
発売日:2016年5月6日
ジャンル:ポップ、ダンス・ポップ、R&Bポップ、ファンク・ポップ、ブルー・アイド・ソウル、ドゥーワップ・ポップ、トロピカル・ポップ
概要
Meghan Trainorの2作目のメジャー・スタジオ・アルバム『Thank You』は、デビュー作『Title』で確立したレトロ・ポップのイメージから一歩踏み出し、より現代的なダンス・ポップ、R&B、ファンク、トロピカルな要素を取り込んだ作品である。2014年の「All About That Bass」によって、彼女は身体肯定、ドゥーワップ風のコーラス、親しみやすいメロディ、ユーモラスな歌詞を武器に一躍世界的なポップ・スターとなった。その成功の後に制作された『Thank You』は、彼女が単なるレトロ趣味の一発屋ではなく、より幅広いポップ表現に対応できるアーティストであることを示そうとしたアルバムである。
前作『Title』は、1950〜60年代風のドゥーワップ、ガール・グループ、初期ロックンロール、ソウル・ポップの要素を現代的に再構築した作品だった。それに対し、『Thank You』では、そのレトロ感を完全に捨てるわけではないが、サウンドの重心はより2010年代半ばのメインストリーム・ポップへ近づいている。シンセ・ベース、ダンス・ビート、R&B的なヴォーカル処理、ヒップホップ風のリズム、トロピカルな軽さ、ファンク・ポップの跳ねが加わり、音像はよりカラフルで現代的になった。
本作の先行シングル「NO」は、その変化を強く印象づけた楽曲である。冒頭こそバラード風に始まるが、すぐに重いビートと鋭いR&Bポップへ転じ、男性からのしつこいアプローチを明確に拒否する内容が歌われる。「My name is no, my sign is no, my number is no」というフックは非常に強く、Meghan Trainorの自己主張を新しい形で打ち出した。ここでの彼女は、前作のように明るく身体肯定を歌うだけではなく、境界線を引き、相手に「NO」と言う女性として描かれる。
続く「Me Too」も、本作を象徴する楽曲である。鏡に映る自分を見て「自分が自分だったらいいのに」と歌うほどの強い自己肯定を、ファンク寄りのダンス・ポップとして提示する。この曲は、自己愛をかなり誇張されたキャラクターとして演じており、前作から続くMeghan Trainorのユーモラスな自信を、よりクラブ向きのサウンドに乗せたものといえる。
『Thank You』のテーマは、自己肯定、自立、恋愛、友情、家族、感謝である。タイトルが示す通り、本作にはファン、家族、周囲の人々への感謝の姿勢も込められている。ただし、全体の印象としては、感謝のアルバムというより、Meghan Trainorが自分のポップ・スター像を再設計するアルバムである。彼女はここで、キュートでレトロなシンガーというイメージから、より強気でダンサブルで、R&Bやヒップホップにも接近するポップ・アーティストへ移行しようとしている。
サウンド面では、Ricky Reed、Johan Carlsson、The Monsters and the Strangerz、Tommy Brown、Eric Fredericらが関わり、前作よりも多様な制作陣による現代的なポップ・プロダクションが目立つ。Meghan自身もソングライティングに深く関わっており、自分のキャラクターを明確に押し出している。前作の統一されたレトロ・ポップ路線に比べると、本作はやや散漫にも聴こえるが、その分、彼女がどの方向へ進むべきかを試している過程が見える。
本作には、Meghan Trainorの強みと弱みの両方がはっきり表れている。強みは、短く覚えやすいフック、明快なメッセージ、ユーモラスなキャラクター、親しみやすい声である。一方で、自己肯定の表現がやや大げさに感じられたり、曲によってはトレンドに寄せたサウンドが彼女本来の個性を薄めたりする場面もある。『Title』ほど一貫した世界観はないが、『Thank You』には、成功後のアーティストが自分の枠を広げようとする勢いがある。
