
発売日:2011年1月14日
ジャンル:インディーフォーク、フォークロック、アメリカーナ、オルタナティブ・カントリー、インディーロック
- 概要
- 全曲レビュー
- 1. Don’t Carry It All
- 2. Calamity Song
- 3. Rise to Me
- 4. Rox in the Box
- 5. January Hymn
- 6. Down by the Water
- 7. All Arise!
- 8. June Hymn
- 9. This Is Why We Fight
- 10. Dear Avery
- 総評
- おすすめアルバム
- 1. The Decemberists – The Crane Wife(2006)
- 2. The Decemberists – Picaresque(2005)
- 3. The Decemberists – What a Terrible World, What a Beautiful World(2015)
- 4. R.E.M. – Fables of the Reconstruction(1985)
- 5. Gillian Welch – Time (The Revelator)(2001)
概要
The Decemberistsの『The King Is Dead』は、2011年に発表された通算6作目のスタジオ・アルバムであり、バンドのキャリアにおいて大きな方向転換を示した作品である。The Decemberistsは、Colin Meloyを中心にオレゴン州ポートランドで結成され、2002年のデビュー作『Castaways and Cutouts』以来、文学的な歌詞、古風な物語、海洋譚、民話、歴史上の人物、悲劇的な恋人たちを題材にしたインディーフォーク/バロックポップを作り上げてきた。『Picaresque』や『The Crane Wife』では、長編的な構成や演劇的なアレンジがさらに発展し、2009年の『The Hazards of Love』ではロック・オペラ的な連作形式にまで到達した。
その直後に発表された『The King Is Dead』は、前作の濃密で劇的な構成から一転し、非常に簡潔で開かれたフォークロック・アルバムとなっている。長大な組曲や複雑な物語構造はほとんどなく、楽曲は比較的短く、アレンジも素朴で、バンドはアメリカーナやカントリー、R.E.M.的なジャングリーなギター・ロックへ接近している。これは単なる原点回帰ではなく、The Decemberistsが自分たちの演劇的・文学的な過剰さを一度整理し、歌そのもの、メロディ、バンドの自然な演奏へ焦点を戻した作品である。
タイトルの『The King Is Dead』は、「王は死んだ」という古い宣言を思わせる。これは、王制の終わりと新しい時代の始まりを示す言葉であり、しばしば「The king is dead, long live the king」という表現として知られる。The Decemberistsにとって本作のタイトルは、前作までの壮大な物語世界、あるいはバンド自身が築いた装飾的な王国を一度終わらせる意味を持つように響く。ここでの「王の死」は終焉であると同時に、再出発でもある。過剰な演劇性の王を葬り、より土の匂いのするアメリカン・フォークロックへ向かう。その象徴的なタイトルが本作全体を包んでいる。
音楽的には、本作はThe Decemberistsのディスコグラフィーの中で最もアメリカーナ色が強い作品の一つである。アコースティック・ギター、ハーモニカ、フィドル、ペダルスティール、素朴なドラム、明快なコーラスが多く使われ、サウンドには田舎道、川、森、農地、冬の空気が感じられる。従来のThe Decemberistsにあった港町や古いヨーロッパ的な演劇空間から、アメリカの土地へ舞台が移ったような作品である。
