
1. 楽曲の概要
Prepare Your Coffinは、Tortoiseが2009年に発表したアルバムBeacons of Ancestorshipに収録されたインストゥルメンタル曲である。
Beacons of Ancestorshipは2009年6月23日にThrill JockeyからリリースされたTortoiseのアルバムで、Prepare Your Coffinはその2曲目に置かれている。Spotifyでは同曲は3分37秒の楽曲として掲載されている。(Spotify – Prepare Your Coffin)
この曲には歌詞がない。
だから、通常の意味での歌詞の概要は存在しない。
しかし、Tortoiseの音楽では、歌詞がないことは沈黙ではない。
むしろ、楽器の配置、リズムの噛み合わせ、音色の質感、曲名の不穏な響きが、言葉の代わりに語り始める。
タイトルのPrepare Your Coffinは、直訳すれば棺を用意しろである。
かなり物騒なタイトルだ。
だが、曲を聴くと、葬送的な重苦しさよりも、むしろ前へ突き進む推進力が強く感じられる。棺を用意しろという言葉から連想される死のイメージはある。しかし、音は死に向かって沈むというより、何かを振り切るように走る。
このズレが面白い。
曲は、鋭く角ばったリフと、Tortoiseらしい精密なリズムの組み合わせで進む。ギターはロック的に前へ出てくるが、単純なハードロックではない。ベースとドラムは力強いが、一直線に突っ走るだけではなく、少し複雑な角度で絡み合う。
ポストロックという言葉から想像される、長く静かに広がる音楽とは少し違う。
Prepare Your Coffinは、かなり肉体的で、短く、攻撃的である。
Pitchforkはこの曲について、Tortoiseが2001年のSeneca以来のエネルギッシュな曲を放ったとし、Steely Dan、Neu!、Battlesの要素を思わせつつも、最終的にはまぎれもなくTortoiseの音になっていると評している。(Pitchfork – Prepare Your Coffin track review)
この評は的確である。
Prepare Your Coffinには、クラウトロック的な反復の推進力がある。
テクニカルなリフの鋭さもある。
フュージョン的な精密さもある。
そして、ポストロックらしい構成意識もある。
しかし、それらは学術的な実験として冷たく置かれているわけではない。
曲はかなり熱い。
Tortoiseはしばしば知的なバンドとして語られる。ジャズ、ダブ、ミニマル、電子音楽、クラウトロック、ポストロックを横断する存在として、頭で聴く音楽のように扱われることも多い。
だがPrepare Your Coffinは、そのイメージを少し裏切る。
この曲は、身体で聴ける。
リズムが前へ出る。
ギターが噛みつく。
ドラムが押す。
音の構造は精密なのに、血の流れがある。
まるで、数学的に設計された機械が突然エンジン音を上げ、道路へ飛び出していくような曲である。
2. 楽曲のバックグラウンド
Tortoiseは、1990年代のシカゴを拠点に、ポストロックという言葉のイメージを大きく形作ったバンドである。
彼らの音楽は、ロック・バンドの編成を使いながら、ロックの伝統的な歌中心の構造から離れていった。ギター、ベース、ドラム、鍵盤、マリンバ、シンセサイザー、スタジオ編集を使い、ジャズ、ダブ、クラウトロック、電子音楽、ミニマル・ミュージックを自在に組み合わせる。
1996年のMillions Now Living Will Never Die、1998年のTNTは、ポストロックの代表的作品として語られることが多い。
一方、2009年のBeacons of Ancestorshipは、彼らが2000年代後半の音楽環境の中で、自分たちの音を再び動かそうとした作品として聴ける。
PitchforkはBeacons of Ancestorshipのレビューで、Tortoiseがこのアルバムでジャム・バンド的な側面を見せつつ、ダンスやラウンジに根差した自分たちの音と見事に結びつけていると評している。また、2001年以降のインディー・ロックの趣味が知的なものから感情的なものへ移っていく中で、Tortoiseが変化した環境に置かれていたことにも触れている。(Pitchfork – Beacons of Ancestorship review)
この文脈で聴くと、Prepare Your Coffinは非常に重要な曲である。
Tortoiseが、ただ静かで緻密なポストロックの職人で終わるのではなく、もっと即効性のある力を持ったバンドであることを示しているからだ。
曲は短い。
展開も比較的コンパクト。
しかし、密度が高い。
TNT期のTen-Day Intervalが、ミニマルな反復とマレット楽器の透明感で時間を作る曲だったとすれば、Prepare Your Coffinは同じTortoiseの反復美学を、もっと硬く、鋭く、ロック寄りにした曲である。
そこには、2000年代のバンド・サウンドへの反応も感じられる。
Battlesのような複雑で身体的なリズム。
Neu!的な推進力。
フュージョンやプログレ的な精密さ。
ロックの短距離走としてのエネルギー。
