発売日: 1977年7月27日
ジャンル: プログレッシブ・ロック、シンフォニック・ロック、アメリカーナ
神話と鉄道が交差する場所——“グレイトフル・デッド”の劇場化への一歩
『Terrapin Station』は、Grateful Deadが1977年に発表した9作目のスタジオ・アルバムであり、
彼らがメジャー・レーベルArista Recordsへ移籍して初めて制作した、最もシンフォニックかつ劇的なアルバムである。
これまでの“粗削りなライヴ感”とは対照的に、プロデューサーにキース・オルセンを迎え、
ストリングス、ホーン、クワイアなどを大胆に導入。
結果として本作は、ロックオペラ的な構成美を持った、“構築されたデッド”という異色の存在となった。
タイトル曲「Terrapin Station」は、バンド史上でも特に壮大なスケールで描かれた組曲であり、
神話、旅、音楽といったモチーフが複層的に織り込まれている。
その“駅”は、音楽という名の物語の出発点であり、終着点でもある。
全曲レビュー
1. Estimated Prophet
複雑な7/4拍子に乗せて、不穏でミスティックな空気を醸し出すナンバー。
狂信的な預言者を思わせる語りが、ウィアのヴォーカルで繰り広げられ、
幻想的なギターとシンセサイザーが異世界へと導く。
レゲエやジャズの影響も感じさせる、アルバムの“暗示”。
2. Dancin’ in the Streets
マーサ&ザ・ヴァンデラスのモータウン・クラシックをディスコ/ファンク調にアレンジしたカバー。
コーラスの厚み、跳ねるグルーヴ、スタジオならではのキレの良さが目立つが、
一部ファンには“過剰にポップ”と映った側面もある。
だが時代(1977年)の空気感を映す鏡として、興味深い選曲でもある。
3. Passenger
ストレートでハードなギターリフが印象的なロック・ナンバー。
どこかスリリングで焦燥感のある展開は、アリーナ・ロック的な意識の表れとも読める。
デッドらしからぬ“タイトさ”が逆に新鮮。
4. Samson and Delilah
旧約聖書の“サムソンとデリラ”をモチーフにした伝統曲のアレンジ。
ピッグペン亡き後の“ゴスペル&ブルース的役割”を担ったウィアの定番レパートリーでもあり、
野性的なリズムと祝祭的エネルギーが魅力。
5. Sunrise
ドナ・ゴドショーによるリードヴォーカル。
静かで神秘的な雰囲気をたたえたスピリチュアルな小品。
夜明けの光のような、ほのかな祈りと透明感がアルバムに柔らかな余白を与えている。
6. Terrapin Station (Part I)
アルバムの核にして、グレイトフル・デッドの最も壮大な組曲作品。
「Lady with a Fan」から始まり、「Terrapin Station」本体へと続く7部構成。
交響楽的展開、複雑な詞、そして“旅する者=語り部”としての音楽の力を讃える内容。
ロバート・ハンターの詞は、寓話、伝説、音楽の神話化を試み、
そのスケール感と象徴性は後年のファンの間でも特別な位置を占めている。
オーケストラとの融合が一部メンバー(特にガルシア)との間で葛藤を生んだとも言われるが、
結果としてこの曲は“スタジオでしか成し得なかったグレイトフル・デッド”を象徴するものとなった。
総評
『Terrapin Station』は、Grateful Deadという“自由な即興集団”が初めて受け入れた“構成と演出”のアルバムである。
それは妥協ではなく、“音楽という物語性”への接近であり、
それゆえこの作品はロック・リスナーだけでなく、シンフォニック・ロックやプログレッシブ・ロックのリスナーからも支持を受けている。
とはいえ、スタジオでの完成度が高まった反面、“ライヴ・バンドとしての魂”との葛藤も生まれ、
この作品が長らくバンド内外で賛否の分かれる“特異点”であり続けたこともまた事実である。
しかし今、あらためてこのアルバムに耳を傾けると、
そこには音楽そのものが語り手としての力を持ち、物語を運ぶ列車であり、神話の継承者であるという、
デッドが“バンド”を超えて“文化”となった瞬間の記録が宿っている。
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