アルバムレビュー:Soundtracks by Can

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発売日: 1970年9月**
ジャンル: クラウトロック、サイケデリック・ロック、アヴァンギャルド


“音が語る映画”という挑戦——二人の声、ひとつの混沌、そして未来の音楽へ

『Soundtracks』は、1970年にリリースされたCanの2作目のスタジオ・アルバムであり、その名の通り、複数の映画のために制作された楽曲を集めた“映画音楽集”という特殊な構成を持つ作品である。
しかし、単なるBGMの寄せ集めではない。
ここには、Canというバンドが“音で物語を紡ぐ”という新たな次元に踏み込もうとする試みと、マルコム・ムーニーからダモ鈴木へのヴォーカリスト交代という大きな転換期の痕跡が刻まれている。

サイケ、フリージャズ、ミニマル、東洋音楽……ジャンルの境界を軽々と越えながら、
“何にも似ていない音楽”としてのCanは、このアルバムでさらに自由な方向へと舵を切っていく。


全曲レビュー

1. Deadlock

オープニングは、映画『デッドロック』の主題曲。
東洋的な旋律とエレキギターのメロウなトーンが、虚無と渇きの風景を描き出す。
ここで初登場する新ヴォーカリスト、ダモ鈴木のつぶやきのような歌唱が、早くも唯一無二の存在感を放つ。

2. Tango Whiskyman

ゆるやかなグルーヴと浮遊感ある歌唱が魅力の、幻想的タンゴ・ロック。
ファンクとサイケが絶妙に混ざり合い、Canの“スタイルのなさ”こそがスタイルであることを証明するようなトラック。

3. Deadlock (instrumental)

1曲目のインストバージョン。
ギターとエレピが前景化し、より映画的な余白と緊張が強調される。
“音の静けさ”が生むドラマ性を味わえる短編。

4. Don’t Turn the Light On, Leave Me Alone

ジャジーなコード進行と緊張感のあるリズム。
マルコム・ムーニーによるヴォーカルが最後の輝きを放ち、精神のゆらぎと出口の見えなさをそのまま音にしたような一曲。
即興性と編集の妙が際立つ。

5. Soul Desert

タイトなリズムとループするギターリフが印象的な、ファンキーかつトリップ感あるナンバー。
サウンドは土臭くグルーヴィーだが、歌はどこか浮遊しており、Canらしい矛盾の美が宿る。

6. Mother Sky

13分を超える本作のハイライトにして、Canの美学が極まった大曲。
即興的演奏、繰り返されるドラムパターン、ねじれるギターとヴォーカル。
一見無秩序に見えるが、すべてが内的ロジックに基づいて進行する“音の螺旋”。
中毒性と知的快楽が共存する傑作。

7. She Brings the Rain

アルバムのラストは、Can史上もっとも美しいと言われるジャズ・バラード。
ムーニーのウィスパー・ヴォーカルが繊細に響き、都市の夜、孤独、雨——そういった感情が言葉を超えて溶け出してくる。
映画『カットアップ』の挿入歌として書かれたが、単独で詩としても成立する完成度。


総評

『Soundtracks』は、Canがロックバンドとしての“型”を完全に捨て去り、“音そのものの運動”へと突入するための実験室のような作品である。
形式的にはサウンドトラックだが、内容的にはCan流コンセプト・アルバムの走りとも言える。
ここには、ムーニーの混沌とダモの静けさ、即興と編集、ロックと非ロックがすべて混在しており、
その“未定義さ”こそが、このバンドの本質なのだと気づかされる。

Canは、物語を語らない。
だが、音のうねりそのものが、すでに物語なのだ。


おすすめアルバム

  • Popol Vuh『Aguirre』
     映画音楽とスピリチュアルなミニマルが融合した、クラウトロック的サウンドスケープ。
  • Brian Eno『Another Green World』
     編集美学と断片的イメージの連なり。Canの実験精神に通じる。
  • Kraftwerk『Ralf und Florian』
     より電子的アプローチで音の純粋性を追求した初期クラウトの名盤。
  • Tangerine DreamZeit
     即興と持続音による瞑想的音響。Canの内的世界をより宇宙的に拡張したような感覚。
  • Miles Davis『In a Silent Way』
     ジャズとロック、編集と即興のはざまで新しい音楽を発明した名盤。Canの“精神の親戚”。

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