※本記事は、TuneSightに登場する架空のライターによる創作対談です。
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R.E.M.ほど「インディーからメジャーへ」という物語を単純な裏切りや成功譚にしなかったバンドは少ない。1983年の『Murmur』で米国カレッジ・ロックの象徴となり、I.R.S. Records時代に独自の聴衆を築いた彼らは、1988年にWarner Bros.へ移籍。その後「Losing My Religion」「Everybody Hurts」「Man on the Moon」などを通じて世界最大級のロック・バンドへ成長した。それでもR.E.M.には、巨大な成功のために初期の価値観を完全に作り替えた印象が薄い。Michael Stipeの曖昧な歌詞、Peter Buckの非ヒロイックなギター、Mike Millsの旋律的なベースとコーラス、Bill Berryの実直なリズム。そして地元シーンや政治的態度を含めた、バンドを一つの共同体として扱う感覚は長く残った。今回はAlex、Sophie、Marcusの3人が、R.E.M.がなぜアンダーグラウンドの倫理を捨てずに大衆性を獲得できたのかを考える。
- R.E.M.にとって「インディー」は音のジャンルではなかった
- 『Murmur』はなぜ「分かりにくい」のに閉じていなかったのか
- Athensという「地方性」を消さなかったこと
- Peter Buckはなぜ「ギター・ヒーローにならないこと」を武器にできたのか
- Michael Stipeの曖昧な歌詞はなぜ大衆性の障害にならなかったのか
- I.R.S.時代は「メジャーへの準備期間」ではなかった
- Warner Bros.移籍は「裏切り」ではなく何を変えたのか
- 「Stand」はなぜ軽すぎるのにR.E.M.らしいのか
- 『Out of Time』で「Losing My Religion」が巨大ヒットになった矛盾
- 「Shiny Happy People」はアンダーグラウンド倫理への裏切りだったのか
- 『Automatic for the People』はなぜ静かなのに世界的な作品になったのか
- 「Everybody Hurts」はなぜベタなのに陳腐にならなかったのか
- 『Monster』でなぜ突然ギターを巨大化したのか
- Bill Berry脱退後に「バンドの倫理」は壊れたのか
- 政治的態度はなぜ説教臭さだけに終わらなかったのか
- R.E.M.は「オルタナティブ」をメインストリームへ運んだのか
- 最高傑作は『Murmur』か『Automatic for the People』か
- 過小評価された曲に見える「倫理とポップ」の両立
- 対談を終えて
- 関連レビュー
R.E.M.にとって「インディー」は音のジャンルではなかった
R.E.M.を理解するうえで大事なのは、「インディー」という言葉を単なるローファイな音として考えないことだと思います。『Murmur』は確かに80年代初頭のアメリカのメインストリーム・ロックとはかなり違うけれど、演奏が雑だからインディーなのではない。むしろバンド全体のバランスはかなり精密です。Peter Buckがギター・ヒーローにならず、Mike MillsのベースやBill Berryのドラムと同じ平面にいる。その非ヒエラルキー性がまず重要だった。
僕はそれを「誰が主役かを固定しない倫理」として聴きます。Michael Stipeの声はもちろん強いけれど、ラップのフロントマンやソウル・シンガーみたいに人格が曲全体を支配するわけではない。歌詞も全部を説明しないし、バンドも彼の言葉に従属しない。だからR.E.M.は最初からスター一人とバックバンドという構造になりにくかった。
そこが後の成功にも効いたんでしょうね。アンダーグラウンドの倫理を「小さな会場でしか演奏しないこと」と定義していたら、世界的な成功とは両立できない。でもR.E.M.の場合、それはもっと制作や人間関係の方法だった。誰か一人のスター性に全てを集約しない、流行に自分を合わせすぎない、地元や自分たちの文化的背景を恥じない。だから規模が大きくなっても守れる部分があった。
