作品である。ここでは、恋にまつわる痛みや喜びがストレートに語られるのではなく、“観察された記憶”として淡々と語られている。
語り手はTiger Lilyのすべてを理解したいと思っているが、どれだけ近づいても彼女の核心には届かない。彼女は自由で、幻想的で、少し危うくて、そして何よりも「過去を持たない」。それは記憶の中にしか存在しない存在である可能性すらある。そうした不可触性が、この曲の詩に深みと切なさを与えている。
また、「Don’t be afraid to cry at night」という語りかけは、Tiger Lilyという存在への優しい祈りのようでもある。自分とは交われなかったけれど、彼女がどこかで平穏でいてほしい――そう願う気持ちが、儚いメロディと共鳴し、聴く者の胸にじんわりと染みてくる。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Strange by Galaxie 500
不可解で説明不能な他者を見つめる、Warehamの原点とも言える楽曲。 - Little Trouble Girl by Sonic Youth
自己と世界のあいだで揺れる少女の輪郭を描いた、ミステリアスなポップナンバー。 - Suzanne by Leonard Cohen
届かない女性への祈りと観察が織り成す、美しくも切ないバラード。 - In the Backseat by Arcade Fire
去っていく存在を見送る感情を、神秘的かつ私的に描いたアンビエントな歌。 - We Could Send Letters by Aztec Camera
思い出と遠く離れた恋に語りかける、メランコリックなアコースティック・ソング。
6. 見えない愛のかたちを、夜空に浮かべて
「Tiger Lily」は、恋が“語りきれないこと”で成り立っているという事実を、美しく切実なかたちで示した楽曲である。語り手は彼女を愛したのかもしれないし、ただ夢を見ていたのかもしれない。だが、どちらであってもかまわない。彼の言葉は、ただ夜の中で誰かを思い出す行為そのものの美しさを肯定している。
Lunaの音楽は、常に“触れられないもの”を描き続けてきた。Tiger Lilyは、その象徴である。遠くで笑っていたかもしれない誰か、もう手元にはいないが、どこかの記憶の奥に今も生きている誰か。
「彼女を所有できなかった」という事実が、逆にその想いの純粋さを際立たせる。
そして夜になるたびに、Tiger Lilyの影がまた、月の光の中に浮かび上がるのかもしれない。
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