発売日: 2003年4月8日
ジャンル: ドリーム・ポップ、スロウコア、ジャズ・ポップ、インディーロック、アンビエント・フォーク
概要
『Summer Sun』は、Yo La Tengoが2003年に発表した10作目のスタジオ・アルバムであり、バンドがその音楽的探求を“内側”へと深めていった時期の代表作である。
前作『And Then Nothing Turned Itself Inside-Out』(2000年)で提示されたスロウで夢幻的なサウンドスケープを引き継ぎながら、本作ではよりジャズ的アプローチとリラクゼーションを強めた、“静かな夏の日の空気”を思わせる作品に仕上がっている。
アルバムタイトルに含まれる“夏”という言葉が示すように、本作は灼熱や情熱の季節ではなく、淡く揺れる記憶と、静かに続く時間の美しさを描き出している。
まるで陽炎のように、はっきりとした輪郭を持たない音の中に、Yo La Tengo特有のロマンスと孤独がそっと息づいている。
また、ジャズピアニストのクリス・アンデルセンやサックス奏者のスティーヴ・バーリらを迎えたことにより、これまで以上に洗練されたアンサンブルの奥行きが強調され、静けさの中に深い色彩が感じられるようになっている。
全曲レビュー
1. Beach Party Tonight
柔らかなコーラスとミニマルなコードで始まる、まさに“夢の入口”のようなオープニング。
“今夜はビーチ・パーティー”という素朴なフレーズが、逆説的に孤独と優しさを伝える。
2. Little Eyes
Hubleyの繊細なドラムとギターの反復が心地よい、ドリーミーなバラード。
“小さな目”というタイトルが、子供時代や過去の記憶を暗示するかのよう。
3. Nothing But You and Me
浮遊感のあるベースラインと、ジェントルなボーカルが絡み合うラブソング。
時間が止まったかのような無重力感が魅力。
4. Season of the Shark
本作のリード曲にして、最も“サマー・ソング”らしい光を持つ一曲。
ゆったりとしたテンポのなかに、どこか切ない陰影が漂う。サックスの導入が心地よいアクセント。
5. Today Is the Day
本作では珍しく、疾走感のあるギターポップ。
とはいえ、歯切れのよいビートの裏に、焦燥や諦念のようなものがにじんでいる。
6. Let’s Be Still
タイトル通り、“静けさ”をそのまま楽曲にしたようなナンバー。
ピアノとウィスパー・ヴォイスが、穏やかな夜の対話のように寄り添う。
7. Tiny Birds
アコースティック・ギターと微細なパーカッションが繊細に絡む小曲。
“鳥”というモチーフが、逃げる記憶や言葉にならない感情を象徴する。
8. How to Make a Baby Elephant Float
スティーヴ・バーリのサックスが活躍するジャズ・インストゥルメンタル。
タイトルのナンセンスさとは裏腹に、演奏はきわめてロマンチックかつ叙情的。
9. Georgia vs. Yo La Tengo
Hubleyのヴォーカルがメインとなる幻想的なバラード。
彼女とバンドとの“対話”のようにも聴こえるメタ的楽曲。
10. Don’t Have to Be So Sad
緩やかに沈んでいくようなダウンテンポ・トラック。
淡々と繰り返されるメロディの中に、“悲しみ”が波のように打ち寄せる。
11. Winter A-Go-Go
雪解けを待つような、静けさと寒さが同居する短いインスト。
“Summer Sun”のなかに冬の気配を差し込むセンスが秀逸。
12. Moonrock Mambo
スロウジャズとサイケポップの中間をゆく、異色のトラック。
遊び心と脱力感が混在し、アルバムの色調に新たな揺らぎを与える。
13. Take Care
静謐なピアノとささやくようなヴォーカルで締めくくられるクロージング・ナンバー。
まるで“音楽という夢”からそっと目覚めるような、優しい余韻が残る。
総評
『Summer Sun』は、Yo La Tengoがロックバンドとしての構造を解体し、サウンドと感情の透明な共鳴装置として自らを再定義したアルバムである。
そこにあるのは「盛り上がり」や「カタルシス」ではなく、流れゆく季節の中にふと立ち止まるような、音楽による微睡みであり、聴く者をやさしく包み込む。
静けさのなかに潜む豊かな感情、ジャズやボサノヴァ、アンビエントといったジャンルの断片、HubleyとKaplanの寄り添うような歌声――それらが織りなすこのアルバムは、まさに“夏の終わり”にふさわしい一枚である。
これは「風景」ではなく、「空気そのもの」を録音したような作品だ。
“聴く”というより、“滞在する”アルバム――それが『Summer Sun』なのである。
おすすめアルバム(5枚)
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And Then Nothing Turned Itself Inside-Out / Yo La Tengo
本作の直接的前身ともいえる、夢幻的静寂の名盤。構造と情緒の両面で地続きの一枚。 -
Sea Change / Beck
フォークとサイケ、内省と癒しが融合する傑作。『Summer Sun』と同じく“心の風景”を描く。 -
A Sleep & a Forgetting / Islands
喪失と記憶をテーマにした、ミニマルで感傷的なポップ作。淡い夏の余韻を共有する。 -
Goodbye Enemy Airship the Landlord is Dead / Do Make Say Think
インストゥルメンタル主体ながら、静けさとエモーションを両立したポストロック的表現が共鳴。 -
Low Level Owl, Vol. 1 / The Appleseed Cast
アンビエント的サウンドデザインとポストロック的構成美が『Summer Sun』の音響美に通じる。
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