
1. 歌詞の概要
Amon Düül IIの「Surrounded by the Stars」は、1972年発表のアルバム『Wolf City』の冒頭を飾る楽曲である。『Wolf City』はAmon Düül IIの5作目のスタジオ・アルバムで、1972年にUnited Artistsからリリースされた。前作『Carnival in Babylon』に続き、初期の長尺で混沌としたサイケデリック・ジャムから、よりコンパクトで楽曲志向の構成へ移った時期の作品として位置づけられる。(en.wikipedia.org)
この曲の主人公は、星に囲まれながら歩いている。
それは美しい情景のように見える。
だが、Amon Düül IIの音楽において、星空は単なるロマンティックな背景ではない。
夜の門を叩く。
答えはない。
それでも中へ入る。
自分の法令や命令のようなものを携えて入り、膝を震わせながら出てくる。
歌詞は、幻想的でありながら奇妙に滑稽でもある。
街路清掃人が現れ、汚れた足をきれいにする。
日の出にはヴァイオリンを弾く。
それも、ナポレオンの鼻の上で。
警官がやってきて、「お前はああいう連中のひとりだ」と言う。
これは、普通の物語ではない。
夢の中の道行きであり、寓話であり、サイケデリックな巡礼であり、少しブラックなコメディでもある。
「Surrounded by the Stars」は、宇宙的なスケールを持ちながら、歌詞の細部はとても変だ。
星、夜、門、日の出といった神秘的な言葉のすぐ横に、街路清掃人、警官、ナポレオンの鼻、道化師のトランペットのようなイメージが置かれる。
このズレが、Amon Düül IIらしい。
神秘に向かうのに、足元は埃だらけ。
星に囲まれているのに、警官に止められる。
壮大な宇宙の旅に見えて、どこか街角の奇妙な寸劇でもある。
サウンド面でも、この曲は『Wolf City』期のAmon Düül IIらしさをよく示している。
初期の『Phallus Dei』や『Yeti』にあった混沌は残っている。
しかし、それはより曲としてまとまり、メロディや歌の輪郭もはっきりしている。
特にRenate Knaupのヴォーカルは重要である。
彼女の声は、呪術的で、演劇的で、どこか冷たく、同時に力強い。
曲に出てくる奇妙なイメージを、ただのナンセンスではなく、予言や神話のように響かせている。
「Surrounded by the Stars」は、星空の歌でありながら、地上の埃を忘れない曲である。
宇宙へ向かいながら、道化師のトランペットへ飛び込む曲である。
その矛盾が美しい。
2. 歌詞のバックグラウンド
『Wolf City』は、Amon Düül IIのキャリアの中でも特に評価の高いアルバムのひとつである。英語版Wikipediaでは、前作『Carnival in Babylon』と同様に、初期作品に比べてより伝統的な録音であり、短めの曲と明確な楽曲構造を持つと説明されている。一方で「Jail-House-Frog」や「Deutsch Nepal」のように、実験性の強い曲も残っている。(en.wikipedia.org)
この説明は、「Surrounded by the Stars」にもよく当てはまる。
曲は7分を超える。
ポップ・ソングとしては長い。
しかし、初期Amon Düül IIの長尺ジャムに比べれば、ずっと構成が見えやすい。
歌があり、展開があり、ヴァイオリンやギターの絡みがあり、全体としてひとつの曲として立っている。
それでも、普通のロックにはならない。
Amon Düül IIは、1960年代末のミュンヘンのコミューン文化から生まれたバンドである。
彼らの音楽には、サイケデリック・ロック、プログレッシブ・ロック、民族音楽、フリーな即興、政治的な反体制感覚、演劇性が混ざっている。
『Wolf City』の時点では、バンドはその混沌をかなり操れるようになっている。
初期の野蛮な集団儀式から、より精密なサイケデリック・ロックへ。
それがこの時期の変化である。
