アルバムレビュー:Psychic Hearts by Thurston Moore

※本記事は生成AIを活用して作成されています。

発売日:1995年7月18日

ジャンル:オルタナティブ・ロック、ノイズ・ロック、インディー・ロック、ポストパンク、アート・ロック、ローファイ

概要

Thurston Mooreの『Psychic Hearts』は、Sonic Youthの中心人物として知られる彼が、1995年に発表した初の本格的なソロ・アルバムである。Sonic Youthは1980年代のニューヨーク・ノーウェーブ/ノイズ・ロックの地下シーンから登場し、変則チューニング、フィードバック、ノイズ、ポストパンク的な反復、アート志向、そしてポップ・ソングへの屈折した接近によって、オルタナティブ・ロックの歴史に大きな影響を与えたバンドである。『Daydream Nation』『Goo』『Dirty』などを通じて、彼らはアンダーグラウンドとメジャー・ロックの境界を揺さぶり、Nirvana以降の1990年代オルタナティブ・ロックの地盤を作った。

『Psychic Hearts』が発表された1995年は、Sonic Youthにとっても重要な時期だった。1994年の『Experimental Jet Set, Trash and No Star』では、彼らは『Dirty』の比較的ストレートなロック・サウンドからやや引き、より断片的で緩い質感へ向かった。そして1995年には、Sonic Youthとして『Washing Machine』を発表することになる。その狭間に置かれた『Psychic Hearts』は、Sonic Youthの延長でありながら、バンドの集合的なアンサンブルから離れ、Thurston Moore個人の声、ギター、ソングライティング、詩的な感覚が前面に出た作品である。

本作は、一般的な意味での「シンガーソングライター・アルバム」ではない。アコースティックな内省や整ったバラードではなく、エレクトリック・ギターのざらつき、反復するコード、ノイズの余白、ルーズなドラム、そしてThurston Moore特有の気だるく、少し無防備なヴォーカルが中心にある。Sonic Youthの中で彼の声が持っていた少年性、皮肉、詩的な浮遊感、アメリカの地下文化への愛着が、ここではより直接的に聴こえる。

録音メンバーとしては、Sonic YouthのSteve Shelleyがドラムを担当し、ベースにはTim Foljahnが参加している。Steve Shelleyの存在によって、アルバムにはSonic Youthに近いリズムの感触が残っている。ただし、Lee RanaldoのギターやKim Gordonの声がないことで、音の重心は大きく変わる。Sonic Youthでは複数の個性が衝突し、緊張関係を作っていたが、『Psychic Hearts』ではThurston Mooreのメロディ、言葉、ギターの揺れが比較的素直に前へ出る。そのため、Sonic Youthよりもポップに聴こえる場面もあれば、逆に未整理で日記的に聴こえる場面もある。

アルバム・タイトルの『Psychic Hearts』は、「精神的な心」「霊的な心」「サイキックな心」といった意味を連想させる。これは本作の空気に非常によく合っている。ここで描かれる感情は、明確な物語として整理されるよりも、都市の地下文化、青春の記憶、恋愛の不安定さ、フェミニズムやアートへの視線、オルタナティブな共同体への愛着として、断片的に立ち上がる。Thurston Mooreの歌詞は、しばしば具体的な意味を一つに固定しにくい。だが、その曖昧さこそが重要である。彼の言葉は、説明ではなく、イメージ、態度、ノイズの中の詩として機能する。

本作で特に重要なのは、1990年代オルタナティブ・ロックの中にある「個人」と「シーン」の関係である。Thurston Mooreは、Sonic Youthを通じてすでにオルタナティブ・ロックの象徴的存在になっていたが、同時に彼は常に地下文化の読者、収集家、支援者、観察者でもあった。『Psychic Hearts』には、スターとしての自己誇示よりも、インディー・ロック、パンク、ノイズ、フェミニスト・アート、若いバンド、ローファイな感性への愛が滲んでいる。これは大きなロック・アルバムというより、地下文化に宛てた個人的な手紙のような作品である。

音楽的には、Sonic Youthのノイズ・ロックをよりシンプルなロック・ソングへ縮めたような曲が多い。ギターはしばしば同じコードやフレーズを反復し、そこにノイズやフィードバックが絡む。だが、曲の骨格は意外なほど明快で、Thurston Mooreのメロディにはポップな親しみやすさもある。これは、彼が単なる実験音楽家ではなく、The Velvet UndergroundThe StoogesTelevisionPatti SmithNeil YoungDinosaur Jr.、Yo La Tengo、Pavementなどとつながる、ギター・ソングライターとしての資質を持っていることを示している。

