発売日: 1971年3月19日
ジャンル: フォーク、シンガーソングライター、ダーク・フォーク
愛と憎しみのあいだで——Leonard Cohen、詩人としての頂点を刻んだ“静かなる絶唱”
『Songs of Love and Hate』は、Leonard Cohenが1971年に発表した3作目のスタジオ・アルバムであり、そのタイトルの通り、「愛」と「憎しみ」という人間の根源的な感情を、静謐でありながら残酷なほど赤裸々に描いた作品である。
アレンジは前作『Songs from a Room』よりもやや豊かになり、オーケストラや女性コーラス(特に“Singin’ girls”と呼ばれる子どものような合唱)が導入されているが、それでも中心にあるのは、Cohenの深く低い声と、世界に対する苛立ち、慈しみ、疲労、そして祈りである。
プロデュースは再びBob Johnstonが担当し、よりドラマティックで詩劇的なアプローチが試みられた。
本作は、詩人Leonard Cohenの表現力が最も鋭く、濃密に結実したアルバムとして広く評価されており、現在でも“最も重く、最も美しい”フォーク・アルバムのひとつとして語り継がれている。
全曲レビュー
1. Avalanche
まさに“雪崩”のような、緩やかで崩れていくようなギターと声。痛みや罪、崇高さと劣等感が交錯する、重力のような一曲。
2. Last Year’s Man
美しいストリングスと詩的イメージが交錯する、Cohen流の聖書的寓話。 昨年の男=過ぎ去った自分、あるいは時代の影。
3. Dress Rehearsal Rag
本作中もっとも暗く苛烈な曲。自殺をテーマにした内容が、冷たい語りと不協和音で展開される。 精神の断崖に立つような感覚。
4. Diamonds in the Mine
アルバム内でも異色のアグレッシブなナンバー。怒りと不条理がむき出しになったような歌詞と、エッジの立ったメロディが印象的。
5. Love Calls You by Your Name
愛によって名前を呼ばれる=個として立たされること。存在と孤独の逆説を、静かに語るバラッド。
6. Famous Blue Raincoat
Cohenの楽曲中でも屈指の人気を誇る一曲。手紙という形式で綴られる、三角関係の哀歌。 「あなたの有名な青いレインコート」の一節は永遠に残る。
7. Sing Another Song, Boys(ライヴ録音)
唯一のライヴ収録曲。酔いどれたカフェのような熱と、破れた理想の残り香が漂う、荒涼とした祝祭。
8. Joan of Arc
ジャンヌ・ダルクが炎と語り合うという幻想的なバラッド。女性の自己犠牲と信仰を、Cohenは美しく、しかし痛みを伴って描く。
総評
『Songs of Love and Hate』は、Leonard Cohenが詩人として、そしてシンガーとしても最も鋭く、深く沈んでいった作品である。
それは“闇に飲まれた”のではなく、闇の中にしか見えないものを見ようとする視線によって生まれた音楽。
愛とは何か、憎しみとは何か、赦すとはどういうことか——
そのすべてを、静かに、しかし逃げずに見つめた詩と声がここにある。
夜に聴くべきアルバム、あるいは人生の境界線に立ったときにだけ真正面から受け取れる、痛みと美のマスターピース。
Cohenの深さと孤独に触れるには、これ以上ふさわしい作品はないかもしれない。
おすすめアルバム
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Songs from a Room / Leonard Cohen
さらに削ぎ落とされた静寂の詩。内省と親密さの極地。 -
No More Shall We Part / Nick Cave & The Bad Seeds
重く詩的な愛と信仰をテーマにした、精神性の高い作品。 -
Blue Afternoon / Tim Buckley
愛と孤独、メランコリーの深みに沈むバラッド集。 -
Pink Moon / Nick Drake
沈黙と喪失感が支配する、静謐なフォークの極北。 -
I See a Darkness / Bonnie ‘Prince’ Billy
“暗闇の中で見えるもの”を描く現代のCohen的存在。
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