イタリア語版Wikipediaの『Wolf City』項目では、「Surrounded by the Stars」はアルバムで最も長い曲であり、Renate Knaupの声とChris Karrerのヴァイオリンが際立つ楽曲として紹介されている。(it.wikipedia.org)
この指摘は非常に重要だ。
「Surrounded by the Stars」は、まさに声とヴァイオリンの曲である。
Renate Knaupの声は、物語を語る語り部のようでもあり、夢の中の女神のようでもあり、どこか冷たい笑いを含んだ案内人のようでもある。
Chris Karrerのヴァイオリンは、その声に絡みながら、曲を東欧的、民俗的、そしてサイケデリックな方向へ引っ張っていく。
この二つがあることで、曲は単なるロック・バンドの演奏ではなく、旅の劇になる。
歌詞の中にある「星に囲まれて歩く」というイメージは、Amon Düül IIの音楽的な立ち位置とも重なる。
彼らは、地上のバンドでありながら、常に宇宙的なもの、神話的なもの、意識の拡張へ向かっていた。
しかし、彼らの宇宙は清潔なSFではない。
もっと泥臭く、奇妙で、酒場や市場や夢の中の街角とつながっている。
「Surrounded by the Stars」も、星空だけで終わらない。
街路清掃人が出てくる。
警官が出てくる。
ナポレオンの鼻が出てくる。
道化師が出てくる。
宇宙と日常、神秘と滑稽、精神と身体が、同じ歌詞の中で混ざっている。
また、『Wolf City』はAmon Düül IIが商業的な広がりを意識し始めた時期の作品でもある。
アルバムは前作と比べて曲が短く、構成も明確になっている。
しかし、それによって彼らの奇妙さが失われたわけではない。
むしろ、奇妙さがよりよく見えるようになった。
「Surrounded by the Stars」は、その好例である。
曲としてまとまっているからこそ、歌詞の不思議さ、声の強さ、ヴァイオリンの怪しさが際立つ。
混沌をそのまま撒き散らすのではなく、器に入れて差し出す。
その器の中で、まだ星と埃と道化師が暴れている。
それがこの曲の魅力である。
3. 歌詞の抜粋と和訳
歌詞の権利に配慮し、ここでは短い範囲のみを引用する。歌詞確認用リンクとして、Spotifyの楽曲ページおよび歌詞掲載ページを参照する。Spotifyでは「Surrounded by the Stars」の冒頭歌詞が確認できる。(open.spotify.com)
歌詞確認用リンク:Amon Düül II「Surrounded by the Stars」歌詞掲載ページ
You walk > > Surrounded by the stars
和訳:
あなたは歩く > > 星々に囲まれて
冒頭は、非常に美しい。
星に囲まれて歩く。
それだけなら、孤独な旅人の幻想的な風景である。
夜空の下、現実から少し離れた場所を歩いているように感じられる。
しかし、この曲ではその美しさがすぐに奇妙な方向へ進む。
At the gates of night > > No answer
和訳:
夜の門で > > 返事はない
「夜の門」という言葉は、神話的である。
夜がただの時間ではなく、入ることのできる場所として描かれている。
主人公はその門を叩く。
しかし、返事はない。
これは、夢や無意識への入口にも読める。
あるいは、死や異界への門にも見える。
門はある。
でも、誰も応答しない。
それでも主人公は中へ入る。
この無断で異界に入っていく感覚が、Amon Düül IIらしい。
もうひとつ、曲の滑稽さを示す部分を短く引用する。
At sunrise > > You play your violin
和訳:
日の出に > > あなたはヴァイオリンを弾く
日の出のヴァイオリン。
これは美しい光景である。
しかし、このあとに続くイメージはかなり奇妙だ。
ナポレオンの鼻の上で弾く、というような非現実的で漫画的な場面へ進む。
つまり、この曲は崇高なイメージを置いた直後に、それを笑いの方へずらす。
その揺れが、歌詞全体に独特の浮遊感を与えている。
引用した歌詞の著作権は各権利者に帰属する。ここでの引用は批評・解説目的の短い範囲に限定している。