日本のリスナーにとって本作は、Meghan Trainorのキャリアの中で重要な転換点として聴くことができる。『Title』のレトロな明るさ、『Treat Myself』の試行錯誤、『Takin’ It Back』の原点回帰をつなぐ中間地点にある作品であり、彼女が2010年代半ばのメインストリーム・ポップにどう接続しようとしたかが分かる。自己肯定をポップに歌うアーティストとしての核を保ちながら、音楽的にはより現代的な方向へ踏み出したアルバムである。
全曲レビュー
1. Watch Me Do
「Watch Me Do」は、アルバム冒頭を飾るにふさわしい、自己紹介的なファンク・ポップ・ナンバーである。タイトルは「私がやるのを見ていて」という意味で、ここでのMeghan Trainorは、自信に満ちたパフォーマーとして登場する。『Title』の可愛らしいレトロ感から一歩進み、より強気でグルーヴィーな姿勢を示す曲である。
サウンドは、ファンク風のベース、ブラス的なアクセント、手拍子、リズム重視のヴォーカルによって構成されている。Bruno Mars以降の2010年代ファンク・ポップの流れとも接続できるが、Meghanらしい明るいキャラクターが中心にあるため、過度にクールになりすぎない。曲全体にショーの開幕のような感覚がある。
歌詞では、自分の才能、魅力、成功を誇るような内容が歌われる。これはヒップホップ的な自己称揚のポップ版ともいえる。Meghanは、ただ可愛らしく歌うのではなく、自分が注目されるべき存在であると宣言する。自己肯定が、ここでは身体イメージではなく、パフォーマーとしての自信に変化している。
「Watch Me Do」は、本作の方向性をよく示している。レトロな要素を残しつつも、より現代的で、リズム重視で、強気なポップへ向かう。『Thank You』の幕開けとして、Meghan Trainorの新しいステージを告げる楽曲である。
2. Me Too
「Me Too」は、『Thank You』を代表するシングルの一つであり、Meghan Trainorの自己肯定キャラクターを最も誇張して表現した楽曲である。タイトルは「私も」という意味だが、歌詞の中心にあるのは、鏡に映る自分を見て「自分が自分だったらいいのに」と思うほどの強烈な自己愛である。
サウンドは、ファンク・ポップとダンス・ポップを組み合わせた構成で、太いベースとシンプルなビートが前面に出ている。曲は非常にミニマルで、フックの反復によって中毒性を作る。『Title』期のドゥーワップ風コーラスとは異なり、ここではより現代的でクラブ向きのリズムが中心である。
歌詞は、自己肯定をかなりコミカルに誇張している。Meghanは自分を完璧に魅力的な存在として演じ、聴き手にもその自信を楽しむよう促す。ただし、この曲の自己愛は真面目なメッセージというより、ポップ・スターとしてのキャラクター演技に近い。大げさだからこそ、ユーモアとして機能している。
「Me Too」は、自己肯定をエンターテインメントへ変換するMeghan Trainorの才能を示す曲である。同時に、あまりに直接的な自信の表現が好みを分ける楽曲でもある。だが、本作の商業的な顔としては非常に強い存在感を持っている。
3. NO
「NO」は、本作の先行シングルであり、Meghan Trainorのイメージを大きく更新した重要曲である。冒頭は甘いバラード風に始まるが、すぐに重いビートと鋭いR&Bポップへ切り替わる。この構成は、彼女が前作のレトロ・ポップ路線から離れ、より現代的で強いサウンドへ向かったことを象徴している。
歌詞では、しつこく近づいてくる相手に対して、明確に拒否を示す。「My name is no, my sign is no, my number is no」というフックは、非常に分かりやすく、強い。これは単なる恋愛の駆け引きではなく、自分の意思と境界線を守る歌である。Meghan Trainorの自己肯定が、ここでは「自分を好きになること」から「望まないものを拒否すること」へ広がっている。
サウンドは、1990年代末から2000年代初頭のR&Bポップ、特にTLCやDestiny’s Child以降のガール・アンセム的な雰囲気を連想させる。ビートは硬く、コーラスは強く、ヴォーカルも前作より鋭い。Meghanはここで、かわいらしいレトロ・ポップの歌い手ではなく、はっきり物を言うポップ・スターとして振る舞っている。
