The Boo Radleys(ザ・ブー・ラドリーズ)は、1988年にイングランド北西部のマージーサイドで結成されたバンドである。1990年代の英国インディー・ロックを代表する存在の一つで、シューゲイザー、ノイズ・ポップ、サイケデリア、ギター・ポップなどを行き来しながら活動した。
一般には1995年の大ヒット曲「Wake Up Boo!」で知られている。明るいホーンと「Wake up」というコーラスが響くこの曲は、ブリットポップ期の英国を代表するヒットの一つになった。
しかし、彼らの本当の面白さは一曲の爽快なポップだけでは分からない。初期にはギター・ノイズの壁を作り、やがてBeach Boysのような美しいコーラスやサイケデリックな音響、ダブ、電子音まで取り入れていった。親しみやすいメロディと「次に何が起こるか分からない」曲作りが同居していることこそ、The Boo Radleysの魅力である。
The Boo Radleysの背景と歴史
The Boo Radleysは1988年、リヴァプールに近いマージーサイドのウォラシーで結成された。バンド名はHarper Leeの小説 To Kill a Mockingbird に登場する人物Boo Radleyから取られている。
中心人物となったのはギターと作曲を担当するMartin Carrである。ボーカル兼ギターのSiceことSimon Rowbottom、ベースのTim Brownらとともに活動を始めた。初期にはドラマーの交代があり、のちにRob Ciekaを含む編成が定着する。
1990年にデビュー・アルバム Ichabod and I を発表。この時期は後の明るいポップとはかなり違い、大きく歪ませたギターとノイズが前面に出ていた。
その後、Creation Recordsと契約する。CreationはMy Bloody Valentine、Ride、Primal Screamなど、当時の英国インディーを代表するアーティストを抱えていたレーベルである。
1992年の Everything’s Alright Forever では、シューゲイザーに近い厚いギターを使いながら、メロディがより鮮明になった。そして翌1993年、バンドの評価を決定づける Giant Steps を発表する。
Giant Steps は普通のギター・ロックから大きく離れた作品だった。ノイズ・ギターだけでなく、サンプリング、ダブ、ホーン、電子音などを次々に使い、曲の途中で雰囲気が大きく変わる。タイトルはJohn Coltraneの作品を連想させるが、アルバムそのものもジャンルの境界を気にしない大胆な内容だった。
そして1995年、Wake Up! を発表する。
先行シングル「Wake Up Boo!」が全英トップ10入りする大ヒットとなり、バンドの知名度は一気に上がった。アルバムも英国で1位を記録し、The Boo Radleysはブリットポップ全盛期を代表するバンドの一つとして広く知られるようになる。
ところが彼らは、その成功をそのまま繰り返さなかった。
1996年の C’mon Kids では、親しみやすいポップから意図的に距離を取り、歪んだギターや複雑な構成を再び強める。1998年の Kingsize ではさらに落ち着いたポップやソウルへ進んだが、翌1999年にバンドは解散した。
長い空白を経て、2020年代にSice、Tim Brown、Rob Ciekaの3人で再始動する。主要ソングライターだったMartin Carrは参加しなかった。新体制では Keep On with Falling、Eight を発表し、過去の再現だけではない活動を続けている。
The Boo Radleysの音楽スタイルと特徴
The Boo Radleysの音楽を一つのジャンルで説明するのは難しい。むしろ「アルバムごとに音を変えていったこと」そのものが特徴である。
初期に目立つのは、何層にも重ねた歪んだギターだ。コードの一音一音をきれいに聞かせるより、大きな音の塊として鳴らす。この点ではMy Bloody ValentineやRideなど、シューゲイザーのバンドと共通している。
しかしThe Boo Radleysは、ノイズの中でもメロディを非常に大切にしていた。Siceの歌声は柔らかく、Martin Carrが書く曲には覚えやすいメロディが多い。激しいギターの向こうから、きれいなポップ・ソングが聞こえてくるような感覚がある。
キャリアが進むにつれて、使う音も増えていった。
ホーン、ストリングス、キーボード、サンプリングなどを積極的に取り入れ、時にはダブのようにベースと残響音だけが強くなる。曲の途中で突然テンポや音色が変わることもある。
コーラスにも特徴がある。Beach Boysなど1960年代のポップから連想される、美しく重なった声を使うことが多い。ただし、そのコーラスの背後ではノイズや奇妙な電子音が鳴っている。
つまりThe Boo Radleysでは「きれいなメロディ」と「音の実験」が対立していない。どちらも一つの曲の中に入っている。このバランスが、彼らを同時代の多くのギター・バンドとは違う存在にした。
代表曲の楽曲解説
「Lazarus」
