Smoke of Dreams by Thurston Moore(2017)楽曲解説

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1. 歌詞の概要

『Smoke of Dreams』は、Thurston Mooreが2017年にリリースしたソロアルバム『Rock n Roll Consciousness』に収録されている楽曲であり、同アルバムの中でもとりわけ叙情的で夢幻的なトーンを持った1曲である。タイトルの「Smoke of Dreams(夢の煙)」という詩的な表現が示すように、この曲は記憶、時間、夢と現実のあいまいな境界線を漂うような感覚に満ちており、聴き手を現実から少しだけ浮遊させるような作用を持っている。

歌詞では、過去の記憶と現在が交錯し、都市や文化、音楽そのものへの愛が静かに語られる。具体的な地名や固有名詞は登場しないが、そこにあるのは、かつて自分を形作ったものへの追憶と、それをいまなお抱き続けている感覚だ。夢のようにぼやけた言葉遣いは、ノスタルジックでありながらも、現在の地点から過去を優しく見つめるまなざしが感じられる。

この楽曲の本質は、単なる過去への回帰ではなく、「今もなお燃え続ける夢の残り火」のようなものにある。時間とともに失われていくもの、しかし確かに自分の一部になっているもの。それを煙という曖昧なかたちで描くことで、モーアは記憶と音楽の本質にそっと触れてみせている。

2. 歌詞のバックグラウンド

Thurston Mooreは、ノイズと実験性を追求したSonic Youthの中心メンバーとして長年シーンの最前線に立ってきたが、ソロ活動においてはその感性をより内省的かつ詩的な形で展開している。『Smoke of Dreams』が収録されたアルバム『Rock n Roll Consciousness』は、タイトルにあるようにロックと精神性を結びつけた作品であり、Mooreにとってロックが単なる音楽ジャンルではなく、思考の形式であり、記憶の構造であることを示している。

この時期のMooreは、ロンドンに拠点を移し、Sonic Youth解散後の創作活動を静かに、しかし精力的に進めていた。『Smoke of Dreams』は、パーソナルな記憶と音楽そのものへの愛、そして文化の中で自分がどう生きてきたかをたどる詩的なリフレクションでもある。

また、本作の音楽的プロダクションには、長尺なコード展開、ドローン的なギターの響き、そしてサイケデリックなリズム感が取り入れられており、それによって聴き手は時間や場所の感覚から解き放たれ、言葉以上の感情を感じ取ることができる構造になっている。

3. 歌詞の抜粋と和訳

I dream of dreams
僕は夢の中で夢を見ている

In reverie
物思いにふけるように

I walk the streets
通りを歩きながら

Of memories
記憶の中の街並みを

この冒頭のセクションは、現実と夢、現在と過去が交差するような感覚を穏やかに描いている。「夢の中で夢を見る」という構造そのものが、記憶の再帰性を示唆しており、その中で自分を形作ってきた風景を静かに巡っている。

The smoke of dreams
夢の煙

That drift to sky
空へと漂っていく

They kiss the stars
星に口づけしながら

And say goodbye
そして別れを告げる

この詩的な表現は、思い出が時間の彼方に消えていく様子を、煙と星という象徴を使って美しく描写している。「キス」と「さよなら」の間にある情緒の機微が、この曲の核心的な詩情を形づくっている。

And in the light
そして光の中で

I see your face
君の顔が見える

A sweet reflection
それは優しい残像

Of our place
僕たちの場所の面影

ここでは、かつての関係性、共有した空間が視覚的に想起される。過去の誰かとの関係が、時間を超えて光の中に浮かび上がるという描写は、愛と喪失の両方を優しく受け止めた眼差しを感じさせる。

引用元:Genius – Thurston Moore “Smoke of Dreams” Lyrics

4. 歌詞の考察

『Smoke of Dreams』は、Moore自身の芸術観や人生観がそのまま表れているような楽曲である。詩的でありながら、過剰に難解になることはなく、むしろ夢の中を漂うような抽象性と、私的な記憶の具体性が絶妙なバランスで共存している。

「夢の煙」というモチーフは、触れることができず、かたちにもならないもの——記憶、感情、時間——を象徴しており、それが空に漂い、星にキスし、やがて消えていくという描写には、「今」という瞬間の儚さと、それでも残り続ける記憶の美しさが込められている。

また、この曲はSonic Youth的な実験性から距離を置いているように見えて、実は音の質感や構造の面ではきわめて実験的である。言葉がリスナーに語りかけるというよりは、音と詞の波がゆっくりと重なり合い、内的な風景を描く。それによって、聴く者は自分の記憶と交差するような感覚を得る。

『Smoke of Dreams』は、若さや衝動ではなく、成熟と静かな感受性によって書かれた“記憶の賛歌”であり、同時にThurston Mooreが「今」をどう見つめているかを示す、繊細で雄弁な声明でもある。

5. この曲が好きな人におすすめの曲

  • Don’t Let Our Youth Go to Waste by Galaxie 500
    淡いギターの響きと、青春の残像を描くような歌詞が『Smoke of Dreams』と呼応する。

  • Venus in Furs by The Velvet Underground
    ドローン的でサイケデリックな空間処理、詩的な反復性が共通する。
  • Strange Form of Life by Bonnie “Prince” Billy
    失われた時間や人生の不可解さを、静かな語りとフォーク調のメロディで描いた名曲。

  • Speak to Me/Breathe by Pink Floyd
    夢と現実、記憶と幻想を音の層で描き出す構造が、『Smoke of Dreams』のアプローチに近い。

6. “記憶の音楽”としてのThurston Mooreの新章

『Smoke of Dreams』は、Thurston Mooreが音楽の中に自らの記憶や文化的アイデンティティを閉じ込めるようにして作った楽曲であり、それはまさに「記憶を音にする」という作業そのものだったと言える。

この曲において、Mooreは若き日を過ごした都市、耳にしてきた音楽、交差してきた人々、そしてそのすべてが今もなお“煙のように”自分の意識の中に漂っていることを、言葉と音で表現している。記憶は消えるわけではなく、ただ形を変え、漂い続ける——そんな認識が、この静かで雄大なトラックの中にしっかりと息づいている。

『Smoke of Dreams』は、人生の喧騒を抜けた先で初めて見えてくる風景のような楽曲であり、ロックという形式の中にある“沈黙の力”を改めて実感させてくれる作品である。


歌詞引用元:Genius – Thurston Moore “Smoke of Dreams” Lyrics

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