「NO」は、『Thank You』の最重要曲である。自己主張、現代的なサウンド、強いフックが結びつき、Meghan Trainorの2作目に必要だった変化を明確に示している。
4. Better feat. Yo Gotti
「Better」は、Yo Gottiを迎えたR&B寄りの楽曲であり、アルバムの中でも比較的クールで抑制された質感を持つ。タイトルは「もっと良く」という意味で、相手に対して、自分はより良い扱いを受ける価値があると歌う内容になっている。
サウンドは、トロピカル・ポップやダンスホール風の軽いリズムを含み、Meghan Trainorの作品の中では少し異色の滑らかさを持つ。派手なレトロ・ポップではなく、より2010年代半ばのラジオ・ポップに近い空気がある。低音は柔らかく、メロディも流れるように進む。
歌詞では、不十分な愛や不誠実な関係に対して、自分はもっと良いものを受け取るべきだと主張する。ここでも本作の自己価値のテーマが続いている。ただし、「NO」のように強く突き放すのではなく、より冷静に距離を取るような印象がある。
Yo Gottiのラップは、楽曲にヒップホップ的な現代性を加える役割を担っている。Meghanの明るいポップ・キャラクターと完全に一体化しているとは言い切れないが、本作がジャンルの幅を広げようとしていることを示す楽曲である。「Better」は、Meghan TrainorのR&Bポップへの接近を示す重要な一曲である。
5. Hopeless Romantic
「Hopeless Romantic」は、タイトル通り、どうしようもなくロマンティックな人物をテーマにした楽曲である。恋愛に夢を見てしまう性格、理想的な愛への憧れ、現実を知りながらもロマンスを信じたい気持ちが歌われる。
サウンドは、前半の強気なダンス・ポップから少し落ち着き、ミッドテンポのポップ・バラードに近い。レトロな雰囲気も少し残しつつ、全体としては現代的なアダルト・ポップとして整えられている。Meghanの声はここで柔らかく、彼女のコミカルな側面ではなく、素直な恋愛観が前に出る。
歌詞では、恋愛で傷ついても、理想の愛を諦めきれない人物が描かれる。これは、強気な「NO」や「Me Too」とは対照的である。Meghan Trainorは本作で、自信に満ちた女性像を打ち出す一方、愛に対して夢見がちな側面も見せている。この二面性が、アルバムに人間味を与えている。
「Hopeless Romantic」は、本作の中でロマンティックな柔らかさを担う楽曲である。大きなシングル向きの派手さはないが、Meghan Trainorの恋愛ソングライターとしての一面を示している。
6. I Love Me feat. LunchMoney Lewis
「I Love Me」は、LunchMoney Lewisを迎えた自己肯定ソングであり、タイトルからも分かる通り、自分自身を愛することを正面から歌っている。『Title』以降のMeghan Trainorの中心テーマである自己愛を、本作ではより明るくポップな形で再提示している。
サウンドは軽快で、ポップ・ラップ的なノリもある。LunchMoney Lewisの参加によって、曲に遊び心とリズムの軽さが加わっている。重い自己啓発ソングではなく、友人同士で自分を励まし合うような楽しいムードがある。
歌詞では、他人にどう見られるかよりも、自分で自分を愛することが重要だと歌われる。これはMeghan Trainorの音楽に一貫するメッセージであるが、この曲では特に直接的である。外部の評価ではなく、自己評価を基準にする姿勢が示される。
「I Love Me」は、アルバムのタイトル『Thank You』にも関わる自己受容の曲である。自分を大切にすること、自分を肯定することを、重くならずに楽しいポップへ変換している。Meghan Trainorらしさがよく表れた楽曲である。
7. Kindly Calm Me Down