4. 歌詞の考察
「Surrounded by the Stars」の歌詞は、夢の中の旅として読むとわかりやすい。
主人公は星に囲まれて歩く。
夜の門を叩く。
答えはない。
しかし、入り込む。
そして、さまざまな奇妙な人物や場面に出会う。
これは、いわゆる物語の筋ではない。
むしろ、夢の連想である。
夢の中では、場面が突然変わる。
美しいものと馬鹿げたものが隣り合う。
神聖な場所に、くだらない人物が現れる。
意味があるようで、目覚めると説明できない。
「Surrounded by the Stars」は、その夢の論理でできている。
まず、星に囲まれるというイメージがある。
星は、遠さの象徴である。
手が届かないもの。
宇宙的なもの。
運命や神秘を思わせるもの。
その中を歩く主人公は、日常の人間というより、何かの旅人に見える。
宇宙的な巡礼者。
あるいは、夜の中を彷徨う魂。
だが、その旅は純粋に高貴なものではない。
夜の門では返事がない。
これは、神秘が歓迎してくれないことを示しているようにも見える。
悟りの門を叩いても、答えはない。
宇宙に問いかけても、返事はない。
それでも人は中へ入っていく。
ここに、Amon Düül IIのサイケデリックな感覚がある。
彼らの音楽では、意識の拡張や神秘体験は、明快な救済として描かれない。
むしろ、混乱や滑稽さ、不安を伴う。
主人公は自分の「decrees」、つまり法令や命令のようなものを携えて入る。
だが、出てくるときには膝が震えている。
これは、非常に面白い。
人は、自分なりの理屈や思想や信念を持って、未知の場所へ入っていく。
だが、そこから戻ってくると、足元が揺らいでいる。
世界は思っていたほど単純ではない。
自分の命令や思想など、異界の前では頼りにならない。
この読み方をすると、曲はかなり深い精神的な旅の歌になる。
ただし、歌詞はそれだけでは終わらない。
街路清掃人が現れ、汚れた足をきれいにする。
これは、かなり地上的なイメージである。
星や夜の門のような神秘のあとに、足の埃を掃除する人物が出てくる。
この落差が重要だ。
どれだけ宇宙的な旅をしても、足は汚れる。
どれだけ星に囲まれても、地面を歩いている。
精神の旅には、いつも身体と埃がついてくる。
Amon Düül IIは、神秘を完全には美化しない。
彼らの音楽では、宇宙的なものと下世話なものが一緒にある。
だからこそ、曲が生々しい。
そして日の出にヴァイオリンを弾く場面。
日の出は再生の象徴である。
夜を通過したあと、光が来る。
その瞬間にヴァイオリンを弾くというのは、美しい儀式のようだ。
しかし、ナポレオンの鼻という奇妙なイメージが加わることで、場面は一気にグロテスクで漫画的になる。
ナポレオンは権力、征服、歴史、英雄神話を象徴する人物である。
その鼻の上でヴァイオリンを弾く。
これは、権力の顔の上で芸術を鳴らす行為にも読める。
あるいは、英雄神話をからかうサイケデリックな冗談にも読める。
さらに警官が現れ、「お前はああいう連中のひとりだ」と言う。
ここで、旅人は社会の目に捕まる。
星に囲まれ、夜の門をくぐり、ヴァイオリンを弾いていた存在が、突然「怪しい奴」として扱われる。
ヒッピー、コミューンの住人、反体制的な若者、ドラッグ使用者、芸術家。
そうした存在への社会的な視線が、この警官の一言に入っている。
この曲が1972年の西ドイツのカウンターカルチャーから出てきたことを考えると、この場面はかなり象徴的である。
精神の自由を求める者は、社会から見れば「お前はああいう連中のひとりだ」と分類される。
個人の夢や宇宙的な旅は、制度の目にはただの逸脱として映る。
ここに、この曲の社会的な輪郭がある。
「Surrounded by the Stars」は、ただの幻想詩ではない。
カウンターカルチャーの夢と、それを取り締まる社会の目が交差する曲でもある。
そして、道化師のトランペットへ飛び込むというイメージがある。
道化師は、笑い、狂気、演劇、反権威の象徴である。
トランペットは、音を出す器官であり、呼びかける道具であり、行進や儀式にも使われる。
