
発売日:1986年9月
ジャンル:インディー・ロック、カレッジ・ロック、ジャングル・ポップ、ポスト・パンク、フォークロック、オルタナティヴ・ロック
- 概要
- 全曲レビュー
- 1. On the Roof
- 2. The High Road
- 3. The Last Roundup
- 4. Slipping (Into Something)
- 5. When Company Comes
- 6. Let’s Go
- 7. Two Rooms
- 8. The Good Earth
- 9. Tomorrow Today
- 10. Slow Down
- 総評
- おすすめアルバム
- 1. The Feelies『Crazy Rhythms』
- 2. R.E.M.『Murmur』
- 3. Yo La Tengo『Fakebook』
- 4. Galaxie 500『Today』
- 5. The Dream Syndicate『The Days of Wine and Roses』
- 関連レビュー
概要
ザ・フィーリーズの2作目のスタジオ・アルバム『The Good Earth』は、1980年代アメリカン・インディー・ロックにおいて、静かな革新性を持つ重要作である。1976年にニュージャージー州ホーボーケン周辺で結成されたザ・フィーリーズは、1970年代末から1980年代初頭のニューヨーク近郊のポスト・パンク/ニューウェイヴ・シーンに属しながら、パンクの攻撃性とも、ニューウェイヴの人工的な華やかさとも異なる、乾いたギターの反復と神経質なリズムを特徴としていた。1980年のデビュー作『Crazy Rhythms』は、そのタイトル通り、硬質でせわしないリズム、細かく刻まれるギター、抑制されたヴォーカル、ミニマルな反復によって、のちのインディー・ロックに大きな影響を与える作品となった。
しかし『The Good Earth』は、そのデビュー作とは明らかに異なる質感を持つ。『Crazy Rhythms』が都市的で、神経質で、どこか機械的な緊張を持っていたのに対し、本作はより柔らかく、土の匂いを感じさせる。タイトルの『The Good Earth』が示すように、アルバム全体には大地、自然、日常、静かな共同体感のようなものが漂う。とはいえ、これは単純な牧歌的フォーク・アルバムではない。ザ・フィーリーズ特有の反復するギター、控えめなヴォーカル、乾いたドラム、細かなアンサンブルは維持されており、その上にアコースティックな温度感とフォークロック的な穏やかさが加わっている。
本作の制作には、R.E.M.のピーター・バックがプロデューサーの一人として関わっている。この事実は、アルバムの音楽的な位置づけを理解するうえで非常に重要である。1980年代前半から中盤にかけて、アメリカのカレッジ・ロック/インディー・ロックは、メジャーなハードロックやMTV的なポップとは別の場所で発展していた。R.E.M.、The Dream Syndicate、Yo La Tengo、The dB’s、The Replacements、Hüsker Düなどが、それぞれ異なる形で、パンク以後のギター・ロックを再定義していた。ザ・フィーリーズはその中でも、特に反復、抑制、日常的な感覚を重視したバンドである。
『The Good Earth』のサウンドは、一見すると地味である。派手なギター・ソロ、大きなサビ、強いメッセージ性、過剰なスタジオ装飾はほとんどない。だが、その地味さこそが本作の核心である。ギターは激しく歪むのではなく、乾いたストロークやアルペジオによって細かな網目を作る。リズムは大きく跳ねるのではなく、一定の速度で淡々と進む。ヴォーカルは感情を大きく歌い上げず、日常の声のように控えめに置かれる。すべてが抑えられているが、その抑制の中に、非常に独特な緊張と美しさがある。
歌詞面でも、本作は大きな物語や劇的な感情を避ける。ザ・フィーリーズの歌詞は、しばしば断片的で、具体的な物語よりも感覚や状態を描く。移動、待機、変化、距離、時間、日々の繰り返し。そうした小さな主題が、淡々とした演奏の中で浮かび上がる。これは、1980年代インディー・ロックがメインストリームのロックとは異なる価値観を持っていたことを示している。つまり、巨大な感情やスター性ではなく、普通の生活の中にある微細な揺れを音楽にする姿勢である。