「Kindly Calm Me Down」は、アルバムの中でも特にバラード色が強く、Meghan Trainorのヴォーカルを前面に出した楽曲である。タイトルは「どうか私を落ち着かせて」という意味で、不安や感情の高ぶりの中で、相手に支えを求める内容になっている。
サウンドは、ピアノとストリングスを中心にした王道のポップ・バラードである。前半のダンス・ポップやR&B色の強い曲とは異なり、ここではメロディと声が主役になる。Meghanの声は、普段のユーモラスで軽快な表情を抑え、より真剣で感情的に響く。
歌詞では、心が不安定になった時に、愛する人の存在によって落ち着きを取り戻す感覚が描かれる。これは自己肯定のアルバムの中で重要な視点である。自分を愛することは大切だが、人は時に他者の支えも必要とする。この曲は、Meghanの強気な側面の裏にある脆さを示している。
「Kindly Calm Me Down」は、本作の感情的な深みを担う曲である。シングル向きの派手さはないが、Meghan Trainorがバラードでも十分に説得力を持つことを示している。
8. Woman Up
「Woman Up」は、女性として立ち上がること、自分の力を取り戻すことをテーマにした楽曲である。タイトルは「男らしくしろ」という表現の反転として、「女として強くあれ」「自分の力を出せ」という意味を持つ。Meghan Trainorの自己主張路線を象徴する曲の一つである。
サウンドは明るく、ややトロピカルな軽さとダンス・ポップのリズムを持つ。曲全体は非常にポジティブで、聴き手を励ますような構成になっている。メロディも分かりやすく、歌詞のメッセージを直接届けることを重視している。
歌詞では、落ち込んだり、相手に傷つけられたりしても、自分を取り戻し、前を向くよう促される。ここでの女性像は、受け身ではなく、自分の人生を自分で動かす存在である。ただし、表現は重いフェミニズムの言説ではなく、ポップ・アンセムとして明るくまとめられている。
「Woman Up」は、『Thank You』のテーマである自立と自己肯定を非常に分かりやすく示す楽曲である。歌詞はやや直接的だが、その分、ポップ・ソングとしての即効性がある。
9. Just a Friend to You
「Just a Friend to You」は、片思いと友人関係の境界をテーマにした楽曲である。タイトルは「あなたにとって私はただの友達」という意味で、相手への恋愛感情があるにもかかわらず、相手からは友人としてしか見られていない苦しさが歌われる。
サウンドは、ウクレレ風の軽い響きやアコースティックな感触を持ち、アルバムの中では比較的シンプルで親密な曲である。レトロなポップ感もあり、Meghan Trainorの初期スタイルに近い温かさが感じられる。派手なビートよりも、メロディと歌詞が前面に出ている。
歌詞では、相手のそばにいながら、本当の気持ちを伝えられない人物の切なさが描かれる。相手が自分を友達として扱うたびに、語り手は傷つく。これは非常に普遍的な恋愛テーマであり、Meghanの素直な歌唱とよく合っている。
「Just a Friend to You」は、本作の中で特に親しみやすく、シンプルな魅力を持つ楽曲である。強気なアンセムが多いアルバムの中で、片思いの弱さや切なさを描くことで、感情の幅を広げている。
10. I Won’t Let You Down
「I Won’t Let You Down」は、相手を支えること、信頼に応えることをテーマにした楽曲である。タイトルは「あなたを失望させない」という意味で、恋愛や友情における誠実さが中心になっている。
サウンドは、明るいポップ・ソウル調で、リズムは軽快だがメッセージは温かい。Meghanの声は、ここでは強気というより、相手に寄り添うように響く。アルバム全体の自己主張的な曲とは異なり、他者への献身が前に出る。
歌詞では、相手が困難な状況にある時、自分はそばにいると約束する。これは「I Love Me」のような自己愛とは対照的に、他者を支える愛の歌である。Meghan Trainorの音楽には、自己肯定と同時に、家族や友人、恋人への愛情がしばしば現れる。この曲はその側面を担っている。
