発売日: 2016年9月9日
ジャンル: インディーフォーク、オルタナティヴ・ロック、ローファイ
静けさに潜むいびつさ——Wilcoが描く“日常の内側”の断片集
前作Star Warsがノイズと即興性を軸にした“ガレージロック的な衝動”のアルバムだったのに対し、翌年発表されたSchmilcoは、その真逆ともいえる“静寂と内省”に満ちた作品である。
タイトルはハリー・ニルソンの『Nilsson Schmilsson』へのオマージュともいわれており、ユーモアと屈折した感情の入り混じるWilcoらしい皮肉が込められている。
アコースティックを基調としながらも、音は決して温かくはない。
むしろ無音に近い静けさの中で、自己嫌悪、子供時代の傷、孤独、不信といった感情がぽつぽつと語られていく。
本作の真の主役は「不在」であり、「間」であり、「何も起きないこと」の豊かさなのだ。
ジェフ・トゥイーディはここで、自身の記憶と心象風景を淡く歪んだレンズで覗き込みながら、ポップでもロックでもない“Wilcoという個人”を記録している。
全曲レビュー
1. Normal American Kids
回想的なフォークソング。
「普通のアメリカの子供たちが怖かった」というラインに、すでにアウトサイダー的感覚がにじむ。
2. If I Ever Was a Child
軽やかなアコースティックとハーモニーが特徴的。
だが歌詞は、過去に対する不信感と、今の自分が“かつての自分”だったかどうかという問いを孕む。
3. Cry All Day
繰り返されるフレーズが心地よく、乾いたメロディに滲む哀しさが際立つ。
涙と諦念のあいだにある穏やかな感情を描く。
4. Common Sense
変拍子と不穏なコード進行が印象的な異色曲。
理性と狂気、言葉と音の断絶を感じさせるような構成。
5. Nope
カントリー風のギターが響く、皮肉めいた一曲。
「Nope」としか言わない拒否の態度が、逆に何かを求めるようにも聴こえる。
6. Someone to Lose
アルバム内では比較的ポップな楽曲。
「失う相手がいること」こそが恐怖であるという逆説的な感情を歌っている。
7. Happiness
明るいタイトルとは裏腹に、内容は不穏。
幸福を疑い、受け入れられない自己像が浮き彫りになる。
8. Quarters
一見つぶやきのような、ミニマルなメロディと断片的な歌詞。
「クォーター(25セント硬貨)」にまつわる記憶と孤独の連なり。
9. Locator
アコースティック主体ながら、ざらついた音像と繰り返されるリフが中毒性を持つ。
自己を見つけようとする、あるいは監視される感覚がテーマ。
10. Shrug and Destroy
ため息のようなギターとメロディ。
「無関心」という名の防衛反応をテーマにした、静かな敗北の歌。
11. We Aren’t the World (Safety Girl)
1980年代のチャリティーソングを意識したようなタイトル。
しかし歌詞は自己防衛と皮肉に満ちた、Wilco流の“非・救済の歌”。
12. Just Say Goodbye
アルバムのラストにふさわしい、静かな別れの曲。
別れの場面ではなく、その感情だけが静かに漂う。
総評
Schmilcoは、Wilcoが“音楽”そのものよりも“存在”に耳を澄ましたような、異質で繊細な作品である。
音数は少なく、旋律も控えめ。だがその“何もないように見える”場所にこそ、感情の原石が埋まっている。
それは、現代の音楽における過剰さに対する静かな抗議であり、また、Wilcoというバンドが「どう聴かれるか」より「何を手放さないか」を問い続けた証でもある。
無防備で、不器用で、けれど誠実な12曲——そこに宿るのは、“耳をすませば聞こえてくる”内なる声なのだ。
おすすめアルバム
-
Carrie & Lowell by Sufjan Stevens
——死と記憶をテーマにした、静けさに宿る美しさの極地。 -
I See a Darkness by Bonnie ‘Prince’ Billy
——曖昧な感情と孤独をミニマルに描いたフォークの金字塔。 -
Sky Blue Sky by Wilco
——穏やかさの中にある傷と回復の記録。Schmilcoの兄弟作とも言える。 -
Either/Or by Elliott Smith
——静かなメロディと自己嫌悪が交差する、ウィスパーロックの名作。 -
Devotion by Beach House
——ドリーミーな音像と内省的なリリックが織りなす耽美な作品。
コメント