1993年の Giant Steps を代表する曲であり、The Boo Radleysの実験性を理解するなら重要な一曲である。
静かな歌とギターだけで始まるが、やがて音の景色が大きく変化する。ダブを思わせる深いベースと残響、ホーン、ノイズなどが重なり、普通のインディー・ロックとは違う空間が広がっていく。
一曲の中でロック、ダブ、サイケデリアを自然につなぐ発想があり、彼らが単なるシューゲイザーではなかったことがよく分かる。
「Barney (…and Me)」
Giant Steps の中でも、The Boo Radleysのポップな部分が分かりやすい曲である。
明るいメロディと勢いのあるギターが中心だが、演奏は単純ではない。音の重なり方や曲の展開には細かな仕掛けがあり、親しみやすさの中に少し奇妙な感覚が残る。
彼らが実験的な音を使いながらも、基本的には優れたポップ・ソングを書くバンドだったことを示している。
「Wake Up Boo!」
The Boo Radleys最大のヒット曲である。1995年に発表され、ブリットポップ全盛期の空気と重なって広く知られるようになった。
冒頭から明るいコーラスが響き、ホーンやギターが軽快に進む。朝の目覚めを思わせるサウンドで、バンドの中でも特に分かりやすいポップ・ソングだ。
ただし歌詞をよく見ると、単純に「素晴らしい一日が始まる」と歌っているわけではない。過ぎていく時間や夏の終わりを意識した、少し寂しい感覚も含まれている。明るい音の裏側に影があるところもThe Boo Radleysらしい。
「It’s Lulu」
同じく Wake Up! に収録された曲で、バンドのギター・ポップとしての魅力がよく表れている。
「Wake Up Boo!」ほどホーンを前面に出さず、ギターとコーラスを中心に勢いよく進む。メロディは非常に親しみやすいが、演奏にはインディー・ロックらしい粗さも残っている。
ブリットポップ期のThe Boo Radleysが、単に時代に合わせてポップになったわけではないことが分かる曲だ。
「C’mon Kids」
大成功した Wake Up! の次に発表されたアルバムの表題曲である。
前作の明るさを期待すると、かなり違って聞こえる。ギターは激しく歪み、ボーカルも音の中へ埋もれる。曲には強いエネルギーがあるが、簡単に口ずさめるヒット曲を狙った作りではない。
大ヒットの後に安全な路線を選ばず、再びノイズと実験へ向かったThe Boo Radleysの姿勢が最も分かりやすく表れた曲である。
アルバムごとの進化
Ichabod and I(1990)
The Boo Radleysの出発点となったデビュー・アルバムである。
後の作品に比べると音は荒く、歪んだギターが前面に出ている。当時広がっていたノイズ・ポップやシューゲイザーと近い感覚があり、バンドの若さもそのまま音になっている。
まだ後年のような多彩なアレンジは少ない。しかし、激しいギターの奥にポップなメロディを置く基本的な発想はすでに見えている。
Everything’s Alright Forever(1992)
Creation Recordsから発表されたアルバムで、初期The Boo Radleysのスタイルが大きく整理された。
ギターは依然として厚く歪んでいるが、デビュー作よりメロディが聞き取りやすい。柔らかなボーカルと大きなギター・ノイズの対比も鮮明になった。
シューゲイザーとの共通点が最も分かりやすい作品の一つだが、そこから次の Giant Steps へ向かう音の広がりも感じられる。
Giant Steps(1993)
The Boo Radleysの最高傑作として名前が挙がることの多い作品であり、バンドの実験精神が最も大きく開いたアルバムである。
ここではギター・ロックという枠そのものが崩れていく。ダブ、サンプリング、サイケデリア、ジャズを思わせるホーン、アコースティックなポップなどが一枚の中に入り込む。
しかも、単にジャンルを並べただけではない。「Lazarus」のように一曲の途中で音楽そのものが姿を変えることもある。
実験的でありながらメロディは失われていない。この「冒険的なのにポップ」という矛盾した二つの要素が、The Boo Radleysの魅力を最もよく表した作品である。
Wake Up!(1995)
Giant Steps の複雑さから一転し、メロディを前面に出したアルバムである。
「Wake Up Boo!」をはじめ、明るいコーラスやホーンを使った曲が増えた。1960年代のポップやソウルを思わせる色彩があり、音そのものも前作より軽い。
ちょうど英国ではOasisやBlurなどを中心としたブリットポップが巨大な人気を得ていた時期だった。そのためThe Boo Radleysもこの流れの中で語られるようになった。
しかし、もともと彼らはブリットポップから始まったバンドではない。シューゲイザーと実験的なインディー・ロックを経験したバンドが、一時的に非常に優れたポップ・アルバムを作ったと考えるほうが実像に近い。
C’mon Kids(1996)
Wake Up! の成功をそのまま繰り返さなかった作品である。
ギターは再び大きく歪み、曲の構成も予測しにくくなった。ポップなメロディは残っているが、その周囲をノイズや複雑な演奏が取り囲んでいる。