ギターの鳴りにもそれが出ています。Peter BuckはRickenbackerのジャングリーな響きで有名だけれど、それを自分の署名として過剰に見せない。「Radio Free Europe」でも「So. Central Rain」でも、ギターは曲を動かすけれど、派手なソロで「ここが俺の見せ場だ」と言わない。ロックの権力構造を少し横にずらしているんです。
だからR.E.M.がメジャーへ行っても、音量が大きくなっただけで倫理が全部消えたようには聞こえなかった。彼らの「インディー性」は、安い機材や小さなレーベルそのものより、どんな関係で音楽を作るかにあったんだと思います。
『Murmur』はなぜ「分かりにくい」のに閉じていなかったのか
『Murmur』の不思議さは、Michael Stipeの歌詞や発音がかなり聞き取りにくいのに、音楽そのものは閉鎖的ではないことです。普通なら言葉が曖昧だと、聴き手を選ぶ作品になりやすい。でも「Radio Free Europe」や「Talk About the Passion」には強いリズムとメロディがある。意味が全部分からなくても、感情の方向は感じられる。
そこはかなり重要ですね。ヒップホップでは言葉の意味が前景化しやすいけれど、R.E.M.では声が一部テクスチャーとして働いている。Stipeが何を言っているか完全には分からないから、リズムや母音の響きに耳が行く。言葉の意味を閉じたまま、音としては開いているんです。
しかもPeter Buckのギターがその曖昧さを支えている。コードを重く鳴らして感情を一つに決めるのではなく、アルペジオや開放弦で空間を作る。その上でMike Millsのベースがかなり旋律的に動くから、曲に明確な流れができる。Stipeが曖昧でも、バンド全体は迷わせない。
そこが後の大衆性の原型だと思います。R.E.M.は初期から「意味を全部説明すること」と「人に届くこと」を別々に考えていた。これはかなり強い態度です。大衆的になるためにすべてを分かりやすくする必要はない、でも聴き手を拒絶する必要もない。その中間を最初から持っていた。
そしてその曖昧さが、聴き手に参加を要求するんですよね。歌詞カードを読んだり、自分なりに解釈したり、曲の空気から意味を作ったりする。R.E.M.のファン文化って、受け身で消費するより自分で掘る楽しさが大きかった。その姿勢もアンダーグラウンド文化と相性が良かったと思います。
Athensという「地方性」を消さなかったこと
R.E.M.の成功を考えると、Georgia州Athensという場所はかなり大きいですね。New YorkやLos Angelesの巨大な音楽産業の中心から出たバンドではなく、大学町のローカル・シーンから育った。しかも成功後に、その出自を「田舎から出てきたから今は都会的になりました」と上書きしなかった。
AthensのシーンはR.E.M.だけじゃないですしね。B-52’sをはじめ、独特なDIY文化があった。そういう場所でバンドをやると、最初から「世界で売れるための正しいロック」を学ぶより、自分たちの周囲で面白いことをやる感覚が強くなる。R.E.M.にはその空気が残っていると思います。
地域性って、世界的な成功と矛盾しないんですよ。むしろローカルなものが具体的であるほど、外の人間にとって魅力になることがある。ヒップホップでもBronxやCompton、Atlantaみたいに、地名が世界性を妨げるわけではない。R.E.M.もAthensを消して普遍化したのではなく、そこから出発したまま普遍的になった。
しかも彼らのファッションやイメージも、最初からロックスター的な派手さとは距離があった。古着的だったり、学生っぽかったり、南部のインディー・バンドらしい日常感がある。そこが大きくなっても「自分たちと別世界の人」になりすぎない理由だったと思います。
バンドの音も同じです。初期からThe ByrdsやVelvet Underground、パンク以後のギター・バンドの影響はあるけれど、それを歴史の教科書みたいに再現しない。Athensという場所を通して混ざるから、結果としてR.E.M.の音になる。地方性が制約ではなく編集装置だったんですよ。
Peter Buckはなぜ「ギター・ヒーローにならないこと」を武器にできたのか
