
1. 歌詞の概要
INXSの「The One Thing」は、1982年のアルバム『Shabooh Shoobah』に収録され、シングルとしても大きな注目を集めた楽曲である。歌詞のテーマはシンプルでありながら情熱的で、「唯一のもの(The One Thing)」にすべてを捧げたいという切実な思いが込められている。その対象は愛する人や恋愛そのものに重ねられており、「他には何もいらない、欲しいのはただ一つ」という欲望の純度を高らかに歌い上げる。
表現は比喩や抽象的な言い回しも含まれるが、全体としてはストレートなラブソングである。とりわけリフレインされる「The one thing」のフレーズは印象的で、恋愛の情熱を普遍的な欲望の形に昇華している。1980年代初期のニューウェーブ・ロックの軽快さを背景に、若さと衝動をそのまま音にしたような楽曲なのだ。
2. 歌詞のバックグラウンド
INXSにとって「The One Thing」は国際的な突破口となった曲である。1982年の『Shabooh Shoobah』は、彼らがオーストラリアの人気バンドから世界的な舞台へと歩みを進めるきっかけとなったアルバムであり、そのリードシングルがこの曲であった。
当時、INXSはニューウェーブとロック、さらにはファンク的なリズム感を融合させる独自のスタイルを模索していた。その中で「The One Thing」は、ダンサブルでありながら鋭さを持つギターリフ、グルーヴィーなリズム、そしてマイケル・ハッチェンスの艶やかなヴォーカルが見事に結びついた楽曲として完成した。特にハッチェンスの歌声は、この曲を通じて国際的なロックスターとしての資質を強く印象づけるものとなった。
MTVの台頭と時期を同じくして、この曲のミュージックビデオはアメリカのオーディエンスに強い印象を与えた。豪華なディナーパーティーを舞台に、バンドが演奏するシーンと享楽的な雰囲気が交錯する映像は、1980年代初期のポップカルチャーを象徴するものだった。その結果、「The One Thing」はアメリカのBillboard Hot 100で初のトップ40入りを果たし、INXSが世界に知られる契機となったのである。
3. 歌詞の抜粋と和訳
(歌詞引用元:INXS – The One Thing Lyrics | Genius)
Well, you know just what you do to me
君が僕にどんな影響を与えるか、君自身がよく知っているだろう
The way you move, the things you say
君の仕草や言葉のすべてがそうなんだ
You turn me on and make me feel alive
君は僕を熱くさせ、生きていることを実感させてくれる
The one thing you keep me coming back for more
その「たった一つ」のものがあるから、僕は何度でも君のもとに戻ってしまう
歌詞は官能的で、恋愛の魔力に翻弄される心情をそのまま描いている。「The one thing」は具体的に示されないが、それゆえに「愛」「欲望」「触れ合い」など聴き手それぞれが自由にイメージできる普遍性を持っている。
4. 歌詞の考察
「The One Thing」は、INXSが初期から持っていたセクシュアリティとエネルギーを最も分かりやすい形で示した曲である。歌詞において「唯一のもの」という表現は、恋愛の相手に限らず、人が心から求める対象そのものを象徴している。つまり、それが人であれ欲望であれ、「これだけは譲れない」という純粋な感情を歌に昇華しているのだ。
一方で、この曲が持つダンサブルなグルーヴは、メッセージを過度に重苦しくせず、むしろ享楽的で都会的なムードを生み出している。愛や欲望を哲学的に語るのではなく、「今この瞬間に感じる衝動」をそのまま肯定している点に、INXSの魅力が表れている。
また、この曲はMTV時代の象徴的存在でもある。ビデオクリップの華やかさやセクシーな雰囲気は、音楽が視覚的要素と結びついていく80年代の潮流を反映していた。したがって「The One Thing」は、バンドの出世作であると同時に、時代そのものを体現した曲でもある。
歌詞を掘り下げていくと、そこには「欲望を恐れるな」「求めるものを追い続けろ」というメッセージが隠れているようにも感じられる。バンドが国際的な成功を渇望していた時期に生まれたこの曲は、彼ら自身の姿勢を象徴するものでもあったのではないだろうか。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Don’t Change by INXS
同じアルバム収録曲で、普遍的なメッセージを持つ初期のアンセム。 - Original Sin by INXS
より大きなスケールの社会的テーマを扱いながらも、ダンサブルな要素を強く残す名曲。 - Hungry Like the Wolf by Duran Duran
同時代のニューウェーブ的セクシュアリティと躍動感を共有する曲。 - Let’s Go Crazy by Prince
愛と欲望の爆発をダンスナンバーに昇華した80年代を代表するアンセム。 - She Sells Sanctuary by The Cult
エネルギッシュでスピリチュアルな感覚を持つロックナンバーで、同じく衝動性を表現している。
6. 世界進出の扉を開いた曲
「The One Thing」は、INXSがオーストラリアから世界に飛び立つための鍵となった曲である。単なるヒットシングル以上に、彼らの存在を国際的に知らしめ、後の大成功を引き寄せる第一歩だった。
その魅力は、若々しい衝動と都会的な洗練が同居する点にある。セクシュアリティを全面に押し出しつつも、それが決して過剰にならず、ポップとしての普遍性を保っているのだ。「The One Thing」は、INXSが持つ多面性—ロック、ファンク、ポップ、ニューウェーブ—を初めて明確に提示した楽曲であり、バンドの未来を決定づけた原点とも言えるだろう。
コメント