『Psychic Hearts』は、Sonic Youthの代表作ほど歴史的に大きく語られることは少ない。しかし、Thurston Mooreという人物の個性を理解するうえでは非常に重要なアルバムである。ここには、ノイズへの愛、ポップへの憧れ、地下文化への敬意、フェミニンなイメージへの複雑な視線、青春の残響、そしてギターを鳴らすことそのものへの純粋な喜びがある。Sonic Youthの巨大な文脈から少し離れ、Thurston Mooreの内側にある柔らかく歪んだ心臓を聴く作品である。

全曲レビュー

1. Queen Bee and Her Pals

冒頭の「Queen Bee and Her Pals」は、アルバムの始まりにふさわしく、Thurston Mooreのルーズでざらついたギター・ロック感覚を提示する楽曲である。タイトルの「Queen Bee」は、集団の中心にいる女性、女王蜂的な存在を連想させる。そこに「and Her Pals」と続くことで、中心人物とその周囲の仲間たち、あるいはインディー・シーンの小さな共同体が浮かび上がる。

サウンドは、Sonic Youth的な変則ギターの響きを残しつつ、比較的ストレートなロック・ソングとして進む。Steve Shelleyのドラムはタイトすぎず、曲に自然な推進力を与える。Thurstonのヴォーカルは、力強く歌い上げるというより、言葉を放り投げるように響く。この気だるさが、曲の魅力になっている。

歌詞では、女性的なカリスマ、若者の集団、地下文化の中で形成される力関係のようなものが感じられる。Thurston MooreはSonic Youthにおいても、Kim Gordonという強烈な存在とともに、フェミニズム、アート、パンク、若い女性文化への視線を音楽に取り込んできた。「Queen Bee and Her Pals」は、そうした視線をソロ作品の冒頭で提示する曲として機能している。

2. Ono Soul

「Ono Soul」は、本作の中でも特に重要な楽曲であり、タイトルから明らかにYoko Onoへの参照を含んでいる。Yoko Onoは、前衛芸術、フルクサス、声の実験、John Lennonとの関係、そして長年にわたる誤解と批判の対象として、ロック史と現代美術史の交差点に立つ人物である。Thurston Mooreが彼女の名をタイトルに使うことは、単なる引用ではなく、オルタナティブ・カルチャーにおける女性の前衛性への敬意として読める。

サウンドはメロディアスでありながら、ギターの歪みと反復が曲にざらつきを与える。Thurstonの声は柔らかく、少し夢を見るように響く。Sonic Youthの激しいノイズよりも、ここではポップな輪郭が前に出ているが、曲の中には明確にアヴァンギャルドへの愛がある。

歌詞では、Yoko Ono的な存在、つまり誤解されながらも自分の表現を貫く女性像への接近が感じられる。タイトルの「Soul」は、単に魂という意味だけでなく、彼女の芸術が持つ精神性や内的な強さを示しているようにも聞こえる。ロック史の中でしばしば周縁化されてきた女性前衛アーティストへの視線を、インディー・ロックのメロディに変換した楽曲である。

3. Psychic Hearts

表題曲「Psychic Hearts」は、アルバムのテーマを直接的に示す楽曲である。タイトルの持つサイキックな響きは、言葉では説明しにくい直感、感応、精神的なつながりを連想させる。Thurston Mooreの音楽では、恋愛や友情、アートへの憧れが、しばしば理屈を超えた感覚として表れる。この曲はその中心にある。

音楽的には、ギターの反復とメロディの柔らかさが共存している。ノイズ・ロック的なざらつきはあるが、曲そのものは非常に聴きやすい。Thurstonの歌声は、感情を大きく爆発させるのではなく、内側で揺れる感覚をそのまま出している。そこにSteve Shelleyの安定したドラムが加わり、曲はゆったりとした推進力を持つ。

歌詞では、心と心がどこかでつながるような感覚、あるいは目に見えないエネルギーが人間関係を動かしているような感覚が浮かぶ。これはニューエイジ的な神秘主義というより、インディー・ロック的な直感の言語である。音、視線、雰囲気、地下文化の共有感。そうしたものが「psychic hearts」として表現されている。