R.E.M.のアンダーグラウンド性を音で一番分かりやすく示すのはPeter Buckだと思います。彼はギターが重要なのに、ギター・ヒーローではない。80年代のメインストリームでは、Van Halen以降の高度な技巧や大きな歪みがギターの強さとして見えやすかった。でもBuckは逆で、アルペジオ、開放弦、コードの響き、短いフレーズを使う。自分を見せるより曲を照らすんです。
それがバンドの民主性にもつながりますよね。ギターが空間を全部埋めないから、Mike Millsのベースラインが聞こえるし、Stipeの声にも余白がある。Bill Berryのドラムも細かい動きを残せる。音の中に誰か一人の権力がない。
その非ヒロイックなギター像は、80年代後半から90年代のオルタナティブにすごく大きかったと思います。ロック・バンドであるために、ギタリストが超人的である必要はない。楽器の役割を「個人の技量の展示」から「曲全体の関係」へ戻した。
「The One I Love」なんてかなりロック的な曲ですけどね。ギターは太くなるし、サビの押し出しも強い。それでもBuckは長いソロへ行かない。音が大きくなっても役割の倫理が変わらない。ここが重要です。
つまりR.E.M.は規模を大きくしても、音楽的な権威主義へはあまり戻らなかった。大きな会場で鳴らすために音を強くすることと、ロックスター的な序列を受け入れることを分けたんです。
Michael Stipeの曖昧な歌詞はなぜ大衆性の障害にならなかったのか
Stipeの歌詞って、本当に面白いですよね。初期は特に、意味が断片的で、物語が途中から始まって途中で終わる感じがある。でも、それが売れない理由にはならなかった。むしろ「自分で意味を作れる」ことが聴き手を引き込んだ。
彼は一人称の告白をしていても、完全な自伝として閉じないんですよね。特定の人物の経験をそのまま説明するのではなく、イメージや断片を置く。だから非常に個人的に見えるのに、他人が入る余地がある。
ギター側から見ると、その曖昧な歌詞にメロディの輪郭を与えているのがバンドです。「Fall on Me」なんて歌詞には環境や重力を思わせる複数の意味があるけれど、コーラスはものすごくキャッチー。内容を完全に理解しなくても曲として入れる。
「It’s the End of the World as We Know It (And I Feel Fine)」も極端です。言葉が洪水みたいに流れて、全部を追うのは難しい。でもタイトル部分だけは強烈に残る。情報量の多いヴァースと、誰でも覚えられる大きなフレーズを組み合わせる。かなりポップな設計です。
そしてStipeは、自分の意味を唯一の正解として固定しすぎない。それもアンダーグラウンド文化の倫理とつながると思います。作品を「作者が説明して終わり」にしない。聴き手に解釈を残す。それでも歌えるメロディはちゃんとある。その両立がR.E.M.を広くした。
I.R.S.時代は「メジャーへの準備期間」ではなかった
R.E.M.の物語を後から見ると、I.R.S. Records時代を「いつかメジャーへ行くまでの下積み」と捉えたくなる。でも実際には、あの時期だけで十分に一つの完成したキャリアなんですよね。『Murmur』『Reckoning』『Fables of the Reconstruction』『Lifes Rich Pageant』『Document』と、それぞれかなり違う。
そうです。最初から「どうすればスタジアム・バンドになれるか」を計算していた感じがない。『Fables of the Reconstruction』なんて、むしろ霧がかかったような変な作品ですよ。そこから『Lifes Rich Pageant』で演奏がもっと強くなり、『Document』でさらに外へ開く。段階的だけれど、一本道じゃない。
そこが重要です。成功のための自己改善ではなく、作品ごとに自分たちの言語を変えていた。その結果として聴衆が大きくなった。だからメジャー移籍時にも、「突然売れるために変身した」という印象が薄かったんだと思います。
しかもI.R.S.時代にカレッジ・ラジオやライブを通じて、自分たちの聴衆を長い時間かけて作った。巨大なヒット一曲で突然全国区になったのではない。この時間の長さが、メジャー移籍後もファンに「自分たちのバンド」という感覚を残したんでしょうね。
