発売日: 1978年(リリースの詳細は曖昧なため、正確な日付は不明)
ジャンル: アートロック、インディーロック、パワーポップ
アルバム全体の印象
「Third/Sister Lovers」は、Big Starのアルバムの中でも特異な存在であり、その暗く破壊的な内容から伝説的なステータスを持つ作品だ。制作時点でバンドの状況は混乱を極め、アレックス・チルトンの個人的な苦悩や精神的な不安定さがそのまま楽曲に反映されている。結果として生まれたのは、構造的にはパワーポップを基盤としながら、アートロックやアヴァンギャルドの要素を大胆に取り入れた、実験的かつ深遠なアルバムである。
プロデュースはジム・ディキンソンが手がけ、当時の他のバンド作品とは一線を画す荒々しい音像が特徴だ。抑えきれないエモーションをむき出しにしたチルトンのボーカルと、解体されるようなアレンジが聞く者の心に強烈な印象を残す。本作は正式なアルバムとしての形を持たないまま録音され、後年になってコンピレーション的にまとめられたものが「Third/Sister Lovers」としてリリースされた。
聴いていると、崩壊寸前の美しさという表現がぴったりの不穏な世界観が広がる。その孤独感や絶望感は、時代を超えてリスナーに訴えかける普遍的な力を持つ。一部の楽曲にはわずかな希望や温かさが見えるものの、全体を覆う暗いトーンと相まって、一種のカタルシスを感じることができるだろう。
各曲解説
1. Kizza Me
アルバムの幕開けを飾るこの曲は、荒々しくも官能的なエネルギーが漲るロックナンバーだ。歪んだギターとチルトンの熱狂的なボーカルが、聴く者を混乱と興奮の渦に引き込む。歌詞は抽象的で破片のようなイメージを繋ぎ合わせたものだが、その中にどこかしら自虐的なエロティシズムを感じさせる。
2. Thank You Friends
タイトルの皮肉が効いた楽曲。ゴスペル風のコーラスが華やかさを添える一方、歌詞には冷たい諦念と皮肉が込められている。明るいメロディの裏側に見え隠れする毒のあるメッセージが、このアルバムの魅力を象徴している。
3. Big Black Car
アルバムの中でも特にミニマルで夢幻的な一曲。ピアノと控えめなギターが静かに響き渡り、チルトンの無機質なボーカルが全体に冷たさを与える。「何も感じない」と歌われるその内容は、無気力さと虚無感に満ちているが、その無防備さが聴く者の心に刺さる。
4. Jesus Christ
一見すると場違いなクリスマスソングのようだが、これもまた皮肉に満ちた楽曲だ。アップテンポで賑やかなアレンジの中に、信仰と懐疑の葛藤が潜んでいる。チルトンのユーモラスな一面が垣間見える楽曲だが、どこかしら不穏な空気が漂う。
5. Femme Fatale
Velvet Undergroundのカバーで、アルバムの中でも異質な存在感を放つ一曲。原曲よりもさらに壊れやすい雰囲気をまとい、チルトンの淡々とした歌い方が独特の儚さを生み出している。この選曲がアルバム全体のテーマを暗示しているかのようだ。
6. Stroke It Noel
美しいストリングスが特徴的な楽曲で、アルバムの中では珍しく希望の光を感じさせる。タイトルの意味深さも含めて解釈が分かれるが、短い中に圧縮された感情が詰め込まれている。
7. Holocaust
アルバムの最も暗く沈痛な楽曲であり、チルトンの心の闇をそのまま音にしたような一曲だ。ピアノ主体のアレンジは冷たく、歌詞には破壊と喪失が描かれる。「あなたは歩く遺体だ」というフレーズはその痛ましさを象徴している。圧倒的な破壊力を持つ、真の意味での名曲。
8. Kangaroo
実験的なサウンドコラージュが印象的な楽曲。エコーの効いたギターと不規則なドラムが不安感を煽る。自由奔放な構成と破壊的な音像が、チルトンの精神状態をそのまま表しているようだ。
9. Nighttime
シンプルなアコースティックアレンジが特徴的な一曲。歌詞は孤独や別離を描いており、チルトンの歌声には儚さと切なさが込められている。夜の静けさと恐ろしさを感じさせるような深い余韻が残る。
10. Blue Moon
アルバムの中で最も穏やかで静かな楽曲。控えめなピアノと囁くようなボーカルが、聴く者をまるで真夜中の月明かりの下に連れて行くかのようだ。その美しさは壊れやすいガラス細工のようで、心にそっと触れる。
11. Take Care
アルバムを締めくくるのにふさわしいバラード。タイトル通り「気をつけて」というメッセージが込められた楽曲でありながら、その響きには終焉を予感させる儚さが漂う。アルバム全体を総括するような余韻を残す。
アルバム総評
「Third/Sister Lovers」は、Big Starというバンドの破壊と再生を象徴するアルバムであり、音楽的な挑戦と個人的な苦悩が深く結びついた傑作である。その荒廃した美しさと実験精神は、聴く者の感情を揺さぶる。簡単に消化できる作品ではないが、その不安定さこそが本作の真骨頂であり、聴くたびに新たな発見がある。
このアルバムが好きな人におすすめの5枚
「The Velvet Underground & Nico」 by The Velvet Underground
「Femme Fatale」のカバー元。破壊的な美学と不安定な魅力が通じる。
「Closer」 by Joy Division
鬱屈した感情と暗い美しさを持つアルバムで、同じく深い精神世界を描いている。
「Bee Thousand」 by Guided by Voices
ローファイなサウンドと実験的な曲作りが、「Third」の荒削りな魅力を思わせる。
「On Fire」 by Galaxie 500
ミニマルで内省的なサウンドが、「Third」と共通する感情の深みを持つ。
「Loveless」 by My Bloody Valentine
夢幻的なサウンドと崩壊寸前の美しさが共通しており、深い没入感を味わえる。
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