それらをTortoiseが自分たちの文法でまとめている。
Pitchforkのニュース記事でも、Beacons of Ancestorshipのリリースに先立ってPrepare Your Coffinが紹介され、派手なリフやパワーメタル的な要素をほのめかしながらも、Tortoiseらしさを保っている曲として扱われている。(Pitchfork – Prepare Your Coffin news)
このパワーメタル的という表現は少し大げさにも聞こえるが、確かに曲には意外なほどギター・ロック的な圧がある。
Tortoiseの音楽は、しばしば涼しい。
だが、この曲は熱を持つ。
その熱が、Beacons of Ancestorshipの前半を一気に加速させている。
3. 歌詞の抜粋と和訳
Prepare Your Coffinはインストゥルメンタル曲であり、歌詞は存在しない。
したがって、歌詞の抜粋と和訳はない。
ここでは、曲名と音の構成を歌詞の代わりに読み解く。
TortoiseのBandcampには、Prepare Your CoffinがBeacons of Ancestorship収録曲として掲載されている。(Tortoise Bandcamp – Prepare Your Coffin)
Prepare Your Coffin
和訳:棺を用意しろ。
このタイトルは、Tortoiseの曲名の中でもかなり強い。
インストゥルメンタル曲では、タイトルがリスナーの想像を大きく左右する。歌詞がないぶん、タイトルが最初の物語になる。
Prepare Your Coffinという言葉は、死の準備を命じる。
まるで西部劇の決闘前の台詞のようでもある。
あるいは、ホラー映画の予告のようでもある。
もっと軽く受け取れば、これから強烈な音が来るぞという悪戯っぽい宣言にも聞こえる。
曲のサウンドは、そのタイトルの重さをそのまま葬送的に表現するのではない。
むしろ、戦闘開始の合図のように鳴る。
角ばったギター・リフ
この曲で最初に印象に残るのは、ギターの角度である。
滑らかに流れるというより、鋭く切り込む。
しかし、メタルやハードロックのように単純に厚く押すわけではない。
リフは細かく、やや機械的で、しかも人間的な揺れもある。
このリフが、曲に緊張感を与えている。
棺を用意しろ、というタイトルに対して、音は死の静けさではなく、危険が近づいてくる足音のように響く。
推進力のあるドラム
Tortoiseのドラムは、いつも単純なビート以上の役割を持つ。
Prepare Your Coffinでも、ドラムは曲を前へ進めるエンジンであると同時に、複雑な構造の一部でもある。拍の感覚は身体的だが、完全に予測可能ではない。少しずつ角度を変えながら、曲を押していく。
このリズムの感触が、Tortoiseらしい。
ロックの勢いがある。
しかし、普通のロックの直線ではない。
少し斜めに走る。
シンセと電子的な質感
Beacons of Ancestorshipでは、シンセサイザーや電子的な音色の存在感が大きい。
Treble Zineは同作について、シンセサイザーがTortoiseの過去作の中でもかなり目立つ役割を持ち、Standardsのグリッチ/IDM的な質感とは違って、より有機的でアナログな感触を持っていると評している。(Treble – Beacons of Ancestorship review)
Prepare Your Coffinでも、ロック的なリフの背後に電子的な質感が漂う。
これにより、曲はただのギター・インストにならない。
ロックの身体と、電子音楽の冷たい輪郭が同時にある。
その混ざり方が、Tortoiseらしい硬質な色気を生んでいる。
4. 楽曲の考察
Prepare Your Coffinは、Tortoiseの中でもかなり攻撃的な曲である。
ただし、その攻撃性は、叫びや爆音によるものではない。
Tortoiseはボーカルで怒りを表現しない。
過剰なギターソロで感情を爆発させるわけでもない。
彼らの攻撃性は、構造に宿る。
リフの角度。
リズムの推進力。
楽器同士の噛み合わせ。
音の密度。
短い時間の中で無駄なく押し切る構成。
Prepare Your Coffinは、その構造的な攻撃性が前面に出た曲である。
Tortoiseの音楽は、よく建築的だと言われる。
それは、音が感情の流れだけでなく、設計によって組み立てられているからだ。各楽器が柱や梁のように配置され、曲全体がひとつの構造物として立ち上がる。
Prepare Your Coffinは、その建築が動き出したような曲だ。
静かな建物ではない。
機械仕掛けの構造物が、突然道路を走り始めるような感覚がある。
ここに、この曲の快感がある。
一方で、曲名は死を示す。
棺を用意しろ。
このタイトルに対して、曲は生き生きしている。
むしろ、生命力がある。
ドラムは走り、ギターは前に出て、音は前傾姿勢だ。
この矛盾が面白い。
死を準備せよと言いながら、音は生のエネルギーで満ちている。
終わりを告げるようなタイトルなのに、曲は始まりのように鳴る。
これは、Tortoiseらしいひねりである。
インストゥルメンタル曲では、タイトルと音の関係が常に重要になる。もしこの曲が別のタイトルだったら、印象はかなり変わったはずだ。Prepare Your Coffinという言葉によって、聴き手は曲に危険や終末の気配を読み込む。