バンド自身も、自分たちがどんな演奏をすれば成立するかをすでに知っていた。大手レーベルに入ってからプロデューサーに人格を作ってもらったわけじゃない。その自立性があったから、大きな予算を使っても飲み込まれにくかった。
Warner Bros.移籍は「裏切り」ではなく何を変えたのか
インディーやアンダーグラウンドの文化では、メジャー契約が裏切りとして語られることがあります。でもR.E.M.の場合、Warner Bros.への移籍は少し違う形で受け止められた。理由の一つは、すでに長い時間をかけて自分たちの基盤を作っていたからでしょうね。
そうですね。彼らはメジャーへ行って初めて存在を発見されたバンドではない。I.R.S.時代に批評的評価も聴衆もあり、自分たちのアイデンティティができていた。その状態で契約規模だけが大きくなるから、「誰かに作られた」感じが少ない。
音楽もすぐには極端に変わらないですからね。1988年の『Green』は確かによりカラフルで、「Stand」のような分かりやすいポップもある。でも同じアルバムにもっと内向的な曲もある。メジャーへ行ったから全部をラジオ向けに揃えたわけじゃない。
むしろ大きな流通と予算を、自分たちの曲を広く届けるために使ったんでしょうね。アンダーグラウンドの倫理を「売れないこと」に置いていないから、ここが成立する。売れること自体を悪とせず、何を変えるかを自分たちで決める。
それにR.E.M.は、その後も政治的・社会的な関心を隠さなかった。環境問題や投票参加、人権に関する姿勢など、大衆化に合わせて完全に無色透明になる方向へは行かなかった。巨大なバンドになっても、自分たちの価値観をブランドの邪魔として処理しなかった。
だからメジャー契約が「倫理の終わり」にならなかったんですよ。重要なのは契約先より、創作上の決定権やバンド内部の関係をどれだけ保てるかだった。
「Stand」はなぜ軽すぎるのにR.E.M.らしいのか
「Stand」は面白いですよね。R.E.M.の神秘的で知的なイメージだけを愛していた人には、かなり軽く聞こえる。ほとんど子どもでも歌えるようなメロディで、歌詞も単純です。でも、ああいう曲を恥ずかしがらずに出せたことが彼らの強さだと思います。
演奏もすごくシンプルです。ギターもリズムも複雑じゃない。でもメロディの強さを信じている。R.E.M.は「インディーであるためには難解でなければならない」というルールを持っていないんですよね。
そこがアンダーグラウンドの倫理とポップの関係で大事だと思います。反商業主義が強すぎると、分かりやすい曲を書くこと自体を疑うようになる。でもR.E.M.は、単純な曲を書くことと市場に迎合することを同じにしなかった。「Stand」は本当にポップだけれど、誰かに強制されて書いた感じはない。
それに少しユーモアがありますよね。R.E.M.は深刻なテーマを扱う一方で、自分たちを重厚な芸術家として固定しない。「Pop Song 89」みたいなタイトルもそうですが、ポップという形式を少し茶化しながら本気で使える。
だから後に「Shiny Happy People」まで行っても、完全な異物にはならない。暗さと軽さの両方を許すバンドだった。その振幅があるから、大衆性が「魂を売った証拠」にはなりにくかったんだと思います。
『Out of Time』で「Losing My Religion」が巨大ヒットになった矛盾
「Losing My Religion」は本当に変なヒット曲ですよ。中心にあるのがマンドリンで、普通のロック・シングルのような大きなギター・リフもない。テンポもそこまで速くないし、サビが爆発的に開くわけでもない。それなのに世界規模で届いた。
歌詞も、タイトルだけ見ると宗教の歌に思えるけれど、実際には執着や不安、片思いのような感情として読める。しかもStipeが全部を説明しない。大ヒット曲なのに、解釈の余白が大きいままなんです。
ミュージックビデオの役割も大きかったですね。宗教画的、演劇的なイメージを使いながら、単純な物語を説明しない。MTV時代の巨大な視覚文化に入りながら、普通のスターの顔を売るだけのビデオにはしなかった。大衆メディアを使うけれど、その形式に完全には従わない。