4. Pretty Bad

「Pretty Bad」は、タイトルからして皮肉な響きを持つ楽曲である。「かなり悪い」とも、「かわいくて悪い」とも読める曖昧さがあり、Thurston Mooreらしい言葉遊びが感じられる。Sonic Youth以来、彼の歌詞には、かっこよさ、悪さ、無垢さ、皮肉が入り混じった表現が多い。この曲もその延長にある。

サウンドは比較的ストレートなロックで、ギターのざらつきとリズムの勢いが前面に出る。曲は長く複雑に展開するのではなく、短いフレーズと反復によって気分を作る。Thurstonの声は、タイトルの曖昧さと同じように、真剣なのか冗談なのか判別しにくい温度を持つ。

歌詞では、魅力的だが危うい人物、あるいは悪さの中にある美しさが描かれているように聴こえる。オルタナティブ・ロックにおいて「bad」であることは、単なる道徳的な悪ではなく、制度や常識から外れる魅力でもある。「Pretty Bad」は、その外れ方を軽く、しかし印象的に鳴らす曲である。

5. Patti Smith Math Scratch

「Patti Smith Math Scratch」は、タイトルだけでThurston Mooreの文化的な参照点がよく分かる楽曲である。Patti Smithは、詩、パンク、ロック、アートを結びつけた象徴的な存在であり、Sonic YouthやThurston Mooreにとっても重要な先行者である。そこに「Math Scratch」という奇妙な言葉が加わることで、詩的な衝動と構造的なギター・ノイズが接続される。

サウンドはやや実験的で、タイトルの通り、引っかくようなギターの質感が印象的である。Patti Smith的な詩の衝動を、Thurston Moore流のノイズ・ギターへ変換したような曲である。ここでは、歌よりも音の質感や態度が重要になる。

歌詞やタイトルからは、1970年代ニューヨークの詩的パンクと、1990年代オルタナティブ・ロックの地下精神がつながっていることが見える。Patti Smithがロックに詩を持ち込んだように、Thurston Mooreはノイズと変則チューニングを通じて、ロックを別の詩的空間へ押し広げた。この曲は、その系譜への敬意を示す小さな宣言のように響く。

6. Blues from Beyond the Grave

「Blues from Beyond the Grave」は、「墓の向こうからのブルース」という強いタイトルを持つ楽曲である。ブルースという言葉は、悲しみ、嘆き、アメリカ音楽の根源を示すが、Thurston Mooreはそれを伝統的な形式として再現するのではなく、ノイズ・ロック的な感覚でねじ曲げる。ここでのブルースは、12小節の様式ではなく、死後から響くような不気味な感情である。

音楽的には、ギターの歪みと反復が重く響き、曲全体に少し暗い影がある。Thurstonのヴォーカルは、深刻に歌い上げるのではなく、どこか距離を置いたように響く。この距離感が、曲を単なる暗いロックではなく、幽霊のようなユーモアを含むものにしている。

歌詞では、死、記憶、過去から戻ってくる声のようなイメージが感じられる。Sonic Youthの音楽にも、都市の廃墟、古いレコード、消えたサブカルチャーの幽霊のような感覚があった。この曲は、その幽霊性をブルースという言葉で包んだ作品である。

7. See-Through Play / Mate

「See-Through Play / Mate」は、タイトルが二つの断片に分かれているように見える楽曲であり、透明性、遊び、関係性、相手との駆け引きを連想させる。「See-Through」は透けて見えること、隠しきれないことを意味し、「Play / Mate」は遊び相手、仲間、あるいはゲームの中の関係を示す。

サウンドは比較的軽く、ギターのフレーズも過度に重くない。だが、Thurston Mooreらしい不安定なコード感やざらつきがあり、曲には常に少しの違和感が残る。ポップに近づきながら、完全にはポップに収まらない。この中間的な感触が本作の特徴である。

歌詞では、相手の本心が透けて見えるような感覚、あるいは人間関係が遊びのように進みながらも、その裏に本気の感情が隠れている状態が描かれているように聴こえる。Thurston Mooreの言葉は、しばしば意味を曖昧にしながら、イメージだけを強く残す。この曲も、意味よりも質感が重要な楽曲である。

8. Hang Out

「Hang Out」は、タイトル通り、誰かとぶらぶら過ごすこと、たむろすることをテーマにしたような楽曲である。Thurston Mooreの音楽において「hang out」という感覚は非常に重要である。彼の音楽は、劇的な物語や明確なメッセージだけでなく、地下シーンの仲間、レコード店、ライブハウス、アパート、路上で過ごす時間の空気を持っている。