しかし、音そのものはそのイメージに完全には従わない。
だから、曲には余白が生まれる。
これは本当に死の曲なのか。
それとも、死を笑い飛ばす曲なのか。
棺を用意しろとは、敵への脅しなのか。
それとも、自分たちの古いイメージを葬る宣言なのか。
いくつもの読み方ができる。
2009年のTortoiseにとって、これは古いポストロック像への挑戦にも聞こえる。
Tortoiseは90年代にポストロックの象徴的存在となった。だが、2000年代後半には音楽シーンが大きく変わっていた。インディー・ロックはより感情的で歌中心になり、電子音楽も細分化され、ポストロックという言葉自体もある種の様式になっていた。
その中でPrepare Your Coffinは、Tortoiseが自分たちの棺を用意しているのではなく、むしろポストロックという固定イメージの棺を用意しろと言っているようにも聞こえる。
静かで長いだけのポストロック。
知的だが熱のないポストロック。
過去のTortoise像。
それらを一度葬り、もっと硬く、短く、攻撃的な曲として再登場する。
もちろん、これは解釈である。
しかし、曲には確かにそういう更新感がある。
Pitchforkが同曲を、Tortoiseの最近の作品の中で最もエネルギッシュなものとして捉えたのも、その点に関係しているだろう。(Pitchfork – Prepare Your Coffin track review)
この曲には、懐かしさよりも前進がある。
Tortoiseの過去を知っている人にとっては、彼らがまだこういう鋭い曲を書けるのかという驚きがある。初めて聴く人にとっては、ポストロックという言葉から想像する静かな音楽とは違う、硬質なバンド・グルーヴに驚くかもしれない。
また、Prepare Your Coffinは短さも重要である。
Tortoiseの代表曲には、長尺のDjedのように、時間をかけて構造を変化させる曲がある。TNTの曲群にも、空間をじっくり作るものが多い。
しかしPrepare Your Coffinは3分台で終わる。
これは、かなりコンパクトだ。
だからこそ、リフやリズムの圧がすぐに伝わる。
長い導入がない。
余韻で引っ張りすぎない。
必要なことをやって、すっと去る。
この潔さが、曲を強くしている。
インストゥルメンタル曲は、時に長くなりがちである。だが、この曲は短いからこそ、ロック・トラックとしての瞬発力を持っている。
そしてその瞬発力の中に、Tortoiseらしい複雑さが隠れている。
聴き流すと単にかっこいい曲として入ってくる。
しかし、よく聴くと各楽器の関係がかなり緻密だ。
リズムの噛み合わせ、音色の切り替え、フレーズの配置が計算されている。
この二重性が、Prepare Your Coffinの魅力である。
頭でも聴ける。
身体でも聴ける。
その両方が同時にある。
5. この曲が好きな人におすすめの曲 5曲
- Seneca by Tortoise
2001年のアルバムStandardsの冒頭を飾る楽曲で、Prepare Your Coffinと同じくTortoiseの攻撃的な側面を感じられる曲である。リズムの強さ、電子的な質感、硬質なグルーヴが印象的で、PitchforkのPrepare Your Coffin評でも比較対象として挙げられている。Prepare Your Coffinの鋭さが好きなら、Senecaは必ず聴きたい一曲だ。(Pitchfork – Prepare Your Coffin track review)
- High Class Slim Came Floatin’ In by Tortoise
Beacons of Ancestorshipの冒頭曲であり、Prepare Your Coffinの直前に置かれている長尺曲である。こちらはよりファンク、クラウトロック、ラウンジ感が混ざり、アルバムの入口として広い空間を作る。Prepare Your Coffinが短く鋭い一撃なら、High Class Slim Came Floatin’ Inはじわじわと立ち上がるグルーヴの旅である。
- Northern Something by Tortoise
同じBeacons of Ancestorshipに収録された曲で、アルバム前半の動的な流れを知るうえで重要である。Pitchforkは同作の前半を、ダイナミックでダンスに近い部分として捉え、Northern SomethingやPrepare Your Coffinをその例として挙げている。よりリズムの絡みや電子的な質感を味わいたい人に合う。(Pitchfork – Beacons of Ancestorship review)
- Atlas by Battles
Prepare Your Coffinの複雑で身体的なリズム感が好きなら、BattlesのAtlasは強く響く。テクニカルでありながら踊れる、機械的なのに人間的なバンド・グルーヴがある。Tortoiseよりも派手で、よりポップな奇妙さがあるが、ポストロック以後のインスト/準インスト・バンドの身体性としてつながる。
- Hallogallo by Neu!