音楽面でいうと、マンドリンを使ったこと自体が奇抜なのではなく、それを普通のポップ・ソングの中心に置いた判断がすごい。Peter Buckはギタリストとしてもっと大きなギターを弾くこともできるのに、曲が必要とするなら別の楽器へ行く。自分の役職より曲を優先している。
そしてこれが売れたことで、「大衆向けに単純化したから成功した」という説明が崩れるんですよ。むしろR.E.M.は自分たちらしい少し変な曲を、そのまま大きなメディアへ持っていった。聴き手の側がそこへ追いついたとも言える。
ここでR.E.M.は、アンダーグラウンドの美学を捨てずに巨大化する一つの理想形を作ったと思います。変わったものを小さく守るのではなく、大きな場所へそのまま持っていく。成功のために違和感を消すのではなく、違和感ごとポップにするんです。
「Shiny Happy People」はアンダーグラウンド倫理への裏切りだったのか
「Shiny Happy People」は、R.E.M.の中でも評価が割れますよね。あまりにも明るく、あまりにもキャッチーで、Kate Piersonの参加も含めてカラフルです。R.E.M.に神秘性や陰影を求める人には軽すぎる。でも僕は、この曲を出せたこと自体がある意味ではインディー的だと思う。
分かります。インディーの倫理を「暗くて格好いいこと」と定義したら、この曲は裏切りになる。でも自分たちがやりたいことを、クールさの規範に縛られずやることが倫理なら、むしろ正しい。Peter Buckなんて後にこの曲への複雑な態度を示すけれど、作品として存在したことには意味があると思います。
R.E.M.は「オルタナティブらしい格好良さ」まで疑えるバンドだったんでしょうね。アンダーグラウンド文化にも、実は守るべき服装やムードや趣味の規範が生まれる。その規範に従って暗い曲だけを書くことも、一つの保守性になりうる。
そう。ヒップホップでも「本物らしさ」が新しい制服になることがあります。そこで急にコミカルな曲やポップな曲をやると裏切りと言われる。でも、表現の自由を守るなら、それも含めて許されるべきですよね。
音楽的にも、R.E.M.はその後『Automatic for the People』で全然違う方向へ行く。だから「Shiny Happy People」が新しい商業路線として固定されたわけではない。一曲の成功を公式化しなかった。それが大きい。
つまりポップをやる自由と、ポップを続けない自由の両方を持っていた。その選択権を自分たちの側に残したことが、アンダーグラウンドの倫理を守ることだったんだと思います。
『Automatic for the People』はなぜ静かなのに世界的な作品になったのか
1992年の『Automatic for the People』は、R.E.M.が世界的バンドになった後に、普通なら選ばなそうな方向へ行った作品ですよね。もっと大きなロック・サウンドを作ることもできたのに、アルバム全体はかなり内省的です。「Drive」「Everybody Hurts」「Nightswimming」「Find the River」と、速度も音量も抑えた曲が多い。
ギターも前へ出ないですよね。「Drive」ではアコースティックな質感が中心だし、「Nightswimming」はほぼピアノと声の世界です。Peter Buckが「世界的ロック・バンドのギタリストらしい音」を要求しない。そこにR.E.M.の強さが出ています。
「Everybody Hurts」は極端に直接的です。初期のStipeならもっと曖昧にしたかもしれない。でもここでは、苦しい人へ届くことを優先している。興味深いのは、分かりやすくなったのに安っぽく聞こえないことです。長年、曖昧さを使ってきた人が必要なときだけ直接語るから重みがある。
そしてこの作品は死や老い、記憶、喪失を扱っている。若者の反抗ではなく、もっと広い人生の問題へ移っているんですよね。アンダーグラウンドのバンドが大きくなると、「初期の若さを守ること」が純粋さだと思われがちです。でもR.E.M.は年齢を重ねることも表現の変化として受け入れた。
「Sweetness Follows」なんて静かな曲からノイズが大きく広がるけれど、典型的なスタジアム・ロックではない。大きな音を使っても、観客を煽るためではなく感情の亀裂を作る。規模が大きくなっても、音の意味を雑にしなかった。
