
楽曲の概要
「WWAY HEALTH™」は、Nilüfer Yanyaが2019年に発表したデビュー・アルバム『Miss Universe』の冒頭を飾る約1分のトラックである。通常の意味での「楽曲」というより、架空の健康管理サービス「WWAY HEALTH」の自動音声を模したイントロダクションであり、その後アルバム内に登場する複数の短いインタールードの出発点になっている。作曲はYanyaとWill Archer、プロデュースはArcherが担当し、Yanya自身が企業の案内音声のような声を演じている。
WWAYは「We Worry About Your Health」の略で、「あなたの健康について、私たちが代わりに心配します」という発想から作られた架空の企業である。表面上は親切で穏やかなサービスだが、アルバムが進むにつれて、利用者の生活や身体へ次々に介入していく存在として描かれる。「WWAY HEALTH™」はその入口として、心地よい音楽と丁寧すぎる案内によって安心感を演出しながら、同時にわずかな不気味さを残す。『Miss Universe』という多彩なアルバムを一つの世界としてまとめる重要な役割を持ったトラックである。
歌詞の概要
内容は、WWAY HEALTHというサービスへ加入した利用者を迎える自動案内である。語り手は利用者のことを気にかけ、世話をし、健康について心配していると説明する。それだけを取れば健康アプリや保険会社、カスタマーサービスなどで聞きそうな親切なメッセージだが、「あなたが心配しなくて済むように、こちらが心配する」という発想になると意味が少し変わってくる。自分自身の健康について考える権利まで、企業へ預けるような関係がほのめかされるからだ。
ここで重要なのは、露骨な脅しや悪意が存在しないことである。WWAY HEALTHはあくまで親切そうに話しかけ、利用者の生活をより良くする存在として自分を提示する。そのため怖さは「危険な企業に監視されている」という単純な構図ではなく、便利さと安心を求めるうちに、自分の判断を少しずつ外部へ渡してしまうところから生まれる。Yanya自身も、この架空企業を「より健康で、より良く、より幸福な自分」を商品として売る存在として説明している。
この設定は『Miss Universe』全体にある不安や自己管理のテーマにもつながる。アルバムの通常曲では恋愛、自己疑念、欲望、焦りなどが個人的な言葉で歌われるが、WWAY HEALTHのインタールードでは、それらを外部から管理しようとする声が聞こえる。「もっと良い自分になれる」という現代的な励ましが、どこから「今の自分では不十分だ」という圧力へ変化するのか。その境界を曖昧にしているのが、この短い導入部である。
制作背景・時代背景
『Miss Universe』は2019年3月22日に発売されたYanyaのデビュー・アルバムである。彼女はそれ以前からEPやシングルを発表し、The xx、Interpol、Mitskiなどのツアーにも参加していたが、フル・アルバムではギター・ロック、ソウル、ジャズ、エレクトロニック・ポップなどを一つの作風へまとめる必要があった。Yanyaによれば、収録曲の多くは先に個別の楽曲として作られており、最初から厳密なコンセプト・アルバムを計画していたわけではなかった。
そこでアルバムを結びつける仕掛けとして発展したのがWWAY HEALTHである。「We Worry About Your Health」は制作中にアルバムの仮タイトルとして使われていた言葉で、Yanyaは最終タイトルを『Miss Universe』へ変更した後も、この名前を別の形で残したかったと説明している。架空企業の音楽部分には、Will Archerが以前作っていたビートが利用され、Yanyaがそこへ企業マニュアルや自動音声のような台詞を書き加えた。
発想の背景には、健康、幸福、生産性を改善する商品やサービスが絶えず提示される現代社会への違和感がある。YanyaはWWAY HEALTHについて、利用者に健康的で幸福な自分を売り込む企業として説明しており、食事から薬、さらに身体そのものまで管理の対象が広がっていく設定を考えていた。別のインタビューでは、1980年代風のコンピューター・マニュアルからもイメージを得たと話している。つまり未来的なAI企業だけを風刺したものではなく、機械的なマニュアル、自己啓発、健康産業、デジタルサービスなどが混ざった架空のシステムなのである。
歌詞の抜粋と和訳
「WWAY HEALTH™」では、サービス側が利用者を「気にかける」「世話をする」「心配する」という意味の言葉を並べる。この三段階の表現は最初こそ優しさに聞こえるが、最後には利用者本人の心配まで肩代わりすると宣言するため、親切と支配の境目が分からなくなる。
タイトルに含まれる「HEALTH」も重要である。健康は通常、誰も否定しにくい価値であり、それを理由にすると生活への介入も正当化されやすい。このトラックでは「健康のため」という無害な言葉が、アルバム全体を通して徐々に監視や自己最適化のイメージへ変わっていく。
サウンドと歌詞の考察
「WWAY HEALTH™」の最も面白いところは、不気味な内容を不気味な音楽で説明しないことである。バックには軽く、どこか古びたイージーリスニングや企業向けBGMを思わせる音が流れ、そこへYanyaの平坦な案内音声が重なる。ホラー映画のような低音や警告音は使われず、むしろ安全そうに聞こえる。この「何も怖くないように作られていること」自体が、トラックの違和感になっている。