キャリア上、『The Good Earth』はザ・フィーリーズの再出発の作品でもある。デビュー作『Crazy Rhythms』から6年の間隔を経て発表された本作では、バンドのラインナップや音楽的焦点が変化し、より自然体で持続的なギター・ロックへ向かっている。この変化は、後の『Only Life』や『Time for a Witness』にもつながっていく。『Crazy Rhythms』がポスト・パンク的な鋭さを持つ孤高の作品だとすれば、『The Good Earth』はアメリカン・インディー・ロックの土台に近い作品である。静かに反復するギター、控えめな歌、長く続く日常のリズム。それらが、後のYo La TengoやGalaxie 500、Luna、さらには多くのローファイ/インディー・ギター・バンドに通じる感覚を作っている。
『The Good Earth』は、派手に時代を変えたアルバムではない。しかし、静かに深く影響を与えた作品である。大音量で世界を変えるのではなく、小さな部屋や大学ラジオ、ローカルなライブハウスで、少しずつ聴き手の感覚を変えていくようなアルバムである。その意味で本作は、1980年代アメリカン・インディーの精神を非常によく体現している。
全曲レビュー
1. On the Roof
「On the Roof」は、アルバムの冒頭を飾る楽曲であり、『The Good Earth』の穏やかで反復的な世界へ聴き手を導く。タイトルは「屋根の上」を意味し、地上から少し離れた場所、街を見下ろす視点、日常からわずかに距離を置いた状態を連想させる。ザ・フィーリーズの音楽において重要なのは、この「少しだけ距離を置く」感覚である。彼らは感情に深く沈み込むのではなく、少し離れた場所から日常を眺める。
音楽的には、乾いたギターのストロークと淡々としたリズムが中心である。『Crazy Rhythms』のような極端に神経質な切迫感は抑えられ、より自然な流れがある。しかし、演奏は決して緩いわけではない。ギターの刻みは精密で、リズムは一定の緊張を保ち、曲全体は静かに前へ進む。ザ・フィーリーズの特徴である、無駄のないアンサンブルがよく表れている。
歌詞では、屋根の上という場所を通じて、孤独、観察、逃避の感覚が示される。屋根の上は、完全に社会から離れた場所ではない。家や街の一部でありながら、少しだけ別の視点を与えてくれる場所である。そこから見える世界は、日常でありながら、少し違って見える。この曲の穏やかな浮遊感は、その視点の変化と結びついている。
「On the Roof」は、アルバム全体の姿勢を象徴する曲である。大きなドラマではなく、小さな場所の感覚。激しい告白ではなく、静かな観察。ザ・フィーリーズはここで、聴き手を騒がしい世界から少し離れた屋根の上へ連れていく。
2. The High Road
「The High Road」は、タイトル通り「高い道」「本道」「より良い道」といった意味を持つ楽曲である。道のイメージは、アメリカン・ロックやフォークにおいて非常に重要なモチーフだが、ザ・フィーリーズの場合、それは壮大な旅や自由の象徴というより、日々の移動、選択、継続の感覚として表れる。
音楽的には、前曲に続いてギターの反復が中心となるが、少し明るく開けた印象がある。ストロークは軽く、リズムは安定しており、曲は淡々と進む。派手なサビで大きく展開するわけではないが、じわじわと積み重なるギターの響きが心地よい推進力を生む。
歌詞では、道を進むこと、何かを選び取ることが示唆される。ただし、そこには英雄的な決意や大仰なメッセージはない。ザ・フィーリーズの歌詞は、しばしば意味を曖昧に残す。この曲でも、語り手がどこへ向かっているのか、何を選んだのかは明確には語られない。重要なのは、道の上にいるという状態そのものである。
「The High Road」は、R.E.M.にも通じるアメリカン・インディー・ギター・ロックの感触を持つ。フォークロック的な温かさと、ポスト・パンク的な抑制が共存しており、ピーター・バックが関与した本作の音楽的方向性をよく示している。音は素朴だが、懐古的ではなく、1980年代のカレッジ・ロックらしい硬質な知性を保っている。
この曲は、『The Good Earth』の中で特にアルバムの「歩き続ける」感覚を担う楽曲である。到達点よりも、進み続けるリズムが重要であり、その静かな推進力が本作全体の魅力につながっている。
3. The Last Roundup
「The Last Roundup」は、タイトルに西部劇やカウボーイ文化を思わせる響きを持つ楽曲である。「最後の集合」「最後の追い込み」といった意味を持つこの言葉は、アメリカ的な風景や終わりの感覚を連想させる。ただし、ザ・フィーリーズはそのイメージを劇的に演出するのではなく、非常に抑制されたギター・ロックとして表現している。