サウンドはルーズで、リラックスしている。ギターは鋭く攻撃するというより、時間を引き伸ばすように鳴る。Steve Shelleyのドラムも、曲を過度に引き締めず、自然に流す。この緩さが、タイトルの「Hang Out」とよく合っている。

歌詞では、特別な出来事ではなく、誰かと一緒にいる時間そのものが中心になっているように感じられる。オルタナティブ・ロックの文化では、こうした「何もしない時間」が非常に重要である。音楽を聴き、話し、歩き、ぼんやりする。その中からシーンや友情が生まれる。「Hang Out」は、その感覚を素朴に鳴らした曲である。

9. Feathers

「Feathers」は、羽根を意味するタイトルを持ち、アルバムの中でも比較的柔らかく、浮遊感のある楽曲である。羽根は軽さ、儚さ、飛翔、落下、触れれば壊れそうな質感を連想させる。Thurston Mooreのギターも、ここでは重く押すというより、空気の中に漂うように響く。

サウンドは穏やかで、メロディにも少し繊細な感触がある。ノイズ・ロックの荒さを期待すると控えめに聴こえるが、こうした柔らかい曲にこそThurston Mooreのソングライターとしての一面がよく出ている。彼はノイズだけでなく、弱い感情や曖昧なイメージをギターで描くことにも長けている。

歌詞では、軽さや壊れやすさ、誰かとの関係の儚さが感じられる。羽根は美しいが、重さを持たない。だからこそ簡単に飛ばされる。この曲は、Sonic Youthの激しい側面とは異なる、Thurston Mooreの詩的で内向的な部分を示す重要な楽曲である。

10. Tranquilizer

「Tranquilizer」は、精神安定剤を意味するタイトルを持つ楽曲である。タイトルからは、鎮静、麻痺、感情を抑えること、あるいは現代生活の不安への対処が連想される。Thurston Mooreの音楽において、ノイズはしばしば感情の過剰を表すが、この曲では逆に、その過剰を鎮めるものがテーマになっている。

サウンドはやや沈んでおり、ギターの響きにも内向きな質感がある。曲は激しく爆発するより、一定のムードを保ちながら進む。鎮静剤というタイトルにふさわしく、音楽は不安を完全に消すのではなく、少しぼんやりさせるような効果を持つ。

歌詞では、不安、疲労、感情の制御、あるいは自己を鈍らせることへの ambivalence が感じられる。安定を求める一方で、鈍くなることへの恐れもある。1990年代オルタナティブ・ロックには、薬物、精神状態、無気力、疎外を扱う楽曲が多く存在したが、「Tranquilizer」もその空気の中にある。ただし、Thurston Mooreはそれを劇的な告白ではなく、気だるいギター・ロックとして提示している。

11. Staring Statues

「Staring Statues」は、「見つめる彫像たち」というイメージを持つタイトルであり、静止、視線、無言の存在感を連想させる。彫像は動かないが、見られているように感じることがある。この曲には、そうした不気味な静けさと観察される感覚がある。

音楽的には、ギターの反復が曲の中心となり、一定の緊張を作る。Thurston Mooreのギターは、ここでも通常のロック・リフというより、音の面を作るように鳴る。ヴォーカルはその上に漂い、言葉は彫像のように硬く残る。

歌詞では、動かないものに見つめられる感覚、都市の中にある無言の圧力、あるいは自分自身が観察対象になっているような意識が読み取れる。Thurston Mooreの世界では、物や場所もただの背景ではなく、精神的な気配を持つ。この曲は、その感覚を静かに表現している。

12. Cindy (Rotten Tanx)

「Cindy (Rotten Tanx)」は、タイトルに名前と括弧付きの奇妙な言葉を含む楽曲であり、人物への呼びかけとパンク的な荒さが同居している。「Cindy」は具体的な女性名として響き、「Rotten Tanx」は腐ったタンク、あるいは意図的に崩した綴りによるノイズ的な言葉として機能する。

サウンドはざらつきがあり、アルバム後半の中でも少し荒い感触を持つ。人物名を冠した曲でありながら、通常のラブソングのような甘さは少ない。むしろ、名前がノイズの中に投げ込まれ、個人的な記憶や地下文化の断片として浮かび上がる。