「I Won’t Let You Down」は、アルバムの中では控えめながら、温かい誠実さを持つ楽曲である。自己中心的な自信だけではなく、相手への責任や優しさもMeghanのポップ世界に含まれていることを示している。
11. Dance Like Yo Daddy
「Dance Like Yo Daddy」は、アルバムの中でも特にコミカルで、ファミリー・パーティー的な明るさを持つ楽曲である。タイトルは「お父さんみたいに踊れ」という意味で、洗練されたダンスではなく、少し不器用でも楽しむことを肯定する内容になっている。
サウンドはファンク・ポップ寄りで、リズムは軽快、コーラスも非常に覚えやすい。楽曲全体に、結婚式やパーティーで流れるような陽気さがある。Meghan Trainorのユーモアと家庭的な感覚が強く表れている。
歌詞では、上手に踊ることよりも、恥ずかしがらずに楽しむことが重視される。父親のように踊るという表現には、少し古くさく、少し不格好で、しかし愛すべき動きというニュアンスがある。これは、完璧なクールさよりも、親しみやすさを重視するMeghanらしい視点である。
「Dance Like Yo Daddy」は、深いメッセージを持つ曲ではないが、本作に明るい遊び心を加える重要な曲である。自己肯定を、ダンスの上手さではなく、楽しむ姿勢として表現している点が魅力である。
12. Champagne Problems
「Champagne Problems」は、タイトルからして皮肉の効いた楽曲である。「シャンパンの問題」とは、本当に深刻ではない贅沢な悩み、いわゆる「ぜいたくな悩み」を意味する。Meghan Trainorはこの曲で、成功や華やかな生活の中にある小さな問題を、ユーモラスに描いている。
サウンドは明るく、ダンス・ポップ的な軽さを持つ。曲調は非常に軽快で、タイトルの皮肉とよく合っている。深刻な不満を歌うのではなく、ポップ・スター的な日常の中にある小さなトラブルを楽しむような曲である。
歌詞では、現代的な不便や贅沢な悩みが並べられる。こうした題材は、自己認識のあるユーモアとして機能している。Meghan Trainorは、自分が成功したポップ・スターであることを隠さず、その状況を少し笑いながら歌う。
「Champagne Problems」は、アルバム本編の終盤に軽い皮肉と楽しさを加える楽曲である。自己肯定だけでなく、成功後の自分を笑いの対象にするMeghan Trainorのキャラクターが表れている。
13. Mom feat. Kelli Trainor
「Mom」は、Meghan Trainorの母Kelli Trainorをフィーチャーした楽曲であり、家族への愛と感謝を非常に直接的に表現した曲である。タイトル通り、母親への賛歌であり、本作の『Thank You』というタイトルに最も分かりやすく結びつく楽曲の一つである。
サウンドは明るく、軽快なポップ・ソウル調で、感謝のメッセージを重くせずに届ける。曲中に母親本人の声が入ることで、楽曲は非常に個人的なものになる。ポップ・アルバムの中に家族の実際の声を入れることによって、Meghanのキャラクターの家庭的な側面が強調される。
歌詞では、母親がどれほど素晴らしい存在であるかが、非常に素直に歌われる。母親への感謝、尊敬、愛情が中心であり、複雑な比喩は少ない。これは普遍的なテーマであり、聴き手にとっても自分の家族を思い出すきっかけになりやすい。
「Mom」は、アルバムの中で最もパーソナルで温かい曲の一つである。Meghan Trainorの音楽が、自己愛だけでなく、家族への愛を大きな柱としていることを示している。
14. Friends
「Friends」は、友情をテーマにした楽曲であり、恋愛中心のポップ・アルバムの中で、仲間との絆を明るく描いている。タイトル通り、友人たちへの感謝と信頼が中心にある。
サウンドは軽快で、パーティー感のあるポップ・ナンバーである。曲全体に、友人たちと集まって楽しむような空気がある。Meghan Trainorの声は、ここでは親しみやすく、聴き手を輪の中へ誘うように響く。