音楽的には、乾いたギターの響きと、一定のテンポで進むリズムが特徴である。大きな盛り上がりは少ないが、曲の中には終わりへ向かうような静かな緊張がある。演奏は淡々としているが、どこか切迫感があり、タイトルの「最後」という感覚とよく合っている。
歌詞では、何かが終わること、集められること、まとめられることが示唆される。明確な物語は語られないが、時間が一区切りを迎えるような感覚がある。ザ・フィーリーズの特徴は、こうした曖昧なイメージを、過剰な詩的装飾なしに提示する点である。聴き手は、断片的な言葉と反復する演奏から、自分なりの風景を立ち上げることになる。
この曲では、アメリカン・フォークロック的な素朴さと、ポスト・パンク的な冷静さが共存している。西部劇的なタイトルを持ちながらも、音楽は決して大仰なアメリカーナにはならない。むしろ、日常の中に残る遠いアメリカの神話の影のように響く。
「The Last Roundup」は、『The Good Earth』の穏やかな表面に、終わりの感覚と少しの不安を加える曲である。ザ・フィーリーズの音楽が単なる心地よいギター・ロックではなく、静かな緊張を含んでいることを示している。
4. Slipping (Into Something)
「Slipping (Into Something)」は、本作の中でも特に印象的な楽曲の一つであり、ザ・フィーリーズの反復的なギター・アンサンブルと、曖昧な心理状態を結びつけた名曲である。タイトルは「何かの中へ滑り落ちていく」といった意味を持ち、意識や感情が知らないうちに別の状態へ移っていく感覚を示している。
音楽的には、ギターの細かな刻みが持続し、リズムは淡々としながらも確実に前へ進む。曲は大きく展開するというより、同じ感覚を保ちながら少しずつ変化していく。この反復が、タイトルの「slipping」という感覚と強く結びつく。聴き手は、気づかないうちに曲の中へ滑り込んでいく。
歌詞では、何かに巻き込まれていく感覚、意識が変化する感覚が描かれる。これは恋愛、記憶、時間、日常の倦怠、あるいは音楽そのものへの没入として読むことができる。ザ・フィーリーズの歌詞は具体的な説明を避けるため、曲の意味は固定されない。むしろ、その曖昧さが、曲の魅力になっている。
この曲における演奏は非常に重要である。ヴォーカルは前面に出すぎず、ギターとリズムの中に溶け込んでいる。歌が主役というより、バンド全体の反復が主役であり、ヴォーカルもその一部として機能している。この感覚は、後のインディー・ロックやポスト・ロック的な反復美学にも通じる。
「Slipping (Into Something)」は、『The Good Earth』の核心をよく示す楽曲である。静かで、地味で、しかし深く引き込む。ザ・フィーリーズの音楽が持つ、表面上の穏やかさと内側の持続的な緊張が見事に表れている。
5. When Company Comes
「When Company Comes」は、タイトルが示す通り、誰かが訪ねてくる状況を扱った楽曲である。「company」は来客、仲間、同席者を意味し、家の中に他者が入ってくる瞬間、あるいは人との関わりによって空間の空気が変わる感覚を連想させる。『The Good Earth』の中でも、家庭的・日常的なイメージが強い曲である。
音楽的には、軽快なギターと安定したリズムが中心で、アルバムの中では比較的親しみやすい印象を持つ。サウンドは明るすぎず、しかし閉じてもいない。ザ・フィーリーズらしい抑制は保たれているが、曲には小さな社交性のようなものがある。誰かが家に来る前の、少し落ち着かない空気が音になっている。
歌詞では、来客の到来によって変化する日常が示される。人が来ることで、家の中の空気、振る舞い、言葉の使い方が変わる。これは大きな事件ではないが、日常の中では確かに重要な変化である。ザ・フィーリーズは、このような小さな出来事に音楽的な意味を与えることに長けている。
この曲は、アルバム・タイトル『The Good Earth』が持つ生活感とも関係している。大地、家、道、屋根、来客。そうした普通の場所や行為が、アルバム全体の風景を形作っている。ロック・アルバムでありながら、派手な外部世界ではなく、身近な生活のスケールで音楽が作られている。
「When Company Comes」は、ザ・フィーリーズの控えめなユーモアと日常感を感じさせる楽曲である。特別なことが起こらなくても、音楽は成立する。その姿勢が、本作の大きな魅力である。