歌詞では、Cindyという人物への視線、関係の記憶、あるいはパンク的なアイコンとしての女性像が感じられる。Thurston Mooreの歌詞における女性像は、しばしば崇拝、好奇心、アート的な距離感、そしてフェティッシュなイメージが混ざる。この曲も、その複雑さを持った楽曲である。

13. Cherry’s Blues

「Cherry’s Blues」は、タイトルに再びブルースという言葉が登場する楽曲である。「Cherry」は人物名としても、果実のイメージとしても読める。甘さ、赤、青春、性的な象徴、ポップなかわいらしさ。そのようなイメージに「Blues」が結びつくことで、甘さと悲しみが同時に浮かぶ。

音楽的には、伝統的なブルースを演奏するわけではなく、Thurston Moore流のローファイなギター・ブルースとして響く。ギターは少し気だるく、歌も深く沈みすぎず、独特の距離感を保つ。ここでのブルースは、様式というより、名前を持つ誰かにまとわりつく感情の影である。

歌詞では、Cherryという存在に対する感情や記憶が断片的に現れる。Thurston Mooreは、人物名を使うことで、曲を一つの小さなポートレートのようにする。ただし、その人物像ははっきり描かれず、ノイズとメロディの中に滲む。「Cherry’s Blues」は、本作の私的で詩的な側面を強く示す曲である。

14. Female Cop

「Female Cop」は、タイトルの強さが印象的な楽曲である。女性警官というイメージは、権力、制服、ジェンダー、監視、欲望、反抗を同時に呼び起こす。Thurston MooreやSonic Youthの世界では、こうした性と権力が絡むイメージがしばしば登場する。この曲も、その系譜にある。

サウンドは硬く、少し緊張感がある。ギターの質感はラフで、曲全体にポストパンク的な角ばった感触がある。タイトルのイメージと同様に、曲には親しみやすいポップさよりも、少し不穏なムードがある。

歌詞では、女性警官という存在への視線が、単なる描写ではなく、権力と欲望の交差点として機能しているように感じられる。フェミニズム的な読み、フェティッシュな読み、都市的な監視の読みが複数重なる。Thurston Mooreの歌詞はしばしば曖昧だが、この曲ではその曖昧さが、ジェンダーと権力をめぐる不安定なイメージを作っている。

15. Elegy for All the Dead Rock Stars

アルバムの最後を飾る「Elegy for All the Dead Rock Stars」は、20分近い長尺のインストゥルメンタル/ノイズ・ジャムであり、本作の中でも最も異質で重要な楽曲である。タイトルは「すべての死んだロック・スターへの挽歌」を意味し、ロック史そのものへの追悼として響く。これは、単に特定の人物を悼む曲ではなく、ロックという文化が抱える死、神話、消費、記憶への長い瞑想である。

曲は通常のポップ・ソング構造を離れ、ギターの反復、ドローン、ノイズ、フィードバックの中で時間を引き延ばす。ここでは歌詞による説明はほとんど重要ではない。ギターが、死んだロック・スターたちの幽霊を呼び出すように鳴る。Thurston Mooreにとって、ロックの歴史は単なる名盤リストではなく、死者、レコード、神話、地下文化、失われた声の集積である。

この曲がアルバムの最後に置かれていることで、『Psychic Hearts』は単なるギター・ロック曲集ではなく、ロック文化そのものへの個人的な挽歌として終わる。Sonic Youthが常にロックの歴史を解体し、再構成してきたことを考えると、この長尺曲はThurston Mooreの美学を非常に直接的に示している。ポップ・ソングの後に、言葉を超えたノイズの墓地が広がる。この構成は、本作の詩的な余韻を大きくしている。

総評

『Psychic Hearts』は、Thurston Mooreのソロ・アルバムとして、Sonic Youthの延長線上にありながら、より個人的で、ルーズで、詩的な作品である。Sonic Youthのようなバンド内の緊張関係や複数の声の衝突は少ないが、その代わりに、Thurston自身のギター、声、文化的な参照、地下シーンへの愛着が前面に出ている。これはSonic Youthの縮小版ではなく、Thurston Mooreという人物の内面と趣味、記憶、フェティッシュ、敬意が詰まったアルバムである。

本作の最大の魅力は、ノイズとポップの曖昧なバランスにある。曲の多くは比較的シンプルなロック・ソングとして成立しているが、ギターの音色、チューニング、反復、フィードバックによって、常に通常のオルタナティブ・ロックから少しずれた場所にある。Thurston Mooreは、ポップなメロディを完全に破壊するのではなく、ノイズの薄い膜で包む。その結果、曲は親しみやすくもあり、不安定でもある。