だから『Automatic for the People』は、「売れるために派手になる」という常識を壊した作品でもあると思います。静けさや死を扱う音楽でも、世界中に届く。R.E.M.は大衆性を音量や単純化と結びつけなかったんです。
「Everybody Hurts」はなぜベタなのに陳腐にならなかったのか
「Everybody Hurts」は危険な曲ですよね。タイトルもメッセージも、少し間違えれば陳腐な励ましになりかねない。でも実際には長く残っている。僕はその理由の一つが、Stipeが上から励ましていないことだと思います。
そうですね。「私は答えを知っているからあなたを救います」という歌ではない。誰にでも苦しい瞬間がある、だから持ちこたえてほしいという非常に基本的な言葉です。彼の声にも、完全に強い人が弱い人へ語りかける感じがない。そこに対等さがある。
音楽もすごく抑制されています。ギターで感動を強制しないし、Bill Berryが中心となって作った曲の土台はシンプルで反復的です。後半にストリングスが広がっても、基本の進行は変わらない。感情を複雑にせず、持続させる。
これはR.E.M.の倫理にもつながると思います。大勢に届くときに、聴き手を馬鹿にしない。難しいことを単純化してやるという態度ではなく、単純な感情を単純なまま真剣に扱う。そこがポップとして強い。
しかも彼らは、この曲のような直接性だけに以後のキャリアを合わせなかった。巨大な反響を得たからといって「これがR.E.M.の正解だ」とはしなかった。成功した方法を反復しないことも、彼ららしいですね。
結局、R.E.M.はヒット曲を自分たちの檻にしなかったんですよ。そこが世界的バンドになってもアンダーグラウンド的でいられた理由の一つだと思います。
『Monster』でなぜ突然ギターを巨大化したのか
1994年の『Monster』は、R.E.M.のキャリアの中でもかなり面白いです。『Automatic for the People』の静けさの後に、いきなり歪んだギターが前へ出る。「What’s the Frequency, Kenneth?」からして、Peter Buckがかなり太い音を鳴らしている。でも僕には流行のグランジへ迎合したというより、自分たちが巨大なツアーへ戻るためにロック・バンドとしての身体を作り直した感じがします。
時代的にオルタナティブ・ロックがメインストリームになっていたことも面白いですよね。R.E.M.はその流れを作った先輩の一組なのに、『Monster』の頃にはNirvana以後の世界ができている。彼らが影響したシーンの音が、今度は自分たちの周囲を覆っている。
でも『Monster』は若いバンドのふりをしていないんですよね。「Crush with Eyeliner」などにはスター性や欲望を少し演じているような距離感がある。ロックスターとして振る舞いながら、その役割を完全には信じていない。その自己意識がR.E.M.らしい。
ギターも90年代的に大きくなったけれど、Peter Buckは突然テクニカルなヒーローにはならない。歪みの壁を作っても、曲の構造は相変わらずシンプルです。だから音色は変わってもバンドの基本倫理は変わっていない。
大衆性を獲得したバンドが、時代に合わせて音を変えること自体は悪くないんですよ。問題は、自分が誰だったかを全部消してしまうこと。R.E.M.は『Monster』で時代の空気を吸い込みながら、それを自分たちの語彙へ変えたんだと思います。
Bill Berry脱退後に「バンドの倫理」は壊れたのか
1997年にBill Berryが脱退したことは、R.E.M.にとってかなり大きな転換だったと思います。4人が長く一つの単位として機能してきたので、その一人が抜けると音だけでなくバンドの意思決定の構造も変わる。実際、『Up』以降はリズムの扱いもかなり変わりました。
でも解散しなかったこと自体、面白いですよね。彼らは「この4人でなければ絶対にR.E.M.ではない」と神話化することもできた。でも残った3人は続けた。そのときに以前と同じ音を無理に再現しようとはしなかった。
『Up』は電子的な要素も増えて、かなり内向きです。世界的なロック・バンドが、ドラマーを失った後にスタジアム向けの代替ドラマーを入れて同じ公式を続けるのではなく、自分たちのバンド像そのものを作り直した。そこにも自立性があります。