6. Let’s Go
「Let’s Go」は、タイトル通り、前へ進むこと、外へ出ること、行動を始めることを促す楽曲である。非常にシンプルな言葉だが、ザ・フィーリーズの音楽においては、そのシンプルさが重要である。彼らは大きなスローガンを掲げるのではなく、小さな動きの感覚を反復するギターの中で表現する。
音楽的には、軽快なテンポとリズムの推進力が特徴である。ギターは乾いており、過剰な歪みはないが、曲全体には前へ進む力がある。『The Good Earth』の中では、比較的ストレートなロック感を持つ曲であり、ライブでの演奏にも向いた性格を持っている。
歌詞では、行こう、動こうという呼びかけが中心となる。ただし、その目的地や理由は明確にはされない。ここで重要なのは、どこへ行くかではなく、停滞から抜け出して動き出すことそのものだと言える。ザ・フィーリーズの音楽には、しばしばこのような「目的地のない移動」の感覚がある。
この曲は、パンク以降のシンプルなエネルギーを受け継ぎながらも、攻撃的ではない。叫びや破壊ではなく、淡々とした推進力によって行動を促す。そこに、ザ・フィーリーズならではの知的で控えめなロック感覚がある。
「Let’s Go」は、アルバムの中で停滞を破る役割を担う楽曲である。『The Good Earth』の穏やかな流れの中に、軽い速度と行動の感覚を加えている。
7. Two Rooms
「Two Rooms」は、タイトルからして空間的なイメージを持つ楽曲である。二つの部屋。そこには、分離、距離、隣接、関係の中の隔たりが示唆される。ザ・フィーリーズの音楽は、しばしば物理的な場所を通じて心理状態を表現するが、この曲もその一例である。
音楽的には、抑えたギターと淡々としたリズムが中心で、曲全体には静かな緊張がある。ギターの響きは透明で、空間の余白を感じさせる。二つの部屋の間にある壁、音がかすかに漏れる距離、近くにいるのに直接触れられない感覚が、演奏の中に反映されているように聞こえる。
歌詞では、二つの部屋というイメージを通じて、人と人の距離が描かれているように感じられる。同じ建物の中にいても、別の部屋にいることで隔たりが生まれる。近さと遠さが同時に存在する。その曖昧な距離感は、ザ・フィーリーズの控えめな歌唱とよく合っている。
この曲の魅力は、感情を直接説明しないことにある。孤独だ、寂しい、離れている、といった言葉を大きく歌い上げるのではなく、「二つの部屋」という具体的なイメージによって心理的な距離を示す。これは非常に文学的でありながら、過剰に詩的ではない。
「Two Rooms」は、『The Good Earth』の静かな内省を深める楽曲である。場所の感覚と人間関係の距離が、淡いギターの反復の中で結びついている。
8. The Good Earth
タイトル曲「The Good Earth」は、アルバム全体の象徴的な中心に位置する楽曲である。タイトルは「良き大地」を意味し、自然、生活、土台、持続、帰る場所を連想させる。ザ・フィーリーズが本作でデビュー作の都市的な神経質さから離れ、より地に足のついたサウンドへ向かったことを最も明確に示す曲である。
音楽的には、アコースティックな温度感と、バンドの反復的なギター・アンサンブルが自然に結びついている。曲は穏やかで、急激な展開はない。しかし、演奏の中には静かな力がある。リズムは一定で、ギターは細かく重なり、アルバム・タイトルにふさわしい安定した感触を生む。
歌詞では、大地や場所への感覚が示される。ここでの大地は、単なる自然崇拝の対象ではなく、人間が立ち、歩き、生活する基盤である。ザ・フィーリーズの音楽には、派手な超越や劇的な救済はない。むしろ、普通の生活を支える地面のようなものが重要である。この曲は、その思想を静かに表している。
タイトル曲でありながら、「The Good Earth」は大きなアンセムではない。むしろ、アルバム全体と同じく控えめで、聴き手に押しつけることをしない。しかし、その控えめさが本作の美学そのものである。良き大地は、劇的に現れるものではなく、常に足元にあるものだからである。
この曲は、ザ・フィーリーズの音楽が持つ「日常への信頼」を象徴している。騒がしいロックの外側で、静かに続いていく生活のリズム。それを音楽にしたのが『The Good Earth』であり、タイトル曲はその核にある。
9. Tomorrow Today