特に重要なのは、R.E.M.からの影響である。本作にはR.E.M.のギタリストPeter Buckが参加しており、いくつかの楽曲には『Murmur』や『Fables of the Reconstruction』期のR.E.M.を思わせるジャングリーなギター、フォークロック的な推進力、南部的な曖昧さが感じられる。The Decemberistsはもともと英国フォークや古いバラッド、文学的なポップに近いイメージを持つバンドだったが、本作ではアメリカのオルタナティブロックとフォークの系譜により明確に接続している。
また、本作にはGillan Welchも参加しており、彼女のハーモニーはアルバム全体に深いアメリカーナ的な響きを与えている。Gillian Welchの音楽は、古いアパラチアやカントリー、フォークの伝統を現代的に再構築するものであり、その声が加わることで、『The King Is Dead』はThe Decemberistsの作品でありながら、より広いアメリカン・ルーツ音楽の文脈へ開かれている。
歌詞の面では、前作までのような明確なストーリー・アルバムではないが、死、別れ、労働、自然、災厄、祝祭、帰郷、社会不安といったテーマが曲ごとに現れる。Colin Meloy特有の古風な語彙や物語性は残っているが、全体としてはより直接的で、歌いやすく、開放的である。とはいえ、単純な牧歌ではない。明るいメロディの裏には、不安や死の気配がしばしば潜んでいる。The Decemberistsらしい黒いユーモアと悲劇性は、簡素なフォークロックの中にも確実に息づいている。
『The King Is Dead』は、The Decemberistsの作品の中でも最も聴きやすく、同時に重要な転換点となったアルバムである。複雑な物語を好むリスナーには物足りなく感じられるかもしれないが、バンドが歌の骨格、演奏の自然さ、アメリカーナ的な土地感覚へ向き合った点で、非常に意義深い。これは、The Decemberistsが自らの文学的な仮面を少し外し、より素朴で普遍的なフォークロックとして鳴った作品である。
全曲レビュー
1. Don’t Carry It All
アルバム冒頭の「Don’t Carry It All」は、本作の方向性を明確に示す力強いオープニング曲である。タイトルは「すべてを背負い込むな」という意味であり、共同体、分かち合い、労働、季節の巡り、集団で生きることの感覚を歌っている。The Decemberistsの作品としては非常に開かれた楽曲で、複雑な物語の導入ではなく、聴き手を明るいコーラスへ迎え入れるように始まる。
音楽的には、ハーモニカ、アコースティック・ギター、力強いドラム、合唱的なメロディが中心で、アメリカーナ/フォークロックの祝祭感が強い。これまでのThe Decemberistsが古い劇場や港町の薄暗い舞台を思わせることが多かったのに対し、この曲は屋外の広い空間で鳴っているような印象を与える。労働歌や収穫祭の歌のような共同体的なエネルギーがある。
歌詞では、個人がすべてを背負うのではなく、共同体の中で荷を分け合うことが示される。これは、アメリカーナやフォークの伝統における重要な主題である。人は一人で生きるのではなく、季節、土地、隣人、家族、労働の中で生きる。The Decemberistsはここで、個人の孤独な物語から、より集団的な歌へ重心を移している。
同時に、この曲には終末や苦難の気配もある。「すべてを背負うな」という言葉は、すでに誰かが重荷を背負っていることを前提としている。つまりこれは単純な明るい歌ではなく、困難な時代において、荷を分け合う必要を歌った曲である。社会や共同体が不安定なとき、人は一人で耐えようとしがちだが、この曲はそれに対して、声を合わせることの意味を示している。
「Don’t Carry It All」は、『The King Is Dead』の開放的な性格を象徴する楽曲である。前作『The Hazards of Love』の重厚な物語世界から抜け出し、The Decemberistsはここで、よりシンプルで力強いフォークロックの共同体へ向かっている。
2. Calamity Song
