Tell Him by Lauryn Hill(1998)楽曲解説

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1. 歌詞の概要

「Tell Him」は、Lauryn Hillのソロデビューアルバム『The Miseducation of Lauryn Hill』のラストを飾る楽曲であり、アルバムの全体像を静かに、しかし圧倒的なスピリチュアルな力で締めくくる珠玉のバラードである。

この曲の核となるテーマは「無条件の愛」──恋愛という枠を超えて、人間が人間を深く、誠実に愛するとはどういうことかを、祈りに近いトーンで描いている。

歌詞中の「Tell him I love him」という繰り返しは、直接的でありながらもとても内省的な響きをもち、語り手が他者を通じて「彼」に伝えたい愛のメッセージを、自己の信仰と重ね合わせながら紡いでいる。

恋愛の歌でありながら、それは同時に神への信仰、あるいは愛そのものへの捧げ物のような構造を持っており、アルバムを通して描かれてきた“愛”“信仰”“自己”という三つの主題が、ここで静かに融合する。

2. 歌詞のバックグラウンド

「Tell Him」は、聖書の一節「1コリント人への手紙13章(愛の賛歌)」から強いインスピレーションを受けており、Lauryn Hill自身もこの曲の制作にあたって宗教的な啓示や内的な祈りを意識していたと語っている。

1 Corinthians 13は、「愛は寛容であり、愛は親切です。妬みません…」というくだりで有名であり、この曲でもその精神が全面的に反映されている。

また、Hillはこの時期、音楽業界という過酷でしばしば欺瞞に満ちた世界の中で、自己を保ち、真実の愛とは何かを問い続けていた。

その葛藤や精神的模索の結果として、この「Tell Him」は生まれた。

それは恋人へのメッセージであると同時に、自分自身への祈り、そして神への応答でもある。

音楽的にもゴスペルやネオソウルの要素が溶け込んでおり、無駄を削ぎ落としたアレンジが、Hillの声の美しさと誠実さを際立たせている。

3. 歌詞の抜粋と和訳

以下は「Tell Him」の印象的な歌詞の一部である。出典はgenius.comより。

Let me be patient
 私は忍耐強くあらせてください

Let me be kind
 私は親切でいさせてください

Make me unselfish without being blind
 盲目的にならずに、利己的でない自分でいられますように

Though I may suffer, I’ll envy it not
 たとえ苦しんでも、私はそれを妬まないでしょう

And endure what comes, ‘cause he’s all that I got
 何があっても耐える、それが私のすべてだから

Tell him I love him
 彼に伝えて、私は彼を愛していると

And that it doesn’t matter what I do
 私が何をしても、その気持ちは変わらないと

このように、歌詞全体は「愛の徳目」をひとつずつ丁寧に語っていく構成になっている。

そこには、恋愛における“欲望”よりもむしろ、“自己の成熟”と“内なる平和”を目指すHillの姿が見える。

4. 歌詞の考察

「Tell Him」は、アルバム『The Miseducation of Lauryn Hill』の終着点として極めて象徴的な作品である。

この曲を最後に配置することで、Hillは聴き手に「愛の真実とは何か」という問いを投げかけ、そこから先の人生をどう生きるのかを委ねている。

重要なのは、Hillが語る“愛”が決して一方的な服従や自己犠牲ではなく、深く自己を理解し、他者を尊重しながら続く愛の形であるという点だ。

「盲目的ではなく、利己的でもない愛」「苦しみを乗り越える強さ」「妬まないこと」などは、聖書的な文脈に基づきながらも、現代人の関係性においても通用する成熟した愛の哲学として響く。

また、繰り返される「Tell him I love him」というフレーズには、言葉にしきれない思いが圧縮されており、聴き手の中でその言葉が静かに反響していく。

まるでHill自身が祈りを捧げるように、愛を語るその姿勢に、スピリチュアルな力と人間的な弱さが共存している。

この曲は、アルバム全体を貫いていた“自己探求の旅”の終着点として、「愛こそが答えである」という最もシンプルで力強いメッセージを残しているのだ。

5. この曲が好きな人におすすめの曲

  • He Loves Me (Lyzel In E Flat) by Jill Scott
     無条件の愛と自己理解が同時に表現された、繊細でスピリチュアルなバラード。

  • A Song for You by Donny Hathaway
     深い愛と許し、そして献身をテーマにした、魂に響くラブソングの名作。
  • All I Need by Aretha Franklin
     愛が人生に与える平和と強さをテーマにした楽曲で、Hillの精神性と通じるものがある。

  • Adore by Prince
     究極の愛の誓いをゴスペル調で描いた作品。崇高さと情熱が同居している。

  • Love’s In Need of Love Today by Stevie Wonder
     愛の本質と、それが社会に必要であるというメッセージを持つ楽曲。Hillの思想とも深く呼応する。

6. アルバムの“祈り”としての終章 ― 静けさの中にある力

『The Miseducation of Lauryn Hill』というアルバムは、愛、葛藤、信仰、社会、女性性、母性といった多層的なテーマを通して、“人間として生きること”そのものを語る作品だった。

そのラストを飾る「Tell Him」は、まさに“祈り”そのものといっていい。

静けさに満ちたサウンド、柔らかくもしっかりと芯のあるHillのボーカル、そして内面に向けられた言葉。

それらが結び合わさって、私たちはこの曲を聴き終えたあと、ふと自分自身の“誰か”に「伝えたくなる」気持ちになる。

この曲は恋愛の歌でありながら、それを超えて、愛するという行為そのものの“あり方”を示してくれる。

それは、世界が混沌としているからこそ、私たちが今なお信じるに値する価値であり、Lauryn Hillが25歳で辿り着いた、最も静かで深い真実だったのだ。

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