Prepare Your Coffinの推進力の背景にあるクラウトロック的な反復をたどるなら、Neu!のHallogalloは欠かせない。一直線に進むモーターリックなビート、無駄のないギター、どこまでも前へ流れていく感覚が、Tortoiseのリズム美学にもつながる。Prepare Your Coffinの中にある走行感の源流として聴きたい。
6. 棺を用意しろ、でも音はまだ走っている
Prepare Your Coffinは、Tortoiseの中でもかなりタイトルの強い曲である。
棺を用意しろ。
普通なら、暗く重い曲を想像する。
だが、実際に鳴るのは、鋭く、短く、推進力のあるインストゥルメンタルだ。
このズレが、この曲を面白くしている。
死を思わせるタイトル。
しかし、音は生きている。
終末の言葉。
しかし、リズムは前へ進む。
棺という静止したイメージ。
しかし、曲は動き続ける。
ここに、Tortoiseらしい知的なユーモアと緊張がある。
Prepare Your Coffinは、ポストロックの静かな美しさよりも、ポストロックの身体性を前に出した曲である。
楽器は歌わない。
だが、十分に語る。
ギターの角度、ドラムの圧、ベースの低い支え、電子音の硬い光。
それぞれが、言葉の代わりに曲の意味を作る。
この曲に歌詞がないことは、むしろ強みである。
もし誰かが棺や死について歌っていたら、曲はもっとわかりやすくなっていたかもしれない。しかし、インストだからこそ、タイトルの不穏さと音の推進力がぶつかり合い、聴き手の想像が広がる。
これは敵への宣告なのか。
自分自身への警告なのか。
古い音楽性への葬送なのか。
それとも、ただかっこいいタイトルなのか。
答えは固定されない。
その固定されなさこそ、Tortoiseの音楽の魅力だ。
彼らは、ジャンルをひとつに決めない。
感情もひとつに決めない。
意味もひとつに決めない。
その代わり、音の構造を提示する。
聴き手は、その中を歩く。
Prepare Your Coffinでは、その構造が非常にタイトだ。長大な迷路ではなく、短く硬い通路のようである。壁は金属でできていて、床は少し斜めに傾いている。走ると、足音がリズムになる。
そんな曲だ。
Beacons of Ancestorshipというアルバムの中で、この曲は前半の火力を象徴している。Tortoiseが、過去の落ち着いたポストロック像から少し距離を取り、より動的で、より鋭い形へ向かっていることを示す。
もちろん、Tortoiseはここで突然ロックンロール・バンドに戻ったわけではない。
彼らはあくまでTortoiseである。
構造は緻密で、音色は選び抜かれ、リズムは単純ではない。
だが、その緻密さの中に、確かな熱がある。
この熱が重要だ。
知的な音楽は、時に冷たく聞こえる。
しかしPrepare Your Coffinは冷たくない。
硬いが、冷たくない。
精密だが、血が通っている。
Tortoiseのすごさは、そこにある。
彼らは、頭で考えられた音楽を、身体で反応できる音楽にする。Prepare Your Coffinは、その成功例のひとつである。
棺を用意しろ。
そう言いながら、曲はまだ生きている。
むしろ、かなり元気に走っている。
その矛盾が痛快だ。
Prepare Your Coffinは、Tortoiseが自分たちの知性を捨てずに、ロックの瞬発力を再び呼び戻した一曲である。
短く、硬く、鋭く、そして妙に生命力がある。
死を題名にしながら、生のリズムで走る。
それがこの曲の最大の魅力である。

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