「Calamity Song」は、タイトル通り「災厄の歌」であり、明るいメロディの中に終末的なイメージを忍ばせたThe Decemberistsらしい楽曲である。曲調は軽快で、ギターはR.E.M.を思わせるジャングリーな響きを持つが、歌詞には混乱、破局、社会的な不安が漂っている。この明るさと不穏さの組み合わせが、The Decemberistsの得意とする表現である。
音楽的には、本作の中でも特にR.E.M.的なオルタナティブ・フォークロック色が強い。Peter Buckの影響を感じさせるギターのきらめき、跳ねるようなリズム、コンパクトな構成が、曲に軽快な推進力を与えている。『The King Is Dead』が過去のThe Decemberists作品と大きく異なることを示す代表的な一曲である。
歌詞では、災厄や崩壊のイメージが断片的に語られる。ここでの災厄は、自然災害であると同時に、社会の崩壊、精神的な混乱、政治的な不安の比喩としても読める。The Decemberistsは、直接的な社会批評をするよりも、寓話的な言葉や不穏な情景を積み重ねることで、時代の不安を表現する。
この曲の魅力は、破滅を陽気に歌う感覚にある。The Decemberistsは悲劇を重苦しくするだけではない。むしろ、災厄をポップな曲に乗せることで、現代社会の奇妙な明るさと不安を同時に表現する。世界が壊れつつあるのに、曲は軽快に進む。このねじれが非常に印象的である。
「Calamity Song」は、本作の中で最もキャッチーな楽曲の一つでありながら、The Decemberistsらしい不吉な寓話性をしっかりと持っている。アメリカーナ的な簡素化の中でも、バンドの文学的な毒は失われていない。
3. Rise to Me
「Rise to Me」は、本作の中でも特に穏やかで、祈りに近い響きを持つ楽曲である。タイトルは「私のもとへ立ち上がれ」「私に向かって起き上がれ」といった意味に読めるが、曲全体には、誰かを支えたい、あるいは誰かに立ち上がってほしいという願いが込められている。The Decemberistsの中では比較的率直な愛と励ましの歌である。
音楽的には、ペダルスティールやアコースティック・ギターが温かく響くカントリー寄りのバラードである。テンポはゆったりとしており、派手な展開はない。Gillian Welchのハーモニーも曲に深い柔らかさを加え、アメリカーナとしての質感を強めている。
歌詞では、相手に対する呼びかけが中心となる。困難の中にいる相手、疲れた相手、沈み込んでいる相手に向けて、立ち上がってほしいという願いが歌われる。これは恋人への歌としても、子どもや家族への歌としても、より広く苦しんでいる人への歌としても読める。
「Don’t Carry It All」が共同体全体へ向けられた歌だとすれば、「Rise to Me」はより個人的な支え合いの歌である。大きな荷を一人で背負う必要はないというアルバム冒頭の主題が、ここでは一対一の関係へ移される。The Decemberistsが、複雑な物語や皮肉を離れ、素朴な祈りのような歌を作っている点が印象的である。
「Rise to Me」は、本作の静かな中心の一つである。過去のThe Decemberistsのような演劇性は控えめだが、その分、声とハーモニー、簡潔な言葉の力が際立っている。
4. Rox in the Box
「Rox in the Box」は、本作の中でも特に民謡的な色合いが強く、鉱山労働や死のイメージを扱った楽曲である。タイトルの「Rox」は「rocks」、つまり石を表すくだけた表記と読める。箱の中の石、あるいは墓、棺、労働の道具、鉱山の暗さを連想させる。曲調は軽快だが、テーマは非常に暗い。
音楽的には、フィドルやアコースティック楽器が前面に出たフォークロックで、リズムには踊るような感覚がある。古い労働歌やアパラチアの民謡を思わせる雰囲気もあり、The Decemberistsがアメリカン・フォークの伝統に深く接近していることを示している。明るく跳ねる演奏と死の歌詞の対比が印象的である。
歌詞では、鉱山労働者や危険な労働環境、死と隣り合わせの生活が描かれる。The Decemberistsはもともと、貧しい労働者や歴史の周縁にいる人物を歌うバンドだが、この曲ではそれがアメリカーナ的な労働歌の形で表現されている。労働は生活を支えるが、同時に人の身体を傷つけ、命を奪うこともある。
