1. 歌詞の概要
「The Roach（ザ・ローチ）」は、オーストラリアを拠点とする異才 Genesis Owusu（ジェネシス・オウス）が2023年にリリースした2ndアルバム『STRUGGLER』の冒頭を飾る楽曲であり、“存在のしぶとさ”と“生き残ることの醜さと美しさ”を象徴するパフォーマンス的な自己宣言である。
タイトルにある「Roach（ゴキブリ）」は、嫌悪とタフネスの両極を象徴する存在。
人々から嫌われ、踏み潰されそうになりながらも、決して死なず、しぶとく生き延びるその姿は、**現代に生きるマイノリティや抑圧された者の“サバイバル精神”**を暗示している。
Owusuはこの楽曲で、「ゴキブリ＝自分」を演じることで、誇り高きしぶとさを“醜さ”と“ユーモア”で反転し、美しき抵抗の物語として語り始める。
2. 歌詞のバックグラウンド
『STRUGGLER』は、前作『Smiling With No Teeth』に続き、Genesis Owusuが自己の内面と社会構造を戯画的に描きながらも、普遍的な生存と苦闘の物語へと昇華させた作品である。
「The Roach」はその第一声として、己の不屈性を“最も忌み嫌われる存在”に仮託しながら、「それでも俺はここにいる」と歌う。
この曲における「ゴキブリ」とは、社会にとって都合の悪い声や顔、無視されがちな存在を表すだけでなく、芸術の世界における周縁的アーティストとしての自画像とも捉えられる。
さらにこの曲のリリックは、“敗北”や“卑しさ”を抱えたまま、それでもなお生き抜くことの意味をパンク的なテンションと自己演出で描くものであり、
観客に“きれいな抵抗”ではなく、“泥まみれでも生きている”ことのリアルな重みを突きつけてくる。
3. 歌詞の抜粋と和訳
I scurry when the lights come on
Nobody wants me around
明かりがつくと俺は走り去る
誰も俺のことなんて、そばにいてほしくない
You think you stomped me out
But I’m still under your boot
お前は俺を踏みつぶしたつもりでも
俺はまだその靴の下で生きてるんだ
I’m the roach that writes poems
I’m the filth that fights back
俺は詩を書くゴキブリだ
そして、反撃する“汚物”でもある
You better pray that I die
But I multiply
俺の死を祈るがいいさ
でも俺は、増殖していくんだ
歌詞引用元：Genius – Genesis Owusu “The Roach”
4. 歌詞の考察
「The Roach」は、Genesis Owusuが自分を“踏みつぶされても死なない存在”として描くことで、“強さ”の新たな定義を打ち立てる曲である。
「You think you stomped me out / But I’m still under your boot」というラインは、抑圧者と被抑圧者の関係の中で生きる者の、静かで強靭なレジリエンスを象徴しており、
単なる怒りや反抗ではなく、「潰されたまま、それでも生きている」ことを堂々と宣言する構えがある。
特に注目すべきは、「I’m the roach that writes poems（詩を書くゴキブリ）」というフレーズだ。
これは、芸術や表現が、社会にとって“見たくないもの”であっても、確かに存在する価値のあるものだという逆説的なメッセージ。
「美しく語られない声」もまた“詩”たりうるという、詩的暴力とも言える宣言である。
さらに「But I multiply（でも俺は増殖する）」という最後の言葉には、たとえ抑えつけられ、見えないところに追いやられても、俺たちは決して一人じゃないし、消えはしないという、コミュニティ的連帯の含意すらある。
それは、抵抗の美学というより、存在そのものがすでに政治的であるという、肉体的なリアリズムに根ざしている。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Black Skinhead by Kanye West
暴力的な社会構造への反抗をパーカッシブに描く、挑発的かつ哲学的なトラック。 - Hunger by Florence + The Machine
“汚れ”や“欠落”を持ちながらも、それを肯定していく強さを繊細に歌い上げた現代の祈り。 - Famous Last Words by My Chemical Romance
崩れかけた身体と精神のなかでも「死なない」と叫ぶ、エモーショナルなサバイバルソング。 -
Closer by Nine Inch Nails
性、暴力、崩壊をテーマにしたインダストリアルの金字塔。美しさとグロテスクの同居が共鳴する。 -
Stress by Justice
秩序から逸脱し続ける都市の不安と混沌を、ノイズとビートで描いた映像的音楽の典型。
6. 「醜いもの」に声を与えるということ
「The Roach」は、“嫌われる存在”を象徴としてまとうことで、抑圧や差別、無視され続けてきた声にリアリティを与える強烈なアートワークである。
Genesis Owusuはこの曲で、「清潔で、美しくて、勇敢である必要なんてない」と断言する。
代わりに、泥の中で、踏みつけられながら、それでもなお生き残る“無様な強さ”こそが、現代のヒーロー像であることを私たちに突きつけてくる。
「The Roach」は、不快で、滑稽で、でもだからこそリアルな抵抗の始まりである。
Owusuはこの曲の中で「殺したつもりか？俺は生きてるぞ」と笑いながら、生存の宣言を叩きつける。
それは、どんなに小さな声でも、“踏まれても死なない”ということそのものが、最も強靭なアクションなのだという真実を教えてくれる。
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