1. 歌詞の概要
「Run to the Hills」は、Iron Maidenが1982年に発表した3rdアルバム『The Number of the Beast』に収録され、同年シングルとしてもリリースされた代表的楽曲である。歌詞のテーマは、アメリカ先住民とヨーロッパからの入植者の衝突を描いたものであり、単なるファンタジーではなく歴史的な悲劇を題材にしている。
歌詞は二つの視点から構成されている。第一の視点は、ヨーロッパから新大陸にやってきた白人入植者の立場であり、「土地を奪い、資源を求めて侵略する」姿を描く。第二の視点は、虐げられた先住民の立場であり、「土地を追われ、虐殺される」苦悩を歌う。そしてサビでは「丘へ逃げろ（Run to the Hills）、命を守れ」と呼びかけることで、虐殺から逃れる必死の姿が強調されている。
メロディックでキャッチーなフックを持ちながら、実際には極めて重いテーマを扱っており、Iron Maidenの音楽的・思想的な深化を示す重要曲である。
2. 歌詞のバックグラウンド
1980年代初頭、Iron MaidenはNWOBHM（ニュー・ウェイヴ・オブ・ブリティッシュ・ヘヴィメタル）の中心的存在として急速に地位を固めていた。1981年にはボーカルがポール・ディアノからブルース・ディッキンソンへ交代し、より演劇的で力強い歌唱力を獲得した。「Run to the Hills」はその成果を象徴する最初のシングルであり、チャートでも成功を収め、バンドを国際的な舞台へ押し上げた。
歌詞の題材となったのは、アメリカ大陸における先住民の悲劇である。ハリス（ベース／作曲者）は単なる歴史の再現ではなく、「侵略する側」「虐げられる側」という二つの視点を交互に描くことで、歴史の暴力性とその普遍性を浮かび上がらせた。これによって「Run to the Hills」は単なるヘヴィメタルの楽曲を超え、「社会的メッセージを持つロックアンセム」としての地位を確立した。
ライブでは必ずといっていいほど演奏され、観客が大合唱するサビはIron Maidenのコンサートの象徴的瞬間となっている。
3. 歌詞の抜粋と和訳
（歌詞引用元：Iron Maiden – Run to the Hills Lyrics | Genius）
White man came across the sea
白人は海を越えてやってきた
He brought us pain and misery
彼らがもたらしたのは苦痛と惨禍だった
He killed our tribes, he killed our creed
彼らは我らの部族を殺し、信仰をも奪った
He took our game for his own need
彼らは自らの欲望のために我らの獲物を奪った
Run to the hills, run for your lives
丘へ逃げろ、命のために走れ
このサビはシンプルであるが、迫り来る暴力と逃走の必死さを直接的に表現しており、聴衆に強烈な印象を与える。
4. 歌詞の考察
「Run to the Hills」は、Iron Maidenの楽曲の中でも特に社会的・歴史的なテーマを真正面から扱った作品である。欧州からの入植者による先住民への迫害と虐殺はアメリカ史の暗黒面であり、歌詞はその現実をシアトリカルに再現している。
注目すべきは、曲が「一方的な告発」ではなく、加害者と被害者の両方の視点を提示している点である。これにより、聴き手は歴史を単純な善悪ではなく「構造的暴力」として捉えることができる。特に「Run to the Hills」という呼びかけは、先住民の悲痛な叫びとして響く一方で、人間が繰り返してきた逃亡と生存の普遍的テーマを象徴している。
音楽的には、スティーヴ・ハリスのギャロッピング・ベースが曲全体を疾走させ、ブルース・ディッキンソンの力強い高音が歌詞の緊張感を倍加させている。メロディックでキャッチーでありながら、重いテーマを伝えることに成功した点で、この曲はメタル史に残る重要作といえる。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- The Trooper by Iron Maiden
クリミア戦争をテーマにした歴史的楽曲で、戦場の兵士の視点を描く。 - Hallowed Be Thy Name by Iron Maiden
同アルバム収録の大作で、死を目前にした人間の哲学的内面を描く。 - Children of the Grave by Black Sabbath
戦争と若者の反抗をテーマにした社会派メタル。 - Holy Diver by Dio
ドラマティックな歌詞とパワフルな歌唱が共通する。 - 2 Minutes to Midnight by Iron Maiden
核戦争をテーマにした楽曲で、社会的メッセージ性が強い。
6. メタルにおける歴史と社会批評の金字塔
「Run to the Hills」は、Iron Maidenがヘヴィメタルを単なる暴力的サウンドにとどめず、「歴史や社会を批評する芸術」として確立させた重要曲である。先住民迫害という重いテーマを、キャッチーかつ壮大なメロディに乗せて普遍的なアンセムに昇華した点に、この曲の普遍性と影響力がある。
現在でもライブで必ず演奏される名曲であり、聴衆の大合唱によって「歴史を忘れまい」という力強いメッセージが共有される。「Run to the Hills」は、Iron Maidenの音楽的・思想的成熟を示すと同時に、メタル史における最重要アンセムのひとつとして輝き続けているのである。
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