歌詞では、困った時に支えてくれる友人、楽しい時間を共有する仲間の大切さが歌われる。恋愛や自己肯定だけでなく、友情もまた人生を支える重要な関係として描かれる。本作のタイトル『Thank You』を考えると、この曲も感謝の対象を広げる役割を持っている。
「Friends」は、アルバムに共同体的な温かさを加える楽曲である。Meghan Trainorのポップ世界は、個人の自信だけでなく、家族や友人とのつながりによって成り立っていることが分かる。
15. Thank You feat. R. City
タイトル曲「Thank You」は、R. Cityを迎えた楽曲であり、アルバム全体の締めくくりとして、感謝のテーマを直接的に表現している。成功、支え、家族、友人、ファンへの感謝が込められており、本作のタイトルを回収する重要曲である。
サウンドは、レゲエ・ポップやトロピカル・ポップの軽さを含み、明るく開放的である。R. Cityの参加によって、曲にはカリビアンな温度感とポップ・ラップ的なリズムが加わる。アルバムの終わりに、温かくポジティブな余韻を残す構成である。
歌詞では、自分を支えてくれた人々への感謝が歌われる。Meghan Trainorのキャリアは、デビュー直後から急速に大きな成功を経験した。その中で、周囲への感謝をアルバムのタイトルに据えることは、彼女が自分の成功を一人だけのものとして捉えていないことを示している。
「Thank You」は、楽曲としては大きな革新性を持つわけではないが、アルバムのテーマをまとめる役割を果たしている。自己肯定、自立、恋愛、家族、友情の最後に、感謝が置かれることで、作品全体に明るい結論が与えられる。
総評
『Thank You』は、Meghan Trainorがデビュー作『Title』で築いたレトロ・ポップの成功から、より現代的なポップ・アーティストへ進化しようとしたアルバムである。前作の統一されたドゥーワップ/ガール・グループ風サウンドに比べると、本作はダンス・ポップ、R&B、ファンク、トロピカル・ポップ、バラード、ポップ・ラップなど、多くの要素が混在している。そのため、作品全体としてはやや散漫に感じられる部分もあるが、同時に彼女の音楽的な可能性を広げた作品でもある。
本作の中心にあるのは、自己肯定と境界線の確立である。「NO」では、望まないアプローチに対して明確に拒否を示し、「Me Too」では自己愛を誇張されたポップ・キャラクターとして表現する。「I Love Me」では自分自身を愛することが直接歌われ、「Woman Up」では女性として立ち上がることが促される。『Title』の身体肯定が、本作ではより広い自己主張へ拡張されている。
一方で、アルバムには柔らかい曲も多い。「Hopeless Romantic」では夢見がちな恋愛観が描かれ、「Kindly Calm Me Down」では不安な心を支えてほしいという脆さが歌われる。「Just a Friend to You」では片思いの切なさが表現され、「I Won’t Let You Down」では相手への誠実さが歌われる。つまり本作のMeghan Trainorは、強気な女性であると同時に、愛に不安を感じ、支えを必要とする人物でもある。
音楽的には、「NO」が最も大きな転換点である。この曲は、彼女のレトロ・ポップ路線から現代R&Bポップへの移行を象徴している。硬いビート、強いフック、明確な拒否のメッセージは、2010年代半ばのポップにおいて非常に有効だった。「Me Too」もまた、ファンク・ポップと自己愛のテーマを組み合わせ、Meghan Trainorの新しい代表曲となった。
ただし、『Thank You』は『Title』ほど一枚のアルバムとしての統一感が強くない。前作では、レトロ・ポップという明確な軸があり、楽曲のキャラクターも非常に分かりやすかった。本作では、現代的なサウンドへ広げようとするあまり、曲ごとの方向性がややばらつく。R&B寄りの「Better」、ファンク系の「Watch Me Do」、バラードの「Kindly Calm Me Down」、家族愛の「Mom」、トロピカルな「Thank You」が並ぶことで、多面的ではあるが、アルバムとしての輪郭は少し曖昧になる。
