アルバムレビュー:Separations by Pulp

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発売日: 1992年6月19日(録音:1989年)
ジャンル: シンセポップ、ゴシック・ロック、アシッド・ハウス、ブリットポップ(萌芽期)


分裂と変容のはざまで——“ポップ前夜”のパルプが見せた過渡の肖像

『Separations』は、イギリスのバンドPulpが1989年に録音しながらも、諸事情により1992年までリリースされなかった3作目のスタジオ・アルバムである。
当時のPulpはまだ商業的成功とは無縁であり、本作はバンドの方向性が決定的に変わる“変身の助走期間”とも言える作品である。

アルバムは大きく前半と後半でサウンドの傾向が分かれている。
A面ではニューウェーブやゴシック・ロック的な影の濃いシンセ・ポップが展開され、B面ではアシッド・ハウスやダンス・ミュージックの影響が色濃く反映されている。
この両極性が“Separations(分離)”というタイトルに象徴されるように、音楽的・精神的な二重性を強く意識させる。

Jarvis Cockerのリリシズムと皮肉、性的な緊張感、ドラマティックな語り口といったPulpの核はすでに芽生えており、
のちの『His ‘n’ Hers』『Different Class』への布石として聴くことで、本作の位置づけがより明確になるだろう。


全曲レビュー

1. Love Is Blind
アルバムの幕開けを飾るドラマティックなシンセ・ポップ。
「愛は盲目」という普遍的なテーマを、コッカー特有のねじれた情念で描く。
スロウビルドな構成とゴシック的な雰囲気が印象的。

2. Don’t You Want Me Anymore?
不安定な感情と失われた関係を綴ったバラード。
繊細なメロディとJarvisの吐息混じりの歌唱が、病的なまでの喪失感を強調する。

3. She’s Dead
衝撃的なタイトルと共に、バンド初期のダークな側面が露わになるナンバー。
80年代UKゴスの影響を感じさせる不穏なコード進行と冷ややかな語り。

4. Separations
タイトル曲。愛と執着、切断のメタファーをドラマティックに展開。
オルガンとシンセによる揺らぎが、物理的にも精神的にも“距離”を感じさせる。

5. Down by the River
内省的なリリックと淡々としたサウンドが、初期Pulp特有の無気力さと退廃を表現。
繰り返しの中に沈み込むような構成が特徴。

6. Countdown
アルバム後半のダンス路線への転換点。
アシッド・ハウスやエレクトロの影響が色濃く、テンションの高いシンセとビートが展開される。
Jarvisの語り口は相変わらずドラマティックで、冷めた激情が宿る。

7. My Legendary Girlfriend
ファンの間で特に人気の高い一曲。
ダンス・ビートと朗読的ボーカルが交差し、恋愛幻想と現実の乖離を描く名曲。
のちのPulp的文体の確立を感じさせる。

8. Death Comes to Town
シリアスなテーマとポップなビートが交錯するアイロニカルなトラック。
死を擬人化し、都市との距離感をメタファーとして用いた実験性の高い楽曲。

9. Countdown (Extended Version)
6曲目のロング・バージョン。クラブ向けに再構築された構成で、Pulpが90年代クラブ文化への適応を模索していた痕跡が窺える。


総評

『Separations』は、Pulpというバンドが“影”から“光”へと転じる直前の、混沌と試行錯誤の記録である。
前半の陰鬱なシンセポップと、後半のアシッド・ダンスの融合は、当時のUK音楽シーン(ニューウェーブ終焉とレイヴ文化の勃興)ともリンクしており、
音楽的にも文化的にも“変化の狭間”を生きた作品として読み解くことができる。

Jarvis Cockerのリリックは、この段階ですでに高い言語感覚とユーモア、ペーソスを備えており、のちの代表作での開花を予感させる。
“Separations”という名のもとに分断された音楽スタイルは、やがて『His ‘n’ Hers』で有機的に融合し、Pulpが英国の中心に躍り出る契機となる。

『Separations』は、終わりかけた時代と始まりゆく時代の間で、静かに叫び続ける“異形のポップ”なのである。


おすすめアルバム

  • His ‘n’ Hers / Pulp
    次作にしてブレイクのきっかけ。『Separations』で模索された要素が一気に結実する名盤。
  • Low-Life / New Order
    シンセ・ポップとダンスの融合を洗練された形で提示した作品。『Separations』後半との共鳴が強い。
  • Dare / The Human League
    80年代UKシンセポップの代表作。Pulpの前半路線のルーツとして。
  • Foxbase Alpha / Saint Etienne
    アシッド・ハウスとインディー・ポップの混交。90年代初頭の“クラブとギターの境界”を象徴する。
  • Suede / Suede
    ブリットポップ初期の感傷と退廃を描いた名作。Pulpの“感情の演劇性”と共振する。

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