アルバムレビュー:The Top by The Cure

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発売日: 1984年4月30日
ジャンル: サイケデリック・ロック、ポストパンク、アートロック


自己崩壊からの逃走、そして変身——“奇妙な万華鏡”としてのThe Cure

The Topは、The Cureのキャリアの中でも特に“孤立した奇作”として知られている。
1984年当時、フロントマンのロバート・スミスはThe CureとSiouxsie and the Bansheesの両方に在籍し、極度のストレスと幻覚症状を抱えながらこの作品を制作した。

そのため本作には、音楽的な統一感はなく、むしろ混乱、幻覚、躁鬱、ジャンルの雑食性がむき出しのまま記録されている。
ポストパンクを軸としながらも、アシッド・フォーク、民族音楽、グラム、果てはプリンス風のファンクまでが縦横無尽に交差する。

その“支離滅裂さ”ゆえに、当時の批評家や一部のファンからは賛否が分かれた。
だが裏を返せばこれは、ロバート・スミスの心象風景をむき出しにしたソロ的作品とも言え、のちの『Kiss Me, Kiss Me, Kiss Me』や『Wild Mood Swings』につながる実験精神の原点ともいえる一作なのだ。


全曲レビュー:

1. Shake Dog Shake

グラムロック風の暴力的ギターが鳴り響く、異様なテンションで幕を開ける。
“Shake dog shake”という呪文のようなフレーズは、スミスの幻覚的言語感覚の表れでもある。

2. Birdmad Girl

エキゾチックなリズムと旋律が絡み合うサイケポップ。
「鳥に夢中な少女」というファンタジックな世界観の裏に、精神の不安定さがにじむ。

3. Wailing Wall

中東風の旋律とトライバルなパーカッションによるミニマルな構成。
“嘆きの壁”というタイトルが暗示する通り、祈りと喪失感が折り重なる儀式的トラック。

4. Give Me It

激しく混濁したホーンとギターがぶつかり合う、ヒステリックなパンクファンク。
躁的なテンションが炸裂しており、ロバート・スミスの“破裂寸前の精神状態”が音として表出している。

5. Dressing Up

タイトル通り、着飾ること=仮面をかぶることをテーマにしたようなトラック。
奇妙にくねるサウンドが、内面の不安と他者との距離感を描く。

6. The Caterpillar

本作からのシングルカット曲。
虫のようにうねるストリングスと、童話的なメロディが印象的な奇曲。
「キャタピラー(毛虫)」という存在が、変身や不安定なアイデンティティの象徴として機能する。

7. Piggy in the Mirror

冒頭のギターが幻想的に鳴り響く一方で、歌詞は自己嫌悪と反復に満ちたパーソナルな告白。
“鏡の中のブタ”という比喩が、ロバート・スミス自身の自己像と重なる。

8. The Empty World

マーチングドラムとフルートが印象的な、寓話的ナンバー。
戦争や孤独、喪失といったモチーフが童話のように描かれる、静かなダークさを持つ。

9. Bananafishbones

タイトルはサリンジャーの『バナナフィッシュにうってつけの日』に由来。
奇妙なビートとサイケなギターが交差する、不安定で癖の強い楽曲。
意味があるようでない、言葉の遊戯性が際立つ。

10. The Top

9分近くにわたるタイトル曲にして、アルバムの核心。
インド音楽風のドローンやパーカッションが導入され、音の迷宮が形成される。
この曲では、ロバート・スミスの意識が完全に“現実”から乖離し、夢と悪夢のはざまへと没入していく。


総評:

The Topは、The Cureが“バンド”としての整合性を捨て、ロバート・スミスという一人の人間の内面を音として吐き出した作品である。

音楽的に統一感はなく、ある曲では優雅に、またある曲では混乱と悲鳴に満ちている。
しかしそれらをすべて包摂するのは、“変化”と“自己変容”への執着だ。

この作品の本質は、整ってはいない。
だが、その整っていなさこそが、The Cureの核心——すなわち不安定なものに美を見出す感性——を最も赤裸々に映し出している。
混乱と幻覚を経て、スミスが見つめた“てっぺん(The Top)”とは、一体どんな風景だったのだろうか。


おすすめアルバム:

  • Siouxsie and the Banshees / A Kiss in the Dreamhouse
     幻想と躁的美学が融合するサイケデリック・ポストパンク。
  • Bauhaus / Burning from the Inside
     不協和音と耽美が共存するカオティックな一作。
  • David Bowie / Diamond Dogs
     退廃と演劇性の極地、スミスが影響を受けたボウイの一枚。
  • Kate Bush / The Dreaming
     非現実と多重人格的視点が混在するアヴァン・ポップの傑作。
  • The Cure / Wild Mood Swings
     ジャンルと感情の振れ幅が極端に広い、The Topの精神的後継作。

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