Sheela-Na-Gig by PJ Harvey(1992)楽曲解説

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1. 歌詞の概要

PJ Harveyによる「Sheela-Na-Gig」は、1992年のデビューアルバム『Dry』に収録された一曲で、彼女のキャリア初期を象徴する、怒りと挑発、そして皮肉に満ちた名曲である。

この楽曲は、女性の身体、性、そして社会的な規範に対する激しい反発をテーマにしている。
タイトルに使われている“Sheela-na-gig”とは、ケルト文化圏に見られる中世の石像であり、大きく開いた女性器を強調した姿で建造物に彫られている。通説では「女性の生と死、力と恐怖を象徴するもの」とされ、忌避と崇拝の両義性を孕んでいる存在だ。

Harveyはこの象徴をタイトルに据え、自らの身体と性に対する他者の視線――とりわけ男性からのジャッジメント――を拒絶し、徹底的に自律した女性像を描き出す。

歌詞中で繰り返される「Put on that dress」は、社会が女性に対して課す「こうあるべき」という役割を指しており、Harveyはそれに対して「私は私のままでいる」と強く歌う。

2. 歌詞のバックグラウンド

「Sheela-Na-Gig」は、PJ Harveyがまだ若干22歳のときに発表された楽曲で、彼女の怒れるフェミニズム、文学的知性、そして音楽的ラディカリズムをいかんなく発揮した作品である。

当時のUKインディ・シーンでは、まだまだ女性アーティストがセクシュアリティや身体を直接的に語ることは少なく、それらはしばしば「危険」「不適切」として扱われていた。

しかしHarveyは、自らの身体を恥じることなく、むしろその“見せること”自体を政治的行為に昇華してみせた。

アルバム『Dry』全体が持つ“生の感触”と“ざらついた情念”は、録音技術の素朴さも相まって、聴き手に鋭く刺さる。

本楽曲の衝撃的なタイトルと、それに見合う露骨でありながらも極めて知的な歌詞構造は、PJ Harveyが単なる「怒れる女性」ではなく、深い思索と美学を持ったアーティストであることを如実に物語っている。

3. 歌詞の抜粋と和訳

以下に、「Sheela-Na-Gig」の象徴的な一節を紹介する。出典は genius.com より。

I’m gonna wash that man right out of my hair
 あの男の痕跡なんて、髪ごと洗い流してやる

I’m gonna take my hips to a man who cares
 この身体は、ちゃんと見てくれる男に向けるわ

Sheela-na-gig, Sheela-na-gig
 シーラ・ナ・ギグ、シーラ・ナ・ギグ

You exhibitionist
 見せたがりだって言うんでしょ?

Gonna wash that man right out of my hair
 その男なんて、私の中から跡形もなく消し去ってやる

この歌詞は、女性の身体を「見せること」と「所有されること」の間にある緊張感を鋭く描き出している。

「見せたがり(exhibitionist)」という言葉は、女性が自らの身体性を肯定しようとするたびに貼られるスティグマを皮肉に用いており、Harveyはその烙印すら逆手に取って力に変えている。

4. 歌詞の考察

「Sheela-Na-Gig」は、フェミニズム文学や思想に触れてきた読者にとって、多層的な意味を含む作品である。

まず、“Sheela-na-gig”という彫像そのものが持つアンビバレントな意味――崇拝と恐怖、性と死、恥と力――を読み解くことで、この曲の深度が一層増してくる。

Harveyはその古代の女性像を現代に召喚し、「女はただ見せ物ではない」「女の身体は恥ではない」と強く主張している。

さらに「Put on that dress」という繰り返しは、女性らしさを押し付ける社会への反発でもある。

相手(=男性)のために着飾ること、受け入れられるために自分を変えること。Harveyはそれを拒絶し、逆に自分の“むき出しの感情と身体”を武器にする。

つまり、この曲は「見せること(エクスヒビション)」を恐れないどころか、それを主体的に選び取ることで、女性が持つ本来の力を奪い返すという行為なのだ。

当時のUKロック界において、ここまで露骨かつ知的に女性の性と主体性を描いた作品は稀有であり、その意味で「Sheela-Na-Gig」は、ジェンダーと音楽の表現の可能性を広げた歴史的なトラックである。

5. この曲が好きな人におすすめの曲

  • Dress by PJ Harvey
     同じく『Dry』に収録された代表曲で、女性らしさと社会の期待についてのメタファーが秀逸。

  • Rid of Me by PJ Harvey
     より攻撃的で挑戦的なサウンドと、関係性の暴力性を描く歌詞が強烈。Harveyのラディカルな面が最大限に発揮されている。
  • Rebel Girl by Bikini Kill
     90年代フェミニズム・パンクの代表曲で、性と力を再定義する女性像を強烈に提示。

  • Glory Box by Portishead
     セクシュアリティと自己肯定の葛藤をしっとりと描いたトリップホップの名曲。

  • Me and a Gun by Tori Amos
     性暴力の記憶と自己回復を静かに、しかし生々しく歌う一人語りのバラード。

6. “女性を見せる”という行為の再定義 ― 視線と主導権の奪還

「Sheela-Na-Gig」は、90年代オルタナティブ・ロックのなかでも、特に“視線”と“身体性”というテーマにおいて先鋭的な位置を占める楽曲である。

女性が見られる存在であるという歴史的構造の中で、「あえて見せる」ことでその構造を逆転させようとするHarveyの戦略は、単なるプロボカティブなアティチュードではない。

それは、身体を恥とされ、語ることを禁じられてきた女性たちの記憶を、声と音で解放する行為なのだ。

シーラ・ナ・ギグは、歴史のなかで教会の壁や門に封じ込められてきた“女性の力”の象徴である。
Harveyはその像を、ギターとともに叫び、再び音の中に甦らせた。

「Sheela-Na-Gig」は、その象徴を通して、私たちに問いかける――
女の身体は恥ずべきものなのか?
見せることは敗北なのか?
声を上げることは挑発なのか?

その答えは、この楽曲のひとつひとつのフレーズに、すでに刻み込まれている。
見せるという行為は、奪われるためのものではなく、奪い返すための武器にもなり得るのだ。

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