1. 歌詞の概要
「Stabilise」は、Nilüfer Yanya（ニルファー・ヤンヤ）が2021年にリリースし、2022年のセカンドアルバム『PAINLESS』に収録されたリードシングルである。この楽曲は、都市生活の倦怠感や閉塞感、そして自らの感情を何とか“安定（stabilise）”させようとする葛藤を、焦燥とスピード感をもって描き出した現代的アンセムである。
歌詞では、“すべてが同じように見える”街の風景や日常の反復、他者との断絶、そしてその中で沸き起こる「意味を見つけたい」という衝動が繰り返し歌われている。語り手は周囲の世界に違和感を覚えながらも、自分自身が感情的に揺さぶられすぎないように、冷静さを保とうと懸命に足元を固めようとしている。
「Stabilise」という語は、文字通り“安定させる”という意味を持つが、それは決して完全な落ち着きではなく、崩壊しないための“ギリギリの維持”である。そのテンションの高さと心理的脆弱性が、この曲の本質を成している。
2. 歌詞のバックグラウンド
Nilüfer Yanyaはこの楽曲について、「自分が日々を生きる中で感じている無力感と、何か意味のあるものを求める気持ちとの間にある緊張感を表現した」と語っている。特に都市生活者としての孤独感、過剰な情報に晒されながらも“何も起こらない”日常の中にある空虚さは、コロナ禍の最中に生きる多くの人々の共感を呼んだ。
この曲が生まれたのはロンドンでのロックダウン中であり、人々の動きが止まり、感情の発露が抑えられる中で、それでもなお自分の内部では何かがざわついているという不穏なリアリティが楽曲に反映されている。
サウンドは、鋭く切り込むギターリフとドライなドラムビート、そしてNilüferの低く抑えたヴォーカルが融合し、インディーロックとトリップホップの境界を彷徨うような摩擦感を生み出している。繊細さと即効性、静けさと焦燥が絶妙に交錯したトラックであり、まさに「何かが壊れそうな日常」の音をかたちにしたような作品である。
3. 歌詞の抜粋と和訳
Nothing goes above
超えていくものなんて何もないI’m just trying to stabilise
私はただ、安定させようとしてるだけAll my thoughts and all my fears
私の考えも、恐怖もI don’t want to keep them inside
もう内に閉じ込めておきたくはないYou don’t want to know what’s on my mind
あなたは、私の頭の中にあることなんて知りたくないでしょう
歌詞引用元：Genius Lyrics – Stabilise
4. 歌詞の考察
「Stabilise」は、“感じすぎること”がもたらす不安定さと、それを抑え込もうとする心の葛藤をリアルに描いている。語り手は、明らかに自分の中で渦巻く不穏な感情を感じ取っていながらも、それを表に出せない状況にいる。だからこそ、「私はただ安定させたいだけ」というフレーズが、切実に響くのだ。
歌詞にたびたび登場する「you（あなた）」という存在は、他人であり、社会であり、あるいはもう一人の自分かもしれない。“私の内面を知らないでほしい”という願いと、“わかってほしい”という矛盾した欲望のあいだで揺れる言葉たちは、現代的な人間関係の距離感を象徴している。
また、「nothing goes above（すべてがフラット）」という表現は、情報や刺激に溢れながらも何も感じなくなっていく社会の麻痺状態を鋭く突いている。ここには、無感覚と過感覚という両極の状態が同居しており、その間で“正常”を保とうとするのが、この楽曲の語り手なのだ。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Heartbreaker by Alice Glass
精神の不安定さと怒りを歪んだエレクトロで爆発させた、鋭利な自己表現。 - Losing You by Boy Harsher
ミニマルなビートと切迫感あるヴォーカルが、孤独と執着の心理をえぐるダークポップ。 - Routine by Marika Hackman
日常の繰り返しの中に潜む虚しさと、そこから逃れられない閉塞感を描いたアートポップ。 - Savage Good Boy by Japanese Breakfast
社会構造と感情の摩擦をポップなメロディに包み込んだ、皮肉と憂鬱のポストモダンソング。
6. “何も起こらない日常”を描いた焦燥のポートレート
「Stabilise」は、Nilüfer Yanyaが描き出す“現代都市に生きる感覚”の集約とも言える楽曲である。それは怒りではない。悲しみでもない。もっと曖昧で、もっと日常的な“不安定さ”だ。つまりこれは、“壊れる寸前の安定”を、繊細に切り取ったサウンド・ドキュメントなのである。
この曲を聴くとき、私たちはきっと「私もそうかもしれない」と思うはずだ。表面的には穏やかに見える日々の中で、心のどこかがずっと“緊張状態”にある。その状態を名指しし、かたちにし、音楽として差し出してくれるこの曲は、まさに現代の生の感覚を可視化した一編の詩なのだ。
Nilüfer Yanyaは、「Stabilise」において、叫ばずに叫ぶこと、壊れずに壊れること、黙っていることで最も深く語ることを可能にしている。そしてそれこそが、彼女の音楽が持つ魔力なのである。
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