ドラマーがいないなら、ドラム・マシンや違うリズム設計を使えばいい。Peter Buckのギターも以前ほど中心ではなくなる。これは商業的には安全な選択じゃない。でも、変化した現実を隠さず音へ反映した。
つまり倫理とは「最初の形を守ること」ではなく、変化を誤魔化さないことでもあるんでしょうね。Billがいないのに、あたかも何も変わっていないように演じる方がむしろ不誠実だったかもしれない。
R.E.M.はここでも、「純粋さ」を固定されたスタイルと混同しなかった。これが長いキャリアを考えるうえでかなり重要だと思います。
政治的態度はなぜ説教臭さだけに終わらなかったのか
R.E.M.は政治や社会問題への関心をかなり明確に持っていました。でも、すべての曲を政治的メッセージにするバンドではない。そこが面白いです。音楽、発言、活動を同じものにしすぎない。
そうですね。環境問題や投票参加、人権などについて公的な姿勢を示す一方で、曲の中では非常に個人的だったり曖昧だったりする。だから聴き手に「この政治的立場を理解しなければ曲を楽しめない」と要求しない。公共的な責任と作品の自律性を分けていた。
バンドとしての姿勢にも一貫性があります。アンダーグラウンド出身だから政治的だったというより、自分たちが大きなプラットフォームを持った後、その規模を何に使うかを考えていた。その点では成功を否定せず、成功によって得た力をどう使うかに関心があった。
ここは重要です。反商業主義を徹底して小さく留まることも一つの倫理だけれど、大きくなった後にその影響力を社会へ返すことも倫理になり得る。R.E.M.は後者を選んだ部分がある。
しかも自分たちを聖人化しすぎないんですよね。ユーモアもあるし、ポップな曲もやる。政治的に真面目だから音楽まで常に重くなければならない、とは考えていない。そのバランスが長く支持された理由でしょう。
R.E.M.は「オルタナティブ」をメインストリームへ運んだのか
R.E.M.が後の90年代オルタナティブへ与えた影響って、音だけじゃないと思います。もちろんギター・バンドとしての影響は大きい。でももっと重要なのは、「自分たちのやり方を守ったまま規模を大きくしてもいい」という前例を作ったことです。
Nirvana以後はオルタナティブがメインストリームに入ったと言われるけれど、その前にR.E.M.が十年近くかけて道を広げていた。カレッジ・ラジオ、インディー・シーン、ツアーを通して聴衆を積み上げ、それが大手流通でも成立すると証明した。爆発ではなく浸透ですね。
そして彼らは、成功すると出自を否定するような物語を作らなかった。Athens、カレッジ・ロック、初期のファン文化を「若い頃の未熟な段階」として処理しない。その連続性が後続にとって大きかったと思います。
Pearl Jamなんかにも少し似た倫理を感じます。大きなバンドになっても、巨大なショービジネスの論理へ完全に従属することを拒む。その前例の一つがR.E.M.だった。
つまり彼らはアンダーグラウンドをメインストリームに変えたというより、メインストリームの中にアンダーグラウンドの価値観が存在できる余地を作った。これはかなり大きな違いです。
最高傑作は『Murmur』か『Automatic for the People』か
最高傑作を一枚選ぶなら、僕は『Murmur』です。理由は、R.E.M.というバンドの関係性が最も純粋に聞こえるから。Peter Buckのギター、Mike Millsのベース、Bill Berryのドラム、Michael Stipeの声が、誰か一人を中心にせず動いている。後の作品ほど完成されてはいないけれど、この非ヒエラルキーな鳴り方がR.E.M.の倫理そのものだと思います。
私は『Automatic for the People』です。アンダーグラウンドから出発したバンドが世界規模になった後、派手さではなく死、記憶、老い、孤独を扱って大衆的成功を収めた。これはかなり特別です。「Everybody Hurts」と「Nightswimming」が同じ作品にあり、それが巨大なリスナーへ届いたこと自体がR.E.M.の完成だと思います。
