Saints by The Breeders(1993)楽曲解説

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1. 歌詞の概要

「Saints」は、The Breedersが1993年に発表したセカンド・アルバム『Last Splash』に収録された楽曲であり、アルバムの中でも特に明るく、陽性のエネルギーに満ちた一曲である。これまでのThe Breedersの作品に漂っていた退廃的で内省的なムードとは異なり、「Saints」は開けた空気とストレートな喜びにあふれ、ロックンロールの自由さと祝祭感を体現している。

歌詞の内容は、複雑な比喩や物語を廃し、夏の日の遊びや街の風景、アイスクリーム、バンドの演奏といった日常の断片をコラージュのように並べたものである。抽象性の高い作品が多い中において、「Saints」は**ひとつの光景、あるいは感覚的な“瞬間”**をストレートに表現した稀有な曲と言える。

その語り口は無邪気で、どこか子供っぽささえあるが、そこにはキム・ディール特有の**反骨精神と茶目っ気がにじんでいる。**陽気でありながらも、どこか壊れやすく、過剰なものを拒否するような美学が、この短い楽曲には凝縮されている。

2. 歌詞のバックグラウンド

「Saints」は、The Breedersのアルバム『Last Splash』の中でも、ポップで親しみやすい側面を代表する楽曲であり、同年にはシングルとしてもリリースされた。
タイトルの“Saints(聖人たち)”という言葉は、歌詞の中であからさまな宗教的意味合いを持って用いられているわけではない。むしろ、都市の中に生きる自由で無垢な存在、ロックの祝祭をともにする仲間たちを、皮肉と愛情を込めて“聖人”と呼んでいるような感覚すらある。

アルバムの中には、実験性や内面性の強い楽曲が多く含まれているが、「Saints」はそれらとは一線を画し、リスナーの耳を開放するような軽やかさと衝動性に満ちている。この曲がアルバムの後半に配置されていることは、作品全体の構成においても、まるで曇天の中に差し込む一条の光のような効果を生み出している。

ライブでも人気の高いこの楽曲は、演奏されるたびに観客と一体となる瞬間をつくり出し、The Breedersの**“ロックバンドとしての身体性”**を象徴する存在にもなっている。

3. 歌詞の抜粋と和訳

英語原文:
“Summer is ready when you are
Saints go marching in
I know that I can’t take it no more
I know you like the fair
I know you like the fair”

日本語訳:
「夏はあなたの準備ができたときに始まる
聖人たちは行進してる
もう耐えられないって分かってる
あなたが祭りが好きなのも知ってる
あなたがフェアが好きなのも分かってる」

引用元:Genius – Saints Lyrics

ここに描かれているのは、夏という時間そのものが感情の解放と結びついている瞬間であり、きらめきと切なさが入り混じる“日常の祝祭”の風景である。「Saints go marching in」はゴスペルとしても有名なフレーズだが、ここでは宗教的荘厳さよりも、ポップカルチャーの文脈における自由で享楽的なモチーフとして用いられている。

4. 歌詞の考察

「Saints」は、The Breedersの作品群の中では例外的なほど、感情の解放と幸福感が前景化された楽曲である。それはまるで、キム・ディールが一時的に心のフィルターを外し、素のままの喜びや欲望を音にして吐き出したかのような印象を与える。

ここでは、内面の混乱や複雑なテーマが抑えられ、夏の日の自由さや、フェアグラウンドの喧騒、都市のカオスの中で生きる楽しさが描かれている。それは大人の目線というより、むしろ思春期の一瞬を切り取ったような詩情であり、ノスタルジアにも似た感覚を生む。

だが、それがただの“明るい歌”にとどまらないのは、歌声やサウンドの背後にあるわずかなざらつきや躊躇、あるいは何かを失った後の解放といった感情が、聴き手に薄く覆いかぶさってくるからである。
この“明るさのなかの影”こそが、The Breedersの音楽に深みを与えている。

5. この曲が好きな人におすすめの曲

  • Debaser” by Pixies
     キム・ディールが在籍していたPixiesによる、カオスと快楽が混ざり合う代表曲。

  • Cannonball” by The Breeders
     より実験的で破壊力のあるサウンドだが、同じく衝動と遊び心が共存している。

  • “Add It Up” by Violent Femmes
     日常の苛立ちと爆発をそのままぶつけた、青春のエネルギーを象徴する曲。

  • Divine Hammer” by The Breeders
     軽やかさと比喩の多義性を併せ持つポップで哲学的な楽曲。

  • Here Comes Your Man” by Pixies
     親しみやすく明るいメロディと、どこか捻れた世界観のバランスが秀逸。

6. “祭り”のなかに潜む反抗と無垢

「Saints」は、The Breedersにとっても数少ない“陽”のモードが全開になった楽曲であり、そこには日常の中でふいに立ち上がる解放感と、街の中で生きる者の祝祭的なエネルギーが満ちている。

だがその明るさは、単なる楽観主義ではない。むしろ、現実の苦味や混乱を知った上で、それでもなお**“音楽の中で踊ること”を選んだ姿勢**が、この曲には宿っている。

キム・ディールは「聖人たちが行進する」と歌うが、その“聖人”とは、社会の中で清く正しくある者ではなく、自由と感覚のままに生きようとする無名の人々かもしれない。だからこそ、この曲は明るく、切なく、そしてどこまでもリアルなのだ。

「Saints」は、自由に揺れる感情と音楽の祝祭を表現した、90年代インディ・ロックの純粋なマニフェストである。
それは、無邪気で、やかましくて、愛おしい。
まるで、夏の始まりのように。

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