1. 歌詞の概要
「Stutter」は、Elasticaが1993年にリリースしたデビュー・シングルにして、彼らの名を一気にUK音楽シーンに知らしめた代表作である。後に1995年のセルフタイトル・アルバム『Elastica』にも収録され、ブリットポップの文脈においても極めて重要な一曲として語り継がれている。
タイトルの“Stutter”とは「吃音」や「どもり」を意味するが、ここでは性的な比喩として機能している。歌詞は、関係の中で相手の“調子の悪さ”を揶揄しながらも、その状況を軽やかに、時に毒を含んだユーモアで描いていく。明示的なセクシュアリティをテーマにしながら、あくまで冷静かつ知的な距離感を保つ語り口が特徴的であり、90年代の若い女性たちが感じていたリアリズムと解放感を代弁するようなトーンで書かれている。
2. 歌詞のバックグラウンド
Elasticaは、元SuedeのギタリストでありフロントウーマンであるJustine Frischmannによって結成されたロンドン発のバンドで、90年代初頭にブリットポップ・ムーブメントの中心に急浮上した。「Stutter」はその端緒となった曲であり、わずか1分半ほどの短さにもかかわらず、音楽的にも文化的にも大きなインパクトを残した。
楽曲はThe BuzzcocksやWireといった1970年代のパンク~ポストパンクに多大な影響を受けており、その鋭利でミニマルなサウンドと、女性の身体性や日常に根ざしたリリックは、同時代の女性ロックアーティストの中でも突出して先鋭的であった。
特に注目すべきは、この曲が明確に「女性の視点」から「男性の性的不能(あるいは意欲の欠如)」をテーマにしている点である。女性がパートナーの性的失敗について歌うことは、それまでのロックではタブーに近かった。その壁を突き破った「Stutter」は、フェミニズム的な意味においても革命的な意義を持っていたのだ。
3. 歌詞の抜粋と和訳
Is there something you lack
あなたに足りないものでもあるの?When I’m flat on my back
私がベッドで横たわってる時に
この一節は極めて挑発的だが、同時に皮肉とユーモアが効いており、性的な失望を冷静に観察するような視線が光る。
Do you think you’re immune to it?
あなたは免疫でもあるつもり?
この“it”は明言されないが、性的なプレッシャーや期待、もしくは女性からの欲望に対する“男の無力”を暗示していると考えられる。ここにも、“言わないことで言う”という、Justineの巧妙なリリック術が現れている。
You stutter, you stutter, you stutter
あなたは、どもる、どもる、またどもる
繰り返される「Stutter」は、単なる音のリズムではなく、性的緊張やコミュニケーション不全を象徴するリフレインとして、楽曲全体を貫くキーワードとなっている。
※歌詞引用元:Genius – Stutter Lyrics
4. 歌詞の考察
「Stutter」は、これまで主に男性が語ってきたロックの性表現を、見事に女性の手に取り戻した曲である。しかもその手法は決して攻撃的でもないし、過度に暴露的でもない。
むしろその語り口は、距離を保ちつつも知的に相手を見つめ、“私はあなたのすべてを見抜いている”という自信とアイロニーに満ちている。
また、吃音という言葉を性的比喩に転化させた点は、言語と肉体性の両方を同時に扱う非常に高度なレトリックであり、短い歌詞ながら密度の濃いメッセージが込められている。
女性が自らの欲望や不満を、恥じることなく発言するという文化がまだ定着していなかった時代において、この曲の意義は大きかったと言える。
さらには、「Stutter」がフェミニズム的であると同時に“楽しげ”で“かっこいい”という点も重要だ。怒りや悲しみではなく、乾いたユーモアと鋭い観察眼で“現実”を切り取るスタイルは、当時の女性たちにとって新しい表現の可能性を感じさせるものだった。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Pretend We’re Dead by L7
女性パンクのパイオニアによる、諦めと冷笑が交差する名曲。 - Oh Bondage! Up Yours! by X-Ray Spex
“拘束”という言葉を巡って女性の自由を叫ぶパンクの金字塔。 - Cannonball by The Breeders
無秩序な欲望とユーモアが交錯する、90年代オルタナの名曲。 -
Rebel Girl by Bikini Kill
女性の連帯と強さをストレートに歌い上げるライオットガール・アンセム。 -
Typical Girls by The Slits
“普通の女の子”という規範への皮肉と反逆を描いたポストパンクの傑作。
6. 音楽に“視線”を取り戻す女性たちの旗印
「Stutter」は、1990年代ブリットポップの枠組みを軽やかに飛び越え、ポストパンクやライオットガールとも接続する、非常に現代的な視点を備えた楽曲である。
わずか1分48秒という短さで、性的関係の中に潜む期待・失望・観察・ユーモアをここまで多層的に描ききった曲は、今なお稀有である。
その背景には、ジャスティーン・フリッシュマンという稀代のストーリーテラーがいた。彼女は自らの身体や言葉を使って、女性が“語る側”であることの意義を体現した。そして「Stutter」は、そんな彼女のスタート地点にして、最初の小さな革命であった。
今、再びこの曲を聴くとき、その鋭さはまったく色褪せていない。むしろ、何が言えて、何が言えないのかという時代の輪郭を、逆説的にくっきりと浮かび上がらせてくれる。
「Stutter」は、ただのデビューシングルではない。それは、女性たちが音楽の場で“目線を持つ側”になった瞬間の記録なのだ。
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