発売日: 1971年11月
ジャンル: ジャズ・ロック、フュージョン、プログレッシブ・ロック
概要
『The Inner Mounting Flame』は、イギリス出身のギタリスト、ジョン・マクラフリンが率いるMahavishnu Orchestraが1971年に発表したデビュー・アルバムであり、ジャズとロック、さらには東洋的精神性を融合させた“フュージョン”の革新作として音楽史に刻まれる名盤である。
驚異的なテクニック、複雑極まる構成、そして燃え上がるようなエネルギー。
まさに“内側から湧き上がる炎”というタイトルに相応しい、情熱と知性の結晶である。
本作は、マイルス・デイヴィスの『Bitches Brew』や『In a Silent Way』などに参加していたマクラフリンが、自らのヴィジョンを具現化すべく結成したバンドの第一歩である。
メンバーには、ビリー・コブハム（ドラム）、ヤン・ハマー（キーボード）、ジェリー・グッドマン（ヴァイオリン）、リック・レアード（ベース）という異能揃いが集結し、それぞれがクラシック、ジャズ、ロックの背景を持ちながらも一糸乱れぬアンサンブルを形成している。
1971年という年は、プログレッシブ・ロックやクロスオーバーの萌芽期であり、本作はその中でも最もラディカルかつ完成度の高いフュージョン作品のひとつとされる。
全曲レビュー
1. Meeting of the Spirits
アルバムの幕開けを飾る、重厚で神秘的なナンバー。
爆発的なドラムと複雑なギターリフが絡み合い、霊的邂逅を音で描く。
静と動、秩序と混沌の絶妙なバランスが、このバンドの核を象徴している。
2. Dawn
静謐なイントロから次第に高まるテンション。
タイトル通り“夜明け”を思わせる展開で、マクラフリンのギターとグッドマンのヴァイオリンが情感豊かに絡む。
劇的でありながら繊細、叙情と超絶技巧が共存する楽曲。
3. The Noonward Race
アルバム中最もスリリングな高速チューン。
コブハムのドラムは機関銃のように切り裂き、ハマーの鍵盤は電撃的に飛翔する。
まさに“真昼の疾走”というタイトルがふさわしい、全員のテクニックが火花を散らす演奏。
4. A Lotus on Irish Streams
唯一のアコースティック編成による叙情的な楽曲。
ギター、ピアノ、ヴァイオリンのみで構成され、東洋的な静けさとケルト的メロディの融合が見事。
“アイルランドの小川に咲く蓮”という詩的比喩が、音そのものになっている。
5. Vital Transformation
跳ねるようなリズムとカオティックな旋律が特徴のファンク・ジャズ色の強いトラック。
音の濁流の中にスピリチュアルな瞬間が立ち現れる構成が秀逸。
マクラフリンのギターはここでも鋭く、攻撃的な一面を見せる。
6. The Dance of Maya
ブルースと変拍子の組み合わせという大胆な構造を持つ異色作。
“マーヤ（幻影）”の名が示す通り、現実と非現実の交錯がテーマ。
途中でテンポが急変し、リスナーの認識を揺さぶる展開は極めて実験的。
7. You Know, You Know
コブハムのグルーヴが主役となるミニマルなアプローチ。
繰り返されるリズムの中で、ギターとヴァイオリンが浮遊するように絡む。
静かな熱を持ち続けるこの楽曲は、ヒップホップやエレクトロニカからも後年サンプリングされることになる。
8. Awakening
アルバムのフィナーレにふさわしい、激烈なラスト・トラック。
“覚醒”というタイトル通り、音楽が肉体から精神へと突き抜けるような高揚がある。
バンド全員が完全に同期しながらも各自の個性を炸裂させる、圧巻の集団即興。
総評
『The Inner Mounting Flame』は、ジャズ・ロックの枠を超えて、“音による覚醒体験”を提示したアルバムである。
それは単なる技巧の誇示ではなく、精神世界や哲学、宗教といった抽象的なテーマを具体的な演奏で表現するという、極めて野心的な試みだった。
ジョン・マクラフリンは、ギターという楽器にスピード、緻密さ、情緒、そして霊性という4つの次元を与え、この作品でそれを完全に昇華させている。
また、バンド全体の一体感も特筆すべきで、各楽器は決して独走することなく、宇宙的な構造の中で緻密に配置されている。
その構成美はプログレッシブ・ロック的でもあり、同時にジャズの即興性とロックの爆発力を兼ね備えている。
時代の最先端を走りながら、なお普遍的なスピリチュアリティを湛えたこのアルバムは、50年を経た今でもなお、聴き手の“内なる炎”に火を点ける力を持っている。
おすすめアルバム（5枚）
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Miles Davis – Bitches Brew (1970)
マクラフリン参加作にしてジャズ・ロックの原点的傑作。混沌と覚醒の源流。 -
Return to Forever – Romantic Warrior (1976)
チック・コリア率いるフュージョン・バンドによる技巧とファンタジーの結晶。 -
Tony Williams Lifetime – Emergency! (1969)
ハードなジャズ・ロックの原型。マクラフリンも参加しており、ルーツを辿れる。 -
Weather Report – Heavy Weather (1977)
叙情と革新が両立するフュージョンの名盤。『You Know, You Know』との響き合いも。 -
King Crimson – Larks’ Tongues in Aspic (1973)
プログレと即興、精神性が交錯する異端作。Mahavishnuの緊張感と通底する構造美。
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