発売日: 2000年4月3日
ジャンル: オルタナティヴ・ロック、エレクトロクラッシュ、ポストパンク・リバイバル
概要
『The Menace』は、Elasticaが2000年に発表したセカンド・アルバムであり、5年の沈黙と混乱の末に辿り着いた“破壊と再構築”の記録である。
1995年のデビュー作『Elastica』が爆発的な成功を収めたのち、バンドは極度のプレッシャー、メンバーの脱退、創作の停滞、さらにはドラッグと精神的消耗という暗黒のトンネルに突入する。
その中で紆余曲折を経て制作された本作は、初期のタイトでスタイリッシュなポストパンク・ポップとは一線を画し、より粗暴でノイジー、実験的なエレクトロ／ガレージ要素を纏った異色作となった。
このアルバムは、いわば90年代ブリットポップの“終焉の音”でもあり、その崩壊の美学においてこそ真価を発揮している。
タイトルの『The Menace（脅威）』が示すように、このアルバムには「かつての成功」に対する怒りと嫌悪、そして音楽による再生の意志が込められている。
全曲レビュー
1. Mad Dog God Dam
ノイズとサイケをぶつけた、混沌としたイントロダクション。
ジャスティンの叫ぶようなヴォーカルとひしゃげたギターが、アルバムの“狂気と破壊”を予告する。
2. Generator
インダストリアルなビートに乗せて繰り返されるフレーズは中毒性が高い。
「自分を動かす力はどこにある？」という問いかけのように響く。
3. Off On
スピードとグルーヴが一体化した、もっとも“踊れる”ナンバー。
エレクトロ・パンク的な質感が2000年代初頭の空気を先取りしている。
4. How He Wrote Elastica Man
The FallのMark E. Smithとの共作であり、Elasticaのルーツを逆照射するメタ的トラック。
The Fallの1980年作「How I Wrote ‘Elastic Man’」を文字通り“書き換えた”ような実験的楽曲。
5. Human
ローファイでシンプルなサウンドに、繊細かつ虚無的なヴォーカルが乗る。
冷え切った感情と、ギリギリで繋がった「人間らしさ」の断片が垣間見える。
6. Nothing Stays the Same
哀感と回復が交錯するアルバム中盤のハイライト。
タイトル通り、変化と喪失を受け入れようとする姿勢がにじむ、珍しく内省的なトラック。
7. The Way I Like It
挑発的なリリックとミニマルなコード。
音数を極限まで削ぎ落としたパンク・エチュードのような緊張感がある。
8. Image Change
ノイズとファズが炸裂する、タイトル通りの“自己改造”ソング。
イメージと現実の乖離、自己否定とアイデンティティの再構築をテーマにしているように感じられる。
9. Your Arse My Place
下品で即物的なタイトルに反して、サウンドはスタイリッシュ。
短く毒のあるパンチラインを繰り出す、Elasticaらしいブラックユーモアの効いた一曲。
10. Operate
機械的なビートと断片的なボーカルが、制御と暴走の狭間を表現するよう。
“人が機械になる”感覚が支配する、不穏なインダストリアル・ナンバー。
11. Miami Nice
スウィング感ある変則的なリズムと、奇妙なコード進行。
アルバムの中でも異色の変化球で、退廃とサイケが混ざり合っている。
12. My Sex
カバー元はDaniel Miller（後のMute Records創設者）によるユニットThe Normalのエレクトロ・クラシック。
極限までミニマルな電子音と語り口調のボーカルが、フェティッシュで実験的。
13. KB
幻想的なエンディング曲。
囁くようなボーカルとドローン的なギターが溶け合い、残響のなかにすべてが消えていく。
総評
『The Menace』は、Elasticaというバンドの「解体と再構築」の記録である。
ブリットポップ時代の鋭利なスタイルを脱ぎ捨て、代わりに得たのはノイズ、機械性、断片性、そして不安定なアイデンティティだった。
その不安定さこそが本作の核であり、“完成されたポップ”という理想を捨ててなお鳴り続けるそのサウンドには、歪ながらもリアルな生の振動がある。
リリース当時は酷評も多かったが、ポストパンク・リバイバルやエレクトロクラッシュの流れを先取りしていた点で、現在では“再評価されるべきアルバム”として語られることも増えている。
Elasticaのキャリアはこの作品で終わりを迎えたが、その終焉は“破滅”ではなく“変質”であり、その軌跡はノイズの向こうにしっかりと刻まれている。
おすすめアルバム
- Yeah Yeah Yeahs / Fever to Tell
女性ヴォーカル主導のガレージ・パンクと電子音が融合した、Elasticaの精神的後継作。 - The Fall / This Nation’s Saving Grace
『The Menace』の背景にある文脈を知るには不可欠なポストパンクの金字塔。 - Le Tigre / Le Tigre
フェミニズム、エレクトロ、ローファイ、DIY精神——すべてがElastica以後に通じる。 - Suicide / Suicide
電子とパンクの根源的融合。『My Sex』の源流としての位置づけ。 -
Stereolab / Dots and Loops
実験性とポップ性の間で漂うエレクトロ・ロック。Elasticaの変質的側面と呼応する。
制作の裏側（Behind the Scenes）
『The Menace』の制作は、混乱と断絶に満ちていた。
オリジナルメンバーのうち複数が脱退し、録音は何度も中断・再開を繰り返した。ジャスティン・フリッシュマンは精神的にも肉体的にも疲弊しながら、共同プロデューサーのミーラ・ディヴァー（元Linoleum）らとともに“パッチワーク”のようにアルバムを組み上げていった。
The Fallのマーク・E・スミスの参加や、The Normalのカバーなども含め、本作はElasticaが“自らのルーツを見つめ直し、壊すこと”を通じて、最後の音楽的意思表示を行った作品なのである。
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