それでも、本作はMeghan Trainorのキャリアを理解するうえで重要である。彼女はここで、成功したデビュー作のスタイルをそのまま繰り返すのではなく、新しいビート、新しい自己像、新しいポップの文脈へ踏み出した。これはアーティストとして自然な成長であり、同時にリスクでもあった。結果として、本作には成功した試みと、やや中途半端に感じられる試みが共存している。
歌詞面では、Meghan Trainorらしい明快さが保たれている。難解な比喩や暗い内省よりも、すぐに理解できるメッセージが重視される。これは批評的には単純と見なされることもあるが、彼女のポップ・ソングの大きな強みでもある。「NO」「Me Too」「Woman Up」「Mom」などは、タイトルだけで曲の中心テーマが分かるほど明快であり、その分リスナーに届きやすい。
Meghanのヴォーカルは、本作でより多様な表情を見せている。強気な曲ではリズミカルに言葉を切り、バラードでは素直に感情を届ける。彼女は圧倒的な技巧で聴かせる歌手というより、キャラクターとメッセージを声に乗せるタイプのシンガーである。本作でもその特性はよく機能している。
日本のリスナーにとって『Thank You』は、Meghan Trainorが「All About That Bass」のイメージからどのように脱却しようとしたかを知るための作品である。『Title』のレトロ感を期待すると、やや現代的で分散した印象を受けるかもしれない。しかし、「NO」や「Me Too」のような強いポップ・シングルを中心に聴くと、彼女が2010年代半ばのポップ・シーンに合わせて自分を更新しようとしていたことがよく分かる。
『Thank You』は、完璧にまとまった名盤というより、成功後のMeghan Trainorが自分の可能性を広げるために作った転換作である。自己肯定、拒否する力、恋愛の弱さ、家族と友人への感謝が、現代的なポップ・サウンドの中に詰め込まれている。『Title』の延長線上にありながら、そこから外へ出ようとした意欲作であり、彼女のキャリアの中で重要な中間地点に位置するアルバムである。
おすすめアルバム
1. Title by Meghan Trainor
2015年発表のメジャー・デビュー・アルバム。「All About That Bass」「Lips Are Movin」「Dear Future Husband」を収録し、Meghan Trainorのレトロ・ポップ、身体肯定、ユーモラスな恋愛観を決定づけた作品である。『Thank You』で変化した部分を理解するために、まず聴くべき原点である。
2. Treat Myself by Meghan Trainor
2020年発表のアルバム。『Thank You』で始まった現代的なR&Bポップ、ダンス・ポップ、自己愛のテーマをさらに広げた作品である。制作過程の試行錯誤も含め、Meghan Trainorがレトロ・ポップ以外の方向を探った流れを確認できる。
3. Takin’ It Back by Meghan Trainor
2022年発表のアルバムで、『Title』期のドゥーワップ風レトロ・ポップへ意識的に回帰した作品。「Made You Look」を収録し、『Thank You』や『Treat Myself』での模索を経た後、彼女が自分の強みを再確認した作品として重要である。
4. Doo-Wops & Hooligans by Bruno Mars
2010年発表のBruno Marsのデビュー・アルバム。レトロ・ソウル、ドゥーワップ、レゲエ、現代ポップを融合しており、Meghan Trainorの音楽と共通する「古いポップ語法を現代的に再構築する」感覚を持つ。『Thank You』のファンク・ポップ的な側面とも関連がある。
5. Dangerous Woman by Ariana Grande
2016年発表のアルバムで、『Thank You』と同時期の女性ポップにおけるR&B、ダンス・ポップ、自己主張の流れを理解するうえで関連性が高い作品である。Meghan Trainorよりもヴォーカル志向とR&B色が強いが、2010年代半ばの女性ポップ・スターが自立した自己像をどのように提示したかを比較できる。

コメント