
発売日: 2013年11月29日
ジャンル: アートロック、オルタナティヴ・ロック、インディー・ロック
概要
『Purgatory/Paradise』は、Throwing Musesが10年ぶりに発表した8作目のスタジオ・アルバムであり、同時に“作品”としての概念を根底から再構築した挑戦的なリリースでもある。
アルバムは32曲(短い断片を含む)という構成に加え、豪華なハードカバーの書籍(アートブック+歌詞+エッセイ)と共に発表され、音楽と文学、視覚芸術の融合を志向したマルチメディア作品となった。
バンドの中心人物クリスティン・ハーシュによる手記や詩的文章が、楽曲と地続きの世界を形成しており、“読むアルバム”としても大きな注目を集めた。
サウンド面では、これまでの作品以上に内省的で断片的、そして夢のように流動的な構成が特徴で、1曲1曲は短くも、全体として“記憶”や“心象風景”のように連なっていく。
タイトルにある「煉獄/楽園(Purgatory / Paradise)」という二項対立は、個人的なトラウマや生と死、記憶と現実、暴力と慈しみといったテーマを象徴しており、アルバム全体がひとつの心理地図/魂の巡礼のように機能している。
全体構成とトラックの流れ(ハイライト)
※全32曲のため、代表的・象徴的な楽曲を中心に紹介
1. Smoky Hands
アルバムの始まりを告げる静かな断片。
霧のような音像が、不確かな現実への導入として機能する。
3. Sunray Venus
本作における事実上のリードトラック。
軽やかなギターリフと、抑制されたハーシュのボーカルが交錯する。
“太陽の金星”という象徴的なタイトルが、希望と幻影を同時に描く。
5. Cherry Candy
2分にも満たない短い楽曲だが、甘さの裏にほの暗い毒が見え隠れする。
パステルカラーの記憶に刺さるような1曲。
7. Slippershell
不穏さと親密さが同居するトラック。
貝殻のように壊れやすい自己の保護構造とその脆さを暗示している。
9. Film
短いインタールード的楽曲。
カセットやフィルムを想起させる質感で、過去の記録=記憶への橋渡し。
11. Terra Nova
アルバム中もっとも壮大な空間を感じさせる楽曲。
“新しい大地”というタイトルの通り、過去の破片の上に立つ未来志向的なモチーフ。
16. Milan
地名を冠した印象主義的な曲。
都市、移動、風景の断片が情感とともに流れる。
21. Freesia
フリージアの花をモチーフにした、詩的かつ脆いバラード。
自然と死、静けさと再生を巡る静謐な瞬間。
25. Lazy Eye
本作中もっともポップな旋律が光る一曲。
ややレトロなポップセンスが、記憶の中の明るさとして浮上する。
28. Morning Birds 1〜2
2曲に分かれた構成で、いずれも夜明け前の静けさと焦燥を描いた印象派的楽曲。
アルバム終盤に向かって、光が徐々に差し込み始める気配。
32. Speedbath
最終トラック。
穏やかだがどこか壊れかけたアンサンブルが、長い夢の終わりと醒めを告げる。
音楽というより、息遣いのように終わっていく余韻が美しい。
総評
『Purgatory/Paradise』は、Throwing Musesが“バンド”としてというより、メディア横断的なアート・ユニットとしての本質を解き放った作品である。
楽曲の断片性、構造の曖昧さ、そして書籍との併置。
それらは“完成されたアルバム”という概念を壊し、むしろ壊れたままの心、語り切れない過去、寄せ集められた記憶の断片こそが“今のThrowing Muses”であることを伝えている。
ここには、ノイズも混沌も怒りもある。
だがそれらはすべて、静かに折り畳まれて、開いたページの間に挟まっているのだ。
おすすめアルバム
- Kristin Hersh / Crooked
本作と同じく書籍+音楽という形態を取ったハーシュのソロ作品。テーマ性も近い。 - Laurie Anderson / Homeland
音楽と語り、記憶と政治を横断するアート・ロックのマスターピース。 - Scott Walker / The Drift
破片的構成と不穏なサウンドで心象風景を描き出すコンセプト性が共鳴。 - Kate Bush / Aerial
日常と幻想の間にある“詩的音楽”としての共通点がある。 - Swans / The Seer
長大で抽象的、だが濃密に構成された“精神のサウンドスケープ”。
歌詞と構造の意味
『Purgatory/Paradise』の詞は、詩でもなく語りでもなく、“断片的に語られた日記”のような親密さを持つ。
ハーシュの声は感情を煽るのではなく、むしろ語る/描く/書くという行為に近い。
記憶の流動性、自己の不確かさ、死と再生、家族、暴力。
それらが一つの「世界」ではなく、点と点が飛び交う“音楽の宇宙”として表現された作品。
“楽園”と“煉獄”のあいだで生き続けること。
それこそが、Throwing Musesが選んだ表現なのだ。
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