1. 歌詞の概要
「Spun Around」は、The Boo Radleysが1993年にリリースした3rdアルバム『Giant Steps』に収録された楽曲であり、アルバムの中でもとりわけ“揺らぎ”と“浮遊感”が前面に出たトラックである。タイトルの「Spun Around(ぐるぐると回る)」が示す通り、この曲は精神的な混乱や感情の回転、あるいはコントロールの喪失をテーマにしているように感じられる。
歌詞の内容は一見すると曖昧で、ストーリー性よりも断片的な感情やイメージの連鎖が中心となっているが、その曖昧さこそがこの曲の美しさであり、本質でもある。明確な意味を伝えるのではなく、聴き手の心象にそっと触れ、内面の“回転”に寄り添うような構造を持っている。
浮遊するようなギター、ドリーミーで柔らかいボーカル、空間的なサウンドデザインが融合し、聴き手はまるで夢のなかで回り続けるメリーゴーラウンドに乗っているかのような感覚に陥る。まさに、感覚と思考がゆっくりと“spun around”されていくような楽曲なのである。
2. 歌詞のバックグラウンド
『Giant Steps』は、The Boo Radleysにとって音楽的飛躍の象徴とも言えるアルバムで、サイケデリック、ノイズポップ、ジャズ、アコースティック、ダブなど、さまざまなジャンルを自由に横断する実験的な作品である。その中において「Spun Around」は、アルバム全体の多彩なサウンドの中でも特に“シューゲイザー的遺伝子”が色濃く表れた曲といえる。
この曲のサウンドスケープは、My Bloody ValentineやCocteau Twinsを思わせるような、エフェクトに包まれたギターとリバーブの効いたヴォーカルによって構築されている。しかしその中にも、Boo Radleysらしいポップ感覚や、繊細なメロディの美しさが確かに息づいている。
バンドにとってこの時期は、初期の轟音的なサウンドからより広がりのある音世界へとシフトしていた過渡期でもあり、「Spun Around」はその揺れ動くバンドの姿勢自体を象徴するような楽曲でもある。つまり、曲のテーマとバンドの状態が見事に一致しているのだ。
3. 歌詞の抜粋と和訳
And I feel spun around
そして僕は、ぐるぐると回っているように感じるLost in a dream, I can’t get out
夢の中に迷い込んで、もう抜け出せないThe more I try, the more I doubt
もがけばもがくほど、疑念だけが深くなる
この短いフレーズには、現実と非現実の境界が曖昧になるような精神的浮遊感と、出口の見えない葛藤が表現されている。“Spun Around”という言葉は、身体の動きではなく、むしろ内面の回転――自意識、思考、感情の交錯を示している。
※歌詞引用元:Genius – Spun Around Lyrics
4. 歌詞の考察
「Spun Around」が描いているのは、“確信の喪失”である。世界を信じることも、自分自身の感覚を信じることも難しくなったとき、人はぐるぐると同じ場所を回っているような気分になる。それはまるで、夢のなかでドアを開けても、また同じ部屋に戻ってきてしまうような閉塞感だ。
しかしこの楽曲には、その閉塞に抗おうとする力強い主張や怒りはない。むしろ、淡く受動的な姿勢でその“回転”を受け入れているようにも思える。それは敗北ではなく、“ただ在ること”を肯定する姿勢でもある。どこにも向かっていない状態、決して進んでいない時間、それを音楽として包み込み、美しさへと昇華する。The Boo Radleysはその術を、この楽曲で巧みに示している。
また、“回る”という行為そのものには、破壊と再生の両方の意味がある。中心を見失うことで、初めて別の視点を獲得することもあるのだ。だからこの曲は、絶望を歌っているのではなく、混乱のなかにある可能性や、まだ名付けられない感情の萌芽をそっと描き出しているようにも感じられる。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Sometimes by My Bloody Valentine
視界がかすむようなギターサウンドと、感情の揺らぎを音像で表現する名曲。 - When the Sun Hits by Slowdive
夢のなかの時間をそのまま閉じ込めたような、静謐で美しいシューゲイザー。 -
Mistaken for Strangers by The National
自己認識のズレと社会との距離を、ダークな美学で描いたインディロック。 -
Svefn-g-englar by Sigur Rós
言語を超えた情感と音の浮遊感が融合した、北欧のポストロックの金字塔。 -
Motion Picture Soundtrack by Radiohead
現実と幻覚の境界を曖昧にする、音楽による精神の投影。
6. “ぐるぐると回り続ける”という救済
「Spun Around」は、行き先の見えない感情や、答えのない問いの渦中にある者たちにとって、ひとつの“共鳴空間”となる楽曲である。何かを断定することもせず、励ますこともせず、ただ“そこにいる”ことを音で証明する。だからこそ、この曲は聴く者の内面にそっと寄り添い、言葉にならない思いを包み込む。
The Boo Radleysは『Giant Steps』というアルバム全体を通して、“答えの提示”ではなく“感じることの肯定”を続けてきた。「Spun Around」は、その極致とも言える存在だ。わたしたちが世界の中心を見失い、回り続けているように感じるとき――それは迷いではなく、もしかすると変化の前触れかもしれない。
そのとき、この曲は静かに背中を押してくれる。「そのまま回っていてもいい」と。美しさは、止まった場所だけでなく、揺れている途中にもあるのだと教えてくれるのだ。
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