この曲が優れているのは、暗い題材を民謡的なリズムに乗せることで、死が共同体の歌として響く点である。古いフォーク・ソングでは、悲劇や死がしばしば踊れるリズムで歌われる。それは、悲しみを個人の内面に閉じ込めず、共同体の記憶として共有するための形式である。「Rox in the Box」もその伝統を受け継いでいる。
「Rox in the Box」は、『The King Is Dead』における労働と死のテーマを担う重要曲である。アルバムの開放的なサウンドの中にも、The Decemberistsらしい暗い歴史感覚がしっかりと残っている。
5. January Hymn
「January Hymn」は、本作の中でも最も静かで美しい楽曲の一つである。タイトルは「一月の賛歌」を意味し、冬、静けさ、新年、過去の記憶、失われた時間を連想させる。The Decemberistsの作品には季節感がしばしば重要な役割を果たすが、この曲では一月の冷たい空気が、内省と記憶の舞台になっている。
音楽的には、非常に簡素なフォーク・バラードである。アコースティック・ギターを中心に、余白の多い演奏が展開される。Colin Meloyの声も抑制されており、寒い朝に小さく歌われるような親密さがある。大きなドラマはなく、静かな時間が流れる。
歌詞では、過去の冬、失われた関係、あるいは遠い記憶が穏やかに呼び起こされる。Januaryという月は、新しい年の始まりであると同時に、冬の厳しさの中にある。始まりと停滞、希望と寒さが同居する時期である。この曲は、その二重性を非常に繊細に表現している。
「Hymn」という言葉が示すように、この曲には宗教的な静けさがある。ただし、それは明確な信仰告白ではなく、日常の中で過去を悼み、時間の流れを受け入れるための小さな賛歌である。The Decemberistsの派手な物語性を期待すると控えめに感じられるかもしれないが、この控えめさこそが曲の美しさである。
「January Hymn」は、本作において季節と記憶を結びつける楽曲である。The Decemberistsが大きな物語を離れても、短い情景の中に深い感情を宿すことができることを示している。
6. Down by the Water
「Down by the Water」は、『The King Is Dead』を代表する楽曲であり、The Decemberistsの中でも特にアメリカーナ/オルタナティブ・ロック色が強い一曲である。タイトルは「水辺で」という意味であり、川、海、流れ、境界、記憶を連想させる。The Decemberistsにとって水辺は、古くから重要な舞台である。海難、川、港、死者、旅人といったモチーフが多くの曲に登場してきたが、この曲ではそれがよりストレートなフォークロックとして表現されている。
音楽的には、R.E.M.の影響が非常に明確である。ジャングリーなギター、軽快なリズム、ハーモニカ、Gillian Welchのハーモニーが、曲に明るく開放的な推進力を与える。The Decemberistsの曲としては非常にキャッチーで、シングルとしての強さも持っている。
歌詞では、水辺での出会いや記憶、関係の断片が描かれる。水は流れ続けるものであり、過去を運び去ると同時に、記憶を呼び戻すものでもある。The Decemberistsの物語世界において、水は生と死、出発と帰還、愛と喪失の境界である。この曲でも、その象徴性は保たれている。
ただし、従来のThe Decemberistsの水辺の曲に比べると、「Down by the Water」はよりシンプルでロック的である。複雑な物語を語るのではなく、情景とメロディの力で聴かせる。そのため、バンドの入門曲としても非常に分かりやすい。
「Down by the Water」は、『The King Is Dead』の方向転換を最も端的に示す曲である。The Decemberistsの物語的な感性を残しながら、R.E.M.的なアメリカン・オルタナティブロックの文脈に接続した、アルバムの中心的な楽曲である。