「Tomorrow Today」は、タイトルに時間のねじれを含む楽曲である。「明日、今日」という言葉は、未来と現在が重なり合う感覚を示す。明日はまだ来ていないが、すでに今日の中に存在している。ザ・フィーリーズの音楽における時間感覚、つまり急がず、しかし止まらずに進む感覚が、このタイトルに表れている。
音楽的には、淡々としたリズムとギターの反復が中心である。曲は穏やかに進むが、その中に前向きな推進力がある。未来へ向かって大きく飛躍するのではなく、今日の延長線上に明日があるという感覚である。演奏の控えめな持続性が、タイトルの時間感覚とよく合っている。
歌詞では、現在と未来の関係、変化への期待と不安が示唆される。ザ・フィーリーズは、未来を劇的な希望として描かない。むしろ、未来は日常の中に少しずつ入り込んでくるものとして描かれる。今日の行動、今日の感覚が、明日を作っていく。その静かな連続性が曲の中心にある。
この曲は、アルバム終盤において、時間の流れを意識させる役割を持つ。『The Good Earth』は、瞬間的な爆発よりも、持続と反復を重視するアルバムである。「Tomorrow Today」は、その持続の中で、現在と未来が重なる感覚を表現している。
派手さはないが、ザ・フィーリーズらしい思索的な静けさを持つ楽曲である。時間を急がせず、しかし確実に進ませる。そのリズムが、本作の重要な魅力である。
10. Slow Down
アルバムの最後を飾る「Slow Down」は、タイトル通り「速度を落とす」ことをテーマにした楽曲である。『The Good Earth』全体が、ロックの過剰なスピードや感情の爆発から距離を置いた作品であることを考えると、この終曲は非常に象徴的である。急ぐのではなく、速度を落とし、周囲を見つめ、地面の感触を取り戻す。アルバムの結論としてふさわしい言葉である。
音楽的には、穏やかなギターと抑制されたリズムが中心で、終曲らしい落ち着きがある。曲は大きなクライマックスへ向かわず、静かに閉じていく。これは、劇的な終わりではなく、日常へ戻っていくような終わり方である。ザ・フィーリーズは、アルバムの最後に大きな感動を押しつけるのではなく、聴き手を静かに解放する。
歌詞では、速度を落とすこと、焦らないこと、周囲の変化を受け止めることが示される。1980年代のロックやポップがしばしば速さ、刺激、消費へ向かう中で、ザ・フィーリーズは「Slow Down」と歌う。これは単なるテンポの話ではなく、生活の態度でもある。過剰な情報や都市的な緊張から離れ、もう少しゆっくり世界を見ること。その姿勢が、本作の精神に通じている。
「Slow Down」は、アルバム全体のまとめとして非常に重要である。屋根の上から始まり、高い道を進み、家や部屋、大地、時間をめぐってきた本作は、最後に速度を落とすことへたどり着く。これは、ザ・フィーリーズの静かな反抗でもある。大きな音で世界を変えるのではなく、急ぎすぎる世界に対して、ゆっくり進むことを選ぶ。その美学が、この曲に凝縮されている。
総評
『The Good Earth』は、ザ・フィーリーズのディスコグラフィにおいて、非常に重要な転換作である。デビュー作『Crazy Rhythms』の鋭く神経質なポスト・パンク的サウンドから、より穏やかで、自然体で、フォークロック的な温度感を持つ音楽へと移行している。しかし、それは単なる軟化ではない。反復するギター、抑制されたヴォーカル、精密なリズムというバンドの核は保たれており、それがより地に足のついた音像へ置き換えられている。
本作の音楽的特徴は、控えめなギター・アンサンブルにある。グレン・マーサーとビル・ミリオンのギターは、派手なソロで自己主張するのではなく、細かなストロークやアルペジオを重ねることで、曲の内部に持続的な運動を作る。リズム隊も大きく前に出るわけではないが、一定のテンションを保ち、曲を静かに駆動する。結果として、音楽は非常に穏やかに聞こえるが、決して退屈ではない。表面下で常に細かな動きが続いている。
歌詞面では、日常的な場所や時間が重要である。屋根、道、部屋、家、来客、大地、明日、速度。これらは大きなロック的象徴ではなく、生活の中にある普通の言葉である。ザ・フィーリーズは、それらを通じて、孤独、距離、移動、持続、変化を描く。感情を大きく歌い上げるのではなく、物や場所を通じて心理状態を示す手法が、本作の控えめな深みを生んでいる。
