1. 歌詞の概要
「They Don’t Care About Us」は、マイケル・ジャクソンが1995年に発表したアルバム『HIStory: Past, Present and Future, Book I』に収録された、怒りと訴えに満ちた社会派プロテスト・ソングである。タイトルの通り、「彼らは私たちのことなんて気にしていない」という告発的な一節を繰り返しながら、差別、警察暴力、不平等、偏見といった社会の深い闇を鋭く切り裂くように歌い上げている。
この楽曲はマイケルのキャリアの中でも最も激しく、政治的メッセージを前面に押し出した作品の一つであり、個人的な感情を超えて、“構造的な不正義”に対する普遍的な怒りを伝えている。
「I am the victim of police brutality, now(僕は警察の暴力の被害者だ)」というラインに代表されるように、ここで歌われるのは単なる苦しみではなく、それに沈黙せず“声を上げる”という行為そのものである。
「They Don’t Care About Us」は、マイケルが持つ“世界的ポップスター”としての影響力を駆使し、社会の矛盾を正面から指摘した、極めて勇敢でラディカルな作品なのだ。
2. 歌詞のバックグラウンド
この楽曲は、マイケル自身によって作詞作曲された。彼は以前から、メディアによる誤報、司法制度の不公平、そして自身が受けた差別や偏見に対して静かに怒りを抱いていたと言われている。その鬱屈した感情が、ここで初めて“暴力的なリズム”として噴出した。
「They Don’t Care About Us」には2本のミュージックビデオが存在しており、ひとつはスパイク・リー監督のもと、ブラジル・リオデジャネイロのスラム街(ファヴェーラ)で撮影されたバージョン。もうひとつはアメリカ国内の刑務所を舞台にしたバージョンで、実際の戦争や警察暴力、KKKの映像などが使用され、社会への痛烈な抗議を視覚的にも表現した。
歌詞中には当初、差別を示す非常に挑発的な言葉が使用されていたが、物議を醸したため後にマイケル自身が修正と謝罪を行っている。それでもなお、この曲が扱うテーマの根源は揺るがず、彼のメッセージは今も強く、鮮明に響き続けている。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に、「They Don’t Care About Us」の印象的なフレーズと和訳を紹介する。
Skin head, dead head
Everybody gone bad
Situation, aggravation
Everybody allegation
スキンヘッド、死者
みんなが壊れていく
状況は悪化し
誰もが他人を責め立てる
Beat me, hate me
You can never break me
Will me, thrill me
You can never kill me
殴れ、憎めばいい
だけど俺を壊すことなんてできない
俺の意志は揺るがないし
お前らには俺を殺せない
All I wanna say is that
They don’t really care about us
俺が言いたいのはただひとつ
「やつらは俺たちのことなんて気にしちゃいない」ってことだ
(歌詞引用元:Genius – Michael Jackson “They Don’t Care About Us”)
4. 歌詞の考察
この楽曲に込められたマイケルの感情は、極めて複雑で深い。彼が歌う「They(彼ら)」とは誰なのか――政府、警察、メディア、資本、社会構造――そのすべてが含意されている。そして「Us(俺たち)」とは、差別され、踏みにじられ、声を奪われた人々。マイケルは自分自身を“彼ら”の標的とした上で、同じような痛みを抱えるすべての存在に呼びかけているのだ。
この曲はラップ的なスピード感を持ちながらも、メロディアスであり、怒りをストレートにぶつけるというよりは、音楽として“抗議の美学”を構築している。リズムにはパーカッションを多用し、暴動や抗議デモのような空気感を作り出している点も注目に値する。
また、「I’m tired of being the victim of shame(恥の犠牲者でいるのはもううんざりだ)」というラインには、マイケル自身の過去への憤りが表れている。批判や中傷、偏見に晒され続けてきたアーティストとしての自分が、今こそ声を上げるときだという決意がにじんでいる。
最も重要なのは、この曲が“感情の爆発”であると同時に、“連帯”のメッセージでもあるという点だ。怒りの裏にあるのは、「もう黙っていない」「俺たちは繋がっている」という静かな誓いなのである。
(歌詞引用元:Genius – Michael Jackson “They Don’t Care About Us”)
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Fight the Power by Public Enemy
黒人コミュニティの怒りと誇りをぶつけた、ヒップホップ史に残る社会派アンセム。直接的な抗議の力強さが共鳴する。 - What’s Going On by Marvin Gaye
戦争や貧困、差別に対する疑問を優しく、しかし鋭く問いかけたソウルの名作。プロテストと美しさが両立する作品。 - Alright by Kendrick Lamar
現代の黒人差別への抵抗をテーマにした力強い楽曲。「俺たちは大丈夫だ」という言葉に込められた誇りと抵抗が、マイケルの叫びと重なる。 -
Zombie by The Cranberries
暴力の連鎖に抗議するロック・バラード。怒りを音楽に変えるという点で通じる部分がある。
6. 音楽による抵抗の声 ― 黙ることへの拒否
「They Don’t Care About Us」は、マイケル・ジャクソンというアーティストが、ただのスーパースターであることを拒絶し、「黙らない存在」へと変貌した瞬間の記録である。ダンスも装飾もない、むき出しのリズムと声。そこには、怒りと苦悩と、そして希望があった。
これは決して一過性のプロテスト・ソングではない。社会の構造的暴力に気づいた者が、芸術という武器を持って世界に問いかけた、ひとつの“宣言”である。
そしてその問いは、今日の世界においても未だに答えを得ていない。だからこそ、「They Don’t Care About Us」は今も鳴り響き続けている。
マイケルの声と共に――「彼らは、俺たちのことなんて気にしちゃいない」。
でも、“俺たち”は互いのことを気にかけることができる。その希望が、音楽の中に生き続けているのだ。
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