僕は『Document』を挙げたいです。初期の曖昧さを残しながら、リズムも歌も外へ開いている。「Finest Worksong」「The One I Love」「It’s the End of the World as We Know It」と、政治性、ポップ性、ロックの強さが同居している。I.R.S.時代と後の世界的成功の境目として面白い。
初心者向けなら『Automatic for the People』か『Out of Time』でしょうね。ただ、R.E.M.がなぜ特別だったかまで知りたいなら、必ず『Murmur』へ戻ってほしい。そこに後の巨大化の基礎が全部ある。
一曲だけなら私は「Losing My Religion」です。変わった楽器編成、曖昧な歌詞、巨大なメロディ、MTV時代の映像表現。R.E.M.が自分たちらしさを薄めずに世界的なポップへなった瞬間が一曲に凝縮されています。
僕なら「Fall on Me」です。短くて、メロディが強くて、歌詞には複数の読み方があり、Mike Millsのコーラスも重要です。R.E.M.がフロントマン一人のバンドではなく、複数の声で成立していたことがよく分かる曲だと思います。
過小評価された曲に見える「倫理とポップ」の両立
過小評価された曲なら「These Days」を挙げたいです。『Lifes Rich Pageant』の中でも勢いがあって、ギターもかなり強い。でもPeter Buckだけではなく、Bill BerryのドラムとMike Millsのベースが曲を前へ押す。R.E.M.が繊細なジャングル・ポップだけのバンドではなかったことが分かります。
僕は「Country Feedback」です。『Out of Time』の中でも内向的で、Stipeの歌がかなり感情的に露出している。でも演奏は控えめで、聴き手に感動を強制しない。R.E.M.の大衆性が、必ずしも巨大なフックだけから生まれていたわけではないことが分かる。
私は「Find the River」を挙げます。『Automatic for the People』の最後に置かれた曲で、静かだけれど非常に開かれている。人生や時間を受け入れるような感覚があって、若いインディー・バンドだったR.E.M.が大人になっても、自分たちの感情を装飾せずに歌えたことが分かる。
そう考えると、R.E.M.はずっと「格好良く見えるためのルール」に従わなかったんですよね。初期には派手なギターを拒み、後には暗いバンドのイメージにも、オルタナティブのイメージにも縛られない。自分たちが何者かを市場に決めさせない。
それが結果として最大のアンダーグラウンド倫理だったのかもしれない。小さいことではなく、自分たちの意味を自分たちで決めること。R.E.M.は規模を失わずに、その権利を長く保持したんです。
対談を終えて
R.E.M.がアンダーグラウンドの倫理を保ったまま世界的バンドになれたのは、「売れないこと」を純粋さの条件にしなかったからだ。彼らが守ったのは小さなレーベルや小さな会場そのものではなく、バンド内部の非ヒエラルキー性、自分たちで作品の方向を決める権利、聴き手を過小評価しない態度、そして成功した方法をそのまま公式化しない自由だった。Peter Buckのギターは巨大になっても支配的にならず、Michael Stipeの歌詞は広く届いても解釈の余白を失わず、Mike MillsとBill Berryを含む四人の関係は長くR.E.M.の人格そのものとして機能した。
そのため、Warner Bros.への移籍も「地下から地上への脱出」にはならなかった。『Out of Time』ではマンドリン主体の「Losing My Religion」を世界的ヒットにし、『Automatic for the People』では静かな死と喪失の歌を巨大なポップへ変え、『Monster』では再び歪んだギターへ向かった。R.E.M.にとって大衆性とは、自分たちを平均化することではなく、自分たちの変わった部分まで大きな場所へ運ぶことだった。彼らが示したのは、アンダーグラウンドとメインストリームが必ずしも倫理的な敵同士ではないということだ。規模ではなく、誰が表現の意味と方向を決めるのか。その主導権を手放さなかったことこそ、R.E.M.が世界的成功とインディーの精神を同時に維持できた最大の理由だった。

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