
1. 歌詞の概要
「Sorted for E’s & Wizz(ソーテッド・フォー・イーズ・アンド・ウィズ)」は、Pulp(パルプ)が1995年にリリースしたアルバム『Different Class』に収録された楽曲であり、同年シングルとしても発表され、UKチャートで2位を記録した。
その挑発的なタイトルと、1990年代レイヴ・カルチャーの栄光と虚無を同時に描いたリリックによって、発表当時から大きな議論と注目を集めた一曲である。
“E’s”とはエクスタシー(MDMA)、”Wizz”はアンフェタミン(スピード)を指し、「Sorted for E’s & Wizz」とは「ドラッグは準備万端、あとは踊るだけ」といった意味合いになる。
だがこの曲は、そうした享楽的なムードを称賛するのではなく、集団的な高揚感の裏にある空虚さ、そして個としての感情の置き去りを、ジャーヴィス・コッカー特有の観察眼で描き出している。
歌詞は、ある若者がレイヴに参加し、音楽とドラッグと無数の他人の中に飲まれながらも、最後には「で、これって何だったの?」という問いに戻ってくる。
それは90年代のUKカルチャーそのものの寓話のようでもある。
2. 歌詞のバックグラウンド
この曲が書かれた背景には、1990年代初頭のイギリスのレイヴ・カルチャーとドラッグ文化の急速な拡大がある。パーティーやフェスティバルで、エクスタシーを使いながら何時間も踊り続けることが、若者たちにとっての“自由”や“自分らしさ”の象徴となっていた。
ジャーヴィス・コッカーはその風景を否定も美化もせず、淡々と語る語り手としての立場をとる。この曲がセンセーショナルだったのは、ドラッグを隠すのではなく、むしろそれを“通貨”のように当たり前のものとして描きながら、それでもどこか冷めた目でその空気を見つめているからである。
タイトルは、ある女性ファンがジャーヴィスに「Sorted for E’s and Wizzって曲、どうなった?」と無邪気に聞いたエピソードからとられたとされる。その無防備さと刹那性が、この曲の空気を象徴している。
また、シングルのジャケットが“ドラッグの折り方”を示したかのように誤解され、大きなメディア批判を受けたことも、この曲をめぐる騒動の一部となった。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に、「Sorted for E’s & Wizz」の印象的な歌詞を抜粋し、和訳を添える。
Oh, is this the way they say the future’s meant to feel?
Or just twenty thousand people standing in a field
これが「未来ってこういうものだよ」って感じなの?
それともただの、野原に立ち尽くす2万人の群衆ってだけ?
And somebody said it’s cool to go out
But I don’t remember what for
誰かが言ってたよ「外に出るのがクール」って
でも、何のためだったかは思い出せない
In the middle of the night
It feels alright
But then tomorrow morning
夜の真ん中では、すごく気持ちよくて
「これだ!」って思えるのに
でも翌朝には――
Oh then you come down
結局、落ちていくんだ
(歌詞引用元:Genius – Pulp “Sorted for E’s & Wizz”)
4. 歌詞の考察
この曲の素晴らしさは、「ドラッグ文化を描く」というタブー的な主題を扱いながら、そのどちらにも傾かず、宙づりの視点から物語を語っていることにある。
主人公はレイヴの熱気と高揚の中にいるが、それが“本当に価値あるものなのか”を問うような距離感を持っている。
最も印象的なラインの一つである「Oh then you come down(結局、落ちるんだ)」は、ドラッグの効果が切れることだけでなく、どんな高揚も必ず終わるという人生の普遍的な構造を示唆している。
それは、社会運動、音楽、恋愛、若さ――あらゆる“上昇”の後に訪れる“下降”を象徴しているのだ。
そして「Just stay in the music」や「Standing in a field」というフレーズには、個が溶けていく不安と、同調圧力の静かな恐怖が込められている。
“自由”だと思っていたものの中に、実は誰も逃れられない枠組みがある。Pulpはその構造を、ポップソングの中に巧みに埋め込んでいる。
(歌詞引用元:Genius – Pulp “Sorted for E’s & Wizz”)
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Common People by Pulp(from Different Class)
階級と欲望を主題にしたPulp最大のアンセム。「Sorted〜」と対になる社会観を感じさせる。 - Born Slippy .NUXX by Underworld
ドラッグ・カルチャーの陶酔と脱力をエレクトロニックに描いた、レイヴ世代の代表曲。 - There Is a Light That Never Goes Out by The Smiths
若さの刹那と死への願望をロマンチックに歌い上げた名曲。虚無の美しさが共鳴する。 -
A Design for Life by Manic Street Preachers
労働者階級の誇りと悲哀を讃えるアンセム。Pulpの社会的視点と相互補完的な関係にある。
6. 陶酔の終わりにあるもの――ポップの仮面をかぶった寓話
「Sorted for E’s & Wizz」は、90年代イギリスの若者文化に対する、一種の挽歌である。
その夜は素晴らしい。でも朝には何も残っていない――
それでも、なぜかまた次の夜を求めてしまう。
その繰り返しの中に、人間の不完全さと希望が垣間見える。
Pulpはこの曲で、「ハイになって踊り狂う」だけの物語ではなく、“その後”を描くことに成功した。
そしてその“後悔”や“無意味さ”をも、笑いとリズムで包んで差し出す。
それがジャーヴィス・コッカーという稀有な作詞家の、冷静な愛情表現なのだ。
「Sorted for E’s & Wizz」は、狂騒の夜を過ごしたすべての人への、ほろ苦いララバイである。
そしてその甘さと苦さは、今も耳元でささやいてくる。
「あれは一体、なんだったのだろう?」と。
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