発売日: 2013年3月8日
ジャンル: アートロック、オルタナティヴ・ロック
静寂を破る声、死者のように現れた“次の日”——自己神話の解体と再構築
『The Next Day』は、David Bowieが10年ぶりに沈黙を破って発表した24作目のスタジオ・アルバムである。
2004年の心臓発作を機に一切の表舞台から姿を消していた彼が、予告もなく突如リリースを発表したこの作品は、
“復活”というより、“幽霊のような再登場”として世界を驚かせた。
ジャケットには1977年の名作『Heroes』のアートワークを大胆に引用・改変。
その上から「The Next Day」の白いラベルを貼りつけるという手法は、ボウイ自身による“過去の神話性の抹消”であり、
また“次なる物語はここから始まる”という明確な宣言でもあった。
音楽的には、前作『Reality』の流れを継ぎながらもより多様で攻撃的。
ロック・サウンドを主軸に、バロック調のポップス、ジャズ的コード進行、ノイジーなギターが混ざり合い、
“変わり続ける男”がなおも現代と対話しようとする姿が刻まれている。
全曲レビュー
1. The Next Day
“自分が死んだと思われたら、次の日に何をする?”
そんな問いから始まるタイトル曲は、痛烈なビートとアイロニカルな視線を持つロック・チューン。
過去の自己像を“打ち壊す”ような構造が、アルバムの核心を示している。
2. Dirty Boys
サクソフォンの絡むジャジーで怪しげなナンバー。
権力、暴力、性のにじむような世界観が、ボウイらしい都会的退廃として描かれる。
3. The Stars (Are Out Tonight)
映画的でスケールの大きいトラック。
“スター”という言葉に込められた名声・神話・呪いを、知的かつ感傷的に表現。
4. Love is Lost
シンセと不穏なリズムが支配するミニマルなバラード。
愛の終焉と人間の孤独を、静かな語り口で描く。リミックス版(Hello Steve Reich Mix)はクラブシーンでも話題に。
5. Where Are We Now?
ボウイがベルリン時代の記憶をなぞった、美しくも哀しいバラード。
静けさの中に70年代の断片が浮かび上がり、まるで時空を漂うような感覚を与える。
6. Valentine’s Day
銃乱射事件をテーマにしながら、軽やかなギターとポップな構成が対比する強烈な楽曲。
社会的主題と音楽の快楽性の見事な融合。
7. If You Can See Me
ポストロック的な混沌を孕んだ異色曲。
断片的な言葉とビートがせめぎ合うような、アヴァンギャルドな実験性。
8. I’d Rather Be High
戦争と若者の逃避をテーマにした皮肉な曲。
軽快なメロディとは裏腹に、歌詞は死と麻痺を冷静に見つめている。
9. Boss of Me
ファンクのリズムとラテン調のホーンが印象的な、ボウイ流“権力論”。
男女関係と社会構造が重なるような多層的なリリック。
10. Dancing Out in Space
浮遊感のあるリズムと旋律。
身体性と宇宙的スケールが交錯する、不思議な明るさを持った楽曲。
11. How Does the Grass Grow?
軍歌のメロディを引用しながら、“人が人を殺す理由”を皮肉った楽曲。
力強いギターとリフが不穏な印象を与える。
12. (You Will) Set the World on Fire
本作随一のロック・ナンバー。
若者の野心と業界批判が混ざり合い、ボウイの“苦い励まし”として響く。
13. You Feel So Lonely You Could Die
エルヴィスの「Heartbreak Hotel」やスコット・ウォーカーの影を感じさせるバラード。
喪失、罪、そして赦し。静かな語りの中に深い感情がある。
14. Heat
最後を締めくくる重厚なトラック。
「父を殺したのは私だ」という衝撃的な一節が、“自己神話の解体”として強烈に響く。
スコット・ウォーカーへのオマージュとも取れる、瞑想的な終幕。
総評
『The Next Day』は、David Bowieが“沈黙”という究極の戦略を経て、“物語の続きを語り直す”ために作られたアルバムである。
ここにあるのは、もはや変身や未来への逃避ではない。
過去の影と向き合い、現実の断片と向き合いながら、それでも音楽としてのエネルギーを保ち続ける強さである。
“死者のように帰ってきた男”が語る言葉は、どれも鋭く、そして静かに沁み込んでくる。
それは、神話を背負いながらも、なお“現実”という土の上に立ち続けるための、誠実な抵抗でもあった。
『The Next Day』とは、過去を生き抜いた者だけが鳴らせる“次の一歩”の音楽なのである。
おすすめアルバム
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Reality / David Bowie
前作。よりストレートなロックサウンドと現実的なテーマが、『The Next Day』の基盤となる。 -
Blackstar / David Bowie
本作の“次の次の日”。死を直視した遺作にして、ボウイ芸術の最終形。 -
Tilt / Scott Walker
深淵な語りと不穏な音世界が、『The Next Day』の終曲“Heat”と強く共鳴する。 -
Push the Sky Away / Nick Cave and the Bad Seeds
静かな怒りと瞑想的構成が特徴の、熟練アーティストによる同時代的傑作。 -
The Seer / Swans
破壊と再生の音像による長大な旅。『The Next Day』の裏面として聴ける重厚な体験。
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