そこへ飛び込むということは、正常な社会から、笑いと音楽と狂気の側へ逃げ込むことのようにも読める。
警官に分類されたあと、主人公は道化師の楽器の中へ入る。
これは、とてもAmon Düül IIらしい脱出である。
秩序から逃げる場所は、さらなる混沌である。
社会から逃げる場所は、音楽の中である。
だからこの曲自体が、道化師のトランペットのように鳴っている。
5. この曲が好きな人におすすめの曲 5曲
- Wolf City by Amon Düül II
同じアルバム『Wolf City』の表題曲であり、Amon Düül IIの1972年時点でのまとまりと実験性のバランスをよく示す楽曲である。英語版Wikipediaでは、アメリカ盤LPでは面の順序が逆になり、「Wolf City」が冒頭、「Surrounded by the Stars」がB面冒頭になると説明されている。(en.wikipedia.org)
「Surrounded by the Stars」が幻想的な旅の曲なら、「Wolf City」はより都市的で、不穏なエネルギーを持つ。アルバム全体の二つの入口として聴くと、作品の幅が見えてくる。
- Deutsch Nepal by Amon Düül II
『Wolf City』収録曲の中でも特に実験的な楽曲である。Wikipediaの『Wolf City』解説でも、「Jail-House-Frog」と並んで、アルバムの中に残る実験性の例として挙げられている。(en.wikipedia.org)
「Surrounded by the Stars」の夢のような不条理が好きなら、「Deutsch Nepal」のより奇怪で呪術的な質感にも惹かれるだろう。曲としてのまとまりから少し離れ、Amon Düül IIの暗い実験精神が前に出る。
- Archangel Thunderbird by Amon Düül II
1970年のアルバム『Yeti』収録の代表曲で、Amon Düül IIの中でも比較的キャッチーでありながら、強いサイケデリックな熱を持つ曲である。
Renate Knaupのヴォーカルの魅力を知るなら、この曲は外せない。「Surrounded by the Stars」よりも勢いがあり、魔術的なロックンロールとして鳴っている。Amon Düül IIの歌ものの強さを味わえる一曲だ。
- Kanaan by Amon Düül II
1969年のデビュー・アルバム『Phallus Dei』収録曲で、初期Amon Düül IIの儀式的なサイケデリアを象徴する楽曲である。
「Surrounded by the Stars」が比較的整理された中期の幻想なら、「Kanaan」はもっと原始的で、泥臭く、異教的だ。バンドがどこから出発し、どのように『Wolf City』の構成力へ到達したのかを知るうえで重要である。
- Vitamin C by Can
Amon Düül IIと同じくクラウトロックの重要バンドであるCanの代表曲で、1972年のアルバム『Ege Bamyasi』に収録されている。
Amon Düül IIが神話的で演劇的な混沌を持つのに対し、Canは反復とリズムの冷静な狂気を持つ。「Surrounded by the Stars」のサイケデリックな浮遊感から、よりミニマルで鋭いクラウトロックへ進みたい人に合う。
6. 星に囲まれた旅人が道化師の音に飛び込む理由
「Surrounded by the Stars」の特筆すべき点は、宇宙的なイメージと滑稽なイメージを、まったく無理なく同じ曲の中に置いていることである。
普通なら、星に囲まれて歩く曲は、もっと美しい方向へ進む。
夜、祈り、孤独、宇宙、魂。
そうしたイメージでまとめることもできたはずだ。
しかしAmon Düül IIは、そうしない。
夜の門を叩き、街路清掃人に足をきれいにされ、ナポレオンの鼻の上でヴァイオリンを弾き、警官に怪しまれ、最後には道化師のトランペットへ飛び込む。
この展開は、あまりに奇妙である。
だが、だからこそ記憶に残る。