『The Good Earth』は、1980年代のアメリカン・インディー・ロックにおける重要な価値観を体現している。メインストリームのロックが大音量化し、MTV的な視覚性を強めていた時代に、ザ・フィーリーズは小さな音、反復、日常性、ローカルな感覚を重視した。これは、後のインディー・ロックが大切にする美学の一つである。派手なスター性よりも、バンドのアンサンブル。大きなメッセージよりも、生活の感覚。瞬間的な爆発よりも、持続するリズム。本作には、そのすべてがある。
ピーター・バックの関与も、本作を1980年代カレッジ・ロックの流れの中に位置づけるうえで重要である。R.E.M.とザ・フィーリーズは、音楽的には異なる部分も多いが、ギターの反復、曖昧な歌詞、メインストリームから距離を置いた知的なロック感覚という点で共通している。『The Good Earth』は、R.E.M.以降のアメリカン・インディー・ギター・ロックと、ニューヨーク近郊のポスト・パンク的感覚を結ぶ作品としても聴くことができる。
本作の魅力は、即効性よりも持続性にある。最初に聴いたときには、地味で大きな起伏が少ないアルバムに感じられるかもしれない。しかし、繰り返し聴くことで、ギターの重なり、リズムの細かな変化、声の抑制、曲順の流れが少しずつ見えてくる。これは、一度の強い印象で聴き手を圧倒するアルバムではなく、日常の中に置かれることで徐々に浸透していく作品である。
日本のリスナーにとって『The Good Earth』は、アメリカン・インディー・ロックの静かな系譜を理解するうえで非常に重要なアルバムである。R.E.M.、Yo La Tengo、Galaxie 500、Luna、The Feelies以降のギター・バンドに共通する、控えめで知的な音楽性の源流を感じることができる。派手なロックを求めるリスナーには物足りなく聞こえる可能性もあるが、ギターの質感やバンドのアンサンブルをじっくり味わうリスナーには、非常に豊かな作品である。
『The Good Earth』は、静かな名盤である。都市的な神経質さから大地の感覚へ、ポスト・パンクの鋭さからフォークロック的な持続へ。ザ・フィーリーズは本作で、自分たちの音楽をより広く、より深く、より日常に近い場所へ移した。ロックの歴史において大きく叫ばれる作品ではないが、その静かな影響力は非常に大きい。急がず、騒がず、しかし確実に残る。『The Good Earth』は、そのようなインディー・ロックの美学を体現したアルバムである。
おすすめアルバム
1. The Feelies『Crazy Rhythms』
1980年発表のデビュー・アルバム。『The Good Earth』よりも神経質で、ポスト・パンク的な鋭さが強い作品である。細かく刻まれるギター、独特のリズム感、抑制されたヴォーカルによって、のちのインディー・ロックに大きな影響を与えた。『The Good Earth』の穏やかさがどこから変化したのかを理解するために不可欠な一枚である。
2. R.E.M.『Murmur』
1983年発表。アメリカン・カレッジ・ロックを代表する名盤であり、曖昧な歌詞、ジャングリーなギター、内向的な雰囲気が特徴である。『The Good Earth』に関わったピーター・バックのギター美学を理解するうえでも重要で、1980年代アメリカン・インディーの土壌を知るために最適な作品である。
3. Yo La Tengo『Fakebook』
1990年発表。ザ・フィーリーズと同じくホーボーケン周辺のインディー・ロック文化に深く関わるYo La Tengoによる、カバーとオリジナルを交えた穏やかな作品である。フォークロック的な温度感、日常的な演奏、控えめな歌の魅力という点で『The Good Earth』と親和性が高い。
4. Galaxie 500『Today』
1988年発表。スロウで反復的なギター、淡いヴォーカル、静かな感情表現を特徴とするインディー・ロックの重要作である。ザ・フィーリーズの反復美学を、より夢幻的でスロウな方向へ進めたような作品として聴くことができる。派手さを避けたギター・ロックの系譜を理解するうえで関連性が高い。
5. The Dream Syndicate『The Days of Wine and Roses』
1982年発表。ペイズリー・アンダーグラウンドを代表する作品で、ヴェルヴェット・アンダーグラウンド由来の反復とギターの荒々しさを持つ。『The Good Earth』よりも激しく、ノイズ的だが、1980年代アメリカン・インディーがどのように1960年代的ギター・ロックを再解釈したかを理解するうえで重要なアルバムである。

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