発売日: 1975年2月
ジャンル: ハードロック、ブルースロック、R&B
路地裏の残響——バンドが崩壊に向かうなかで遺した“最後の叫び”
『Street Rats』は、Humble Pieが1975年にリリースした通算8作目のスタジオ・アルバムであり、
クラシック期の終焉を象徴する、実質的なラスト・アルバムである。
制作背景はきわめて混沌としており、バンドは解散寸前の状態。
当時の所属レーベルA&Mは、マリオットの許可なしに本作を編集・構成し、
デモや未完成のトラックを元に強引にリリースした。
そのため、作品としての統一感は薄く、バンドのエネルギーが散乱しながらも火花を散らしている、歪なドキュメントのような趣を持つ。
それでも、Humble Pieという名のロックンロール・マシーンが、
崩壊の直前まで“グルーヴ”というエンジンを唸らせていたことは、このアルバムが何より雄弁に物語っている。
全曲レビュー
1. Street Rat
ゴリゴリのギターリフが飛び出す、タイトル曲。
「俺たちはストリートのネズミだ」という開き直りのロック宣言。
ダーティでワイルド、まさにバンドの現状を象徴する一曲。
2. Rock and Roll Music
チャック・ベリーのロックンロール古典を、重心低く、“重たくカバーする”という試み。
祝祭性は薄れ、代わりにブルースの渋みが滲む。
3. We Can Work It Out
ビートルズの名曲を大胆に再構築。
テンポを遅くし、ファンキーでメロウなアレンジに変貌させた異色のカバー。
マリオットのヴォーカルは、原曲の楽観性を裏返すような切実さを帯びている。
4. Scored Out
スローで粘っこいリズムと、しゃがれたボーカルが特徴的。
“打ちのめされた男のブルース”としての説得力がある。
ここにも、燃え尽きる直前のマリオットの姿がある。
5. Road Hog
ブギー風のアップテンポ曲。
歌詞のテーマは「自由気ままな放浪者」。
ある種の自己神話化を図りながらも、演奏の隙間に疲弊が見え隠れするのが印象的。
6. Rain
ビートルズの『Rain』をカバー。
原曲のサイケ感を剥ぎ取り、鈍重なブルースロックとして再構築。
曲の余白が、ある種の“陰鬱さ”を生み出している。
7. Let Me Be Your Lovemaker
オリジナルのR&B曲をカバー。
濃厚なボーカルとブラック・ミュージックへの憧憬が混ざり合うが、全体的に散漫な印象も。
8. Countryman Stomp
カントリーフレーバーの軽快なブギー・チューン。
アルバムの中で最も楽しげな1曲ではあるが、勢い任せの仕上がりに若干の粗さも。
9. Drive My Car
またしてもビートルズのカバー。
今度はR&Bスタイルのアレンジで、マリオットの咆哮が炸裂。
だが、原曲の軽快さは失われ、やや空回り気味のテンションに感じるかもしれない。
総評
『Street Rats』は、Humble Pieのクラシック期における“最後の音”であると同時に、
崩壊するバンドの断末魔を記録したロックンロールの残響でもある。
完成度や一貫性は過去作に劣るものの、
だからこそ、この作品には“どうにか音を出していた”人間たちの生々しさが宿っている。
選曲にカバーが多いのも、彼らの迷いや行き詰まりの反映かもしれない。
だが、マリオットの喉だけは、最後まで燃えている。
このアルバムは、ロックバンドが“解体される瞬間”を音で捉えた貴重な記録であり、
それでもまだ音を出すことをやめなかった魂たちの証明なのだ。
おすすめアルバム
-
Small Faces – Autumn Stone
マリオットが遡ることのできた“青春の原点”。終焉後に聴きたいもうひとつの終章。 -
The Rolling Stones – Goats Head Soup
ファンクとロックの混濁。疲れと色気が同居した“崩壊寸前の名盤”。 -
Bad Company – Straight Shooter
フリー解散後の直球ロック。Humble Pie後期の魂を継いだサウンド。 -
Paul Rodgers – Cut Loose
荒削りなDIY精神。後期Humble Pieと同じ“地を這うような声”が宿る。 -
The Faces – Ooh La La
こちらも解散前夜の雰囲気が濃厚な、英国ロックの“終わりの美学”。
コメント