7. All Arise!
「All Arise!」は、タイトルからして法廷や集会、宗教的な呼びかけを連想させる楽曲である。「全員起立」という意味にも読め、共同体を一斉に動かす号令のように響く。The Decemberistsらしい演劇的な感覚が、アメリカーナ的なサウンドの中に戻ってくる一曲である。
音楽的には、軽快でカントリー色の強い曲であり、フィドルやリズムが踊るような雰囲気を作る。アルバムの中でも特に陽気で、ライブで盛り上がるタイプの楽曲である。ただし、The Decemberistsの陽気さはしばしば皮肉を含む。この曲にも、単純な祝祭だけではない、少し芝居がかった不穏さがある。
歌詞では、呼びかけ、集会、儀式のような場面が描かれる。全員が立ち上がるというイメージは、共同体の一致を示す一方で、権威や強制の感覚も含む。The Decemberistsは、こうした言葉の二重性をうまく使う。楽しげな曲調の裏に、社会的な儀式や群衆心理への皮肉が潜んでいるようにも聴こえる。
この曲は、アルバムの中でフォークロックの祝祭性を担う楽曲である。重い主題や静かなバラードの間に、踊れるリズムと明るいコーラスを置くことで、作品全体に動きを与えている。The Decemberistsの持つ劇団的なユーモアも感じられる。
「All Arise!」は、『The King Is Dead』の素朴なアメリカーナ路線の中でも、バンドの演劇性が軽やかに顔を出す曲である。共同体の歌でありながら、どこか戯画的でもある。そのバランスがThe Decemberistsらしい。
8. June Hymn
「June Hymn」は、「January Hymn」と対になるような楽曲であり、アルバムの中でも特に美しい季節の歌である。一月の冷たさに対して、六月は初夏、光、成長、緑、外へ開かれる時間を象徴する。The Decemberistsはこの曲で、自然の移ろいと人間の記憶を静かに結びつけている。
音楽的には、穏やかなフォーク・バラードで、アコースティック・ギターと柔らかなハーモニーが中心である。曲は非常にシンプルだが、メロディの美しさが際立っている。過剰な装飾がないため、歌詞の情景がそのまま浮かび上がる。
歌詞では、六月の風景が細やかに描かれる。庭、植物、光、鳥、空気の匂い。The Decemberistsの文学性は、ここでは長い物語ではなく、自然の描写に向けられている。季節の具体的な細部が、過去の記憶や愛の感覚を呼び起こす。
「Hymn」という言葉が示すように、この曲にも賛歌の性格がある。ただし、それは大きな宗教的賛歌ではなく、日常の自然への静かな賛美である。The Decemberistsは、災厄や死を歌う一方で、こうした小さな美しさを丁寧にすくい上げることもできる。
「June Hymn」は、『The King Is Dead』の中で最も牧歌的な楽曲の一つである。アルバム全体に流れる死や別れの気配を和らげ、季節が巡ることの静かな希望を示している。一月と六月の二つの賛歌によって、本作は時間の循環を感じさせる構造を持っている。
9. This Is Why We Fight
「This Is Why We Fight」は、本作の中でも最も力強く、政治的・倫理的な響きを持つ楽曲である。タイトルは「これが私たちが戦う理由だ」という意味で、非常に直接的な宣言である。The Decemberistsにしては珍しく、比喩や物語に隠れすぎない言葉で、抵抗や連帯の必要性が歌われている。
音楽的には、緊張感のあるロック・ソングであり、アルバム終盤に強い推進力を与える。ギターは力強く、リズムは前へ進む。曲は徐々に高揚し、タイトルの言葉が合唱的に響く。フォークロックの文脈にありながら、アンセム的な強さを持つ。
歌詞では、なぜ戦うのか、何のために立ち上がるのかが問われる。ここでの戦いは、必ずしも物理的な戦争だけを意味しない。不正、抑圧、絶望、無関心に対する抵抗として読むことができる。The Decemberistsは、古いバラッドの形式で戦争や暴力を歌ってきたが、この曲ではより現代的な抵抗の歌へ接近している。
重要なのは、この曲が単なる好戦的な歌ではないことだ。戦う理由は怒りだけではなく、守るべきものがあるからである。共同体、愛、未来、尊厳、記憶。それらが脅かされるとき、人は戦う必要がある。アルバム冒頭の「Don’t Carry It All」が荷を分け合う共同体の歌だったとすれば、「This Is Why We Fight」は、その共同体を守るための歌である。
