
発売日: 2022年3月11日
ジャンル: インディー・ロック、ドリーム・ポップ、アメリカーナ
音のなかの“ジャケット”——過去と現在を纏い直す、フィクションと記憶の交錯点
The Jacketは、Widowspeakが自身のサウンドをさらに物語性のある形で掘り下げた、コンセプチュアルな意欲作である。
“ジャケット”という象徴的アイテムを通して、バンドは「自己投影」「憧れ」「役割」「記憶」といった多層的なテーマを静かに紡ぎ出す。
アルバム全体には、“ある架空のバンド”の物語という設定が裏に流れており、リスナーはあたかも過去のライブ映像やツアー日記をめくるように、一曲一曲を旅していく。
そのサウンドはカントリーやアメリカーナの輪郭を持ちながらも、依然としてドリーミーで、ミニマルな美学に貫かれている。
Molly Hamiltonの声はより自然体で、まるで登場人物たちの心情を代弁するナレーターのように機能している。
全曲レビュー(抜粋)
1. While You Wait
オープニングにして、すでに“待つこと”の詩学が立ち上がっている。
リズムはシンプルだが、ギターのコードワークが奥行きを持たせ、期待と不安が交錯する。
2. Everything Is Simple
アルバムのリード・シングルであり、象徴的な一曲。
「すべてはシンプルだったのに」というフレーズの裏には、複雑化してしまった現実へのほのかな痛みが滲む。
4. The Jacket
タイトル曲。
“ジャケット”というモノを通して、誰かになろうとした過去、自分の役割に対する違和感を歌う。
スライド・ギターが印象的で、まるで衣服の肌触りのように心に残る。
6. True Blue
ノスタルジックで甘く、しかしどこか醒めたラブソング。
“真実の青”とは何か——色ではなく、感情の濃度を測るような視点。
9. Forget It
記憶のなかにある過去の自分を、“忘れる”という選択で肯定しようとする。
ギターが繰り返すフレーズは、時間のループそのもののよう。
総評
The Jacketは、Widowspeakが過去の記憶や感情に対して、より詩的でメタ的なまなざしを向けたアルバムである。
それは自伝でも回想録でもなく、“過去の自分を演じる誰か”に扮したフィクションの装いをしている。
その表現はきわめて静かで、慎み深いが、それだけに内面の深さは計り知れない。
“ジャケット”という一枚の布地が、アイデンティティと感情を包み込む象徴として機能しており、聴き終えたあとには、まるで古い服を箪笥から取り出してしばらく眺めてしまうような、不思議な余韻を残す。
それは、音楽が過去をまとう方法のひとつであり、Widowspeakが今いる場所から“振り返ること”の美しさを教えてくれる作品なのだ。
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Stranger in the Alps / Phoebe Bridgers
過去との距離感と、静かな語り口が通じるインディー・フォークの傑作。 -
A River Ain’t Too Much to Love / Smog (Bill Callahan)
抑制された音と濃密な語りの妙。アメリカーナ的な余白の芸術。 -
I’m All Ears / Let’s Eat Grandma
フィクションと自己表現が交錯する現代的ポップの対極的アプローチ。 -
Carrie & Lowell / Sufjan Stevens
個人の記憶と失われた関係性を、静かに、深く掘り下げた感情の記録。 -
Sound & Color / Alabama Shakes
ジャンル横断的に感情を鳴らす、ヴィンテージ感と実験性の結晶。
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