The King Will Come by Wishbone Ash(1972)楽曲解説

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1. 歌詞の概要

「The King Will Come(ザ・キング・ウィル・カム)」は、Wishbone Ash(ウィッシュボーン・アッシュ)が1972年に発表したセカンド・アルバム『Argus』に収録された楽曲であり、バンドの持つツイン・リード・ギターの美学と叙事詩的なリリックが頂点に達した象徴的なナンバーである。

タイトルに登場する“王”とは何者なのか――それは神、救世主、あるいは復讐者、時代の転換を告げる者なのか。歌詞は明確なストーリーを提示することなく、寓話や黙示録的なイメージを積み重ねながら、世界が大きく動こうとする瞬間に立ち会う人々の静かな緊張感を描いていく。

特定の政治的メッセージを含んでいるわけではないが、その曖昧さゆえに**“時代の終焉”と“新たな始まり”を暗示する多義的な解釈が可能な歌詞**となっており、1970年代初頭の不安定な世界情勢や精神的混迷とも共鳴する一曲である。

2. 歌詞のバックグラウンド

Wishbone Ashのアルバム『Argus』は、リリース当時からイギリス国内外で高く評価され、彼らの名を不動のものにした出世作である。その中でも「The King Will Come」は最も象徴的な楽曲のひとつとして認知されており、ツイン・リード・ギターの調和、叙情性、物語性のすべてが融合した傑作とされる。

本曲の作詞は主にベーシストであるマーティン・ターナーによって手がけられたとされ、歌詞の内容は一見して中世的・宗教的なモチーフを多く含んでいる。しかしその寓話性は単なるファンタジーではなく、当時の戦争、不平等、政治の腐敗、そして人々の“救済”への願望を映した鏡でもある。

音楽面では、Andy PowellとTed Turnerによる絡み合うようなツインギターのイントロが象徴的で、力強さと繊細さを同時に感じさせるプレイは、その後のハードロック/プログレッシブ・ロックの流れに多大な影響を与えた。

3. 歌詞の抜粋と和訳

For all the time spent in that room
あの部屋で過ごしたすべての時間

The door is open, now you can go
ドアは今、開かれている もう出ていけるんだ

Your skin was black, your skin was white
お前の肌は黒でもあり、白でもあった

The king will come, the king will come
王が来る、王がやってくる

Oh, the king will come
ああ、王が来るのだ

It’s time to go, the battle’s won
もう行く時だ 戦いは終わった

The war is over, the land is free
戦争は終わり、大地は解き放たれた

(参照元:Lyrics.com – The King Will Come)

この歌詞には明確なプロットは存在しない。だが、時代の終焉と新たな統治者の出現を暗示するような象徴的言語が繰り返される。

4. 歌詞の考察

「The King Will Come」に登場する“王”は、解釈によって複数の意味を持つことができる。それはメシア的存在かもしれないし、革命の指導者かもしれない。あるいは、新しい時代の精神そのものなのかもしれない。

この曲が優れているのは、そうした“王”を具体的に描かず、抽象と象徴だけで世界の変化を語る方法を選んでいることにある。その結果、聴く者はそれぞれの“王”を心の中に想像し、自分の文脈でこの歌を受け取ることができる。

歌詞に「Your skin was black, your skin was white(お前の肌は黒でもあり白でもあった)」という一節があることから、人種や平等に関する暗示的なメッセージも読み取れる。すなわち、この“王”は特定の属性に縛られた存在ではなく、人間性の新たな在り方そのものを体現する存在である可能性もあるのだ。

また、“戦争が終わった”というフレーズが繰り返されることから、これは物理的な戦争ではなく、内面的・精神的な葛藤の終結を示唆しているとも考えられる。「王が来る」というのは、個人が自らの心に平和を取り戻す瞬間なのかもしれない。

音楽的には、ツイン・リードの旋律が織りなす緊張と解放のダイナミクスが、歌詞の語る「変化の予兆」「終焉と再生」のイメージを見事に支えており、詞と音の融合が極めて高次で実現された楽曲と言える。

5. この曲が好きな人におすすめの曲

  • Achilles Last Stand by Led Zeppelin
     神話的なイメージと壮大なギターワークが融合するロック叙事詩。

  • To Tame a Land by Iron Maiden
     ツインギターと文学的な歌詞が交錯する、メタルの進化系叙事詩。
  • Supper’s Ready by Genesis
     寓意に満ちた構成と音の展開による、プログレッシブ・ロックの最高峰。

  • Thick as a Brick by Jethro Tull
     物語性の高い叙述と複雑な楽曲構成が魅力の、風刺的プログレ叙事詩。

  • Pilgrimage by Wishbone Ash
     同じバンドによるインストゥルメンタル曲で、精神的な旅を描く楽曲。

6. “王は誰か?それはあなたの中にいる”

「The King Will Come」は、Wishbone Ashの音楽的技術と詩的感性が交差する一点であり、単なるロックではなく、精神の象徴詩として聴かれるべき作品である。

歌詞に登場する“王”は、絶対的支配者ではなく、新しい価値観の到来、新たな時代を迎える“扉”のような存在だ。だからこの曲は、常に何かが崩れ、また始まろうとしている**“変化の時代”にこそ、静かに響いてくる。**

現代においても、多くの人が「次の時代」を待ち望み、「何かが来る」と感じている。
「The King Will Come」は、そうした希望と不安が交錯する今にも通じる、時代の感情を封じ込めた音楽的預言なのである。
王は誰か?
その答えは、私たちひとりひとりの中に眠っている。

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