「This Is Why We Fight」は、『The King Is Dead』のクライマックスとして機能する。素朴なアメリカーナのアルバムでありながら、本作は最後に抵抗の意志へ到達する。The Decemberistsのフォーク的な伝統理解が、ここではプロテストソング的な方向へ開かれている。
10. Dear Avery
アルバムを締めくくる「Dear Avery」は、本作の中でも最も感情的に深い楽曲の一つであり、子ども、別れ、戦争、親から子への手紙のような響きを持つ。タイトルは「親愛なるAveryへ」という書簡形式を示しており、非常に個人的な呼びかけとして始まる。アルバム全体の共同体的なテーマが、最後に親密な一人への語りかけへ収束する。
音楽的には、静かなフォーク・バラードであり、終曲にふさわしい穏やかで切ない余韻を持つ。演奏は控えめで、Colin Meloyの声が中心に置かれる。派手な締めくくりではなく、静かに手紙を読み上げるような終わり方である。
歌詞では、Averyという人物に向けて語りかける声が描かれる。子どもを戦争や危険な世界へ送り出す親の視点としても読めるし、失われた者への手紙としても読める。The Decemberistsらしく、語りの具体的な背景は完全には固定されないが、中心にあるのは、愛する者を完全には守れないという痛みである。
この曲が重要なのは、アルバム全体の戦いと共同体のテーマを、非常に個人的なレベルへ戻す点である。「This Is Why We Fight」で戦う理由が高らかに歌われた後、「Dear Avery」では、その戦いの背後にいる一人の子ども、あるいは一人の大切な存在が示される。大きな理念は、最終的には誰か具体的な人を守りたいという感情に結びつく。
「Dear Avery」は、『The King Is Dead』を静かで深い余韻の中で閉じる。王は死に、共同体は歌い、災厄があり、戦いがあり、季節は巡る。そして最後に残るのは、誰かへ宛てた手紙である。この終わり方は、アルバム全体を非常に人間的なものにしている。
総評
『The King Is Dead』は、The Decemberistsのキャリアにおいて、最も明快で親しみやすいアルバムの一つであると同時に、非常に重要な転換点となった作品である。前作『The Hazards of Love』のロック・オペラ的な濃密さから一転し、本作ではアメリカーナ、フォークロック、R.E.M.的なオルタナティブロックへ接近している。複雑な物語構成は後退し、代わりに歌そのものの強さ、メロディの明快さ、バンド演奏の自然な響きが前面に出ている。
本作の最大の特徴は、簡素さである。しかし、その簡素さは単なる単純化ではない。The Decemberistsはここで、自分たちが得意としてきた文学的な装飾や演劇性を完全に捨てたわけではなく、それをアメリカーナ的な土の匂いのするサウンドの中へ溶かし込んでいる。「Rox in the Box」には古い労働歌の暗さがあり、「Calamity Song」には破滅の寓話性があり、「Dear Avery」には物語の余白がある。つまり、The Decemberistsらしさは形を変えて存在している。
音楽的には、Peter Buckの参加が象徴するように、R.E.M.的なジャングリーなギター・ロックの影響が強い。特に「Calamity Song」や「Down by the Water」では、その影響が非常に明確である。The Decemberistsは本作で、英国フォークやバロックポップ的な世界から、アメリカ南部やオルタナティブロックの系譜へ接続している。これはバンドの音楽的視野を広げる重要な変化である。
Gillian Welchのハーモニーも、本作のアメリカーナ性を深めている。彼女の声が加わることで、楽曲には古いカントリーやフォークの精神が自然に宿る。The Decemberistsの文学的な語りと、Welchが象徴するアメリカン・ルーツの深みが交わることで、本作は従来のインディーフォークとは異なる温かさと重みを獲得している。
歌詞の面では、アルバム全体に共同体と責任の感覚が流れている。「Don’t Carry It All」では荷を分け合うことが歌われ、「This Is Why We Fight」では守るべきもののために戦う理由が示される。「Rise to Me」や「Dear Avery」では、個人的な愛と保護の願いが描かれる。The Decemberistsの初期作品では、漂流者や死者、孤独な登場人物が中心に置かれることが多かったが、本作では人々が共に歌い、支え合い、守ろうとする感覚が強い。