「Wake Up Boo!」のような曲を期待したリスナーには難しい作品だった。しかし、バンドのキャリア全体から見ると不自然な方向転換ではない。むしろ Giant Steps で見せた冒険的な姿勢へ戻った作品と考えられる。
Kingsize(1998)
最初の活動期における最後のアルバムである。
C’mon Kids の荒々しいノイズから再び変化し、より落ち着いたポップ、ソウル、電子音などを取り入れた。演奏には余裕があり、以前より大人びた雰囲気がある。
デビュー時のシューゲイザー的なギターから考えると、かなり遠い場所まで進んだ作品だ。The Boo Radleysが特定のサウンドを守るのではなく、変化そのものを活動の中心にしていたことがよく分かる。
シューゲイザーとブリットポップの間にいたバンド
The Boo Radleysのキャリアが興味深いのは、1990年代英国ロックの大きな変化をそのまま横断していることである。
初期にはMy Bloody ValentineやRideなどと同じく、巨大なギター・ノイズを使っていた。この時期だけを聴けば、シューゲイザーの一組として紹介されても不思議ではない。
ところが Giant Steps ではその枠から離れ、ダブやサイケデリアまで取り込む。そして Wake Up! の時期になると、英国ではブリットポップが大きな文化現象になっていた。
The Boo Radleysも結果的にその中心近くまで進んだが、Oasisのようにロックンロールの力強さを押し出したバンドではない。Blurのように英国社会を観察するタイプとも少し違う。
彼らの中心にあったのは、スタジオそのものを使ってポップ・ソングを変形させる発想だった。そこには1960年代のサイケデリック・ポップや、1970年代以降のダブにも通じる考え方がある。
そのため、ブリットポップが終わった現在から振り返ると、The Boo Radleysは「ブリットポップのバンド」という分類だけでは説明しにくい存在なのである。
影響を受けたアーティストと音楽
The Boo Radleysの音楽的な背景を考えるうえで、1960年代のポップとサイケデリアは重要である。
特にBeach Boysに通じるコーラスやメロディへの関心は、Giant Steps や Wake Up! で分かりやすい。複数の声を重ね、明るいメロディの中に少し寂しい感覚を残す方法には共通点がある。
初期のギター・サウンドについては、My Bloody Valentineなど当時のノイズ・ポップやシューゲイザーとのつながりが明確だ。ただしThe Boo Radleysは、ギターの音そのものを追求するだけでなく、そこから別ジャンルへ積極的に移動していった。
Giant Steps 以降ではダブの影響も重要になる。ダブとは、レゲエの録音からボーカルや楽器を抜いたり、エコーを強くかけたりして、スタジオで音を作り替える方法から発展した音楽である。
The Boo Radleysはこの感覚をギター・ポップに持ち込み、普通のバンド演奏だけでは作れない奥行きを生み出した。
後の英国インディーへの影響
The Boo Radleysは、OasisやBlurのように後続の英国バンドが一斉に模倣した存在ではない。そのため、彼らの影響を単純な系譜として説明するのは難しい。
それでも、ノイズと美しいメロディを両立させ、そこへ電子音やサンプリングを加える方法は、後の英国インディーにもつながる考え方だった。
特に Giant Steps が示したのは、「ギター・バンドだからギターだけで音楽を作る必要はない」という自由さである。ロック、ダブ、ポップ、電子音楽を区別せず、一枚のアルバムに入れてしまう姿勢は、1990年代後半以降のジャンルを横断する英国インディーとも共通する。
また、Wake Up! で大きな成功を得た直後に C’mon Kids のような難しい作品へ進んだことも、このバンドを理解するうえで重要だ。
The Boo Radleysは、一つのスタイルを完成させて守るバンドではなかった。ポップになったと思えば再びノイズへ戻り、その次にはソウルや電子音へ進む。その落ち着かなさこそが、彼らの創作の中心にあった。
まとめ
The Boo Radleysは、「Wake Up Boo!」だけを聴くと明るいブリットポップのバンドに見える。しかしキャリア全体を追うと、まったく違う姿が見えてくる。
初期にはシューゲイザーに近い巨大なギター・ノイズを鳴らし、Giant Steps ではダブ、サイケデリア、サンプリングまで取り入れた。Wake Up! ではそれらを親しみやすいポップへ変え、大成功の直後には C’mon Kids で再び予測しにくい音へ進んでいる。
一貫していたのは、美しいメロディへの愛情と、同じ音楽を繰り返したくないという姿勢だった。「Wake Up Boo!」は確かに彼らの名曲だが、それは変化を続けたキャリアの一場面にすぎない。The Boo Radleysは、シューゲイザーからブリットポップへと英国音楽が大きく動いた1990年代に、そのどちらにも完全には収まらなかった英国インディーの名バンドである。


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