歌詞の面では、Yoko Ono、Patti Smith、女性的なアイコン、ロック・スターの死、ブルース、地下文化、都市の断片が繰り返し現れる。これらは明確な物語へ整理されるのではなく、Thurston Mooreの文化的記憶として並べられる。彼はロック・スターとして自己を大きく見せるのではなく、むしろロックやアートの歴史を愛する聴き手、収集家、参加者として歌っている。そこが本作の親密さにつながっている。

また、本作は1990年代オルタナティブ・ロックの空気を非常によく反映している。メジャー化したオルタナティブ・ロックの中で、Thurston Mooreは大きな商業的ロックではなく、ローファイで、ノイズを残し、地下文化への参照を隠さない作品を作った。これは、当時のインディー・ロック、ライオット・ガール、ノイズ、アート・パンク、ローファイ・シーンの気配ともつながっている。『Psychic Hearts』は、1990年代半ばのオルタナティブ文化の小さな地図のようなアルバムでもある。

一方で、本作はSonic Youthの代表作のような緊張感や構成美を求めると、やや散漫に感じられる部分もある。曲によってはルーズで、歌も不安定で、アルバム終盤の長尺ノイズ曲は聴き手を選ぶ。しかし、その散漫さは、本作が個人的なソロ作品であることと深く関係している。完成されたロック・アルバムというより、Thurston Mooreのノート、手紙、スケッチ、追悼、憧れが集まった作品として聴くべきである。

日本のリスナーにとって『Psychic Hearts』は、Sonic Youthをある程度聴いた後に触れると、より理解しやすい作品である。『Daydream Nation』や『Goo』のような代表作と比べると地味だが、Thurston Mooreの個性、特にギターの揺れ、気だるいメロディ、アートや女性前衛への参照、ノイズへの愛を深く知ることができる。オルタナティブ・ロック、ノイズ・ロック、ローファイ、PavementやDinosaur Jr.周辺のギター音楽に関心があるリスナーにも響きやすい。

『Psychic Hearts』は、派手なソロ・デビューではない。むしろ、地下文化の中で育ったギタリストが、自分の好きなもの、気になる名前、死者への想い、少し歪んだ恋愛感覚、そしてギターのノイズを一枚にまとめた作品である。美しく整った心ではなく、サイキックに反応し、歪み、ざらつき、誰かの名前に引き寄せられる心。その不安定な心臓の鼓動が、本作の本質である。

おすすめアルバム

1. Daydream Nation by Sonic Youth

Sonic Youthの代表作であり、ノイズ・ロック、ポストパンク、アート・ロック、インディー・ロックの要素が巨大なスケールで結実した名盤である。Thurston Mooreのギターと声を、バンド全体の緊張関係の中で聴くことができる。『Psychic Hearts』の背景を理解するうえで欠かせない作品である。

2. Goo by Sonic Youth

Sonic Youthがメジャー・レーベルへ移行した時期の重要作であり、ノイズとポップの接近がより明確になっている。Kim Gordon、Lee Ranaldo、Thurston Mooreの個性がバランスよく表れ、1990年代オルタナティブ・ロックへの影響も大きい。『Psychic Hearts』のポップな側面と比較しやすい作品である。

3. Dirty by Sonic Youth

Butch Vigのプロデュースにより、Sonic Youthのノイズ・ギターがよりロック的な迫力を持って提示された作品である。『Psychic Hearts』よりも攻撃的で、90年代オルタナティブ・ロックのメインストリーム化とSonic Youthの実験性が交差している。Thurston Mooreのギター・ロック面を理解するうえで重要である。

4. Bug by Dinosaur Jr.

J Mascisの轟音ギター、気だるいヴォーカル、メロディアスなインディー・ロックが結びついた作品である。Thurston Mooreのソロ作にある、ノイズとメロディ、脱力した歌唱、ギターの質感に関心があるリスナーには相性が良い。1980年代末から90年代オルタナティブへの流れを理解するうえでも有効である。

5. Crooked Rain, Crooked Rain by Pavement

1990年代インディー・ロックの脱力感、皮肉、ローファイなメロディ感覚を代表する作品である。『Psychic Hearts』のルーズなソングライティングや、地下文化的な軽さと響き合う。Sonic Youthほどノイズは強くないが、90年代インディーの空気を比較するうえで重要な一枚である。

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