Amon Düül IIのサイケデリアは、単なる美しい幻覚ではない。
そこには、笑い、身体、社会、政治、歴史、埃、警察、道化が混ざっている。
その混ざり方が、1970年代初頭のクラウトロックの自由さでもある。
英米のロックの文法を借りながらも、そのままではない。
ドイツの戦後世代の感覚、コミューン文化の混沌、ヨーロッパ的な演劇性、民俗音楽的な響き、アヴァンギャルドの悪戯心がすべて入っている。
「Surrounded by the Stars」は、その中でもかなり聴きやすい形で、その混合を示している。
曲の構成は比較的明確だ。
メロディもある。
ヴォーカルも前に出ている。
しかし、歌詞の世界は決して普通ではない。
この「曲として聴けるのに、意味としては妙に歪んでいる」感覚が、『Wolf City』期のAmon Düül IIの魅力である。
初期の長尺ジャムでは、聴き手は混沌そのものに投げ込まれる。
『Wolf City』では、混沌が曲の中に飼いならされている。
ただし、完全には飼いならされていない。
「Surrounded by the Stars」は、そのバランスが素晴らしい。
Renate Knaupの歌唱も、この曲の魔力を大きく支えている。
彼女の声は、単なるロック・ヴォーカルではない。
どこかオペラ的で、どこか民俗的で、どこか冷笑的でもある。
歌詞の不条理なイメージを、まるで古い寓話のように語る。
そのため、ナポレオンの鼻や道化師のトランペットのような奇妙な言葉も、ふざけすぎず、むしろ神話的な奇妙さを帯びる。
Chris Karrerのヴァイオリンも重要である。
ヴァイオリンは、ロックの中では時に装飾的に使われる。
だがAmon Düül IIでは、もっと中心的な役割を持つ。
旋律を引き裂き、空気を歪め、曲に東欧的、サイケデリック、儀式的な色を加える。
「Surrounded by the Stars」では、ヴァイオリンが歌詞の旅を導くもうひとつの声のように響く。
歌詞に出てくるヴァイオリンのイメージとも重なり、曲全体が「演奏する旅人」の物語のように感じられる。
この曲の主人公は、最終的にどこへ行くのか。
星の中か。
夜の奥か。
社会の外か。
道化師のトランペットの中か。
おそらく、答えはない。
むしろ、答えがないまま歩き続けることが、この曲の本質である。
星に囲まれて歩く。
門を叩く。
返事はない。
それでも入る。
この姿勢は、Amon Düül IIの音楽そのものにも似ている。
既存のロックの門を叩く。
答えはない。
英米の音楽の模倣だけでは、自分たちの答えにならない。
だから、自分たちで勝手に中へ入る。
そこに、クラウトロック初期の強さがある。
許可を待たない。
形式が整うのを待たない。
自分たちの奇妙な夢を、そのまま音にする。
「Surrounded by the Stars」は、そうした精神が、かなり美しい形で結晶した曲である。
そして、曲が終わったあとに残るのは、星の美しさだけではない。
足の埃。
夜の門。
震える膝。
警官の視線。
道化師の笑い。
ヴァイオリンの弦の揺れ。
それらが、星空の下で同時に残る。
この多層性が、この曲をただのサイケデリック・ロックにしていない。
「Surrounded by the Stars」は、夢を見る曲でありながら、夢を見る人間の滑稽さも知っている。
宇宙を見上げながら、足元の汚れも見ている。
神秘に向かいながら、警官に呼び止められる現実も忘れない。
そこに、この曲の深い魅力がある。
Amon Düül IIはこの曲で、星空の中に道化師を置いた。
そして、その道化師のトランペットの中へ、旅人を飛び込ませた。
それは、音楽の中へ逃げ込むことでもある。
社会から逃げることでもある。
自分自身の夢の迷宮へ進むことでもある。
「Surrounded by the Stars」は、クラウトロックが持っていた自由さ、奇妙さ、演劇性、そして宇宙的なユーモアを、今も鮮やかに感じさせる一曲である。

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