
発売日: 2018年3月16日
ジャンル: アンビエント・ロック、ドリーム・ポップ、エクスペリメンタル・ロック、インディーロック
概要
『There’s a Riot Going On』は、Yo La Tengoが2018年に発表した通算15作目のスタジオ・アルバムであり、バンドのキャリアのなかでもとりわけ“静かなる抵抗”という姿勢が色濃く反映された作品である。
そのタイトルは、スライ&ザ・ファミリー・ストーンの1971年の同名アルバムからの引用だが、Yo La Tengoはそこで鳴り響く“暴動”を、音のざわめきや余白のなかに託すという逆説的な方法をとっている。
本作は、過去のアルバムのような明確なコンセプトやドラマ性を排し、断片的でアンビエントに近いサウンドスケープが静かに連なっていく構成となっている。
バンドはプロデューサーを置かず、完全なセルフ・プロダクション体制で制作。
複数年にわたるセッションから生まれた音のスケッチたちを、日記のように静かに綴りあげていく手法がとられている。
つまり本作は、“曲”という単位で聴くというより、“気配”や“空気の揺らぎ”を体感するためのアルバムなのである。
それはまるで、ニュースが騒がしい時代に、ラジオのノイズの中から微かな音楽を聴き取るような感覚に近い。
全曲レビュー(抜粋)
1. You Are Here
穏やかなギターとシンセが絡み合うオープニング。
“今ここにいる”という言葉が、希望とも諦念とも取れる、二重の意味を帯びて響く。
3. Shades of Blue
Hubleyの静かなボーカルが中心。
ミニマルな構成と、柔らかい光に包まれたようなコード感が心地よい。まるで夏の午睡のような浮遊感。
5. Let’s Do It Wrong
リズムボックスと不確かなベースラインが支配する、ゆるく歪んだミニマル・ファンク。
「わざと間違えよう」というメッセージが、Yo La Tengoらしい反抗の形。
6. What Chance Have I Got
スローコア的なテンポと、ポストロックにも通じる音響設計。
“どんな希望があるのか”という問いが、抽象的なまま宙を漂う。
10. For You Too
本作中では比較的構造のはっきりしたギターポップ・ナンバー。
ノイズの質感とメロディの甘さが共存する、Yo La Tengoらしい一曲。
12. Shortwave
まるで短波ラジオのような不安定なサウンド。
聴こえるか聴こえないかの境界にある“音楽未満の気配”が、アルバム全体の世界観を象徴する。
15. Let’s Examine
ピアノの反復と環境音が静かに混ざる、アンビエント的インストゥルメンタル。
“何かを観察する”というタイトル通り、風景をただ見つめているような時間が流れる。
総評
『There’s a Riot Going On』は、Yo La Tengoが音楽的に極限まで“脱構築”を推し進めた、“気配と持続”のアルバムである。
ここにはリフやフック、サビといった従来のポップソング的要素はほとんど存在せず、その代わりに、空間、余白、ざわめき、そして消えかけの感情が、まるで煙のように漂っている。
本作における“暴動”とは、音を荒立てることではない。
むしろ、静かにすること、立ち止まること、答えを出さないことこそが、世界に対するYo La Tengoなりのレジスタンスなのである。
それは「叫ばない怒り」「形にならない希望」とでも言うべきものであり、混沌とした時代において、音楽がどう在るべきかを深く問い直している。
このアルバムは、耳を澄まさなければ決して届かない。
だが、もしあなたがその静けさの中に足を踏み入れることができたなら、そこにはYo La Tengoというバンドが辿り着いた、“音楽の最果ての祈り”があるだろう。
おすすめアルバム(5枚)
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And Then Nothing Turned Itself Inside-Out / Yo La Tengo
本作の静けさの源流とも言える作品。ミニマリズムと親密さの極致。 -
Laughing Stock / Talk Talk
ロックの枠を超え、音の気配だけで構成された“脱構築音楽”の最高峰。 -
Spirit of Eden / Talk Talk
アンビエント・ロックの金字塔。『There’s a Riot Going On』の哲学的背景と共鳴。 -
Ruins / Grouper
環境音と囁き声で構成された、沈黙に近い音楽。Hubleyの静かな歌声と通じる表現。 -
Twin Fantasy (Face to Face) / Car Seat Headrest
構造のない日記的な音楽の現代的進化版。“形を持たないポップ”という意味で接点がある。
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