また、本作には季節の循環がある。「January Hymn」と「June Hymn」は、アルバムの中で静かな対を成し、冬と初夏、記憶と再生、寒さと光を結びつけている。『The King Is Dead』は、王の死という終焉のタイトルを持ちながら、季節の巡りや共同体の歌によって、終わりの後に続く時間を描いている。死は終わりだが、時間は続く。王は死ぬが、歌は続く。
日本のリスナーにとって本作は、The Decemberistsの入門として非常に聴きやすいアルバムである。『The Crane Wife』や『The Hazards of Love』のような長編的・演劇的な作品に比べ、曲は短く、メロディも明快で、アメリカーナやフォークロックとして自然に楽しめる。一方で、歌詞の奥には、災厄、労働、死、抵抗、親から子への手紙といった、The Decemberistsらしい深い主題が隠れている。
もちろん、初期The Decemberistsの古風な語彙や複雑な物語を求めるリスナーにとっては、本作はやや簡素に感じられるかもしれない。しかし、この簡素さこそが本作の意義である。The Decemberistsは、自分たちの装飾的な王国を一度終わらせ、より開かれた歌の形へ進んだ。『The King Is Dead』というタイトルは、その変化を象徴している。
総じて『The King Is Dead』は、The Decemberistsが文学的インディーフォークから、アメリカーナに根ざした普遍的なフォークロックへ歩み寄った重要作である。王は死んだ。しかし、その後には、荷を分け合う人々、災厄を歌う声、季節の賛歌、水辺の記憶、戦う理由、子どもへ宛てた手紙が残る。本作は、終わりと再出発、共同体と個人、牧歌と不穏さが美しく結びついた、バンドの代表作の一つである。
おすすめアルバム
1. The Decemberists – The Crane Wife(2006)
The Decemberistsの物語性と音楽的野心が最も豊かに結びついた代表作である。日本の民話「鶴の恩返し」を題材にした楽曲や、プログレッシブな構成を含み、バンドの文学的・演劇的な側面を理解するうえで欠かせない。『The King Is Dead』の簡素さとは対照的だが、両作を聴くことでバンドの振れ幅がよく分かる。
2. The Decemberists – Picaresque(2005)
初期The Decemberistsの物語性、皮肉、海洋的イメージ、演劇的なフォークロックが高い完成度でまとまった作品である。『The King Is Dead』よりも古風で戯画的な世界観が強く、Colin Meloyの語り部としての才能を味わうには最適な一枚である。
3. The Decemberists – What a Terrible World, What a Beautiful World(2015)
『The King Is Dead』の後に発表された作品で、バンドのフォークロック、文学性、ポップ感覚がバランスよく配置されている。『The King Is Dead』の開かれたサウンドを踏まえつつ、よりThe Decemberistsらしい物語性も戻っているため、両作の橋渡しとして聴きやすい。
4. R.E.M. – Fables of the Reconstruction(1985)
『The King Is Dead』に大きな影響を与えたR.E.M.の初期作品の一つである。南部的な曖昧さ、フォークロック的なギター、謎めいた歌詞、土着性とオルタナティブロックの融合が特徴で、本作の「Calamity Song」や「Down by the Water」の背景を理解するうえで重要である。
5. Gillian Welch – Time (The Revelator)(2001)
現代アメリカーナを代表する名盤であり、静かなアコースティック・サウンドで、時間、死、アメリカの記憶を深く掘り下げている。『The King Is Dead』に参加したGillian Welchの音楽的背景を知るうえでも重要であり、本作のフォーク/アメリカーナ的な深みと強く響き合う。



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