発売日: 2011年8月18日(※『Trilogy』では2012年11月13日)
ジャンル: オルタナティブR&B、ドリームポップ、トリップホップ
概要
『Thursday』は、The Weekndが2011年に発表した3部作ミックステープの第2作目であり、“感情と関係性の複雑さ”をより明確に掘り下げた実験的かつ内省的な作品である。
デビュー作『House of Balloons』の評価が高まる中で発表された本作は、より抽象的かつコンセプト志向を強めた内容となっており、リスナーに“快楽の果てにある空虚さ”を突きつける。
タイトルの「Thursday」は、主人公が毎週木曜日に逢う女性を象徴しており、“愛ではなくルーティンとしての関係”という冷徹な視点が貫かれている。
その一方で、彼女に対する特別な想いが垣間見える瞬間もあり、感情と無感情のあわいが繊細に描かれる。
音楽的には、ドリーミーでスペーシーなサウンドスケープに、ミニマルなビートとアンビエント的な浮遊感が重ねられており、リスナーを現実から遠ざけるような没入感を生み出している。
全曲レビュー
1. Lonely Star
女性に対して「君は僕のスター、でも木曜日だけ」という一節が、アルバムの核となる世界観を提示する。
ゆったりとしたビートと甘いメロディが同居し、虚構の愛を描いた耽美的な序章となっている。
2. Life of the Party
退廃的な生活を送る主人公が、自らの虚しさと周囲の表層的な快楽を冷めた目で見つめる曲。
パーティーの華やかさの裏にある孤独が、低温のボーカルとリズムでじわじわと描かれる。
3. Thursday
タイトル曲にして、最も感情的な深みを持つ楽曲。
彼女に対して「週末は他の誰かといてもいい、でも木曜日は僕のものだ」と歌う、歪んだ独占欲と諦めの混在。
愛を語りながら、愛の不在が際立つ構成は、The Weekndのリリシズムの真骨頂である。
4. The Zone (feat. Drake)
唯一の客演であるDrakeとのコラボ曲。メロウでスロウな展開の中に、セックス、ドラッグ、孤独が描かれる。
“ゾーン=無感覚の領域”を彷徨う二人の視点が交差し、ミックステープの中でも特に評価が高い一曲。
5. The Birds Part 1
攻撃的なギターと不安定なビートが交差する、シリーズ中でも異色のトラック。
「僕を愛してはいけない」という繰り返しが印象的で、感情から逃れるための自己防衛のようにも聞こえる。
6. The Birds Part 2
前曲の続編にあたり、よりドラマティックな展開が加えられる。
破滅的な愛の終わりを告げる内容で、悲しみと怒りがないまぜになった情念のバラード。
7. Gone
10分近い長尺のトラック。語りのような前半と、オートチューンが印象的な後半に分かれており、アルバム全体のハイライトともいえる構成力を誇る。
セックスと喪失が絡み合う夢と現のような世界観に没入できる。
8. Rolling Stone
The Weeknd自身の“売れること”への葛藤を率直に語った一曲。
ミニマルなギターに乗せて、「君が僕を愛しているのは、まだ無名だからか?」という問いが繰り返される。
彼のセルフイメージの変化と、名声の重圧が如実に表れている。
9. Heaven or Las Vegas
タイトルはCocteau Twinsの名盤からの引用であり、ドリーミーな世界と刹那的な欲望の象徴。
感情を麻痺させるような美しさと冷たさが同居し、アルバムの終幕として幻想的な余韻を残す。
総評
『Thursday』は、The Weekndの三部作の中でも特に“物語性”と“構成美”が際立った作品であり、一人の女性との曖昧な関係を通して、感情のグラデーションを丁寧に描き出している。
全体を通して、感情の麻痺、愛の距離感、自己破壊衝動といったテーマが統一されており、単なるR&B作品ではなく、内面世界の叙事詩として機能している。
また、サウンド面では他の2作よりもさらにアンビエント色が強く、沈黙や空間そのものが音楽の一部として作用しているのも特徴である。
その結果、本作は一聴してすぐに魅了されるタイプの作品ではないが、聴き込むことで深く刺さる“毒性”を秘めている。
The Weekndの芸術的野心と、感情に対する極めて鋭い感受性が結実した重要作であり、彼の“語り手”としての才能が最も繊細に発揮されたアルバムだと言える。
おすすめアルバム(5枚)
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House of Balloons / The Weeknd
三部作の第一作。快楽と破滅をテーマにした衝撃作であり、『Thursday』の前提となる世界観が詰まっている。 -
Echoes of Silence / The Weeknd
三部作の最終作。冷徹さと傷つきやすさがピークに達したエモーショナルな締めくくり。 -
channel ORANGE / Frank Ocean
内省的なR&B作品として共鳴する部分が多い。詩的で物語性の高い楽曲が並ぶ。 -
LP1 / FKA twigs
感情と身体性の交錯を描いた実験的R&B作品。繊細かつ前衛的な音の構築は共通点が多い。 -
Selected Ambient Works 85–92 / Aphex Twin
『Thursday』の持つ浮遊感やミニマルな構成に通じるアンビエント作品。背景音楽としてではなく、感情の風景として聴いてみたい。
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