Texico Bitches by Broken Social Scene(2010)楽曲解説

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1. 歌詞の概要

「Texico Bitches」は、Broken Social Scene(ブロークン・ソーシャル・シーン)が2010年にリリースしたアルバム『Forgiveness Rock Record』に収録された楽曲であり、同作における最も政治的かつ風刺的なエネルギーを帯びたトラックである。

タイトルにある“Texico”は、実在の石油会社“Texaco”をもじった造語と思われ、アメリカ南部、特にテキサス文化や石油産業に対するアイロニーが込められている。“Bitches”という語の扱いからも分かるように、この曲には力強い抗議と挑発、怒りと滑稽さの入り混じる毒気がある。

歌詞は断定的なメッセージを避けつつも、権力や資本、国家主義的価値観への批判、そしてその中での個人の違和感や疎外感が織り込まれており、Broken Social Sceneが初期の親密な情緒性から、より外に開かれた政治的視座を持つバンドへと変容していったことを示す象徴的な楽曲でもある。

2. 歌詞のバックグラウンド

「Texico Bitches」が収録された『Forgiveness Rock Record』は、前作から5年の歳月を経てリリースされた4thアルバムであり、バンドのメンバー構成やサウンドプロダクションに大きな変化が見られた作品である。
プロデュースには、デイヴ・ニューウェルズ(TortoiseのメンバーでもあるJohn McEntire)を迎え、よりシャープで洗練された音響が特徴的となっている。

この曲はアルバムの中でもっともアップテンポで攻撃的なテンションを持ち、ライヴでも観客のテンションを高める定番曲となっている。
Broken Social Sceneの多人数編成を活かした分厚いギターサウンド、複数のヴォーカルが重なるコーラス、そして何より攻撃的なリフと反復的なビートが、“軽やかな暴動”のような空気感を生み出している。

また、楽曲のミュージックビデオは、アメリカン・フットボール風のパロディや、ヒエラルキーの転倒をコミカルに描いており、楽曲のテーマと合わせて**“アイロニーによる社会批判”**を強調するものとなっている。

3. 歌詞の抜粋と和訳

英語原文:
“All the places and the people
Been before me, they don’t own me
I’m from Texas, smoke that dope
We got that Texico, Texico”

日本語訳:
「そこらじゅうの場所も、人々も
かつて俺の前にいたやつらも、俺を縛れやしない
俺はテキサス出身、ハッパを吸って
あの“テキシコ”を持ってるんだ、テキシコさ」

引用元:Genius – Texico Bitches Lyrics

このフレーズには、自分が属する文化圏のアイデンティティと、それに対する反発/誇り/揶揄の三重性がある。「俺はテキサスの出身」という言葉が、どこか**“それが何だ?”という冷笑と共に語られている**ように響く点が重要である。

4. 歌詞の考察

「Texico Bitches」は、Broken Social Sceneがこれまでに提示してきた個人の内面や感情の揺らぎを歌うスタイルから一歩踏み出し、より外的・社会的な対象を見据えた曲である。

その中で浮かび上がるのは、国家、資本、文化的アイデンティティの枠組みに対する疲弊と嘲笑である。
とりわけ“Texico”という造語は、テキサス文化、石油利権、マチズモ、自由市場主義、そして“アメリカ的なるもの”すべての象徴として機能し、そこに“Bitches”という言葉をぶつけることで、巨大な構造への揶揄とプロテストを表現している。

しかし、この曲はただの政治的な怒りを吐き出すプロテスト・ソングではない。
そのテンションはどこか軽妙で、むしろ**“笑いながら破壊する”という脱構築的快楽**に満ちている。

歌詞の中で“own me(俺を支配する)”という言葉が繰り返されるが、それは自己の所有性を奪い返すための宣言でもある。
「誰のものでもない」という言葉の背景には、現代社会におけるアイデンティティの曖昧さや、ラベリングされることへの不快感が透けて見える。

5. この曲が好きな人におすすめの曲

  • “Evil” by Interpol
     現代社会への不信と自己喪失をポストパンクの手法で描いた緊張感ある楽曲。

  • “Take the Power Back” by Rage Against the Machine
     システムに対する反抗を徹底的に言葉と音で表現した政治的ロック。

  • “Keep the Car Running” by Arcade Fire
     社会的抑圧と個人の逃避衝動をポップに描いたランニング・アンセム。

  • “Ibi Dreams of Pavement” by Broken Social Scene
     同じくBSSの作品で、集団性と個の曖昧さがせめぎ合うノイジーな名曲。

  • “Do You Compute?” by Don Caballero
     機械文明への皮肉をインストゥルメンタルの構造で描いた知的ポストロック。

6. “軽やかな反抗”としてのロック

「Texico Bitches」は、Broken Social Sceneが自らのエモーショナルな内省性を超え、より広い社会構造への視座を獲得したことを象徴する一曲である。
しかしそのアプローチは決して堅苦しいものではなく、怒りとユーモアを両立させる軽快な反抗精神に満ちている。

この曲は、政治や社会の枠組みに“正面から”抗うのではなく、
それらを笑い飛ばすことで、その重圧を空中分解させるような音楽的戦術を選んでいる。
そしてその姿勢こそ、Broken Social Sceneというコレクティヴが目指した、
“個人と集団が共に笑いながら進む”ための音楽のかたちである。

Texico Bitches——それは「私たちを定義づけようとするすべてのもの」に向けて放たれた、
アイロニカルで、どこか愛おしい中指なのだ。

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