声の使い方も通常のYanyaの楽曲とは大きく異なる。彼女の歌声は低い音からかすれた高音まで大きく表情を変えることが特徴だが、ここでは感情を意図的に抑え、電話の自動応答システムに近い一定の調子で話している。人間本人が喋っているのに人格が薄く感じられるため、声は「Nilüfer Yanya」という登場人物から離れ、企業やシステムそのものの声になる。現代の音声アシスタントにも似た、親切だが誰に対しても同じ態度を取る話し方である。
その機械的な声と、親しみやすいBGMの組み合わせが「ウェルネス」という言葉の二面性を表している。健康を管理し、生活を効率化するサービスは便利である。しかし便利さが増すほど、「何を食べるべきか」「どう眠るべきか」「どうすれば幸福になれるか」といった判断まで外部のシステムへ委ねる可能性が出てくる。「WWAY HEALTH™」はそれを直接批判するのではなく、サービスの広告をそのまま聞かせるような形で示すため、聴き手自身がどこから違和感を覚えるかに任せている。
また、このトラックは単独で完結するものではなく、『Miss Universe』の曲順の中で意味を持つ。冒頭でWWAY HEALTHに「加入」した聴き手は、その直後の「In Your Head」からYanyaの楽曲世界へ入っていく。その後も「Experience?」「Warning」「”Sparkle” GOD HELP ME」「Give Up Function」といった短いトラックが現れ、サービス側のメッセージが断続的に戻ってくる。通常曲が個人的な欲望や不安を描く一方、インタールードはそれを分類し、改善しようとする外部の声として働いている。
この構造によって、例えば不安や自己疑念を歌った曲も、単なる個人的な感情としてだけでは聞こえなくなる。「もっと健康に」「もっと幸福に」「もっと生産的に」という社会からの要求が強ければ、十分に幸福ではない自分そのものが失敗のように感じられるからだ。WWAY HEALTHは解決策を売っているように見えて、実は「あなたには解決すべき問題がある」という前提も同時に作り出している。短い自動音声が、アルバム全体の不安を社会的な方向へ広げる仕掛けになっている。
さらに興味深いのは、Yanyaがこのコンセプトを過度に深刻なディストピアとして説明していないことだ。彼女は架空のセルフヘルプ商品としてアルバムを見せる発想を面白がっており、WWAY HEALTHにはブラックユーモアがある。そのため「WWAY HEALTH™」は企業社会への重々しい声明というより、聞き慣れた広告や案内放送を少しだけずらした風刺に近い。明るい音、丁寧な言葉、善意を装ったサービスという身近な材料だけで、安心と不安を同時に生み出している。
そして58秒ほどで終わる短さも重要である。ここで世界観を細かく説明してしまえば、アルバムの通常曲が架空企業の物語へ従属してしまう。しかし「WWAY HEALTH™」は必要最低限の設定だけを渡してすぐ「In Your Head」へ移る。そのためWWAY HEALTHは物語の主人公ではなく、アルバムの背後から時々話しかけてくる存在として残る。この距離感が、『Miss Universe』を完全なコンセプト・アルバムにせず、それでも17曲を一つの奇妙な世界へまとめる働きをしている。
この曲が好きな人におすすめの曲 5曲
「Experience?」 by Nilüfer Yanya
『Miss Universe』に登場する次のWWAY HEALTH系インタールードである。冒頭で提示された親切なサービスの世界が少しずつ広がり、自己改善を促す言葉がどこまで信用できるのかという疑問が強くなる。
「Warning」 by Nilüfer Yanya
わずか20秒ほどの非常に短いトラック。WWAY HEALTHの案内が「安心させるもの」から警告へ近づくことで、健康管理サービスの裏側にある管理や危険の気配がさらに見えやすくなる。
「Give Up Function」 by Nilüfer Yanya
アルバム終盤に置かれたWWAY HEALTH関連曲で、冒頭の親切そうな案内から遠く離れた地点までシステムが進んでいる。「WWAY HEALTH™」と続けて聴くと、設定がどのように変質したかが分かりやすい。
「Fitter Happier」 by Radiohead
機械的な声が健康、幸福、生産性について語り、それ自体が次第に不穏に感じられるという点で強い共通点がある。WWAY HEALTHより直接的で暗いが、自己最適化の言葉を風刺へ変える方法を比較できる。
「Generation Why」 by Weyes Blood
音楽的な形は異なるが、現代の便利さやデジタル環境の中で感じる孤独や違和感を、穏やかなサウンドで扱う曲である。「WWAY HEALTH™」の静かなディストピア感覚につながる作品として聴ける。
まとめ
「WWAY HEALTH™」は58秒ほどしかないが、『Miss Universe』の聴こえ方を大きく左右するトラックである。健康と幸福を保証するという架空企業の案内を、穏やかなBGMと感情を抑えた声で提示することで、親切と支配、自己管理と外部管理の境界を曖昧にする。重要なのは、これが単なるSF設定ではなく、「より健康で、より幸福な自分」を絶えず求められる現代の感覚と結びついていることだ。Yanyaはその違和感を説教として説明せず、企業広告の形式そのものを冗談めかして模倣した。通常曲の不安や自己疑念を外側から見直す枠組みを作ったという点で、短いイントロ以上の役割を担っている。
参照元
- Nilüfer Yanya公式Bandcamp
- NME
- Carhartt WIP
- FRONTRUNNER
- Under the Radar
- MusicBrainz

コメント